インバウンド特集レポート
2019年は日本のインバウンドが抱える課題が露見した年となった。なかでも、日韓の政治関係悪化が引き金となった韓国人観光客の激減は、訪日客数の伸びを押し下げ、国内各地のインバウンド関係者を当惑させた。ラグビーワールドカップが開催され、本来は、東京オリンピック・パラリンピックに向けての飛躍の年だったのだが…。この1年を振り返ってみよう。(執筆:中村正人)
これまで右肩上がりで増えてきた訪日外国人数に異変が起きている。最大の要因は、言うまでもなく、日韓の政治関係悪化が引き金となって起きた日本旅行ボイコットによる訪日韓国人客の激減にある。日本政府観光局の訪日外客数統計によると、2019年11月の韓国人観光客は前年同月比65.1%減と、9月以降、3カ月連続で東日本大震災時に匹敵する落ち込みとなった。
その結果、中国や台湾、香港などから多くの観光客が訪れたものの、訪日外客全体の数も前年同月比0.4%減となった。2019年1~11月の総数は、前年比でわずか2.8%増である。
だが、このトレンドは必ずしも2019年だけのことではない。2018年の訪日外客数の前年比の伸びも8.7%と1桁台だった。東日本大震災以降、国際的にみても著しく増加した訪日客数は、この1、2年で足踏みしている。このままでは、2020年に4000万人という政府目標の達成は難しいというほかない。
韓国系エアラインの相次ぐ減便、運休
韓国人観光客の動きは、2019年の夏以降、韓国系エアラインの日本路線の相次ぐ減便や運休となって現れた。両国を飛び交うエアライン各社と地方空港に打撃を与えている。メディアもそれを以下のように伝えている。
「日本と韓国を結ぶ直行便を運航しているのは、日韓の11社。7月の段階で国内の26空港との間に少なくとものべ128路線で1325便が就航しており、9割超を韓国の航空会社の便が占めていた。
運休が決まっているのは43路線あり、他に42路線で減便を予定している。減便数の合計は全体の33%にあたる439便にのぼる。成田、羽田、中部、関西、福岡の主要5空港では、71路線のうち41路線(57%)で運休・減便する。これらの路線はビジネス客の利用が多いため需要がまだ堅調で、そのうち運休は11路線(15%)、減便数の合計も全体の23%にとどまった。
一方、5空港を除く地方の21空港では、57路線のうち運休だけで32路線(56%)あり、減便を合わせると44路線(77%)もある。特に旭川、茨城、富山、小松、佐賀、大分、熊本の7空港では、すべての韓国便の運休が見込まれる。21空港を合わせた減便数は207便にのぼり、減便前の320便から3分の1強にまで落ち込む。これらの空港では、特に韓国の格安航空会社(LCC)の運休・減便が目立つ」(「日韓対立、空路に痛手 地方便は運休・減便で3分の1に」朝日デジタル2019年8月31日)
▲日韓の交流人口の増加に貢献した韓国系エアラインが苦境に陥っている
以下は、8月以降の夏期スケジュールにおける韓国系エアライン8社の日本路線の減便、運休の状況である。
<韓国系エアライン日本路線減便、運休状況(2019年夏期)>※各社のHPから整理
〇大韓航空
関空―釜山 2019年9月16日より運休
旭川―仁川 2019年9月29日~10月26日運休
小松―仁川 2019年9月29日~11月16日運休
鹿児島―仁川 2019年9月29日~11月16日運休
沖縄―仁川 2019年9月29日~11月16日減便(週7便→週4便)
成田―釜山 2019年9月29日~11月16日減便(週14便→週7便)
福岡―釜山 2019年9月29日~11月16日減便(週14便→週7便)
関空―仁川 2019年10月27日~11月16日減便(週28便→週21便)
福岡―仁川 2019年10月27日~11月16日減便(週28便→週21便)
成田―済州 2019年11月2日より運休
関空―済州 2019年11月2日より運休
〇アシアナ航空
沖縄―釜山 2019年8月23日より運休
札幌―仁川 2019年9月24日より減便(週7便→週3便)
関空―仁川 2019年9月24日より運休
〇チェジュ航空
成田―仁川 2019年9月16日~10月26日の一部運休
