インバウンドコラム
近年、アメリカや中国で自動運転タクシーが市街地を走行する映像がメディアやSNSで話題となり、「日本でも導入がいよいよ進むのではないか」との期待が高まっている。
結論から言えば、自動運転の社会実装はすでに動き始めている。ただし、それは「誰もが自由に使える未来」が突然訪れるという形ではなく、さまざまな段階を経て少しずつ進められているのが現実である。
本稿では、自動運転を観光の文脈でどう活用できるのかを中心に、現在の技術や政策の状況を整理したうえで、観光事業者や自治体が今後どのように関わるべきか、そのヒントを探っていく。

1.自動運転の基礎知識と現在地
「自動運転」とは何か:レベル分類から見る技術の成熟度
「自動運転」と聞くと、多くの人が「まだまだ先の話」あるいは「実現にはかなりの時間がかかるもの」といった印象を持っているかもしれない。しかし実際には、自動運転技術はすでに私たちの生活に入り始めている。
たとえば、2021年以降に発売された新型の軽自動車には、前方の車や障害物との衝突を回避・軽減するための自動ブレーキが義務づけられている。また、車線をはみ出しそうになると警告音を出したり、ハンドルを自動で修正する「車線維持支援システム(LKAS)」や、前の車との車間距離を保ちながら自動で追従走行する「アダプティブクルーズコントロール(ACC)」などは、すでに多くの車に搭載されている。
こうした機能は「自動運転レベル1〜2」に分類され、「運転支援技術(ADAS)」と呼ばれるものである。つまり、車は一部の操作をサポートするが、あくまで運転の主体は人間(ドライバー)にある。

レベル0〜5の自動運転区分と現行車両の位置づけ
自動運転技術の進化段階は、国際的に「レベル0〜5」に区分されている(SAE=米国自動車技術者協会による分類が一般的)。
この中で、現在一般的に市販車に搭載されているのはレベル1〜2であり、技術的には「運転支援」に留まっている。
レベル3になると、特定の条件下(たとえば高速道路での渋滞時など)では、車両が運転操作を担い、ドライバーはハンドルから手を離してもよいとされる。ただし、緊急時には即座に運転に復帰できる状態が求められる。
実際に、ホンダは2021年に世界初のレベル3認可車両「レジェンド」を限定100台でリース販売した。しかし、このチャレンジで分かったことは自動運転レベル3以上の自動運転は、ドライバーにとってメリットが出せるレベルのクルマに仕上げることが難しいということ。

▲自動運転技術の社会実装アプローチ
出典:自動運転レベル4等先進モビリティサービス研究開発・社会実装プロジェクト
2.「完全自動運転」が進まない理由
レベル3はなぜ普及しない? 技術よりも大きな “責任とコスト”
自動運転の技術は急速に進化しているが、レベル3以上の本格導入が進まない最大の理由は、責任やコストの問題にある。
レベル2までは運転の主体はドライバーであり、事故が起きた際の責任も明確だ。しかしレベル3では、一定の条件下で車が運転を担い、ドライバーは緊急時のみ操作する。
また、レベル3以降の車両の開発・実証・運用には膨大なコストがかかる。たとえ社会的なメリットがあっても、採算の見通しが立たなければ企業は参入しづらい。
現実解として注目される「レベル2+」とは
こうした状況の中で現実解とされているのが、「レベル2+(プラス)」というアプローチである。
これは運転責任をドライバーに残したまま、高速道路での手放し運転や、自動での車線変更や合流、追い越し、眠気や注意力低下の監視や警告などの高度な運転支援機能を組み合わせて実現する。
レベル3と異なり、運転主体がドライバーのため、責任問題が整理しやすく、日本や中国などで導入が進みつつある。
自家用車より進む、観光・地域交通で先行する自動運転
一方、観光に関係してくるバス、タクシーの自動運転はこれまで話してきた個人が所有する自動運転とは、進め方が異なる。
たとえばアメリカでは、Googleの親会社・Alphabet傘下で自動運転技術を専門に手がけるWaymo(ウェイモ)が展開する自動運転タクシー(ロボタクシー)が存在感を示しており、サンフランシスコでライドシェア大手Lyft(リフト)を凌ぐほどの実績を示していると、複数のメディアで報じられている。
日本でも、東京では、日本交通、配車アプリ「GO」、Waymoの3社が提携し、都内7区において自動運転タクシー導入に向けたデータ取得を始めており、都市部や観光地での実装が徐々に現実味を帯びてきている。

