インバウンド特集レポート
新型コロナウイルス感染症拡大の副産物のひとつに、サステナブルの発想の急速な広まりがある。これまで通りの生活が脆い基盤の上にあったことを人々が痛感したからだ。サステナブルな認証制度がさまざまな分野で広がる中、ビーチにおける認証取得が神奈川・湘南エリアでブームになりつつある。それは、欧州発のビーチ・マリーナ・観光船舶の国際認証「ブルーフラッグ(Blue Flag)」だ。
2016年にアジアおよび日本初のブルーフラッグ認証の取得以降、継続中の由比ガ浜海水浴場(鎌倉市)、2021年4月の新規取得を待つ片瀬西浜・鵠沼海水浴場(藤沢市)、そして2022年の取得に向け奔走する逗子海水浴場(逗子市)。この動きに続きそうな湘南のビーチは他にもある。そこで日本でのブルーフラッグ認証の運営・実施を行う、FEE Japan ※ 理事長、伊藤正侑子氏にブルーフラッグ認証の概要、国内外におけるブルーフラッグ取得の効果について話を聞いた。
※FEE Japanは、世界最大規模の環境NPO/NGO国際団体FEE(国際環境教育基金)から委託を受ける
▲欧州で知名度の高いブルーフラッグ認証。環境教育にも力を入れるのが特徴。FEE国際本部はデンマークにある(提供:FEE Global)
ブルーフラッグ認証が誕生した背景とその展開
ブルーフラッグ認証はSDGsの17ゴールすべてに関わるプログラムで、4カテゴリー(水質、環境教育と情報、環境管理、安全)の33基準を達成すると取得となる。
2021年3月現在、47カ国4671カ所に広がるブルーフラッグ認証は、世界初の環境認証であり、その発祥は環境問題が今ほど注目されていなかった1985年に遡る。
「安全に泳げる場所なのか」「健康被害が出ない水質なのか」「近隣の工場の排水や生活排水の影響はないか」に着目し、それらをクリアしたフランスの海岸の自治体がブルーフラッグ第1号となった。
1987年、この取り組みがEC(欧州共同体)から評価され、金銭的支援を受ける。海水浴場の水質への注目が高まり、ブルーフラッグ認証は欧州内に広がっていった。
「1972年スウェーデン・ストックホルムにおいて開催された、第1回国連人間環境会議に、水俣病患者及び研究者が参加し、水俣病の実情を伝え『水俣アピール』を世界に向けて発表しました。これは欧州で水と健康を考える上で大きな影響を与えました」と伊藤氏は語る。
ゴミの管理、地域沿岸の開発、生態系の保護もブルーフラッグ認証の基準に加わる。
そして2001年、欧州外で初めて南アフリカ共和国がブルーフラッグを取得。カリブ諸国、ブラジル、カナダ、チリ、モロッコ、ニュージーランドと欧州外の取得が続いたが、いずれも、ヨーロッパからの観光客を引き入れたい狙いからだった。
しかし、ビーチで尿意を催したら茂みで用を足すのが当たり前といった国にトイレ設置を義務付けるのは無理がある。各国が独自のローカルルールを作ったことで、基準がバラバラになっていった。
国際基準の統一が大きな発展に
全体としての基準の低下が危険視されるようになると、2006年に国際委員会が基準を統一。これがターニングポイントとなり、ブルーフラッグ認証は国際的なプログラムとして大きく発展する。「もう1つ大きな影響を与えたのが、北欧諸国の先進的な環境政策、そこに関わる人々の高い意識です。検査基準方法の開発も進みました」。
欧米の中には1000以上のビーチがブルーフラッグを掲げる国もある。当然その認知度は高い。ビーチの情報サイトでは、ブルーフラッグ認証の有無でビーチを選ぶことができるほどだ。
▲イギリスのウェブサイト「the beach guide」。ベストビーチの項目の中に、ブルーフラッグ認証のコーナーがある(筆者撮影)
驚くほど厳しいブルーフラッグの基準
ブルーフラッグ認証が世界で信頼を得ているのは、基準の厳しさにある。
たとえば水質。ポイントは透明度なのだろうか。
「体に入れたときに健康に問題がないか、見た目だけではないところを重要視しています。たとえば泳いでいると間違って水を飲んでしまうこともありますよね」。
日本の環境省が定める水浴場水質判定基準では、菌については大腸菌の群数のみを調べる。糞便から出る腸球菌をチェックするのは飲料水のみで、水浴場の川や海では確認しない。しかしブルーフラッグ認証では、WHOの基準に合わせ、海水の腸球菌もチェックする。
