インバウンド特集レポート
2018年は、7月に西日本豪雨、9月に台風21号が関西地域を襲い、多くの被害をもたらした。2019年も前年に続き、台風15号や19号など巨大台風が相次ぎ日本列島に上陸し、東日本を中心に多大な被害をもたらし、経済的、精神的にも負の影響が大きかった。しかし、そんな非常事態だからこそ、助け合いの精神が生まれ人の心の温かさに触れられることもある。それは、日本人同士の間に限った話ではない。
災害発生直後から、被災地へのボランティア募集や派遣が行われているが、日本人だけでなく、在日外国人や、災害を知った日本ファンによるボランティア目的での訪日、日本滞在中にたまたま立ち寄った場所で被害状況を知り、何かできることがあればとボランティアに参加する訪日客もいる。こういった外国人による災害ボランティア参加の取り組みを紹介し、自然災害と隣合わせの国日本が今後すべきことを考えていく。(執筆:堀内 祐香)
東日本地域に甚大な被害をもたらした台風19号
2019年10月12日~13日にかけて日本列島に上陸したかつてない規模を誇る台風19号。東日本地域を襲った台風の被害は、東北地方や関東甲信地方を中心に14都県に広がり、死者は99人にのぼった。
なかでも大規模な被害を受けた地域の一つが長野県の千曲川沿いだ。長野市北部の穂保地区では堤防が70mにわたり決壊。住宅や学校、医療機関などが水に浸かり、流されてしまった家、全壊認定を受け解体を余儀なくされた家もある。
▲濁流に流され、リンゴ畑に放置された車
また、決壊場所から2キロほどのところにある長野新幹線車両センターは、最大4.3メートル浸水し、北陸新幹線の3分の1に及ぶ系10編成が廃車に追い込まれるなど、多大な被害をもたらした。
被災地へのボランティア参加し、SNSでその様子を発信
こういった被害に心を痛め、被災直後から何度もボランティアに参加している一人の男性がいる。14年ほど前から長野県千曲市の戸倉上山田温泉で旅館業を営む、アメリカ・シアトル出身のタイラー・リンチさんだ。タイラーさんが旅館を営む戸倉上山田温泉でも、千曲川の河川敷内にあるグラウンドが流されたり、農水路の氾濫などはあったが、被害は比較的軽微にとどまったという。
▲台風が過ぎ去った翌日の千曲川河川敷、かつてグラウンドがあった場所だ
タイラーさんの営む旅館亀清も床下浸水の被害はあったものの大事には至らず、台風の通過直後から、平常通りの営業を続けている。
タイラーさんは、台風による被害発生直後から、旅館の仕事の合間を縫っては地元千曲市の災害ボランティア活動に参加してきた。そんななか、東京在住のイギリス人の友人がボランティアのために長野を訪れたことをきっかけに、堤防が決壊した長野市北部の穂保地区に足を運んだ。
▲仲間とともに軽トラックで大量のごみを集積場まで運ぶタイラーさん(写真左)
被災してから2週間ほど経過していたにもかかわらず、現地には泥だらけで手付かずの状態の家や畑が広がり、空き地にゴミが山のように積み上げられているのを目にした。あまりの被害の大きさに衝撃を受けると同時に、ボランティアの数が全く足りていないことを実感、SNSを通じて状況の悲惨さを伝える写真とともに日本語と英語で投稿した。
台風による被害に心を痛め、香港からボランティア参加のために日本へ
そんなタイラーさんの投稿を見てボランティア参加を決断した人がいる。旅行が大好きで日本にも何度も訪れ、タイラーさんが営む亀清旅館にも2回ほど泊まりに来たことがある香港出身の女性Phoenixさん。
台風19号が日本に上陸した際、彼女は偶然にも友人と日本に滞在していたが、台風の進路から外れた関西にいたので雨に降られた程度、すぐにタイに向かったという。
その後、タイラーさんがSNSで発信した投稿を見て、長野が台風で大きな被害を受けたこと、そしてボランティアを募集していることを知った。日本のために自分も何かできることがあるのではと再び来日することを決め、10月末から11月上旬にかけて長野でのボランティア活動に参加した。
身振り手振りのコミュニケーションを用いて被害のあった農家でボランティア活動に
活動初日は、タイラーさんと、タイラーさんの呼びかけに集まった数人と大きな被害を受けた穂保地区に向かった。長野県の社会福祉協議会(社協)が運営するボランティアセンターでボランティア登録や保険加入などの手続きを経て、タイラーさんたちが乗ってきた軽トラックで大量のごみを集積場まで運搬した。
▲軽トラックにゴミを積んで運搬
翌日は、タイラーさんの知人の助けを借りて、ボランティアセンターで登録の手続きを行い、他の参加者の方と、千曲川の氾濫で泥だらけになった家屋の泥出し作業を行った。作業は想像していた以上に重労働で汚いものだったとPhoenixさんは振り返る。「活動したメンバーは個人での参加者やグループでの参加者など様々な人がいたが、お互いに何をすべきかを理解し、見事なチームワークで作業を進めていた」と話した。
▲一緒にボランティア活動した仲間と、写真一番左がPhoenixさん
なお、社協経由でのボランティア活動は、活動場所や活動内容、一緒に活動するメンバーが当日決まる仕組みになっており、行き先を指定することができない。派遣先の被災した家にも英語ができる人はほとんどおらず、日本語ができないPhoenixさんが周りのサポートなしに一人で参加し続けるのはハードルがあった。そのため、それ以降はタイラーさんの知人伝えに紹介してもらった被災したイチゴ農家で、継続的にボランティアをすることになった。
