インバウンド特集レポート

消えゆく奥山文化を守る、石川県白山白峰の古民家再生と体験型観光が生み出す新たなモデル

2025.03.12

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観光庁が推進する「歴史的資源を活用した観光まちづくり推進事業」は、各地域に根付く伝統文化や歴史的建造物などを活用した魅力的なコンテンツを造成し、また宿泊や飲食等にも利用することで、滞在型の観光地域づくりを目指す取り組みだ。2024年度、この事業に採択され、歴史ある町なみのゾーニングや古民家ホテルのモニターツアーなどに取り組んだ、石川県白山市白峰(しらみね)地域の観光まちづくりを担う、株式会社YOSITAIの主要メンバー3人に話を聞いた。


▲冬は豪雪地帯である白山市白峰地域

 

「奥山人」の暮らしと歴史ある町なみを未来へ継承

日本三大霊山として知られる白山の麓に位置し、雄大な自然と山岳信仰の歴史を持つ、石川県白山市白峰地域。山深い地域に築100年以上の古民家が連なる町なみが残されており、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。春から秋にかけては、町なみ観光や温泉を楽しむ近県からの旅行者、夏は白山の登山者が近県だけでなく全国からも訪れるが、宿泊施設の数が限られることから日帰り客が中心で、宿泊者は年間2万人に満たない。

年々、人口減少や高齢化が進み、地域経済が縮小するなか、歴史ある町なみを維持管理するための策として取り組まれてきたのが、大学生や留学生を対象とした山村文化交流事業だ。こうした教育観光の受け入れにひと役買っているのが、ガイド団体のNPO法人白山しらみね自然学校で、白山の登山ガイドのほか、重要伝統的建造物群保存地区のガイド、奥山の暮らし体験、キャンプ、E-バイクのツアーなどのプログラムを開発、実施している。また2022年には観光まちづくり推進会社、株式会社YOSITAIが設立され、空き古民家を活用したまちづくりも始まっている。

同地域の出身で、白山しらみね自然学校の理事兼事務局長、白峰観光協会の会長、株式会社YOSITAI代表を務める山口隆氏はこう話す。「白峰地域は、里山ではなく、そのさらに奥にある奥山。高地の豪雪地帯という土地ならではの生活文化や食、四季折々の民俗芸能や祭りが地域の人たちによって継承されてきた。そうした地域の特色を『奥山人(おくやまびと)の暮らし』として内外の人に伝え、継承していくことを目指している」

山口氏は元々白山市役所の職員だったが、「行政でできることには限界がある」と感じ、定年退職後は白山しらみね自然学校に活動の場を移し、国立公園内や白峰地域のガイド、ガイドの育成、エコツアーや地域の文化を体験するコンテンツ作り、山村文化交流事業を展開するなど、まちづくりに積極的に関わってきた。金沢大学との連携により過去9年で白峰地域に滞在した留学生は20カ国、800人以上に上り、学生たちと地域の人々との交流も生まれている。こうしたまちづくり活動の甲斐あって、徐々に地域内外のまちづくりに関心を持つ人、白峰地域のファンたちとの繋がりができ、関係人口が増えていった。

2022年12月、地域の課題を解決するため、白峰地域の住民有志と金沢工業大学、ITベンチャー企業、まちづくりプランナー、建築家、不動産業、デザイナー、アーティストなど、地域内外のファンが集まって設立されたのが、観光まちづくり推進会社である株式会社YOSITAIだ。ちなみに「よしたい」はこの地域の方言で「ありがとう」の意味。地域を応援する人たちへの感謝の気持ちと、「(白峰を)よくしたい」との意味が込められている。

 

まちづくりのエンジンの1つとして、官公庁の事業を活用

株式会社YOSITAIでは、1.白峰地域のエリアブランディングやプロモーション事業、2.空き家を取得し整備し、宿泊施設や飲食店などとして貸し出す不動産事業、3.域内施設への顔認証やデジタル技術の導入による、地域観光のDX事業、などを手掛けてきた。現在、地域内の空き家は同社が取得し、リノベーションして貸し出している。空き家再生の例としては、2024年11月に重要伝統的建造物群保存地区にある古民家2棟をNIPPONIAブランドの古民家ホテル「白山白峰 奥山人の里」としてオープンさせている。2棟の売り上げから、株式会社YOSITAIに家賃が支払われるシステムだ。

