インバウンド特集レポート
いよいよオリンピックイヤーを迎えた。日本のインバウンドにとって総決算であるかのようにみる向きもあるかもしれないが、前回述べたように、訪日外国人市場はすでに異変が起きており、むしろポスト五輪を見据えた発想の転換こそ求められている。それはどういうことだろうか。
2020年の新春を迎え、東京オリンピックの開催が迫っているが、実際のところ、観光客の受け入れはどうなるのだろうか。
これまで一般的な認識として、オリンピックイヤーの2020年までは訪日外国人は増えていくと考えられていたが、すでにこの1~2年、伸び悩みをみせている。そもそもオリンピックとインバウンドはそれほど関係ないのではないかというのが、以前からの筆者の見解だった。
2020年に日本のインバウンドが抱えるジレンマ
オリンピック開催中に多くのアスリートや観戦客が訪れ、数を押し上げるのは確かだが、訪日旅行を計画している人の意思決定に、数週間しか開催されないスポーツイベントはあまり影響しないと思う。開催効果はあっても限定的なものだ。開催地の宿泊料金の高騰や混雑を回避する「クラウディングアウト効果」が要因となって、訪日客が大幅に加速する可能性は低いという予測も多い。
ここ数年日本の夏の酷暑が広く知られたことで、この時期日本行きを控えるリピーターも多く、7~8月の訪日客数の伸び率は他の月に比べ低い傾向もみられる。2020年まではインバウンドは拡大するというのは日本側の勝手な思い込みにすぎず、2019年の情勢をみるかぎり、あまり根拠がないことも明らかになっている。
その一方で、オリンピック翌年に訪日外国人客数が減少するという見方についても、過去の開催国では減少したケースは少なく、その可能性は低いといえる。あるとすれば、自然災害や2019年に起きた近隣諸国との政治関係など、日本のインバウンドが抱えるジレンマによるものだろう。
訪日客が増えても消費額は増えていない
むしろ、我々が気にすべきは、訪日外国人市場の本当の異変である。ひとことでいうと、観光客が増えてもそれにともなって消費額が増えていないことだ。
観光庁が集計する訪日外国人消費動向調査をみると、2017年の旅行消費額(推計値)4兆4162億円に対し、2018年の4兆5189億円と年間で1027億円(2.3%増)の伸びにすぎなかったのだ。これは訪日外客数の伸び率が8.7%増だったことと比較しても、相当小さいというほかない。
2019年は若干回復しているようだが、ここ数年の消費額の伸び率を並べてみると、中国人観光客の「爆買い」が話題になった2015年こそ驚くべきものがあったが、それ以降は訪日客の増加にともなって消費額が伸びていないことがわかる。その原因は「1人当たりの消費額」が相対的に減少していることにある。
直近の訪日外国人消費動向調査のデータによると、2019年7~9月の訪日外国人1人当たりの平均旅行支出(推計値)は16万5425円。国別にみると最多はフランス(25万2000円)、次いでスペイン(22万7000円)、オーストラリア(21万5000円)、イタリア(21万3000円)、中国(20万9000円)と続く。中国人観光客は数が多いことから国別の総額でみると全体の42.1%を占めるという意味で上客には変わらないのだが、1人当たりの消費額でみると、もはや日本でいちばんお金を落とす人たちとはいえないのだ。
旅行支出の費目には、宿泊費、飲食費、交通費、娯楽サービス費、買い物代があり、中国は相変わらず買い物代(9万4000円)が最も高い。ただし、最多だった2015年(16万2000円)以降、2016年(12万3000円)、2017年(11万9000円)、2018年(11万2000円)と年々落ちていることがわかる。
同調査をさらにみると、その理由がわかってくる。2018年の中国客の旅行支出の買い物代の購入率の内訳をみると1位が「化粧品・香水」(79.5%)、2位「菓子類」(70.1%)、3位「医薬品」(49%)と続く。「爆買い」当時に話題になったシャワートイレや電気炊飯器のような電化製品の購入率はわずか18%。この数年で高額商品からドラッグストアなどで購入できる安価な消費財へと様変わりしているのだ。