成田―釜山 2019年9月29日~10月26日の一部運休
関空―金浦 2019年10月1日~26日運休
関空―仁川 2019年9月19日~10月26日の一部運休
関空―務安 2019年8月26日~10月26日運休
名古屋―仁川 2019年8月25日~10月26日運休
札幌―仁川 2019年9月1日~10月26日の一部運休
札幌―釜山 2019年8月20日~10月26日運休
福岡―釜山 2019年9月3日~10月26日運休
福岡―仁川 2019年9月4日~10月20日運休
福岡―務安 2019年10月6日~26日運休
沖縄―仁川 2019年9月17日~10月26日運休
〇エアプサン
成田―釜山 2019年9月3日~10月26日の一部運休
成田―大邱 2019年9月1日~10月26日運休
福岡―釜山 2019年8月25日~10月26日の一部運休
福岡―大邱 2019年9月1日~10月26日運休
関空―釜山 2019年8月27日~10月26日の一部運休
関空―大邱 2019年9月1日~10月26日運休
札幌―釜山 2019年8月23日~10月26日運休
札幌―大邱 2019年9月1日~10月26日運休
名古屋―釜山 2019年9月1日~10月26日の一部運休
北九州―大邱 2019年8月28日~10月26日運休
〇ジンエアー
成田―仁川 2019年9月16日~10月26日減便(週21便→週14便)
関空―仁川 2019年8月28日~10月26日減便(週28便→週18便)
福岡―仁川 2019年8月26日~10月26日減便(週28便→週18便)
北九州―仁川 2019年8月26日~10月26日減便(週14便→週7便)
札幌―仁川 2019年9月2日~10月26日減便(週7便→週4便)
沖縄―仁川 2019年9月2日~10月26日減便(週7便→週4便)
関空―釜山 2019年8月19日~10月26日減便(週14便→週7便)
沖縄―釜山 2019年8月21日~10月26日減便(週7便→週3便)
北九州―釜山 2019年8月25日~10月26日減便(週5便→週3便)
〇イースター航空
成田―仁川 2019年10月1日~2020年3月28日の一部運休
沖縄―仁川 2019年9月1日~11月30日運休
札幌―仁川 2019年8月20日~11月30日運休
宮崎―仁川 2019年9月19日~11月30日運休
札幌、関空―清州 2019年9月1日~2020年3月28日運休
〇ティーウェイ航空
佐賀、大分、熊本、鹿児島―仁川 2019年8月19日~10月26日運休
関空、熊本、佐賀―大邱 2019年8月19日~10月26日運休
札幌―大邱 2019年8月27日~10月26日運休
札幌―仁川 2019年9月16日~10月26日運休
沖縄―仁川 2019年9月1日~10月26日の一部運休
沖縄―大邱 2019年8月27日~10月26日の一部運休
〇エアソウル
札幌、沖縄―仁川 2019年9月1日~10月26日の一部運休
福岡、富山―仁川 2019年9月16日~10月26日運休
成田―仁川 2019年9月8日、9日、29日、30日運休
関空―仁川 2019年9月16日~10月26日減便(週6便→週3便)
米子―仁川 2019年9月3日、5日、7日、11日運休
福岡―仁川 2019年9月3日、5日、10日運休
関空―仁川 2019年9月16日~10月26日減便(週7便→週2便)
これだけ減便と運休が増えれば、前年同月比65.1%減となるのもやむなしだが、韓国系エアライン、特にLCCはこれまで日本路線に大きく依存していただけに、経営悪化も報じられている。
11月以降の冬期スケジュールになると、一部日本客の比率の高い路線で運航再開の動きもあるようだ。また当初、韓国を訪れる日本客にはそれほど大きな影響はないとみられていたが、今日の訪韓日本人は若年世代の比率が高いため、LCCが減便したことで、影響も出てきているようだ。
九州方面を中心に人気エリアほど影響大
2018年に、訪日客数2位で約750万人が訪れた韓国人観光客の激減の影響は、日本全土というより、地方都市に強く現れている。
