インバウンド特集レポート
東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県山元町は、震災時に人口の約4%を失い、震災後の6年間で人口の25%以上が流出した。深刻な人口減少への対策が急務とされるこの町に、国内外からの観光客が近年急増している。彼らのお目当ては、イチゴ狩りやイチゴの栽培を学ぶことができる施設「イチゴワールド」だ。震災前に山元町の名産品であった「イチゴ」を再び産業の柱にしようと立ち上がったのは、この施設の仕掛け人である岩佐大輝氏。復興を目的に岩佐氏が創設した株式会社GRAの軌跡を追いながら、インバウンドへの取り組みを探る。
IT起業家がイチゴ農園をはじめた理由
宮城県山元町出身の岩佐氏は高校卒業後に上京し、大学在学中から自身の会社を経営するIT起業家として活動していた。しかし2011年に東日本大震災が起き、故郷の山元町は人口の4%を津波で失い、町の産業を支えていたイチゴハウスも95%が津波に飲み込まれてしまう。
甚大な被害を目の当たりにした岩佐氏は、山元町に雇用を生み出そうと決意し、2012年1月に農業生産法人GRAを設立。ビジネスをスタートするにあたり、「どんな条件にある地域でも、グローバルレベルで勝負できる産業があれば、再び栄えるのではないか」という仮説を立てた。
「イチゴ」は山元町の誇り。データ分析と営農の抜本的改革
日本におけるイチゴの卸売市場規模は1748億円と、農産品の中では非常に大きく、世界的にもイチゴ市場の年平均成長率は10%と大幅な伸長が続いている。国内の市場規模と世界のトレンドを把握した岩佐氏はさらに、山元町の人々に「誇りは何ですか?」というアンケートを採った。その結果、7割の人が「イチゴ」と答えたため、経済的価値に加え象徴的な価値も備えたイチゴで復興を目指すことになった。
一方でイチゴ農家の1人あたりの時給を割り出してみたところ、693円という数字が浮かび上がり、「貧農を増やすわけにはいかない」と考え、イチゴ営農の構造改革に取り組もうと決意する。
「復興の起爆剤を作ろう」という強い意志からスタートした地道な取り組み
「イチゴ農家を営む」とはいえ、そのためには当然ノウハウが必要となる。地元の社会福祉協議会で福祉事業に携わっていた橋元洋平氏と、イチゴ営農40年の大ベテラン橋元忠嗣氏をボードメンバーに迎え、3名で創業することになった。まずは自分たちで水を引いて栽培してみようと何本か井戸を掘ったものの、津波の被害に遭ってしまった土地では塩水しか出ない。こうした数々の障壁を乗り越えながら基盤を作り、遂にイチゴ栽培を伝授してもらうことに。しかし勘と経験のみで営農してきた職人気質の橋元氏は「イチゴと会話して覚えるものだ」「15年ついてこればわかる」といった調子だったという。
若い方や外国の方に来てもらって農業の技術を覚えてもらい、産業の柱にするにはやり方を変えなければと思い立った岩佐氏は、IT技術を駆使して匠のノウハウをデータ化し、再現性を持たせることに徹底して努めた。また、ドローンを飛ばして花数を数え、収穫時期をピタリと当てる技術なども開発している。その結果、現在では「面積あたりの収穫量」と「キロ当たりの販売単価」が2倍となるなど、大きな成果を上げている。
「イチゴワールド」設立でインバウンド誘致、「ミガキイチゴ」で世界に挑む
現在では「イチゴワールド」を設立してイチゴの開発拠点を作り、イチゴ狩りの会場として観光客を誘致するとともに、最先端の農業技術を国内外の人々に解放し、新規就農者の支援も行なっている。また、この地で栽培されたイチゴに「ミガキイチゴ」というブランド名を冠してアジアへの輸出も手がけ、中でも最高品質のイチゴを1粒1000円で販売するなど話題を呼んでいる。
インバウンド戦略にも注力しており、昨年は台湾の旅行博や現地旅行代理店への営業や、仙台空港からタクシーで近郊を周る訪日客向けタクシープランへの参画、ウェブサイトの英語ページ開設、東北大学の留学生を対象としたイチゴ狩りイベントの開催及び発信など、さまざまな取り組みを行ってきた。その結果、アジア・欧米を中心に多くの外国人が訪れている。こうしたイチゴワールドの貢献もあり、人口1万2000人の山元町に昨年は2万5000人の観光客が来訪。今年度は5万人以上の来訪が見込まれているという。
今後、インバウンド客には「東北を周遊してもらって、最後にイチゴ狩りというコースを提案していきたい」と岩佐氏は語る。さらに、ウェブサイトの台湾語ページ開設や、香港発の旅行予約プラットフォームKlookをはじめとした海外体験サイトへの情報掲載も検討しているという。こうしたインバウンドへの対策を含め、「地方創生」「復興」の先を見据えた同社のグローバルな活動には、今後ますます注目が集まりそうだ。
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