インバウンド特集レポート
地域における観光資源の磨き上げ(高付加価値化)や新たなコンテンツの造成は、観光業の生産性向上や来たるべくインバウンド誘客の復活に向けて不可欠である。これはコロナ禍が発生する前から言われてきたことだが、アフターコロナを見据え、重要度はより増していることが先ごろリリースされた2021年版の『観光白書』でも見て取れる。
では、具体的にどのような策があるのか。その1つとして挙げられるのが、本稿のテーマである「外国人人材」だ。たとえば熊野古道のある和歌山県田辺市では、この記事でも触れたように、カナダ出身のブラッド・トウル氏が10年以上にわたって地域のインバウンド誘客の一翼を担ってきている。こうした人材は地域の稼ぐ力を大きく高める可能性を持っている。
そこで今回は、書籍『外国人高度人材はこうして獲得する!』の監修者であり、数多くの企業に対して外国人の雇用に関する助言を行っている弁護士の杉田昌平氏に、外国人材を地域に呼び込むために必要なことを伺った。
5年、10年、20年という“中長期視点”は欠かせない
外国人材を採用し、活躍してもらうためにはどんなことに留意しなければいけないのか。杉田氏が最初にポイントとして挙げたのは、日本の労働慣行や人事構造の特殊性を自覚することだ。
「世界の労働慣行や組織構造を大きく2つにわけるとメンバーシップ型とジョブ型の2つがあります。後者は欧米をはじめとして多くの国でとられている方法です。雇用契約を結ぶときに仕事の定義がはっきりとしていて、空席が出たときに採用活動を行うものです。一方で日本はメンバーシップ型。仕事の定義は曖昧で、キャラクターを重視した採用活動を通じて正社員として入社、いろんな業務を経験しながら、その会社のプロフェッショナルになるというものです」
このように組織構造や人事構造、労働慣行が異なるなか、高度なスキルや知識を持った外国人材を採用するためには、それらを超えた魅力がなければ難しいと杉田氏は指摘する。
「日本を短期間でジョブ型の人事構造にするのは現実的ではないと思っています。その前提で世界中で獲得競争が繰り広げられている高度な外国人材を呼び込むにはどうしたらいいか。1つには賃金格差があると思います。“日本に行くと自国で働くよりも給料がいい”と思えることです。また、給料だけでなく、日本で働いた経験(キャリア)が自国で評価されるかどうかもポイントです」
この2つを考慮すると、現時点で日本が数多く受け入れている中国や韓国、台湾、あるいは冒頭で挙げたような欧米からの高度な外国人材だけでなく、南アジアや東南アジアといったエリアからも呼び込んでいくといいかもしれないと杉田氏。なぜなら5年、10年、20年といった中長期的な視点で世界の動きを捉える必要があるからだ。
「5年後、10年後には、南アジアや東南アジアが高度な人材を輩出する基準といわれるGDPパーキャピタル(1人あたりのGDP)が2000ドルを超え7000ドルに達してきます。そのとき、彼らは賃金格差やキャリアを考慮したうえで、日本を選ぶ可能性が大いにあります」
しかし、高度な人材を獲得しようという動きは日本にだけあるわけではない。世界中で獲得競争が繰り広げられている。そのなかで考えるべきこともある。
「たとえば中国の大都市である上海で大卒初任給月25万円以上の仕事と日本の地方の月18万円程度の仕事があったときに、どちらを選ぶかという話になっていくと思います。そう考えると、国や地域として、賃金だけではない魅力を打ち出していく必要があります。」
「いま、すでに日本に来ている外国人が多数います。彼らが日本で良い経験をしているのか、そうではないのか。それは高度人材に限らず、技能実習生も含めて考えなくてはいけないでしょう。なぜなら彼らは自国に帰ってから日本で経験したことを周囲に話します。しかも10年、20年後には自分の子どもに対しても、その経験を踏まえてアドバイスすることが予想されます。ですから好循環のループをつくっていくためにも、いまの状況をしっかりと認識し、どうすべきかを考える必要があります」
組織・人事構造を超えた魅力を打ち出すためには?
