インバウンド特集レポート
北海道東部、釧路市に隣接し人口約6800人の弟子屈町は、摩周湖や屈斜路湖などの豊かな自然を活かした観光業と酪農を中心とした農業が盛んな地域だ。
人口の約7割が第三次産業に従事している同町では今から20年近く前、まだ「サステナブル・ツーリズム」という言葉が注目を集める前から、観光業を軸に持続可能なまちづくりを目指し、町民が主体となって官民連携で取り組んできたという。その取り組みはどのようなものなのか、また「世界基準」の持続可能なまちづくりを目指した今後の展望について探っていく。
2つの「えこ」からはじまった、弟子屈町の持続可能なまちづくり
町の面積の約65%を阿寒摩周国立公園が占める弟子屈町。世界有数の透明度を誇る摩周湖や日本最大のカルデラ湖・屈斜路湖、現在も噴気活動を続ける硫黄山や川湯温泉など自然の恵みをコンテンツとしたツアーで人気を集め、バブル期には団体客が多く訪れるマスツーリズム向けの観光地として発展。大型ホテルの建設も進み、最盛期の1991年には宿泊者数が約73万人に達した。しかしその後、バブルの崩壊や旅行スタイルの変化と共に観光客数は激減。コロナ前の2019年で約21万人の宿泊者数に留まっている。
観光業の衰退が地域の産業や経済に与える影響は大きく、その状況を変えるため、一度まちづくりの原点に立ち返った弟子屈町。住民や事業者を交えて「自分たちがどんな町をつくりたいか」を話し合い、2008年に「てしかがえこまち推進協議会」を設立した。この協議会は、観光事業者はもちろん、農家や会社員、主婦など、さまざまな立場の住民たち自らがまちづくりのアイデアを出して実行する、地域住民が主体の組織。観光を機軸とした地域の再生を図りながら、「誰もが自慢し、誰もが誇れるまち」を目指して取り組みを推進する。
「えこまち」の「えこ」には、エコロジー(環境保全)とエコノミー(経済)の2つの意味が込められている。観光資源である自然を守りながら各産業を活性化していきたいという想いから、地域固有の魅力を地域振興や環境保全に生かすエコツーリズムにも取り組み、協議会が主体となって持続可能な経済活動を目指すことになった。
「てしかがえこまち推進協議会」は、役場、観光協会、商工会、農協など町内のあらゆる組織を包括し、エコツーリズム推進部会、食・文化部会、人財育成部会、女性部会など8つの部会で構成される。
「エコツーリズム」を軸に、地域資源を保護しながら観光地づくりを推進
「てしかがえこまち推進協議会」は専門部会が個々で活動するほか、協議会全体での取り組みも進める。地域の観光振興を担う人材育成を目的とした「てしかが観光塾」もそのひとつだ。毎年異なるテーマが設定されるが、2008年の初開催以来、「持続可能」というキーワードが幾度も掲げられており、弟子屈町がいかに早く持続可能な観光地域づくりに着目していたかが窺える。
エコツーリズム推進にあたっては、町内関係者が共通の認識に基づいて推進することができるようにと、地域の指針を定める「てしかがスタイルのエコツーリズム推進全体構想」を策定。2016年には、エコツーリズムを進めるための総合的な枠組みを定めた法律「エコツーリズム推進法」に基づき、環境省より全国で8番目、北海道では初となる認定を受けた。認定地域では、地域独自で地域資源の保護などを実施することが可能になるが、弟子屈町では具体的にどのような取り組みを行ったのか、弟子屈町役場 観光商工課の下谷敏正氏に話を聞いた。
「ツアーガイドが案内や解説を行いながら観光客にエコツーリズムを深く体感してもらえるようなプログラムを実施するほか、定期的なモニタリングやルール順守の普及啓発を行っています。全体構想は5年を目途に見直しを行うのですが、2020年の改訂では硫黄山の噴気孔を特定自然観光資源に指定。そうすることにより、地域独自の保護が可能になります。弟子屈町では不特定多数の立ち入りで噴気孔が損なわれないように一般の立入制限を実施し、知見のある協議会認定のガイドが引率する場合のみ入山を許可することにより、自然資源の保全と活用の両立したエコツアーを開発することができました」
