インタビュー
2024年4月から立命館大学ビジネススクールが開講する「観光マネジメント専攻」は、観光産業の各分野でイノベーションの担い手となる次世代リーダーの育成を掲げている。全国から聴講できるオンライン体制や、社会人枠だけでも40名という連帯感が生まれやすい規模感など、いくつもの特長がある中で、受講者側が最も気になるのはやはり、「どんな内容を、どんな教員たちが教えてくれるのか」という内容の充実度であるはずだ。
期待が高まる「第一線の実務家・研究者たちによる実践的な授業」とは一体どういうものなのか。マーケティング、サービスイノベーションを担当する大島知典准教授を聞き手に、四半世紀にわたり日本の観光産業を俯瞰的な視点で研究し、2024年度から観光地ブランディングやMICEマネジメント等の講義を担当する山田雄一氏に、これから始まる学びのプロローグを語っていただいた。
インタビュー第1弾はこちら
経営者を育成する観光人材プログラム、業界の人材不足解消の一手に
大島:「観光マネジメント専攻」は、立命館大学ビジネススクールに所属する研究者教員とともに、各分野において実務経験が豊富な実務家教員の方々にも、実践的な授業を展開していただく体制を整えています。
そのお一人である山田雄一先生、はじめに簡単な自己紹介からお願いします。
山田:社会人として駆け出しの頃は、不動産開発やIT企業のスタートアップに携わっていました。1998年から財団法人日本交通公社(現・公益財団法人日本交通公社)に入りまして、そこから25年間、観光に軸足を置いて各種の調査研究、コンサルティングを行ってきました。現在は日本交通公社の観光研究部長と、専門図書館である「旅の図書館」館長を兼務しています。
学術的なところで言うと、観光・ホスピタリティ経営学で知られるセントラル・フロリダ大学ホスピタリティ・マネジメント学部の客員研究員だったことがあり、帰国後に筑波大学大学院で社会工学の博士を取得しています。
大島:経済産業省から委託を受けて、海外の観光人材に関する調査研究に派遣従事されたこともおありだとか。
山田:3年間でしたが、その時に強く感じたことは、欧米と日本の観光人材教育は相当、方向性の違いがあるということでした。
前者は全てのベースに経営学があり、経営者を育てるための学びである一方で、日本は観光学に対して依然、社会学的なアプローチに終始しているため、それを学んだ学生さんたちの“出口”がない。就職に結びつかないんです。それはDMO人材についても同じことが言えると思います。
ですから今回、立命館大学ビジネススクールで経営学に基づいた観光MBAが始まると聞いて、「日本にもようやくこの時が」という思いです。
無論、現状でも他大学に10人前後の学生を受け入れる観光学のコースはありますが、従来の製造業に紐づいた観光論が多く、現代のサービス経済の文脈でホスピタリティマジメントに踏み込んだ内容はあまり見受けられないように感じています。それに実践者である経営者たちのネットワークを育むには、受け入れ人数がやや少ないのではないか、とも。
その点、立命館大学ビジネススクールが受け入れる総勢70名という規模で次代の経営者たちが輩出されていけば、業界の人材不足は大きく解決に向けて動き出す。
私もぜひ、その輪に参画できれば、という思いで教員のお話を引き受けた次第です。
▲山田氏(現職:(公財)日本交通公社 理事・観光研究部長)
理論と実践の対比を繰り返し、5~10年後の時間軸で考える視点を養う
大島:来春からどのような授業を展開していきたいとお考えですか?
山田:理論と実践、この両方を対比させながら進めていきたいと考えています。単に成功事例の結果だけを見るのではなく、なぜそれが実現できたのか、セオリーとプロセスに焦点を当てながら。
それともう一つ、受講生の方々には長期的な時間軸で課題をとらえることもお伝えしたいと思っています。
現役の観光実務者の方々は皆さん、日々の売上獲得にお忙しいと思いますが、例えば温泉地だとしたら自分の旅館だけが頑張っても、隣の旅館が次々と潰れてしまってはその地域の活性化は見込めない。環境問題も同じですよね。CO2削減も1社の奮闘では、いったいどれだけの効果が見込めるのか。
その点、立命館大学ビジネススクールで5年後10年後の成果を考えられる時間軸を自分の中に育くむことができれば、自社の利益から地域全体の利益、そして産業の活性化へと視野が広がり、その視点が自社の経営判断はもちろん、地元での同業者組織や観光協会等での発言にも生きてくる。そんな広がりのある学びの場にしたいと考えています。
一人じゃない安心感、利害関係を超えた学友ネットワークに期待
大島:単発やシリーズで展開される他の観光ビジネス・まちづくりセミナーとの違いはどのように出したいとお考えですか?
