インバウンド特集レポート
スキーリゾート地として世界的に知られ、国内外から多くの観光客をも惹きつける、人口5000人ほどの北海道ニセコ町。近年はサステナブル・ツーリズムの分野でも注目を集め、Green Destinations「世界の持続可能な観光地100選」での表彰や観光分野における地球温暖化対策「グラスゴー宣言」への署名、国連世界観光機関(UNWTO)の2021年「ベスト・ツーリズム・ビレッジ」での選出など、先駆的な動きをみせている。いったいなぜニセコ町が、このように次々と新しい取り組みに挑戦し続けることができるのか、その理由を探っていく。
SDGs未来都市「ニセコ町」、持続可能な観光地域づくりに向け人材を採用
羊蹄山やニセコ連峰など、雄大な自然に包まれる北海道ニセコ町。町内には3つのスキー場を有するほか、グリーンシーズンにはキャンプやラフティング、登山などの自然体験を目的に訪れる人も多い人気観光地だ。一方で、町では生ゴミの堆肥化や再生可能エネルギーの導入など、「環境モデル都市」、「SDGs未来都市」として環境負荷の低減と地域の活性化の両立を目指し、将来にわたる持続可能な暮らし・まちづくりに向けた取り組みを行っている。これらの取り組みの背景について、ニセコ町役場 商工観光課の高橋葉子氏に話を聞いた。
「基点は先人が育んできた持続可能なまちづくりです。2001年に日本最初の自治基本条例として自治体の憲法ともいわれる『ニセコ町まちづくり基本条例』を策定したニセコ町は、徹底した情報共有と住民参加を両軸に掲げ、環境モデル都市の取り組みや独自の開発ルールづくりなどを継続して実践してきました。これらはSDGsの目標とも合致するもので、言い換えれば町のこれまでの取組みそのものが、SDGsが目指す取組みでもあったと捉えています。国際的なリゾート地としてこの持続可能性を観光地域づくりにも取り入れていくことは、ごく自然な流れでした」
2019年、北海道運輸局「国際的な観光指標の導入を踏まえた持続可能な観光の推進に関する実証事業」に受入地域として参画、翌2020年には観光庁「日本版持続可能な観光ガイドラインを活用したモデル事業」のモデル地区に選定される。
モデル地区として、観光地を対象とした国際認証であるGreen Destinationsにエントリーするにあたり、地域のアセスメントを行った。
「持続可能性という意味ではまだまだ足りていない部分がある事に気付かされ、観光地としての成熟性をより高めるためには継続して取り組みを進める必要があると感じました」
2021年には、日本「持続可能な観光」地域協議会に参画。「町単独で行うよりも自治体間でアライアンスを組み、補助金も活用しながら動いていく方がスピード感を持って推進できる」と高橋氏。まず行ったのが、持続可能な観光地域づくりに欠かせない役割を担うサステナビリティ・コーディネーターの擁立だ。
「守備範囲の広い観光地経営に本気で取り組むには、官民連携のチームで動いていくことが必要。さらに、旗振り役となるサステナビリティ・コーディネーターの存在が不可欠」だという。
サステナビリティ・コーディネーターの役割と期待されること
町と連携するニセコリゾート観光協会からの募集を受けてサステナビリティ・コーディネーターとして採用されたのが、青木真郎氏。北海道庁を55歳で退職し、2021年5月に着任してニセコへ移住した。道庁時代に「北海道観光のくにづくり条例」や「産廃税条例」の審査を行っていた経験を活かし、まず着手したのは、Green DestinationsおよびUNWTO ベストツーリズムビレッジへのエントリーのための、アセスメントとレポートの作成だった。
「コーディネーターは、国際基準に照らし合わせたときに、その地域の環境、文化、産業振興の政策がどうなっているのか把握すること、その結果を行政や地域の事業者に向けてフィードバックを行い、適切なアクションを促していく立場だと考えています。そのプロセスの第一段階としての作業でした」
▲ニセコ町で行われたサステナビリティ・コーディネーター研修で、町の紹介をする青木氏
もう1人、青木氏と共に実務にあたるのが、2021年6月に地域おこし協力隊として赴任、ニセコ町へ移住した名古屋出身の鈴木恵里氏だ。
「ニセコとの出会いはスキー旅行でした。圧倒的な自然の美しさに心を打たれ、この大自然を守るために私も何かできることがないかと思った」。漠然と環境保護への想いを抱く中、仕事を通じて太陽光のみを動力源として飛行する次世代航空機“ソーラー・インパルス”のメンバーと出会い、彼らとの交流の中でSDGsへの関心が高まっていく。そんな時目にしたのが、ニセコ町の地域おこし協力隊の募集の告知だった。
「ニセコ町について深く調べていくと、SGDsの取り組みを数多く手がけていることを知り、この町から学びを得て何か自分なりのアクションを起こせるかもしれない。そう考えて移住に踏み切りました」
鈴木氏の採用は商工観光課での観光業務だったが、サステナビリティ・コーディネーターとして着任していた青木氏と話をする中で、「チームとして携わってほしい」と声をかけられる。地域おこし協力隊の業務と並行して、持続可能な観光地づくりへの取り組みに従事することになった。