ただし、日本では民間企業単独での商用化は依然として難しい。そのため、国・自治体・大学・民間企業が連携する政策主導型のプロジェクトが中心となっている。
3.社会実装を支える政策と支援制度
国の後押しで加速する「社会実装」:政策と支援制度の全体像
タクシーやバスなど公共交通の自動運転の社会実装が現実味を帯びてきた背景には、国による明確な政策方針と、それを支える強力な支援制度の存在がある。特に、観光や地域交通の分野においては、法制度の整備や実証支援、財政的補助といった多角的な取り組みが急速に進められている。
もともと政府は、2030年までに100カ所以上での社会実装を目標としていたが、現在では前倒しされ、2025年度までに50カ所以上、2027年度までに100カ所以上での展開を目指すと明言している。
その動きを裏づけるように、プロジェクトの採択件数は2022年度には9件だったものが、2023年度には62件、そして2024年度には99件へと急増しており、導入に向けた全国的な動きが一気に加速している。
レベル4の自動運転が地方で始動、実証運行の最新動向
また、こうした政策的な後押しのもと、2024年度にはついに自動運転レベル4に相当するサービスや実証運行が始まった。
福井県永平寺町、北海道上士幌町、愛媛県松山市、長野県塩尻市、茨城県日立市などがその先進地域であり、限られたルートではあるものの、オペレーターを必要としない無人運行が実際に走り出している。
このような取り組みは、単なるテクノロジー志向ではなく、バスやタクシーの乗務員不足といった地域交通の課題に対する現実的な解決策として、注目されている。
観光地にも活用できる、補助金・制度の使い方を知る
その一方で、自動運転の導入を希望する自治体や事業者にとって、実際に制度をどう活用できるかは極めて重要なポイントである。
現場で最も多く使われているのが、国土交通省の「地域公共交通確保維持改善事業(自動運転社会実装推進事業)」である。この制度では、車両や運行システムに関する費用が幅広く補助対象となっており、補助率も最大で5分の4(80%)と非常に高い。対象となる移動手段には、バスだけでなくタクシーも含まれている。
また、想定される運行形態には、通常の路線バスのような「定時・定路線型」に加え、専用道を活用するBRT(バス・ラピッド・トランジット)型、さらに予約制で限られた地点間をつなぐ「デマンド型」など、多様なスタイルがある。つまり、地域の地形や交通課題に応じた柔軟な導入が可能になっている。
ただし、この補助制度はあくまで地方自治体を対象としたものであり、民間企業が単独で申請・導入することはできない。
そのため、観光事業者や交通関連の民間企業が自動運転の導入を検討する場合、まずは自治体との協力体制を構築することが前提となる。
4.観光地での先進事例に学ぶ
全国各地では、自動運転の導入を単なる交通機能の効率化にとどめず、観光体験や地域価値の創出に結びつけようとする動きがある。そうした自動運転を活用した4つの先進事例を紹介する。
岐阜市:観光体験としての“乗って楽しい”自動運転バス
岐阜市では、2023年11月25日より、中心市街地を巡る自動運転バス「GIFU HEART BUS」の運行が始まった。岐阜駅前から出発するこのバスは、赤を基調とした丸みのあるデザインが特徴で、鉄道車両などを手がけるデザイナー・水戸岡鋭治氏によるものだ。
筆者も実際に乗車したが、駅前ロータリーから出発する様子は、まるでアトラクションのようであり、乗ること自体が楽しみになる仕掛けが施されていた。
実際に親子連れや観光客の姿も多く見られ、乗務員との会話などを通じて、移動が地域との交流のきっかけにもなっていた。
運行は自動運転レベル2で、オペレーターが同乗し、緊急時の対応体制が整備されている。単なる移動手段としてではなく、“地域体験の一部”として自動運転を位置づけている点が特徴である。

