インバウンド特集レポート
今年6月に施行される「民泊」のルールを定めた法律。騒音などによる生活環境の悪化の防止など、各地の実情に応じて、自治体が条例によって営業できる区域や期間を制限できることになっているため、各地で条例案の制定への動きが慌ただしい。すでに大田区や新宿区では、制限を設けた条例が議会を通過し、他のエリアでも草案が発表され、パブリック・コメントの募集を始めている。3月の民泊登録開始が迫り、各自治体はどのような対応になっているのか、途中経過を報告する。
■大田区で全国初の条例制定、民泊できないエリアが出現?
東京都大田区議会は2017年12月8日、住居専用地域を含む一部地域において民泊を禁止する条例案を賛成多数で可決した。民泊の実施区域を独自に制限する上乗せ条例の制定は、全国初となった。
大田区の条例
*住居専用地域、工業地域や工業専用地域、文教地区など該当地域では、平日・週末に関わらず全ての期間において営業禁止
大田区は全国に先駆けて特区民泊の制度を活用するなど、積極的な取り組みを進めてきたが、民泊新法に対しては地域の住環境を最大限に配慮した内容の条例となった。今後は最低宿泊日数を2泊3日へと緩和する特区民泊と合わせて、民泊を推進していく。
条例の制定にあたって募集していたパブリック・コメントの中には、特定地域で民泊を完全に禁止することは住宅宿泊事業法の趣旨に反しており、過度な規制となるという反対意見もあった。制限区域によって、民泊実施がゼロになるところもあり、国の定める法律と矛盾しないのだろうか。民泊を推進している弁護士によると行政訴訟も視野に入れ、今後の対策にも目が離せない。
■渋谷区では、先進的な方向性となるものの反対意見も多数
渋谷区の条例案は以下のように、例外規定が目を引くものとなっている。
渋谷区の条例案
*子どもたちの安全安心のための環境を確保するため、一定の区域で期間を制限する
*期間を制限する区域は、文教地区、第1種・第2種低層住居専用地域、第1種・第2種中高層住居専用地域で、月曜日の午後から金曜日の午前の営業を制限する
*例外規定として、緊急時などに、家主や管理者業者がすぐにかけつけることができ、地域と顔の見える関係づくりを行っている場合には、制限しない。緊急時などにすぐにかけつけられる条件とは、事業を行う住宅から一定範囲の距離を指定し、町会や防犯協会、消防団などと情報を共有し、交換することを要件としている
2017年12月19日に渋谷区民泊のあり方検討会意見交換会が開催され、この例外規定に関するものを含め、多くの意見が地元の有識者から出された。
渋谷区商店街連合会 幡ヶ谷・笹塚ブロック長 秋元浩氏からは、「民泊による地元での消費を歓迎。外国人客が、商店街でお茶の土産、洋服、小さなカメラ屋で中古品を買っていく等で、地域の活性化につながっている。ただ民泊付近は、騒音、タバコのポイ捨てやゴミ出しに困っている人もいる」との意見が出た。
渋谷ホテル旅館組合副組合長は、「家主不在型は、顔が見えないため、ゴミ、騒音が懸念される。デリヘルの温床になるリスクも検討すべき。家主不在型については、安全、安心が確保され、消防は旅館ホテルと同一の規制にすべき」と述べた。
シェアリングエコノミー協会の認証制度プロジェクトマネージャーは、「方向性については主旨に沿っており賛成だが、平日の民泊を制限するように厳しくし過ぎると、民泊登録をしないで、闇に潜ってしまうリスクがあり、これでは意味がない。滞在型、不在型を含め、地元の信頼関係を築くことが大事だ」との意見だった。
京王電鉄取締役・戦略推進本部長は、「良質な事業者を増やすことが大切だ。悪質な民泊業者を排除していきたい。旅の仕方が変わってきたと考えている。新しいニーズをくみ取る良い機会だ。幅が広がっているので、既存のホテルと競合することはないと考えている。区民の方々がイキイキできる可能性が民泊にあると思う」と語った。
原宿神宮前まちづくり協議会代表幹事は、「この界隈は、戦後間もないころは米軍キャンプが近くにあり街がすさんでいた。そこで、文教地区として再生させてきた歴史がある。この環境を自分たちで守ってきたのだ。その街の良さを求めてファッション文化を楽しみにやって来る多くの日本人が増えた。(家主不在の)宿は反対する。しかし家主居住型ならホームステイと同じなのでOKだ」と例外規定への反対を述べた。
渋谷区観光協会の代表理事は、「オリンピックが目的ではない。渋谷が魅力だから人気のエリアなのだ。簡易宿泊所を増やすほうが良いと考える。旅館業法が緩和され、そこに期待したい」と宿問題全体について意見。
渋谷区PTA連合会連絡協議会の会長は、「いち保護者からの意見として、児童に危害がなければ問題ない。児童が異文化と触れる機会があるのはいいことだ。通学路の区域が心配だ。5年後、10年後を見なければならない。多様性がでてくるからだ。教育、地域、商業などさまざまな観点からみる必要がある」条件付きで前向きな意見だった。
数多くの意見が出される中で、警察や消防からは、民泊について心配する声が多かった。今後は、パブリック・コメントを経て、委員会で審議され、議会で決定となる。
■民泊が集中する新宿は断固厳しい条例となった
新宿区の場合も、厳しい規制に動いた。もともとも不在型民泊が多いエリアで、近隣住民からの苦情も多く、どこよりも早く対策を進めていたが、2017年12月の議会で、「住居専用地域」で毎週月曜日から木曜日までの民泊営業を禁止する条例が可決、成立した。
新宿区の条例
*住宅専用地域では、月曜正午から金曜正午は営業を認めない(平日でも祝日の場合は、祝日の正午から翌日正午まで民泊の営業が可能)