▲ニセコ町の自然に魅せられたという鈴木氏
青木氏曰く、「取り組みの推進には実行力のある若い力が必要。互いに得意なことが異なるので、チームとして相互補完性がある」
青木氏と共にレポート作成を手掛けるほか、フットワークを活かして積極的に地域との交流を図る。GSTC世界持続可能観光協議会のプログラムとして開催された、持続可能な観光の国際基準を学ぶトレーニングでは企画運営にあたり、たくさんの地域事業者の声を拾い集めた。
「地域のみなさんがいかにニセコ町を愛し、この町の未来、持続可能なまちづくりに対して関心を持っているかを実感できた。参加者から『定期的にトレーニングを受けたい』という声をいただいたり、自発的に『持続可能なニセコの観光をみんなで考える会』というイベントを企画していただいたり。そんなアクションを起こしたいと思っている方々の手助けができるよう、全力を尽くしてコミットしていきたい」
ニセコ町の取り組みを世界へ発信、国境を越えた人との繋がりに発展
語学力にも長けた鈴木氏の挑戦は世界の舞台へも。毎年10月初旬に開催されるGreen Destinations主催イベント「Green Destinations Days」で、オンライントークセッションのプレゼンテーターに立候補。見事選出され、さらにホスト役にも抜擢される。
「セッションは各国のプレゼンテーターが地域の持続可能な取り組みを紹介するものです。本当はあまり自信がなかったのですが、とにかくニセコに住む人々の思いや長年の取組みについて世界に知ってもらいたいという想いで応募。多くの人の助けでどうにか成し遂げることができました」
▲「Green Destinations Days」でTOP100選の他、ブロンズやシルバーのアワードの発表も行う
この果敢な挑戦が契機となり、後日ホストを務めた者がパネリストとして招待されるオンラインイベント「Meet the hosts」にも参加。グラスゴー宣言の共同創設者であるジェレミー・スミス氏をはじめ、各国のコーディネーターたちと意見交換を交わす機会に恵まれる。「先進地域の成功事例だけではなく、抱えている課題も知ることができ、またニセコ町の取り組みに対してもコメントをいだたけて本当に有意義な経験でした」
ニセコ町への移住、そしてサステナビリティ・コーディネーターへの一歩を踏み出してから、いくつものドアが開かれ多くの学びを得たという鈴木氏。
「地域の調整役としてまだやるべき事は多いですが、日本や世界で同じように取り組みを進める人たちと刺激し合いながら、地域が成熟していくお手伝いをしていきたい。大変な事もあるとは思いますが、この5000人ほどの、小さくも住民の熱い想いが詰まったニセコ町の可能性に期待しています」
真の意味で持続可能な観光地域づくりに向けたニセコ町の次なる挑戦
ニセコ町では「ニセコ町観光振興ビジョン」の策定に向けて、その方向性を定めるためにさまざまな意識調査(アンケート)も行っている。町内の観光事業者に対して行った「持続可能な観光に関する調査」では、事業者の87.5%が持続可能な取組を重要と認識しており、ゴミ削減や仕入れ等における地域産物の活用、省エネなどの項目において取り組みを進めていることが分かった。
▲ニセコ町の道の駅「ニセコビュープラザ」では、地元の農家の方の産品がたくさん並ぶ
また、町民に対して行った「ニセコ町における観光についてのアンケート調査」」では、「ニセコ町の発展に、観光が重要な役割を果たしていると思いますか」という設問については、85.2%が肯定的な回答(とても思う50.6%、やや思う34.6%)であった。一方で、「観光が発展すると、あなたの生活も豊かになると思いますか」という設問については、肯定的な回答(とても思う16.7%、やや思う22.8%)は39.5%にとどまった。
「持続可能な観光について事業者の意識は想定していたより高く、むしろ事業者の取組を観光客や町民に伝える情報発信やインナーブランディングが重要だと感じました。また、町民も観光の重要性を理解しているものの、暮らしと観光が乖離しているところが課題です。観光が地域の豊かさに繋がるような取り組みを町民の方に共有し、理解や共感を深めていかなければいけない」(高橋氏)
「ニセコ町は国際認証など多くの評価も受けていますが、本当の意味での持続可能な観光地となるためには地域の方々が実感を伴う発展でなければならないし、しっかりと名実を伴わせる必要がある。地域の認証だけでなく、観光事業者の国際認証(GSTC-I)の取得も検討課題かと思っています」(青木氏)。
課題を踏まえて策定したビジョンを基に、2022年度からは具体策を実施していく予定。サステナビリティ・コーディネーターも行政と事業者、町民間の調整役となり、地域が同じ方向を向いて取り組みを推進できるよう今後の活躍も期待される。
Sponsored by 日本「持続可能な観光」地域協議会(Sustainable Destinations Japan)
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