観光庁が集計する宿泊旅行統計調査の「都道府県別、国籍別外国人延べ宿泊者数構成比」の2019年6月と9月のデータを比較すると、どの地方にその影響が大きかったがみえてくる。以下は、6月から9月にかけて韓国客の構成比が大きく減少している都道府県である。
<宿泊旅行統計調査 都道府県別、国籍別外国人延べ宿泊者数構成比>
2019年6月 2019年9月
北海道 26% 6%
大阪府 13% 4%
鳥取県 35% 11%
山口県 28% 9%
福岡県 41% 21%
長崎県 23% 7%
熊本県 36% 22%
大分県 49% 15%
宮崎県 25% 12%
鹿児島県 15% 6%
沖縄県 21% 7%
減少しているのは、当然のことながら、韓国でもともと人気のあったディスティネーションである北海道や大阪、九州各県、国際線は韓国に頼る地方都市などで、前述の韓国系エアラインが減便、運休した路線と重なっている。
彼らに人気といえば、釜山からわずか49.5㎞という「国境の島」対馬も影響が大きかった。筆者は2019年9月に現地を訪ねたが、夏前まで韓国人観光客を乗せたバスやレンタカーであふれていた島が一変し、閑散としていた様子を目にしている。
▲対馬を訪れる韓国客の激減を伝える地元紙
▲この近さが彼らを対馬に惹きつけた理由である
韓国の人たちにとって対馬は気軽に楽しめる海外旅行先で、カジュアルなビーチリゾートとして2018年には40万人を超える渡航者があった。自国の観光客をあてこんだ宿泊施設や免税店などの投資の多くは韓国資本であり、その努力を自ら投げ捨ててしまったかのように見えた。
▲韓国人の対馬旅行を盛り上げたのは同国の旅行会社だった
現地の人に話を聞いても、今回の一連の出来事は、まるで韓国側の一人芝居のように見えたことから、冷めている印象だった。
韓国人観光客の受け入れに関わる地元業者は、突如起きた韓国人観光客の前年比8割減の事態に当惑を隠せなかったが、ある地元関係者は「いちばん煽りを食ったのは、韓国の船会社や旅行会社だ」と話した。つまり、対馬のインバウンド投資に寄与した両国の人たちこそ、「被害者」といえるのだ。
これを受け、韓国市場のみに頼らない受け入れ先の多様化を模索する動きもあるが、釜山から船で1時間という地の利を生かして拡大してきたインバウンド戦略の転換は、言うほどたやすいことではない。
▲かつて対馬には韓国の若い女性客の姿が多くみられた
以下は、筆者による対馬レポートである。参照いただきたい。
韓国から見た「対馬」片道900円で行ける海外ビーチリゾートの今(ForbesJapan2019/10/06)
回復に向けた動きもみられる
一般に韓国の人たちの海外旅行熱は旺盛で、日本人より出国率が高く、本来は成熟した消費者といっていいはずだ。ところが、自国民の日本旅行をお互いけん制しあう同調圧力の高さには、日本人の想像を超えるものがあった。2019年は「近隣国ほど政治が観光に影響しやすい」という日本のインバウンドが抱えるジレンマが大きな教訓として残る1年となった。
それでも、福岡の関係者によると、数字にはまだ現れてはいないものの、回復に向けた動きもみられるようだ。たとえば、現地ではこんな声が聞かれる。
「博多駅周辺では韓国人を見かけるようになっている」「“2020年になったら来ようかな”と話していた人が“2019年の内に来ようかな”と前倒しで考え始めているようだ」「いままで日本に来たことがない人たちが来るようになった」「旅行で来た人たちはいまだにインスタ等のSNSにアップすることはしないが、仕事で来た人はSNSにアップしている。仕事=自分の意思で日本に来たのではないと言い訳できるから」「韓国では日本製品が買えないので、日本で買い物をお願いされるケースが増えている」
ある関係者は「これまで日本に来たことがない人たちが来るようになったのも、日本行き=海外旅行ですから、それなりにお金がかかっていたものが、航空運賃の大幅値下げで安く日本旅行ができるようになったことも理由のようだ」と話す。
本来、政治と民間交流は別物と考えている韓国の人たちも多いはずだ。いつとは言えないが、何ごともなかったかのように、彼らが戻ってくる日が来るのではないだろうか。
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