こうした、まちづくり活動に活用してきたのが、観光庁、文化庁、農林水産省などの官公庁が実施するさまざまな事業だ。山口氏は「当社は資本金や資源が潤沢にある会社ではないので、有効な助成事業に申請し、採択され、助成金を得て事業を展開している。過去いろいろな官公庁の事業を活用しており、そのほかにも企業版ふるさと納税を活かした事業の展開、石川県の文化観光事業などにも挑戦している。さまざまな事業を動かし、常に走りながら考えている状況だが、こうした事業を利用しなければ、田舎ではなかなか事が動かないのも事実。その意味でこうした事業が、我々の活動を推進するエンジンの1つになっている」と話す。

2024年度には観光庁の「歴史的資源を活用した観光まちづくり推進事業(モデル創出)」(以下歴まち事業)に採択されている。株式会社YOSITAI取締役の上原望氏は、歴まち事業に申請した理由をこう話す。「我々が進めてきた古民家ホテルのモニターツアー実施、白山奥山人の暮らしを伝えるコンテンツ作り、今後取得していく物件の調査、事業計画の策定などに役立てたいとの目的だった」

上原氏は、地域課題に取り組むシンクタンク事業会社、地域外街づくり会社の社員で、東京から白峰地域に通いながら、過去の事業や、歴まち事業において事業管理・事業推進・事務等の中心的役割を担ってきた。


▲NIPPONIA「白山白峰 奥山人の里」

 

歴まち事業で広がる新たな観光体験の開発と地域づくり

歴まち事業で手掛けた事業は、1.エリア計画策定と経営体制の高度化、2.「白山白峰奥山人の暮らし」の体験プログラムの開発、3.持続可能な地域づくりと環境維持保全の取り組み強化の3つ。

1つ目の「エリア計画策定と経営体制の高度化」については、株式会社YOSITAIの取締役でもある金沢工業大学建築デザイン学科宮下智裕教授と山口代表が中心となって、地域内をくまなく見て周り、町の成り立ちや機能ごとにゾーニングを行った。

「南番と呼ばれる町の南側は『石垣や旧市街地の格式が漂い、山の麓により近い落ち着いた奥座敷エリア』、北番と呼ばれる北側は『現中心市街地で活気があり、都会を感じる交流エリア』と位置づけ、さらにエリアごとに細分化して活用案やコンテンツのアイデアをまとめた。空き家としてピックアップした5棟に関しては、どのような活用法があるか調査を続けている。経営計画をまとめ、事業計画を作ることによって、2025年の活動に繋げていきたい」(上原氏)

2つ目の「体験プログラムの開発」については、前述のNIPPONIA「白山白峰 奥山人の里」でモニターツアーを実施した。NIPPONIAの会員サイトやSNSを通じてモニターツアーの募集を行い、1回目は2024年11月下旬から12月中旬にかけて9組26人が、2回目は2025年1月下旬から2月中旬にかけて2組5人が参加した。

NIPPONIAの経営、接客等のオペレーションを担うのは、白峰地域の老舗旅館「白山苑」の経営に携わり、株式会社YOSITAIの共同代表を務める村井徹氏だ。同氏によると、モニターツアーでは1泊、連泊、素泊まりなどさまざまなパターンを実施し、チェックイン、チェックアウトの際のお客様の動線やスタッフの動き方、連泊の際の食事の提供など、主にオペレーション部分を再確認した。ただ、肝心の体験プログラムの実施には至らなかったという。

「古民家に案内し、家のつくりや人々の暮らしぶりをガイドする時間は設けたが、豪雪の中での活動にあまり積極的ではない人が多かったので、それ以外のプログラムは実施しなかった。お客様がどういった過ごし方、動き方をされるか、どんな要望が多いかなどの確認作業が中心になった」と村井氏は話す。

現在は、歴まち事業のアドバイザーを務める石見銀山群言堂の松場忠氏からの、「コンテンツにしろ、ガイディングにしろ、かっちりと作りこみ過ぎず、偶発的なものが残されていた方が良い」とのアドバイスを受けて、さまざまな旅行者の要求や動きを考え、対応できるようなコンテンツを検討中だ。