認証取得はどのように行われるのか。まず国内のFEEに申請を出すのだが、国内審査と国際審査の2段階を通過する必要がある。
いずれの審査委員会でも、審査員は「水質」「環境教育と情報」「環境管理」「安全」の各カテゴリーに関連した団体・専門家から選ばれる。彼らは肩書と名前を出し、忖度なく自分たちの権限と責任において審査した旨、誓約書にサインする厳格さがある。
「一般的に認証というものは2~3年に1回見直すものが多い。毎年更新しないといけないのは、おそらくブルーフラッグぐらいではないでしょうか」。
ブルーフラッグ認証旗には取得した年が入る。北半球は1年、南半球や赤道近くでシーズンが年をまたぐ場合は2年(例:2020-2021)。当然その年に認証を受けたビーチしか手にできないし、違う年の物は掲げられない。
▲イタリアのビーチに掲げられたブルーフラッグ認証旗。よく見ると左上に年が入っている(提供:FEE Japan)
「今の時代、タンカー座礁、大型台風で海岸に流木が打ち上げるなど一夜にして状況が一変することが普通にありえます。2~3年毎の審査ではリスキーです」。
シーズン中でも、基準をクリアしなくなれば即フラッグを降ろさせられる。
その認証基準は、各国代表が年1回集い、自国の状況を共有しながら、5年ごとに見直している。
「2020年の国際会議では、使い捨てプラスチック製品のビーチへの持ち込み削減が議題に挙がりましたが、国によっては既に禁止のところも出てきている。2025年版では持ち込み『禁止』が基準に加わる可能性もあります」。
さらに、「社会情勢や社会的ニーズに合わせることから、女性の地位向上や参画、高齢者や子どもたちにも使いやすい施設に変えていく動きも既にあります」。
2020年度取得の国内ビーチは4カ所
日本国内はどうなっているのか。2020年度は4つのビーチが認証を取得。由比ガ浜海水浴場(神奈川県鎌倉市)、若狭和田海水浴場(福井県高浜町)が2016年から、須磨海水浴場(兵庫県神戸市)、本須賀海水浴場(千葉県山武市)が2019年から、連続して認証を更新している。そしてこの4つのビーチに加え、2021年の国内審査を通過したのが片瀬西浜・鵠沼(くげぬま)海水浴場(藤沢市)だ。今年5つすべてのビーチの国際審査が通過すれば、湘南で2つのビーチにブルーフラッグが掲げられることになる。鵠沼と由比ガ浜は5kmほどしか離れていない。
認証を取得し続けるには、絶え間ない努力が必要だ。毎年水質など最新のデータ、課題に関するレポートの提出があり、基準に達しない場合はビーチ開設まで解決しないとブルーフラッグを掲げることは認められない。
ゴミ管理では、砂浜を決められた大きさに区切り、その中で何個ゴミがあったか数え、日々報告する。ゴミが3つまでだったら判定が「A」など、毎日繰り返す。
「みなさん必死で対応、キープしてくださっています。認定されたら終わりの感覚が日本では多い。しかし認証を受けるのが始まりであり、どれだけ継続していけるのが重要です」伊藤氏は主張する。
▲水質検査のため海水採取を行う。若狭和田ビーチの水質は最高ランクに分類される(提供:福井県高浜町)
認証を取得することで自治体や地域社会が変わる
「ブルーフラッグ認証には、一般的に対立しやすい経済性と環境保全を両立させる役割があります」。
SDGs自体には、国や地域で状況が違うので具体的な対応策が書かれていない。例えばひと口に〝きれいに〟といっても、きれいの感覚は人それぞれ。ブルーフラッグの基準でも、具体策ではなく、目標を明確に示すことで、関わる誰もが納得する、公平で具体的な行動を決められる。
ビーチの清掃に頻度の規定はない。それぞれ観光客の人数も違うしビーチの環境も違う。しかし〝何がきれいか〟の基準は明確にしているという。「方法ではなく、行動目標となる適正な規定を設けています」。
当初は、『認証取りたい、落としたらかっこ悪い』とお尻を叩かれるような感覚でいた自治体は、やがて継続する意義を見つけ、自発的に取り組むようになる。
「利用者が、こうしたビーチが自分たちの街に必要と感じることも意識改革に繋がります」。
予想外に外国人客が増えた福井・若狭和田海水浴場
認証取得による観光面での変化はどうか。若狭和田海水浴場の場合、減少した海水浴客へのアピールが狙いだった。