▲大阪心斎橋で見かけたアジア系観光客の手にした買い物袋の中身はドラッグストア商品ばかり
これではいくら大量に買ってもその金額はたかが知れている。1人当たりの消費額が落ちるのも無理はないのだ。もっとも、彼らにそんな恨みごとを言っても仕方がない。彼らからすれば、いまの日本で買いたい高額商品が見当たらないのだから。中国の人たちは日本企業の地盤沈下の実情をよく知っているのだ。
インバウンド戦略の変更が、今求められている
これまで政府は、訪日外国人を多く日本に呼び込み、消費してくれることで得られる「経済効果」を旗印にインバウンドを促進してきた。だが、もはや数が増えても、消費額はそれほど増えるとは限らないのであれば、その前提は崩れたことになる。もし本当にそうなら、訪日外国人を増やすことの意味はどこにあるのだろうか。それを考えるべき段階に来ているのである。
それは数値目標のみを掲げ、「数を追う」ことを重視してきたインバウンド戦略の変更を迫られているということでもある。外国人観光客の消費行動ばかりをフォーカスするのではなく、彼らの存在の多様な価値を理解し、その活力を日本社会に還元する方策を考えること。数を求めるより中身の充実を図ることこそ、これから取り組むべきインバウンド戦略の方向性であるべきなのだ。
ポスト五輪の日本のインバウンドの舞台は、地方にこそある。日本はいま未曾有の人口減少と少子高齢化による「地方消滅」の危機に直面している。近未来の日本の光景を予感させるシャッター商店街はもはや地方都市のみならず、大都市圏の私鉄沿線などでもみられるようになっている。
そんなに遠くない将来に、今日の感覚ではあり得ないほどドラスティックなダウンサイジング、すなわち全国のほとんどの地域で「この町を残すのか、残さないのか」という決断が迫られるだろう。その頃には、もはや今日の人々が考えているような甘えは許されない。自分の地元は残る側になれるのか、なくなってしまうのか。現状のまま時間だけたつのであれば、心もとないと言わざるを得ない。インバウンドを呼び込めたかどうかは、その判断の決め手のひとつになるだろう。
▲広島市の宮島行き電車「広電」は外国客の姿が多く見られる
地方こそインバウンドの舞台
訪日客の地方への分散化が叫ばれて久しいが、少しずつ動き出しているようだ。
「地方空港がインバウンド(訪日外国人)の玄関口として存在感を増している。2018年に成田や関西など主要6空港以外の地方空港から入国した訪日客は前年比11.7%増の758万人と入国者数全体の25.2%に達した。客数は2008年の5.5倍となった。自治体の誘致などで直行便が増え、西日本の空港で伸びが目立つ。韓国や中国など東アジアからが中心だが、欧州便が就航する動きも出ている」(「訪日客「地方へ直行」急増 25%が主要6空港以外へ」日本経済新聞2019年12月22日)
▲地方の酒蔵は外国人観光客誘致の可能性を秘めている
これらの動きをもっと加速させるために何が必要なのだろうか。今後重要となってくるのは、大都市圏と地方のインバウンド人材の交流だろう。行政や企業だけでなく、民間の動きが鍵を握る。民泊はそのひとつの契機となるはずだ。
筆者は本レポートでこれまで書いてきた内容などをもとに、「間違いだらけの日本のインバウンド」(扶桑社)という本を上梓した。2020年以降のインバウンド戦略を考えるための多くの材料を提供している。ご一読いただけると幸いである。
▲「間違いだらけの日本のインバウンド」(扶桑社)2019年12月27日発売
インバウンドを取り巻く状況が大きく変わるなか、地方を舞台としたポスト五輪の新しい取り組みがこれから始まっていくことを期待したい。
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