インバウンド特集レポート
前回は、「聖地巡礼」としてアニメ・マンガの舞台を訪れる外国人観光客への各地の取り組みについてご紹介した。最終回となる今回は、海外での日本のアニメの人気の高さと、そこから生まれるコミュニティの活動、そしてアニメの影響力が日本のイメージアップに与えている大きさをお伝えしたい。
フランスでは日本のマンガが一目置かれる存在に
これまでお伝えしたように、旅行先を左右するほど日本のマンガやアニメは海外で評価が高いのだろうか。
フランスのコミック関連の仕事をする日本人に聞くと、確かにフランスでは日本のマンガは人気だという。
「マンガ界のカンヌ」と呼ばれるアングレーム国際マンガ祭が、毎年1月下旬にフランス南西部アングレーム市で開催される。それは、世界最大規模のマンガフェスティバルであり、フランス国内外のマンガ家、国際色豊かな大小さまざまな出版社、そしてマンガ愛好家が、世界中から一堂に会する「マンガの祭典」だ。46回目の今年(1月24~27日開催)は、『うる星やつら』や『めぞん一刻』を始め、1980年代以降、多くのヒット作を手がけたマンガ界の巨匠、高橋留美子が、マンガ家の功績全体に与えられる「グランプリ」を受賞した。
同マンガ祭の長い歴史の中でも、女性のマンガ家が「グランプリ」を受賞するのは史上2人目ということもあり、日本はもちろんフランスでも大きな話題を呼んだとメディアが報じていた。
さらに、つげ義春の『ねじ式』『無能の人』など独特な世界観を持つ作品が、フランスでは熱烈なファンを持っている。彼の作品に魅せられたボルドーの小さな出版社がフランス語版の全集刊行に取り組んでいるほどだ。
もともとフランスにあるコミックとは別物として日本のマンガは支持されていて、それもマニアックな層だとフランスのコミック関係者は言う。また、作品ごとにファンが異なり、一括りにできないのも現状のようだ。
日本のマンガを翻訳するアメリカ人女性のコメント
日本のマンガファンでもある翻訳家のエミリ・バリストレーリさんに、今後の日本のマンガの可能性について聞いてみた。
彼女はアメリカのウィスコンシン州の出身で、旅行で2008年に初来日し、7年前から移住をしている。
日本文化由来のもの、例えばゲームやアニメの「セーラムーン」を子供のころ好きだったそうだ。もっとも当時は日本への意識はなかったそうだ。マンガというよりもアニメがきっかけで日本語に興味を持つようになり、高校生の頃はアニメクラブに入っていた。そこでは、マンガを読む機会も多かったという。
その後、翻訳家になるために早稲田大学に留学して、本格的に日本語を学んだ。日本語の理解が深まると、日本文化の深さを知るようになり、ますます面白くなってきたそうだ。
世界に向けて紹介したい作品がいっぱいあるとエミリさん。時間があれば、日本のマンガや小説を読み、英語版への翻訳を提案したい作家もいるとのこと。数年間注目してきた森見登美彦氏の作品の翻訳がようやくできて、今年6月には、アニメ映画としても人気の「夜は短し歩けよ乙女」の英語版が出版される予定だ。
エミリさんによると、アメリカでは「進撃の巨人」など、新しい作品がどんどん紹介されていて、日本のマンガ・アニメのコミュニティもできている。Twitterなどで緩くつながっており、最新情報や意見交換が活発に飛び交っている。
マンガから高まる日本の文化への興味
このようにオタク的にマンガ・アニメ好きのアメリカ人がいる一方で、さらにそこから日本文化に興味を持つ人たちも少なくないとエミリさんは指摘する。
例えば、エミリさんは「ヒカルの碁」を高校生のときに読んで、碁に興味を持った。いろいろと勉強したら奥深くてそこまで時間を取れないため、断念したそうだが…。また現在は、「幼女戦記」の翻訳をしていて、本当は戦争モノは嫌いだったが、政治的駆け引きや戦略などの深い内容に、だんだん興味が湧いてきたという。「落語心中」という英語版のマンガ作品があり、落語に興味を持つ外国人も出る可能性があると指摘する。
マンガの持つ可能性は、聖地巡礼だけではなく、日本文化に興味を持ってもらうきっかけになるということだ。
その一例として、海外でカルタに興味を持つ人が増えている。人気の火付け役は、競技かるたを題材としたアニメ「ちはやふる」だ。2011年に日本でアニメの放映が開始されてから、50以上の国と地域で配信されている。
原作は末次由紀による少女マンガで、主人公の高校生・綾瀬千早が競技かるた日本一のクイーンを目指す、というストーリーを中心に数々のドラマが展開され、躍動感のある競技かるたの描写とともに人気を博している。2007年12月に講談社『BE・LOVE』への連載がスタートした原作マンガも、2009年以降、台湾やタイ、フランスなどで翻訳され、国際的に親しまれている。
海外でのカルタ人気はアニメ・マンガがきっかけ
海外数カ国でかるたサークルを立ち上げ、レクチャーや競技実演による普及活動を続けているストーン睦美さん(アメリカ在住)によると、海外各地のかるたサークルで、日本語が分からなくてもかるたに興味を持つ人が増えたのには、「ちはやふる」のアニメの影響が大きいとのことだ。
ボストンでは、2011年9月に「なかまろ会」というかるたの同好会が設立されている。在米日本人とその子どもたちを中心に、5歳から50歳代の日系のハーフ、クウォーター、及び現地の白人層や中華系など様々な背景を持ったメンバーがおり、なかには日本語がまったく分からないメンバーもいるが、互いに日本文化を愛する仲間として活動している。全員がボストンでかるたを始め、インターネットや日本の知人に教えてもらった情報をもとに練習している。
なかまろ会は、中国、台湾、韓国、タイ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、ハンガリー、ベルギー、アメリカ、ブラジルに加え、モンゴル、シンガポール、ロシア(サンクトペテルブルグ)、イギリス、インドネシアにもある。ストーンさんによると、日本語のわからない外国人は、文字をデザインとしてとらえ、音と関連づけて記憶することもあるそうだ。
ところで、かるた好きの外国人が日本に来て向かう場所は、滋賀県大津市の近江神宮だという。「ちはやふる」の物語の中で大会会場として描かれており、訪れたいと思うファンが多いようだ。近江神宮はかるたの聖地で、かるた甲子園など、多くの大会が開催されている。
さらに、昨年11月に大津で世界大会が開催され、今年の11月にも第2回目の開催が予定されている。
近江神宮では、近年の「ちはやふる」のブームもあって競技かるたの試合で着用するはかま衣装のレンタル(1時間500円)が、若い女性に人気を呼んでいて、外国人の利用も珍しくないという。
マンガ・アニメは、聖地巡礼だけではなく、今後は、日本文化に興味を持つ入口になり、日本文化の広報担当者のような存在かもしれない。さらなる波及効果が楽しみだ。
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