▲中心地をめぐる自動運転バス「GIFU HEART BUS」(筆者撮影)
石川県小松市:空港アクセスの実用例に見る持続可能な運行
石川県小松市では、2024年3月9日から、小松駅と小松空港を結ぶ区間で、有償・定時・通年運行の自動運転バスがスタートした。すでに自動運転レベル4の認可を取得しており、今後の自動運転による走行に向けて準備が進められている。多くの地域で見られる「無料の期間限定実証運行」とは異なり、商用サービスとして運行されている点で先駆的な事例となっている。

▲出典:石川県小松市公式HP
利用者の多くが空港アクセスを目的としており、運行ダイヤもそれに合わせて調整されている。一定の利用需要が見込めたことが、本格運行につながった大きな要因とされている。
今後は、空港内での巡回バスなどへの応用も期待されており、観光とビジネスの両面での展開が見込まれている。
茨城県境町:多様なモデルを展開する「自動運転バスの先進地」
茨城県境町では、ふるさと納税制度を活用し、全国に先駆けて自動運転専用バスの導入に取り組んできた。現在は自動レベル2に該当する車両を複数運行しており、その種類と運行形態の豊富さから、「自動運転バスのデパート」とも呼ばれている。

▲出典:茨城県境町プレスリリース
境町の特筆すべき点は、地方自治体としての導入姿勢の柔軟さとスピード感にある。交通課題の解決にとどまらず、町の魅力創出や生活の質向上といった観点からも自動運転を活用しており、「技術をどう活かすか」の実践モデルとなっている。
このように、自治体自身が強い意志と判断力を持って取り組むことが、成功の鍵となっていることがわかる。
VISON(三重県多気町):都市計画と一体で導入された商業施設型モデル
三重県多気町にある大型複合施設「VISON(ヴィソン)」では、施設の計画段階から自動運転の導入を前提にインフラ設計が進められていた。そのため、施設内の専用道路を活用した自動運転車両の運行が、違和感なく、自然なかたちで利用者の行動に組み込まれている。現在は、自動運転レベル4の認可を取得しており、走行に向けた準備が進められている。
自動運転が特別な体験ではなく、施設機能の一部として自然に組み込まれている点が、先進的だ。
5.観光×自動運転の未来に向けて
完全自動運転の到来にどう備える? 観光分野が今すべきこと
自動運転の社会実装は、実証フェーズを超えて本格導入の段階に入りつつある。とくに観光や地域交通の分野では、乗務員不足やアクセス維持といった課題が深刻化するなか、自動運転は「未来の選択肢」ではなく、「現実的な解決策」として注目されている。
一方、レベル4相当の完全自動運転の商用化には、高いハードルがあるのも事実だ。たとえば、Waymoが、日本交通や配車アプリ「GO」と連携して東京都内での展開を模索しているが、サンフランシスコのような規模での実現には、誰かが巨額の資金を投じる必要があるという指摘もある。
ただし、自動運転の国際基準策定に携わる専門家の中には、「想定よりも早く、商用も個人も普及が進むのでは」と前向きな見通しを語る人もおり、状況は数カ月単位で変化している。
今まさに、自動運転は黎明期から成長フェーズへの移行期にあると言えるだろう。
2025年時点では、自動運転サービスの導入には補助制度の活用が前提となっている。まずは、補助金を活用できる体制の整った自治体と連携することが、現実的な第一歩となる。加えて、自主財源の確保や段階的なサービス展開など、持続可能な設計も意識する必要がある。
とくに、バスやタクシーなど、観光客の移動を支える交通手段では、乗務員不足が深刻化しており、今後ますます自動運転の活用が求められていくのは間違いない。
このように、やがて到来する自動運転の時代に備える必要がある。また「観光体験をどう高めるか」という視点で自動運転を捉えることも大切だ。
著者プロフィール:
モビリティ・ジャーナリスト 楠田 悦子
心豊かな暮らしと社会のため、移動手段・サービスの高度化・多様化と環境に関する活動を行う。モビリティビジネス専門誌『LIGARE』創刊編集長を経て独立。国土交通省の交通政策、MaaS関連の委員、スタートアップのナレッジ共有『DIMENSION NOTE』元編集長を歴任。グロービス経営大学院大学英語MBA卒。編著に『「移動貧困社会」からの脱却:免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)など。
「地域の稼ぐ力を高める 『二次交通』の教科書」
観光地経営の鍵は“移動”にあり! 地域交通の進化が、観光と暮らしを支える二次交通を徹底解説