予想外だったのが、外国人観光客の増加。都心からのアクセスが良いとは言えない土地柄、外国人の中で急に欧米系の人を見るようになった。宿泊を伴う場合が多く、彼らを対象とした民間業者も出てきて、経済的なメリットが生まれた。
▲若狭和田ビーチでの海水浴を楽しむフランス人観光客(提供:福井県高浜町)
バリアフリーによる集客効果も大きい。車いすのまま海に行け、シャワー、お手洗いにも行ける便利さに、車いすの団体が20~30人でやってくるようになった。
集客が目的ではない須磨海岸と由比ガ浜
認証取得の目的はビーチ毎に異なる。須磨海岸と由比ガ浜の場合、海の家のクラブ化、アルコールが入っての喧嘩など治安が悪化した。それを、年間を通して家族連れが来る安全で公園のように愛される場所に変えたいという意向があった。認証取得を機に、客層は変わった。
由比ガ浜では、海の家の組合である由比ガ浜茶亭組合の主導でブルーフラッグ認証維持をしている。海の家には企業が参画している。SDGsを含めた環境への取り組みが、広告収入にも繋がる。
車いすのために砂浜に敷いたボードウォークは、ベビーカーをひく家族連れや足を取られやすい高齢者にも大好評だ。「使いやすいものは誰にでもやさしいということなんです」。
▲須磨海水浴場に敷かれたビーチマット。ボードウォークと同様バリアフリーを実現するアイテムで、波打ち際まで車いすで行くことができる(提供:FEE Japan)
なぜインドはブルーフラッグ認証取得がアジア最多なのか
日本以外のアジアはどうなっているのか。これまでは韓国が1カ所のみだったが、2020年、インドで一気に8カ所のブルーフラッグが誕生した。
▲金色の砂浜が特徴のプリービーチは、2020年にブルーフラッグを取得したインドの8つのビーチの内のひとつ(提供:FEE Japan)
インドは欧州からの観光客が多く、文化的な繋がりも深い。早くから環境教育に力を入れていたし、SDGsに対し国がますます力を入れるようになっている背景がある。
「インドでFEEの正会員になった環境教育団体は、300人ものメンバーを抱え、大きな経済力、ネットワーク、国内での影響力を持っています」。
ここでマンパワーの大きさに触れた理由のひとつに、各国のFEEの事務仕事の多さがある。申請書類をチェックし、国内で審査委員会を開き、国際審査に向けたチェック、翻訳作業(国による)。国際審査のあとは課題のフォロー、書類の提出などが伴うからだ。
日本で広げていくには
インドに限らず海外では環境教育に力を注ぐ国が多く、ブルーフラッグ認証取得に対して国や企業の支援があるところもあるが、日本はそうではない。
また日本のFEEは小規模で、国内審査員含めボランティアの協力でようやく成り立っているのが現状だ。認証取得対応のほか、広告出稿、積極的な自治体へのアプローチで認知度アップを目指そうにも、人も予算も限られている。
アプローチしても、基準の厳しさに、たいていの自治体は『いやいや、これは無理』と拒絶反応を示す傾向がある。
また認証取得には、取得する自治体に専属の人材が必要となる。「申請書作成、調査などに1人必要です。環境教育や環境問題対応を他部署に依頼したり、漁業組合や海の家などと調整できるような人です」と伊藤氏は説明する。
ビーチの環境整備に予算を割けるかという問題もある。各ビーチでベースが異なるので、予算は異なるが、たとえば本須賀海水浴場の場合、取得のために施設整備や水質調査その他で約500万円、継続のための年間予算が約230万円。その予算内にある認証審査料自体は、国内と国際両方で28万円に留まる。
実はスカンジナビア政府観光局に長く勤めていた伊藤氏が、観光業の環境への取り組みについて感じることがある。「観光業界は、たくさんの人を観光地に送っていますが、環境に負荷をかけているという自覚に疎いように感じています。観光は、平和と安全の中にあって促進され、人々の感動や知識を生み、生活を実り豊かにするもの。持続可能な未来にも絶対に必要なものです。観光業界は今、大きな岐路に立たされている気がしています」。
2021年度、日本で申請中の5カ所のビーチはブルーフラッグ認証を得られるのか。4月21日の発表をまずは待ちたい。
(取材/執筆:鳴海汐)
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