新宿区では2016年10月に有識者や住民らが参加する検討会議を設け、都市部の実情に沿った民泊ルールを話し合ってきた。住民からの苦情の多さもあり、民泊法の趣旨は踏まえつつも住宅地での規制強化に踏み切ることが決定した。
また国に対しても、区や特別区長会から「民泊サービス」法制化に関し、2017年1月、厚生労働大臣、国土交通大臣及び内閣府特命担当大臣あてて「地域の実情に応じて運用できる民泊の法制化を求める要請書」を提出していた。民泊新法が審議される以前から、各エリアの裁量権を求めていて、まさに新宿区の願いが地域の裁量権として実現したとも言える。
■住宅街を多く抱える世田谷区も厳しい条例の草案に
東京都世田谷区は2017年11月20日、今年6月に施行を控えた住宅宿泊事業法(民泊新法)に向けて、住居専用地域において月曜日正午から土曜日正午までの営業を制限することなどを盛り込んだ「(仮称)住宅宿泊事業の適正な運営に関する条例」の骨子案を発表した。
世田谷区の条例案
*住居専用地域については、月曜日正午から土曜日正午までの営業を制限する
世田谷区の保坂展人区長は同日に開催された記者会見の中で、「住宅地域が多くを占める世田谷区の落ち着いた生活環境を守ることを基本としながら、国内外の観光旅客の宿泊に対する需要に的確に対応し、区民との交流を促進することも視野に入れた、基本的な考え方をまとめ、この度、条例の骨子案を作成しました」と説明した。
同区は今月から骨子案に関するパブリック・コメントを募集し、2月に区議会に同条例案を提出する。
世田谷区の閑静な住宅街を維持する方向性だが、住宅区面積が78.4%を占める同区では、実質これでは骨抜きになりかねない。そこで、区民からも、同居型民泊と不在型民泊を分けて規制して欲しいといった声があがってきた。同居型とは、ホストが住んでいて空いた部屋を提供するもので、ホームステイに近い。一方、不在型はホストが居住しないで、空き家等を運営すること。前者は「交流」に比重を置き、後者は「収益」に比重を置く。目指していることが根本的に異なる。
世田谷区では、住宅専用地域では、週末のみの営業となる。同居型民泊を進めたいと思っていた人たちは、これに反発して、陳情書を提出した。多くの署名を集め、検討会でも厳し過ぎるのではという意見も出てきたそうだ。
■中野区、中央区、杉並区等、居住者に配慮の草案へ
同じく住宅が多い中野区は、区の7割強を占める住居専用地域での営業を、祝日を除く月曜正午~金曜正午は禁止とする条例案となった。
草案の段階で、鉄道の駅の出口から一定の範囲は住居専用地域であっても制限の対象から除くとしているニュース記事もあったが、やはり線引きが難しいということもあり、この文言は消えてしまった。年間の営業日数上限は160~170日程度となる見通しだ。
中央区は12月26日、区内全域で、月曜日正午から土曜日正午までの営業を制限することなどを盛り込んだ条例の骨子案を発表した。同区は1月17日まで同骨子案に関する意見を募集し、2月に区議会に同条例案を提出し、同6月の条例施行を目指す。
一方、杉並区は不在型に関しては週末のみと規制しているものの、同居型については規制を加えない草案となっている。これまでの地元保健所に寄せられた苦情約140件のうち、99%が不在型であり、そちらを規制しようという動きとなったのだ。
草案、パブリックコメント、修正を加え、区長に提出して議会で最終的に決定するという流れをとる。
中野区の条例案
*住居専用地域での営業を、祝日を除く月曜正午~金曜正午は禁止とする
中央区の条例案
*区内全域で、月曜日正午から土曜日正午までの営業を制限する
杉並区の条例案
*不在型の場合は週末のみに営業を制限する
■民泊に厳しい京都と推進する大阪市の動向は?
ところで、関西圏の動きはどうだろうか。一番厳しい京都と先進エリアの大阪についてお伝えしよう。
かねてから民泊のふさわしいあり方について議論を重ねてきた京都市は、昨年11月末に民泊条例案を提示、市民意見を募集したのち、今年2月の市議会に提案する方針だ。
京都市の条例案
*住居専用地域は年間営業期間を1、2月の約60日間に限る。町家は例外で新法上限の180日間まで認める。
*苦情対応などで管理者らが10分以内に客室へ駆け付けることができるよう半径800メートル以内の駐在を求める。
一方、2016年10月から特区民泊を開始し、民泊推進をする大阪市では、今年6月の民泊新法施行を睨み、2017年12月28日に独自の民泊ルールを定めた条例案を発表した。
大阪市の条例案
*近隣住民等への事前説明
*特区民泊との重複不可
*区域と期間の制限は行わない
多くの自治体が民泊制限条例の制定によって営業禁止期間と禁止区域を定める流れの中、大阪市は条例案の意見公募(パブリックコメント)開始に伴い、全国で初めて「実施区域と実施期間の制限はやらない」という市長コメントが報道された。そのため、違法民泊を適法民泊へ積極的に誘導するためのルール作りとなっている。
■国交省によるとガイドラインが発表され、民泊促進となるか?
2017年12月下旬に、国交省から民泊のガイドラインが示された。新たな法律は、民泊の普及を目指すもので、条例によって、年間を通じて一律に営業を制限するのは「適切ではない」としており、その他、細かい規定が明文化されている。
3月の登録開始までもう時間がない。全国各地、どのような民泊条例になるのか、民泊が日本に根付くのか、今後の動きから目が離せない。
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text:此松タケヒコ
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