空き家活用の取り組みに合わせて行ったガイドツアーや、モニターツアーの様子 

「松場氏からは、宿のしつらえやコンテンツづくりについてお客様視点の意見を数多くいただき、非常に参考になった。今まで、白山しらみね自然学校で開発してきたプログラムもたくさんあるため、春以降は宿単体ではなく地域全体の魅力を感じてもらえるようなコンテンツを考えたい」(村井氏)

3つ目の「持続可能な地域づくりと環境維持保全の取り組み強化」については、地域のお祭りに株式会社YOSITAIがブースを設けたり、ワークショップを行ったりすることでまちづくり活動のPRを行った。2月上旬に開催された雪だるままつりでは、同社の活動に携わっているアーティストや美大生の作品を一部の空き家で展示する試みも行われた。また「持続可能な地域づくり」を考える上で、喫緊の課題となっているのが冬場の雪の問題だ。

村井氏によると「豪雪地帯のため、雪下ろしや雪かきには何十万円もの管理費用がかかる。そうした費用が払えず、家を手放すケースが多い」とのこと。そのため、旅行者が雪下ろしや雪かきを体験するプログラムを検討したが、屋根に上がる雪下ろしは危険が伴うため、雪かき作業を手伝ってもらう案が浮上している。

「状況が許せば、2回目のモニターツアーで雪かき体験も取り入れていきたい。旅行者の方にとっても記憶に残る体験になり、地域の人の役に立ったという感覚も得てもらえるのではないか」と村井氏は期待をかける。

 

白峰の観光を進化させ、奥山の文化を未来へつなぐ

NIPPONIAの宿では、自然、環境、歴史、文化に関心を持つ国内外の富裕層をターゲットに掲げ、特にインバウンドは欧米豪の旅行者獲得を目指している。しかし歴まち事業のアドバイザー、松場忠氏からは「富裕層に訴求できるか、マーケットに詳しい専門家から追加の助言を受けた方が良い。また地域内で、富裕層のイメージのすり合わせ、オペレーションの対応が可能か対話を重ねることが大事」との助言を受けたため、今後はより細かなターゲット設定や、オペレーションの見直し作業が行われるという。

また、歴史や文化に興味を持つ外国人旅行者に白峰地域の魅力を深堀りして伝えていくためには、ガイドの育成も必要となる。現在は山口氏らが、白山しらみね自然学校でガイド育成を行っているが、外国人旅行者に対しては、外国人の視点でガイドをするのが望ましいことから、1000人の留学生を擁する金沢大学と連携し、留学生たちにガイドを務めてもらうことを考えている。ただし、彼らには大学の授業もあるため、今後は他の方法も模索していくとのことだ。

一方で、白峰地域のアイデンティティでもある、「奥山」の文化継承が難しくなっているという根本的な課題もある。山口氏は「昔は宴会になると歌い手がたくさんいて、地域の民謡が歌い継がれてきたが、今はそういう状況ではない。それに生活の中で使われてきた道具の中には、既に作られなくなったものもある。こうした文化がうまく継承されなければ、奥山ではなく一般的な里山になってしまう。我々が『奥山人の暮らし』を白峰の魅力として掲げるなら、既に消滅した文化を、現存する他の地域の力を借りて伝え直す作業も必要」と話す。

山口氏は、これまでさまざまな官公庁の事業を活用してきた経験から、今回の歴まち事業についてこう話す。

「以前は新しいハードを造るだけ、ソフトを作るだけの事業が多かったので、歴まち事業のように、地域にあるものに目を向け、文化、観光、歴史的なものを組み合わせていく取り組みを支援いただけるのは非常にありがたい」

今回の成果を踏まえ、株式会社YOSITAIでは、2025年度内にもう1軒の古民家宿のオープンを目指す。さらに空き家3~5棟を宿や交流空間として整備していく予定だ。またガイドやコンシェルジュ機能を強化するため、白山しらみね自然学校と宿の連携を進め、奥山人の暮らしを体験してもらえる仕組みをつくっていくという。

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