山田:やはり最大の特徴は、私を含め観光マネジメント専攻全ての学びが、経営学がベースになっているところだと思います。
本格的なマーケティングを学ぶには無論、統計と確率の話が出ますし、海外の動向を理解するだけの一定の語学力や、一般的な専門用語・固有名詞が飛び交うことも予測されます。それらは決して単発では身につかない力であり、大学のような長期的なカリキュラムでしっかりと自分のものにしていかなければ、本質的なレベルアップは難しい。
それから受講者の方々が期待できることは、利害関係を超えた仲間、同志ができること。おそらく今、地元で率先して新しいことに取り組んだり、独自のシェアを広げている方々は、圧倒的にマイノリティーだと思います。でも今、この観光マネジメント専攻に30代で入学したとすると、10年後、ご自分が40代になった時には、卒業生の固い結束で知られる米コーネル大学のように立命館大学ビジネススクールで培った人的ネットワークは何者にも変え難い貴重な財産になっているはず。
今は地元で自分1人しかいなくとも、じきに「2年下には隣の旅館の息子がいる」「3年下には隣町の…」と縦の構造ができ、それが将来的には横のネットワークになって、また次の波及効果を生み出していくのではないかと期待しています。
それに地元では距離も関係も近すぎて同業他社には言えないことも、他地域の同業者ならぽろっとこぼせることもきっとあるはず(笑)。そこも長期で学ぶ大学だからこそ成立する学友との関係性だと思います。
▲大島先生(専門分野:マーケティング、サービスイノベーション)
日本の観光に「シェアしたくなる経験、付加価値」を生み出せる経営者を
大島:今の日本の観光産業が抱える課題をどう見ておられますか?
山田:京都を例にお話ししますと、京都市は、量から質への転換を明確にし、ハイブランドホテルの誘致に取り組みました。結果、観光客数の伸び以上に、観光消費額は上昇し、目標を達成してきています。しかしながら、私が、観光消費額と市内の宿泊・飲食業の生産額の推移について分析したところ、両者のリンクは非常に低いことがわかりました。
逆にリンクしている分野は、不動産業と交通。両者の違いは、経営が域内事業者なのか否かということになります。つまり、京都に国内外から多くの人が来訪し、観光消費が生じたとしても、そこに対応する事業者が域外の資本、知財を利用したものであれば、生じた付加価値は域外に流出してしまうということです。
日本は自動車輸出によって、多くの外貨を稼いでいますが、その車が走る道路を整備しているのは、自動車を輸入している国々です。世界の国々が道路を整備してくれたおかげで自動車に対する需要が増大し、自動車メーカーは事業を拡大できたわけです。
日本の観光は、自動車輸入国と同じ状況になっています。モータリゼーション対応のために、自国で一生懸命、高速道路を作ってきたけれども、その上を走るのは輸入車ばかりということです。
無論、外資系企業が地域にもたらすものも確実にありますが、結局のところ、現在の日本の観光業には自分たちで付加価値を作り出し、時間をかけて出来上がったものにさらに再投資できる事業者が非常に乏しい。これは逆に、そういう付加価値を生み出せるような人たちを増やしていけば、日本の観光産業が変わる、ということでもあります。
大島:「観光スポットがあれば、地域が元気になる」という発想がもはや通用しなくなっているということですね。
山田:ええ、観光客の大半は小樽運河があるから小樽に行くのではなく、小樽運河をそぞろ歩きした後に地元の美味しい寿司屋で食べることができるから行く。“そこで何を経験できるか”が、観光地ブランドなんです。
ただし、その経験づくりに焦るあまり、地元の人もやっていないようなことを人工的に組み立ててしまうと、無理が生じてウソになる。そこは誠実に見極めたいところですね。
