インバウンド特集レポート
2021年、オランダを拠点とする国際認証団体、グリーン・デスティネーションズ(Green Destinations)が選出する「世界の持続可能な観光地トップ100選」に選ばれた鹿児島県最南端の島・与論町。
同町が評価を受けた理由には、島の最大の魅力「美しい海」を守るために島民が自発的に始めた数々の取り組みや、そうした活動の継続にも繋がる子どもたちへの海洋教育などが挙げられる。
具体的にどういった経緯で取り組みが始まり、いかにして「観光」へと繋がっていくのか。現地を取材して見えてきたストーリーを紹介する。
島民の海への想いが生んだサステナブルな地域づくり
透明度25~30mを誇る美しい海に囲まれる、周囲23キロの小さな島・与論島。その海は観光資源としても活かされ、1970年代にはマリンスポーツや白砂のビーチを求めて年間15万人もの観光客が押し寄せるリゾート地として人気を集めた。しかし、海外旅行の普及などで国内リゾートブームが収束すると徐々にその数は減少し、一時は5万人にまで落ち込んだ。
この観光業の底上げという課題に対してどう向き合っているのか。与論町役場商工観光課の麓 誘市郎氏は、以前の観光バブルの時のようなマスツーリズムではなく、島の自然環境や伝統文化、島民の暮らしを守りながら地域を豊かにする持続的な観光振興を図っていると話す。
「そもそも島民にとって海は生活の一部で、これまでも砂浜清掃をはじめ海洋保全については島民が自発的に活動を行ってきました。美しい海を守っていきたいという想いを観光客と共有するサステナブル・ツーリズムへの意識は自然に生まれてきたものです」
▲サステナブル・ワーキングチームの調整役となる3人。左から与論町役場商工観光課の麓 誘市郎氏、ヨロン島観光協会の栁田真希氏、里山剛史氏
また、和歌山大学と連携して星空ツーリズムを進めるなど、夏に集中していた観光客の分散化を図ると共に海以外の新たな魅力の創出にも着手している。
さらに取り組みを強化すべく、2021年7月に発足した日本「持続可能な観光」地域協議会にも参画。GSTCのガイドラインを取り入れて、マネジメント、社会経済、文化、環境の4分野での見直しを図っているところだ。
取り組みにむけて舵を取るのは、DMOの役割を担うヨロン島観光協会。協会の一員であり、島内でガイド、宿泊、飲食業に携わる栁田真希氏がサステナビリティ・コーディネーターとして立ち、ワーキングチームを率いる。
「チームのメンバーは教育、環境調査、歴史文化などそれぞれの分野に長けた人たちです。民間のメンバーも多く、皆行動力がありフットワークも軽くて頼りになる。役場の職員も含め、日常から接しているので、常に話し合える環境が整っています」(栁田氏)
与論島でゴミのない美しい砂浜が保たれている理由
与論島には60もの砂浜があるが、どの場所も清掃が行き届いておりゴミが見当たらないことに驚く人は多い。これにはいくつかの理由がある。
一般社団法人「E-YORON」の事務局長として環境教育にまつわる講義などを行う池田龍介氏は、2014年、Uターンで島に帰郷。「昔より海岸が汚れている」と感じて、自らゴミ拾い活動をはじめた。
「最初は1人きりでしたが、『美ら島(ちゅらしま)プロジェクト365』と名付けて毎日の活動をFacebookで報告しているうちに、活動を知った人たちが協力してくれるようになっていきました」
その後、ポスターやチラシを島内の宿にも掲示したところ、島外の人も参加してくれるようになり、2年目には延べ参加人数3623人のうち観光客が588人にまで増加した。「観光客も島民との交流を楽しみながら、自らも島の環境保護に貢献しているという特別な意識を持ってくれたようで嬉しかったです」。
一方で、一部の人だけがやる「ゴミ拾い活動」に疑問を感じだという池田氏。みんなの海なのだから、島民も観光客も、誰もが気がついた時にゴミを拾ってもいいのではないか。そんなメッセージを発信していきたいと考え、砂浜で拾ったゴミをいつでも捨てられる「拾い箱」を発案。役場に相談し、鹿児島県の地域振興事業の予算を受けて2017年、10個の「拾い箱」を作成した。
▲子どもたちが絵やメッセージをペイントした「拾い箱」。主要な海岸に設置されている
「拾い箱は、みんなで島をきれいにしようという想いを伝えるもの。観光で来られる方にも協力いただき、人が来るほどに砂浜が美しくなるということを実現できたらと思っています」と池田氏。
3年に渡って活動した『美ら島プロジェクト365』はいったん終了したが、現在も島民による毎朝のゴミ拾い活動は続いている。清掃活動に必要なゴミ袋は与論町役場・環境課から提供するなど、行政が島民の自発的な活動をサポートする体制も整う。海岸清掃や拾い箱で集められたゴミも環境課の海岸清掃員が巡回して回収しているが、「以前は海岸に滞積していたゴミも含め年間40トンを回収していたが、ボランティアの活動もあって滞積ゴミの回収が進み、現在では漂着ゴミを中心に年間35トンほどになってきた」と環境課の光 俊樹氏。島に流れ着く漂着ゴミの減少には、まだ世界的な取り組みが必要だ。
