インバウンド特集レポート
ここ最近、ヴィーガンが注目されている。イギリスから始まった菜食主義のライフスタイルが、欧米を中心に若い世代に急速に広まっているのだ。来年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、日本の飲食関係も対応が急がれるなか、現状をリポートした。(執筆:此松タケヒコ)
先日、国連の温暖化対策サミットで各国の代表を前に温暖化対策について熱烈な演説をしたことで一躍有名になったスウェーデンの16歳の女性活動家がいた。環境問題に関する意識は、欧米の若い世代が進んでいる印象だ。それに呼応するかのように、欧米人の若い世代はヴィーガンが多く、イギリス人の20代の4人に一人はヴィーガンではないかと、ヴィーガン歴20年のイギリス人男性は言う。後述するが、環境問題とヴィーガンには関係性があるそうだ。
ヴィーガンとベジタリアン、多様化する食生活
ところで、ヴィーガンとは何だろうか。ここで整理したいと思う。
ヴィーガンは20世紀の中頃に登場したもので、「Vegan」と書き、「Veg(etari)an(べジタリアン)」が短縮されてできた言葉。1944年、イギリスでヴィーガン協会が設立され、2012年ロンドンオリンピックを契機に、ヴィーガン対応のレストランが急速に増えてきた。
では、ベジタリアンとどう違うのか。実は、ベジタリアンは細分化されていて、そのうちの一つがヴィーガンだ。下記のように分類され、単純に肉を食べないというだけではない。
ヴィーガン(植物性食品のみを食べる)
ラクト・ベジタリアン(植物性食品と乳製品は食べる)
ラクト・オボ・ベジタリアン(植物性食品と乳製品、卵は食べる)
ペスコ・ベジタリアン(植物性食品と魚、卵、乳製品は食べる)
上記の他にも多くのカテゴリーに分類されているそうだ。
共通している考え方は、自身の健康の側面、そして動物愛護や環境問題への意識が背景にある。さらにヴィーガンも細分化されていて、例えばエシカル・ヴィーガンは、レザーや毛皮、シルクといった動物性製品を身に付けることも避ける*。ところで、一体ヴィーガンの方々は何を食しているのだろう。一般的には、野菜、果物、穀物(パスタなども含む)、ナッツ類、豆類、シリアルとなる。そんな彼らが喜ぶヴィーガン食対応は、日本においてどこまで進んでいるのだろう。
国内で、今年になって注目されるヴィーガン市場
「やっとここ最近、注目が高まってきましたよ!」そう答えるのは、ヴィーガン食のコンサルティングを行う千葉芽弓さんだ。
5年前に「Tokyo Smile Veggies 」という団体を立ち上げ、ベジタリアン料理の普及活動を仲間と開始した。当時、東京オリンピックの開催が決まる一方で東京はダイバーシティになっていないという危機感を持っていた。欧米等では普通にあるベジタリアンメニューが、東京のレストランではほとんどないのだ。料理人は素晴らしい腕があるにかかわらず、迎え入れる店も何をつくっていいかわからない状況である。
この団体のコンセプトは、「東京にベジなおもてなしを!」とあるように、訪日外国人にもベジ食を気軽に楽しめるための飲食店の普及活動だ。しかし、5年前は注目されることがなく、ようやく今年になって、取材依頼や相談が急速に増えたという。最近では、卒論でヴィーガンを書きたいという学生もいるそうだ。メディアとのコラボ企画や、さらに行政とのコラボ企画も進んでいる。
料理イベントでは、千葉さんも自身でヴィーガン料理をつくる。9月25日に原宿のエスパスラング東京で、ヴィーガン食のイベントを開催した。各県のご当地料理をヴィーガン食にアレンジをするという挑戦だ。第1回目は北海道がテーマで、ラーメンサラダ、豚丼が登場。もちろんラーメンの麺は、ヴィーガン用にコンニャクの麺や小麦だけの麺を使用した。豚丼は肉の代わりに、コンニャク、大豆を利用して肉のような食感にしている。プリンは、トウモロコシをすりつぶして作ったものだ。
参加したのは、ヴィーガンの在住外国人、日本の精進料理に興味ある在住外国人、そしてヴィーガン食に興味のある日本人など約18名だ。英語での解説もあり、インターナショナルな場だった。このイベントをオーガナイズするのは、「アトリエ・カフェ」という鎌倉で精進料理など、食とコミュニケーションをテーマに、様々な企画を提案する角井尚子さん。食に関する背景が異なる人がいっしょに楽しめるように、料理には肉・魚・乳製品を使用しない方針とのこと。
健康志向からヴィーガンに興味を持つ若い女性
千葉さんがヴィーガン食に興味をもったきっかけは、美味しいものを食べ歩きしていたところ、健康にも気をつかうようになり、マクロビオティックに出会ったことだった。そこで体質改善を図ることができたのが大きな転機となったそうだ。そしてベジタリアンの知見が広がり、ヴィーガンに出会うことになった。さらに外資系企業で働く中、ベジタリアンゲストが中に必ずいるのに、その対応ができていないところにも何か自分ができないか?と思い活動が始まったそうだ。
このように、若い女性が健康目的での食生活から、ヴィーガンに興味を持つ人も少なくないようで、若い女性の健康食志向とヴィーガンの親和性が高い。
新宿で外国人旅行者に大人気の「Kiboko(キボコ)」というヴィーガンレストランは、実はターゲットは働く女性だったのだ。同レストランのオーナーである沼波奈緒子さんにうかがうと「実はヴィーガンが目的でこのお店を始めたのではなく、若いOLさんのために開きました。」という。
ターゲットが若い女性から外国人ヴィーガンに逆転?