地元のイチゴ農家の方は英語が話せない。事前のコーディネートやアレンジはタイラーさんが行ったが、それ以降は片言の英語と身振り手振りを使ってコミュニケーションをとった。
言葉は通じなくても、感謝の気持ちは伝わる
Phoenixさんによると、湿った泥掻きの作業は本当に重労働で腰を痛めてしまうほどだったという。ただ、継続的に同じ場所で作業できたことで、イチゴ農家の方のお家の片づけやイチゴ畑の泥出しなどの作業を終え、最終日には新しいイチゴの苗植えまでできたそう。「もっと効率的に泥出しなどができたのでは、と感じることもあった。けれども、活動に参加することで、被災地に少しでも貢献できたように思う。イチゴ農家の方をはじめ他の方と言葉は通じなかったし、彼らが私に気持ちをストレートに表現することはなかったけれども、私に対する感謝の思いが痛いほど伝わってきた。彼らの真摯な気持ちが伝わり、恥ずかしさすら感じてしまうほどでした」そう、話してくれた。
▲ボランティア活動仲間と 写真センターがPhoenixさん
確実に広がりを見せる、外国人の方によるボランティアの芽
こういった外国人の方によるボランティアの芽は少しずつではあるが、確実に広がっているとタイラーさんは話す。
実際、こんなこともあったという。タイラーさんが運営する亀清旅館に十数人のグループで泊まりに来たオランダからのお客様がいた。2泊3日の滞在中、1日は地獄谷にスノーモンキーを見に行く予定だった。そこで「秋冬のこのシーズンは、サルが見れないこともあります。なおオプショナルツアーではないですが、台風による災害を受けた地域でのボランティア活動という選択肢もありますよ」と提案したところ、2人がボランティアに手を挙げた。彼らは、タイラーさんからボランティア活動に必要な道具を借りて、1日限定のボランティア活動を体験した。
また、ハワイ出身で日本在住のご夫婦も、台風の影響で大きな被害があったことに心を痛め、ボランティアへ参加したいと考えていたそう。知人を通じてタイラーさんとつながり、タイラーさんやタイラーさん知人の方の力を借りながらボランティアに参加した。
外国人も気軽にボランティアに参加できる環境を作ることが異文化交流の芽
タイラーさんは「運やめぐり合わせの積み重なりで、私の周りの外国人の方がボランティアに参加してくれたことは非常にありがたい。被災地で活動していたボランティアのコーディネーターには、国際的な活動をするNGOのメンバーもいた。彼らは英語が話せたので、何か問題があったら力になってほしいとお願いし、参加者の方に連絡先を伝えていました。言葉が通じない中でのボランティア活動には不安もありますが、何かあった時のホットラインがあったからこそ、日本語がわからない外国人の方も安心してボランティアに送り出せた」と話す。
▲被害が多かった長野県穂保地区では、参加者とともにボランティア募集を呼び掛けた
実際に、堤防決壊箇所に近い長野県穂保地区のボランティアセンターには、台湾や香港、フィリピン、インドネシア、スリランカ、カナダ、アメリカなど多くの国や地域の方がボランティアに訪れた。ボランティアセンターの運営を行う社協も、そんな外国人の方に向けて、ボランティア参加者向けの情報紙を地元の国際交流員の方に英訳してもらうなどの対応をしたという。
タイラーさんは「災害などの被害を受けた地域でボランティアをしたいというニーズは、外国人の方にもある。大変なことかもしれないが、ボランティア募集のHPを多言語対応するなど、外国人の方たちも参加しやすいような仕組みや体制があるともっと良いと思う。
今回は、縁あって私とつながった方や、私の呼びかけに応じてくれた友人が参加できるよう個別でアレンジしたに過ぎない。外国語でボランティアを募集できていれば、もっと多くの在日、訪日外国人の方が参加できるし、そこでの交流が受け入れ側と参加側の双方にとって貴重な経験になる。
ボランティアツーリズムというのも、訪日客にアプローチする一つの方法になるのかもしれない」と話した。
あとがき:
台風19号が東日本に上陸して3カ月が経過した。被害の大きかった長野県では災害発生の数日後からボランティアセンターが立ち上がり、延べ6万2千人以上の人がボランティア活動に参加した。この数字を見ると、その中で参加した外国人の割合はごくわずかにすぎないだろう。ただ、前述したように被害が大きかった長野市北部の穂保地区のボランティアセンターだけでも、スリランカやカナダ、アメリカ、フィリピン、インドネシア、台湾、香港など、多くの国や地域からボランティアに訪れたという。
ただでさえ、災害時の対応は、柔軟かつスピーディーな対応、わずかな情報での判断などが求められる上に、状況は目まぐるしく変化するため、先の見通しを立てづらく、事前準備も難しい。そういった状況の中で、言葉が通じない外国人をボランティアとして受け入れるにあたっては、多くの困難や課題があることは避けられない。
ただし、有事の事態だからこそ助け合いの精神が生まれ、人の温かさ、優しさを感じられ、異文化理解や相互理解につながるのが、ボランティアツーリズムではないだろうか。日本で災害が発生した際、多くの国や地域から募金が寄せられたというニュースを耳にするように、諸外国では寄付やボランティアは一般的なことで、人々に根付いた習慣ではないかと思う。
日本ではなじみの薄いボランティアツーリズムがもっと根付き、日本人が世界情勢にも目を向け、世界レベルのボランティアが広がることを期待したい。
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