観光資源となるサンゴ礁保護に、ダイバーと共に取り組む
また、与論島の海洋保全に大きな役割を果たしているのが2000年にスタートした「リーフチェック」だ。サンゴ礁の増減や状態を確認する健康診断のようなもので、与論島では年に2回、夏と秋に民間のボランティアダイバーを巻き込んだイベントとして開催。現在は、2015年に法人化したNPO法人「海の再生ネットワークよろん」が主体となって実施している。
同法人で事務局長を務めるのが、与論島にIターンした池田香菜氏。
観光資源でもあるサンゴ礁を保護するため、定期的なサンゴのモニタリング調査を継続的に行いながら、サンゴ礁を取り巻く自然環境の保全及び改善、調査や普及啓発に努めている。
「観光客のみなさんにも与論島の美しい海を楽しんでもらいたい。そのためにできることをツーリズム業の方々とも一緒に考え、連携しながら広く伝えていきたいと考えています」。
リーフチェックイベントはサンゴ礁保護の普及啓発も兼ねて行うが、年々参加ダイバーが増加。同NPOでは、昨年度から島内ダイビング事業者と海洋ゴミの7割を占める海中のごみ拾いを行っているほか、船を係留するためのブイを設置し、投錨によってサンゴを傷つけないための取り組みも進めている。
海と共生する島の暮らし、海を守る活動を次世代に伝える「与論流」人材育成
さらに与論町では、地域と連携した協働的な探究学習として小中高の学校で「海洋教育」を実施している。海の利用の実態やその歴史について深く学び、海そのものや海に守られた伝統文化を愛する心・保全の態度を育んでいくだけでなく、地域の人と関わりながら主体的に探究していく姿勢を身につけていくための学びだ。
2017年から茶花小学校で先駆けて実施していた取組を参考に、2019年、日本財団からの支援を受け海洋教育パイオニアプログラムを導入。同年立ち上がった与論町海洋教育推進協議会がプログラムのコーディネートを行っている。
▲海岸に打ち上げられた漂着物を収集し観察するビーチコーミングの様子
海洋教育の取り組みについて、地域おこし協力隊として与論島にIターンで訪れ、教育委員会に携わる磯村愛子氏はこう話す。
「島には高校までしか学校がなく、子どもたちのほとんどは高校卒業後に親元を離れ『島だち』を経験します。子どもたちが『海と共にある与論で自分はどう生きるか』という問いを持ち、その問いに対して探究しできることを実践していく中で、島を離れ新しい社会でよりよく生きていくための資質・能力を身につけてほしい。そして将来的に島内外から与論町を支える次世代リーダーを育成することができたらと考えています」
2022年度からは、与論町の全ての小・中学校において,海洋教育のための特別の教科「ゆんぬ学」が始まる予定だ。「観光の分野に興味を持つ子供たちも多いですし、彼らが島と海との深い繋がりを学びながら、ツーリズムと環境のバランスを取ることの大切さに気づきを持つことも多いでしょう。子どもたちの視点でどんな地域づくりを考えていくのか、今後が楽しみです」(磯村氏)
環境保全から、より多角的なサステナブル・ツーリズムの実現に向けて
与論町でのサステナブル・ツーリズムへの取り組みが円滑に進む理由のひとつとして、事業者、役場、島民の連携がうまくいっていることが挙げられる。みんなが同じ島民のひとりとして課題を受け止め、互いに協力しながら解決策を探るという点において産官学民の垣根はない。
「現在、10年後の与論町の観光がどうあるべきかについて協議しながら計画目標を協議しているところです。まずはGSTCのチェック項目に沿って診断し、今足りないものや課題を洗い出し、必要な条例やガイドラインを策定していきます。取り組みについても行政やワーキングチームだけで決めるのではなく、島の人たちと一緒にビジョンを共有しながら考えていきたい」(麓氏)
一方、島が抱える課題も見えてきた。
「マナー啓発について、これまでは島民間での暗黙のルールに頼ってきた部分がありますが、今後は島民・来島者の両方に対してルールを明確にする必要もあると思います。環境保全にまつわるプロモーションなど、観光協会だけでなく島全体で協力しつつ発信したいですね」(栁田氏)
海で遊ぶだけの消費型の観光から貢献型のエシカル・ツーリズムへ移行し、訪れる人が増えるほどに島が美しく地域が豊かになる観光地経営を目指す。観光客を環境保全の当事者として巻き込む与論町の取り組みから参考にできることは多いだろう。
▲サステナブル・ツーリズムに取り組むワーキングチームのメンバー
Sponsored by 日本「持続可能な観光」地域協議会(Sustainable Destinations Japan)
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