Kibokoの開業は2014年で、最初は、現在の店から少し歩いた新宿3丁目の小さな面積だったが、手狭ということで、2016年に現在の場所に引っ越した。
店を始める前は飲食関係のサラリーマンで、自身も仕事でバリバリ頑張っていたが、帰るとコンビニ食になってしまっていた。家でつくるには、くたびれて、そのような余裕がなかったのだ。そこで女性向けに、体に良質なものを提供するお店をしたいと考え、飲食店の起業に向けてオーガニック料理を学んでいた。その流れでヴィーガンを知るようになったという。
お店のコンセプトは、30~35歳ぐらいの働く女性をターゲットにしつつ、ヴィーガン食も取り入れるようにした。内装は、ナチュラルでフレンドリーな雰囲気だ。オーナーがもともと美大出身ということもあり、センス良く整っている。

▲ヴィーガンレストラン「Kiboko」オーナーの沼波奈緒子さん
当初は、健康志向のOLさんが多く、たまに外国人観光客が訪ねる程度だったのが、現在は逆転していて、7割が外国人観光客という状況だ。「ハッピーカウ」というヴィーガン専門のレストラン情報サイトに掲載したところ、認知度があがり、多くの外国人観光客が訪ねるようになったそうだ。また新宿御苑という外国人観光客が好む観光スポットに近いのも好材料だろう。
やがて新宿で外国人ヴィ―ガンに喜ばれる店となった!
ところで、沼波さんに外国人観光客に人気のメニューをうかがうと、「パクチー餃子」や「車麩(くるまふ)の照り焼」きなど、日本の家庭料理のような味が好まれる傾向だそうだ。せっかく日本に来たのだから、ご当地ならではのヴィーガン料理を食べたいのではないかという。
予想を超える外国人観光客の来訪を沼波さんが分析するところ、Kibokoが「ワインバー」であることがポイントではないかと考えている。一般的にヴィーガン向けレストランは、カフェタイプが多く、ワインバー的なお店が少ない。もっともヴィーガンの人は、酒を飲まない方が多く、一方、Kibokoには、お酒好きなヴィーガンがやって来る。お酒にあう小皿料理が多いのも人気の秘訣だろう。
日本では、ヴィーガンのお店を探すのが大変だというのがKibokoを訪れる外国人の共通のコメントだ。だから、ここを見つけると、すごく喜んで、「こういったお店があってくれてありがとう」と存在に感謝されることもあるという。沼波さんは、決して英語が得意なわけではないが、コミュニケーションを取るように心がけているので、そのあたりも外国人からの支持が高いのだろう。日本への旅行がリピーターのヴィーガンもいて、Kibokoが日本で一番好きなところだというコメントもあった。まるで家に帰ってきたような安堵感があると。
沼波さんは今後、伝統文化を体験できることをしたいと抱負を語る。例えば、ヴィーガンも楽しめる味噌づくりや梅干しづくり等にもっと力を入れたい。さらに好きなアートも絡めたいと考えているそうだ。ヴィーガンを軸とした新しい展開が楽しみだ。(Kibokoの詳しい情報はこちら)
後編では、ヴィーガンの世界的な動きとともに、ヴィーガンのライフスタイルや理念、日本での受入れについても考えてみよう。
―――――
*「エシカルヴィ―ガンは、レザーや毛皮などの動物性製品全般の使用を避け、木綿やシルクの服を着ることにこだわる」と記載しておりましたが、基本的には動物性製品であるシルクを避けるため、文面を修正しました。編集部の認識不足によりご迷惑をおかけしたことをお詫びします。
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