インタビュー
日本三大秘境として知られ、「天空の里」の異名を持つ徳島県の大歩危(おおぼけ)・祖谷(いや)。シラクチカズラという植物でつくられたかずら橋をはじめ、江戸時代に建造された茅葺き民家や山の急斜面にある落合集落など、日本の原風景を望むことのできるこの場所が、多くの外国人観光客でにぎわっている。その理由を探るべく同地を訪れ、インバウンド誘致の仕掛け人であるホテル祖谷温泉オーナー兼「大歩危・祖谷いってみる会」代表の植田佳宏氏にインタビューした。2回に分けて紹介する。
1回目の今回は、地域が一体となるために立ち上げた「大歩危・祖谷いってみる会」設立の背景や、どのような取り組みをしてきたのかを伺った。
バラバラだった地域を束ね「大歩危祖谷温泉郷」としてPR
—ホテル祖谷温泉の社長でありながら、大歩危・祖谷いってみる会を立ち上げられた経緯について教えてください。
もともとは、祖父が温泉宿を立ち上げたのですが、実は私自身は香川県高松市の出身で、大学卒業後は航空業界で働き全国を転々としていました。2000年に、祖父から父が継いだ宿を私が受け継ぐことになったのですが、当時、その宿を含め近隣にある5軒のホテルは、違う行政区分に属していたこともあり、全く連携が取れていませんでした。私自身、航空会社で営業の経験もあり、観光事業者と航空業界が一緒に営業するのを見てきたのですが、この地域ではそういった動きは見られなかった。そこで、地域が一体となるために「大歩危・祖谷いってみる会」という組織を立ち上げました。
当初はホテル5軒を中心に、その後タクシー会社、バス会社、観光施設、酒蔵など賛助会員30社にも入ってもらいました。徳島県は温泉のイメージもなかったので、「大歩危祖谷温泉郷」という名前をつくり、温泉の名前を売り出すことにしたのです。行政とも連携して一緒に営業をしていく中で、地域の観光名所「かずら橋」の渡橋人数が、2000年の30万人から2003年には40万人に増えました。
—どうしても、まずは自分のお店や宿にお客さんを呼びたいと考えてしまいがちですが、そんな中で、大歩危祖谷温泉郷として地域を売ろうという発想を持てたのは、何か理由があったのでしょうか。
これには、一つは私自身の経験も大きく影響しています。以前、アメリカにプロモーションに訪れた時、長年アメリカに住んでいる友人に四国のイメージを聞いてみたことがあるんです。すると「自然がきれいで素敵なイメージだけど、あえて行く場所でもない、世界を例にとるとアフリカみたい」だと。九州や沖縄、北海道には行っても、四国にはなかなか行かない。悔しいですが、それが率直な意見なんだろうと思いました。そんなイメージの場所に一つの宿や観光施設が単体でPRしても効果を出すことは難しい、だからこそ連携が必要。そう身をもって感じました。
温泉の名前を使って地域を売ろうと働きかけたのをきっかけに、それまでバラバラだった地域が同じベクトルに向き始めたように思います。
いち早くインバウンド誘客に取組み、訪日客がわずか11年で33倍に
—地域が一つになって取り組んだことで、わずか3年間で10万人も増えたのですね。
この辺りではかずら橋が観光客数のバロメーターになっているのですが、「みんなで頑張ればお客さんは来るんだ」という自信につながりましたね。そんな頃に、東洋文化研究家で作家のアレックス・カーさんが祖谷に居住し、魅力を発信してくれたことで欧米からのお客様が少しずつ来るようになりました。
2003年には小泉政権下でビジット・ジャパン・キャンペーンが始まり国の予算がついたので、インバウンドに着手することができました。四国では当時、インバウンドに取り組んでいるところがなかったので、我々はパイオニア的な存在でしたね。最初は欧米豪をターゲットにしましたがなかなか難しく、香港に矛先を変えてプロモーションや営業活動をした結果、今では「徳島―香港」間の季節定期便が就航するまでになりました。この地域の外国人宿泊者数は、2007年は546人でしたが、2018年には1万8827人と11年で33倍まで増えています。そのうちの50%が香港、20%が欧米豪からの訪日客です。
大歩危のホテル5軒のインバウンドシェアは25%なので、四国の中でも外国人の割合は突出して多いです。さらに、地方の秘境に多くの外国人が来ているということで、日本のメディアにも取り上げられるようになり、相乗効果で日本人観光客も増えています。
—インバウンドに力を入れたことで、日本人観光客も増加したわけですね。
そうですね。観光客が増えたことで、航路だけではなく、二次交通やインフラも徐々に整ってきました。最近では地元のバスの利用者数が少しずつ増加していますし、今では高松から祖谷まで直行バスが走るようになりました。JRも、香川県から大歩危までの観光列車を運行しています。ただ、バスや列車だけではなく、タクシー会社も潤うように、バスの運行時間や本数を調整するなど、地域全体のバランスを大切にしています。
「共生と切磋琢磨」をコンセプトに、地域全体でブランドを統一
—地域で一体となって大歩危・祖谷温泉郷のプロモーションに取り組んだということですが、具体的にどのようなことをされたのですか。
たくさんありますが、特徴的な二つの取り組みを紹介します。
一つ目は、ホテルで必要な備品の共同購入です。大歩危・祖谷いってみる会は、ホテル5軒に加えて民宿やゲストハウスも賛助会員になっているので、タオルやお土産の紙袋、料理で鍋などに使う固形燃料といった各種備品を共同で仕入れを行っています。タオルや紙袋などは「大歩危・祖谷温泉郷」というブランド名を入れて統一しました。全体で一括して仕入れることでコストが一気に下がったのも大きいです。
もう一つは、この地域にある5軒のホテルを平等に扱うことを徹底したことです。これは国内向けの話ですが、当時、旅行会社が掲載する新聞広告には5軒まとめて載せるよう交渉しました。地域を売りたいので、5軒中3軒しか載せられないのであれば、ゼロにしてくれと伝えていました。地域全体で共生して切磋琢磨していくというのが大歩危・祖谷いってみる会のコンセプトだからです。
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