インバウンド特集レポート
前編では観光業界向け、さらには業界と一般の日本人ツーリストが楽しめるオンラインを活用した取り組みを紹介したが、一方で観光・インバウンド客向けのオンライン企画も人気が高まっているという。
その契機となったのが、エアービーアンドビー(Airbnb)だ。新型コロナウイルスの感染拡大の影響による外出自粛期間中、自宅でできることに対応しつつガイドがゲストとバーチャルでつながり収入を得る方法として、2020年4月9日にオンライン体験をローンチした。Airbnbのオンライン体験プログラムで活躍するガイドYuki氏の取り組みを紹介しよう。
Airbnbオンライン体験に世界が注目、アキバのオタクツアーが大盛況!
Yuki氏はもともと秋葉原でオタクの体験プログラムを英語で開催しており、都内に数あるAirbnb体験プログラムのラインナップで、常に上位にランクインする人気を誇っていた。オタクの街、秋葉原を少人数のゲストを連れて案内し、そのディープな世界観を体験してもらおうという企画だ。しかし、新型コロナウイルスの影響で参加者は激減し、最終的にはゼロになってしまった。そんな折、エアービーアンドビーから一つの提案があった。それは、世界でオンラインの体験企画を始めるので、やってみないかというもの。
Yuki氏は、正直なところ、最初は言っていることがよくわからず「ん?」となったそうだ。旅行体験とは、その地に行くことに意味があり、その場の空気感などを全身で感じられるところに醍醐味があると考えていたからだ。しかし、Yuki氏は腹をくくってオンライン体験に挑戦することにした。現在の仕事にやりがいを感じており、観光、インバウンド業界を離れる気がしなかったので、何とかしてこの状況を打開したかったからだ。
オンライン体験で必要な参加者同士の交流に向けた準備
オンラインの場合参加者は現地にいないため、ガイドが説明の責任を負うことになる。そのため、できるだけ写真などの資料を多く準備し、臨場感を持たせようと考えた。しかしながら、しっかりと準備したにも関わらず、Airbnbの担当者へのプレゼンテーションでダメだしがあったという。
一生懸命に説明しようとするあまり、一方的に喋っていたことだ。これではAirbnbが目指すオンライン体験ではないというのだ。
このままでは、YouTubeをダウンロードしたのと変わらず、リアルなオンラインとしての意味がないという。会話のキャッチボールをすべきだとのアドバイスだった。
そこで、参加者が発言しやすいようにアニメのクイズをつくったり、事前の参加フォームで質問をし、その内容に関連した話を振ったりと、参加者がしゃべりやすい環境を整えた。
そして4月にスタートしたが、予想以上の反響にYuki氏も驚いているという。参加者で一番多いのがアメリカ人で次に日本人だ。日本人の場合は、自分が開催するオンライン体験の参考にしたいとの想いで参加しているのだろうとYuki氏は言う。
オンライン体験だからこそ必要な細かなスキル習得に向けて日々改善
1時間で完結するオンライン体験は、参加費の単価を低く設定できるので参加障壁を低くすることができた。従来であれば参加を躊躇していた層も取り込めたのではないかとYuki氏はみている。このアキバのオタクツアーのファンになってもらう良いチャンスになった。今度、日本に行く際にはYuki氏のガイドツアーに参加したいという方もいる。そのため、実際のツアーの際に利用できる20$の割引クーポンも発行している。プロモーションになるという観点から、意義深い活動だ。
リアルとは違った、オンライン体験ツアーに必要な細かいスキルも、実践を通じて分かってきたとYuki氏は言う。例えば、参加者の方と会話する場合、リアルツアーの場合、相手の目を見て話せば、誰に話しかけているかもわかるが、オンラインツアーだと誰に向けて質問をしているのかさえ不明確。だから、最初にゲストの名前を呼ぶなどの工夫をするようになった。常に改善点を見つけてはスキルアップを目指しているという。
オンラインで禅的な食べ方を手軽に体験できるプログラムも
次に紹介するのは、オンライン体験というシステムが始まったからこそ、新規参入したという女性だ。禅的な食べ方を体験してもらう「Zen Eating to Enrich Your Life」という体験で、Momoさんという方が5月後半にスタートした。すでに高いレビューが続いており、予約も順調だという。1時間のオンライン体験で、参加者は各自で食事を準備してもらう。和食でなくても、スナックでもなんでもOKで、みんなで一緒に食事をするプログラム。その手軽さも魅力なのだろう。
プログラムでは、まず食事前に参加者同士が友達になれるようイントロダクションの時間を持ち、自己紹介と今日の食事を選んだ理由を聞く。そして呼吸をゆっくりと整える時間を取ったうえで、いよいよ食のエクササイズが始まる。
この体験の醍醐味は、食事をゆっくりと、それも8口を20分かけて噛むことで、禅に通じる精神性を体験できることにある。
食物を舌の上に乗せている状態をしっかりと感じるように注意を向け、ゆっくり噛むことで、普段見逃している体の細部にわたる感覚を発見できるのだ。また、Momoさんは、参加者の意識に変化を持たせるような声掛けをしている。