観光実務者にとって20世紀は、一言で言ってしまうと自社の商品を旅行代理店が買い上げてくれるのが観光だったと思います。けれども21世紀になり、個人客が自由に動く時代になると、代理店に売ることが重要なのではなく、「来てくれた後の評価」が重要になってきた。SNSの時代です。個人客が「どこどこで何をした」とシェアしたくなるような経験を、それを生み出す付加価値を作り出せる経営者になれるかどうか。そこで大きく道が分かれると思います。
情報革命がもたらした大きなパラダイムシフトの渦中にある観光業
大島:きたる12月3日に開かれる観光マネジメント専攻設置記念シンポジウム「観光ビジネスを創造するツーリズム・リーダーの役割」ではどんなお話をされるのか、さわりを聞かせていただけますか。
山田:私の中でここしばらく考え続けていることがありまして、それは、現代がこれまでの製造業社会からサービス経済社会に切り替わる大きな過渡期である、ということです。
18世紀後半に起きた産業革命以前の世界は、農業社会であると同時に封建社会。人々の移動は制限され、ほとんどの人が生まれてから死ぬまで一つの土地で暮らし、職業選択の自由もありませんでした。
それが産業革命によって製造業が生まれ、職業選択や居住の自由が生まれて、人々は農村から都市に流れていった。それから2世紀が過ぎ、20世紀末のインターネットの誕生によって情報革命が起きた現代は、産業の主役が製造業からサービス業へと大きくシフトしています。
つまり今、私たちが生きている21世紀は産業革命以降の100年に匹敵するくらいの激変が起きる100年間であり、2023年現在でまだ、その4分の1程度が終わったばかり。これから残りの4分の3の変化が、さらに加速度的に起きるであろうと予測されます。
大島:広義の意味で情報革命は、第二の産業革命であったわけですね。
山田:おっしゃる通りです。そのサービス経済社会になっていく荒波の中で、人の移動そのものである観光業はおそらく最もインパクトを受ける産業の1つなのではないかと感じています。
というのも、インターネットによる情報革命で我々は、これまではほぼ同一の地域であった「住んでいる場所」「働く場所」「学ぶ場所」のくびきから逃れ、好きなところに住み、好きなところで働くまたは学ぶという選択肢ができるようになりました。
その延長で、ごく普通の人々が自分のライフステージに合わせてどこどこに行ってみたいとか、あるいは魅力的なライフスタイルに惹き寄せられて初めてのまちを訪れる。そうした人々の移動、集まっていく営みが、今の言葉で言う「観光」になっていく。
こうしたドラスティックな観光のパラダイムシフトが、今後70年間に起きていく。その渦中に我々がいるという現状を自覚することが、春からの学びのプロローグになります。
時代の転換期のチャンスを見出し掴める次世代経営者の学びの場に
大島:最後に、立命館大学ビジネススクールの観光マネジメント専攻に来てくれたらいいなと期待する人材像を聞かせてください。
山田:「ワーケーション」という言葉が初めて社会に出てきた時も、「バケーション感覚で働くなんておかしい」と感じた人と、「そうなっていくのも自然な流れだ」と感じた人の両者がいたと思います。そこで自覚したいのは、我々の思考フレームや常識だと思っていることはあくまで製造業社会の時代に培ったものだということ。
先が見えない時代の転換期をただ恐れるのではなく、「変わるならそこにどんなチャンスがあるんだろう」と思考を前に飛ばすことができる人たちを立命館大学ビジネススクールは歓迎しますし、我々もそう考えられる次代の経営者たちを増やしていきたいと考えています。
農村に残るか、新しい時代が目の前で築かれていくロンドンに出ていくか、18世紀のイギリスで生まれた問いかけが今再び、日本の観光業の皆さんの前に突きつけられています。
その大きな転換期に立命館大学ビジネススクールが観光マネジメント専攻を開講するという好機をぜひとも、ご自分の手で掴んでもらいたいですね。
大島:ありがとうございました。
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