では、具体的にはどうしたらいいか。杉田氏は「評価制度」「移動の自由度」「セーフティーネット」などがポイントになってくるという。
「先ほどもお伝えしたとおり、日本の雇用形態はメンバーシップ型を基本としているので、評価制度もそれに合わせたものになっています。そうしたなかジョブ型で外国人材を採用すると、企業のなかに彼らを正当に評価する仕組みや方法がないことが多いでしょう。結果的に、メンバーシップ型で採用された日本人の同僚が、成果にあまり関係なく給与が上昇していくのを目の当たりにし、自分たちが不当な扱いを受けていると感じかねません」
もちろん、日本的な出世コースの仕組みを根本的かつ早急に見直すことは容易ではない。そうであるならば、なおさら高度外国人材を採用したときには、評価制度における“透明性”が重要になるということだろう。
さらに杉田氏は「移動の自由というのももっと大切にしないといけない」と語る。たとえば日本の一流大学に通う留学生を日本の地方で採用する場合、最初から定住してもらう発想で募集しても、来てくれる可能性は低い。したがって、2〜3年くらいの期間のプチ移住のような感覚で募集するなど、そのエリアに出たり入ったりがしやすい環境を整えていくことが重要だという。
「間口を広くした募集で呼び込む。そのなかでもっと長く住みたい、ずっとここにいたいと思ってくれる人が出てくれば、地域として全面的にバックアップしていく。そうした段階を踏むといいのではないでしょうか。私自身、ベトナムで暮らした経験から思うのは、どこで働くかということも大事ですが、どこで暮らすかということも重要だということ。ですから、地域として住みたいと思ってもらえるような環境づくりや制度設計を整えていくことも必要でしょう」
そうした暮らしやすさにもつながるのが、「セーフティネット」の存在だ。杉田氏は、かつて日本からブラジルなどに移住した過去を振り返り、次のように説明する。
「雇用主による当たり外れの振れ幅が大きいことは、日本も含め、どんな国や社会でも可能性はゼロではありません。ですからブラックな企業に入ってしまったときに、セーフティネット(救済措置)で助けられる構造にしておくべきです。かつて日本がブラジルに労働者を送り出していたとき、ブラジルのことが嫌いになったという人はそんなにいないんです。その理由の1つは、日本人コミュニティがセーフティネットになっていたからだといわれています」
ただし、そうしたいわゆる“エスニック・コミュニティ”の整備や推奨を進め過ぎると、社会の分断化につながる恐れもある。そこで杉田氏は注意を呼びかける。
「働きにきている国や地方の社会との接点がきちんとあるうえで、困ったときや有事には移民同士で助け合えるような組織。そういうものがあるといいですよね。そうした環境づくりを地域としてバックアップしていくと、〝あの地域は外国人が住みやすいよね、働きやすいよね〟という認識が広まる可能性が増えていきます。結果、そのエリアを目指す人は増えていきますから」
過度な〝日本特殊論〟は避けるべき!?
こうした外国人材の話をしていくと、〝日本特殊論〟が強く打ち出されることも少なくない。しかし、もう少し引いたところで日本や世界の状況を見ることも大切だ。
「これまで私が述べてきたことと矛盾するかもしれませんが、過度な日本特殊論はやめたほうがいいでしょう。企業の組織・人事構造としてはメンバーシップ型やジョブ型といった違いこそあるものの、基本的にはどう多文化共生を築いていくかという話だからです」
たとえば先の杉田氏の話にもあった、セーフティネットとしてのエスニック・コミュニティの整備やそれに対する寛容性と、並行して起こりうる社会の構造的な分断化という問題は、すでに欧米を中心に起きており、各国でさまざまな試行錯誤が繰り返されている。
「多文化共生にバラ色のストーリーはないと思っています。もっとリアルな世界があって、いろんな違和感とか軋轢がありながら、折衷案を探していくほかない。そうであるならば、すでに他国で行われてきたさまざまな取組や経験を活かさない手はありません。多文化共生の実態を正面から見つめ、違和感に蓋をするのではなく、どうバランスを取りながら前に進めていくのか。そのなかでもっとも相応しいかたちを選択していくのが、これからの数年で日本がやるべきことではないでしょうか」
採用する組織が考えるべきこと。そして「地域のファン」を増やすことの意義
現在、杉田氏は350以上の法人に対して、外国人の雇用や入管法などに関する助言を行っている。また、問い合わせ自体もどんどん多くなってきているという。そのなかで企業に対して感じていることがある。
「企業が割くべきは、受け入れた外国人の社員がいかに快適に過ごし、いかに活躍してもらうかの部分でなくてはなりません。制度の対応に追われると、そうしたことが疎かになりがちです。ですから〝餅屋は餅屋〟ではないですが、制度への対応はなるべく専門家の助けを得て、省人化させるといいのではないでしょうか」
実は、アメリカではこうした専門家をイミグレーションロイヤーといって、弁護士の大きな分野の1つになっているのだとか。他方で日本はまだまだマイナーな分野だ。杉田氏自身、この分野の弁護士として活動するなかで、ほんの一部の弁護士しか関わっていないと語る。
「日本社会全体のことを考えれば、もっとこの分野の専門家が増えるべきです。その結果、高度な外国人材が活躍しやすい社会になり、日本の稼ぐ力が養われることになるからです」
本稿で記した〝地域のファンを増やす〟というような発想は、インバウンドの文脈でも活きてくるだろう。外国人材は、自分が暮らすことになった地域を気に入れば、どんどん情報を発信してくれる。結果的に、彼らの家族や友人、あるいは彼らがSNSで発信した情報を見た多数の人たちが訪問してくれるはずだ。さらにそのなかからは、「ここで働きたい」という高度なスキルをもった人材も出てくるだろう。まさに好循環だ。高度なスキルや知識を持つ人材の採用にあたっては、短期的な「稼ぐ力」だけフォーカスするのではなく、そうした中長期的な視点をもって取り組むようにしていきたいところだ。
取材協力:杉田昌平弁護士
弁護士法人Global HR Strategy 代表社員、弁護士(東京弁護士会)、社会保険労務士、慶應義塾大学訪問講師。名古屋大学大学院法学研究科特任講師(ハノイ法科大学内日本法教育研究センター)等を経て、現在、外国人材の受入れに関する法務及び労務を中心に活動。
(取材・文/遠藤由次郎)
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