例えば「山になってください。どっしりして、地面とつながっているようなイメージを持ってください」と言う。すると参加者は、また違う感覚での食事を体験することになる。
オンラインだからこそ提供できるユニークな体験! ホスト側の気軽な新規参入にも
食事後はシェアリングタイムがあり、そのときの自分の感情・感覚を感じたまま、飾らない子供のように、シンプルに答えてもらって共有する。エモーショナルな体験が得られる場として、感動して泣きそうになった方もいたそうだ。
Momoさんは、高校生のころから禅に興味があり、大学では比較宗教を専攻した。ひところ探求のためにインドにも長期滞在したことがあるほどだ。現在、新型コロナウイルスの影響で世界で多くの人が家にこもり気味。不安定な時期だからこそ自分が役立つことで貢献したいと考え、食を通じて精神性を研ぎ澄ませるエクササイズを思いついた。もしこれがリアルの体験となると、食事の準備や場所選びなど、提供したいコンセプトとに付随する細かい気遣いが生じてしまい、果たしてうまく立ち上げられたか疑問だとMomoさんは振り返る。
この企画の場合、最初からオンライン向けにスタートしたのがポイントだ。まさにコロナ渦の状況でオンライン体験が普及し、やりたかったことが届けられる時代の流れと合致した事例と言える。オンラインに舵を切ったマーケットだからこそ、その可能性を感じて新たに参入する人もいる。インバウンド業界も新しいフェーズに入りつつあるのかもしれない。
宿の醍醐味を味わえるオンライン宿泊、その目指すところとは?
ここまではオンライン体験ツアーの紹介をしてきたが、宿でのオンライン体験も始まっている。筆者である私も5月上旬に「オンライン宿泊」に参加した。「オンラインなのに、宿泊⁉」と最初はどういうことかと思った。大手メディアなどにも取り上げられ、ますますオンライン宿泊の注目度が高まっている。参加予約は連日、満席と大盛況だ。
オンライン宿泊体験企画の一つに、2019年に和歌山県の那智勝浦でオープンしたゲストハウス「Whykumano」主催のものがある。臨場感があって、本当に泊まり行ったような気分になった。通常は、夜の8時から10時までの2時間で開催しているが、最近は海外からの参加者もいるので、土曜日のお昼というラインナップも加えた。この時間だと、アメリカだと時差の関係で現地時間は金曜日の夜になり、参加しやすい。基本、日本語がわかる人であれば、世界中どこからでも受け入れている。
Whykumanoが提供する体験プログラムの内容は以下の通り。開始時間になると、事前に指定されたzoomのURLをクリックして入室する。すると、受付カウンターにオーナーの後呂(うしろ)氏が立って待っている。さしずめチェックインするときの風情だ。参加者全員が揃うと、後呂氏から簡単な自己紹介があり、続いてドミトリーの部屋を案内してくれる。スタッフがzoom用のカメラを持ち歩きベッドを一緒に見回すのだが、そのカメラワークがとても自然に展開されている。
それから受付脇のリビングルームに戻り、後呂氏が那智勝浦のまぐろ市場の話、ホテル浦島の洞窟風呂の話を写真や地図を交えて案内する。さらに参加者同士も交流できるよう、うまい具合に後呂氏がファシリテーションしてくれる。ゲストハウスの醍醐味の一つにゲスト同士の交流があるが、それも見事に再現されていた。
コロナ禍で始めたオンライン宿泊をプロモーションとして活用
筆者が参加した回は、たまたま観光関係の方の参加者が多かった。北海道でインバウンド観光に携わっている方、大手ホテルチェーンの方、九州でキャンピングカーを活用したビーチリゾートに関わる人、古民家のリノベーションに関わっている人、さらに北極海でプラント建設に関わっている人など、普段は絶対に聞けないような方との出会いや、そこでのリアルな話を聞くことができた。
供給過多とも言われているゲストハウス業界でこれから開業して成功させるには、オーナー自身のオリジナリティをどう出すかが重要だ。後呂氏はコミュニケーション能力が高く、まさにファシリテーターにはうってつけで、今回のようにピンチをチャンスに変えている。私自身、オンライン宿泊体験を通じて今後は熊野まで足を運んだり、今回の参加メンバーにもリアルで会いたいと感じた。
後呂氏は、たとえ新型コロナウイルスがおさまったとしてもオンライン宿泊を今後も続けていくそうだ。それは、この仕組みがプロモーションチャネルとしても優れていて、いつかはここに泊まりに行きたいという動機づけになると考えているからだ。オンライン宿泊の参加費千円は、利益としてはほとんど残らないが、プロモーションと位置付けると優れたツールになる。参加者には、実際にゲストハウスを訪れると利用できる1ドリンククーポンを付けている。
withコロナの時代には、オンライン化の流れが加速度的に進むことは間違いない。この変化のタイミングを生かし切れるかどうかが重要だ。3年先の観光・インバウンド業界地図も塗り替えられてしまうかもしれない中で、オンラインを活用した取り組みをそろそろ真剣に考えてみてはいかがだろうか。
(取材、執筆:此松 武彦)
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