▲標高512m、活火山ランクCの溶岩ドームに分類される硫黄山。噴気孔は、大小合わせて 1500箇所以上存在する
欧米市場をターゲットに、より一層「サステナビリティ」への意識が高まる
弟子屈町が住民主体でのエコツーリズムを進める中、世界基準のサステナブル・ツーリズム推進に取り組む契機が訪れる。
2019年、環境省の「国立公園満喫プロジェクト」において、インバウンドに対する取り組みを先行的・集中的に実施する国立公園の一つとして阿寒摩周国立公園が選定された。これを受け、弟子屈町でもアドベンチャーアクティビティの開発や磨き上げを行い、特にそれらを好む欧米の観光客をターゲットに定めるが、「欧米市場のマーケティングリサーチを行う中で、今後観光地のサステナビリティは欠かせないものになると実感していった」と下谷氏。
海外視察で訪れたサステナブル・ツーリズムの先進国・フィンランドでは、ゼロウェイストを進める団体などからも話を聞き、さらに思いを強くする。
▲フィンランドでの視察では、ゼロウェイストについて学んだ
「世界の潮流を捉えると、弟子屈町でも本腰を入れて取り組むべきだと思いました。しかし、単独で実施していくには知識もノウハウも不足しており、どこから着手すべきか迷いがあった」
アクションプランを模索していたところ、折り良く釜石市を代表自治体として発足する連携協議会への声がかかる。「先駆的地域やこれから取り組みを進める地域が手を取り合い、知見を共有しながら推進できるのはとてもありがたいこと。弟子屈町にとっても好機でした」
参画を快諾し、2021年に全国8自治体が共同で日本「持続可能な観光」地域協議会を設立した。
包括的な「持続可能な観光」の実現に向けて、弟子屈町の現在地を確認
持続可能な観光地づくりの本格始動にあたっては、事業推進の中心役となるサステナビリティ・コーディネーターとして、長年弟子屈町でエコツーリズムを実践してきた木名瀬佐奈枝氏を擁立。「人の暮らしと自然のリズムを近づける」をテーマにカヌー会社を運営してきた経験を活かし、現在はランドオペレーターとして自然体験プログラムやツアー開発なども行う木名瀬氏。「てしかがえこまち推進協議会」メンバーとして、2018年に北海道運輸局が釧路市阿寒町で実施したGSTCトレーニングプログラムにも参加し、GSTCのProfessional Certificate in Sustainable Tourismも取得している。
▲GSTC研修の様子
まさに適任者と言え、自身も「持続可能な観光に高い関心があった」と、この職務に意欲的。現在は地域の現状を把握するためのアセスメントを手掛けている。
「アセスメントを通じて、地域が現在どういう状態であるかを客観的に見ることができています。例えるなら、種まき前に畑の状態を調べるようなもので、分析の結果、必要に応じて土壌を改良していく。町の方針やガイドラインなどベースとなる土壌がサステナブルであれば、そこからツアーやコンテンツも自然に持続可能なものに育っていくと思います」(木名瀬氏)
平行して、サステナブルツアーの新たな造成も進める。カヌーや牧場体験、キャンプなどの自然アクティビティ体験に加え、地域の人との対話から「自然と人との共生」や「地球に優しい暮らし方」を学ぶプログラムを販売し、ツアー参加者からも高い評価を得た。
「地域住民と一緒に考える観光地域づくりの形やエコツーリズムの基盤は、サステナブル・ツーリズムにも生きていると感じています。今後はステップアップを図り、政策に紐づけて取り組みを推進していきたい」と木名瀬氏。
下谷氏も「町としても推進体制を整えたいと考えている。事業者を巻き込んで意見交換をしながら、町全体の意識を高めていきたい」と、バックアップを図る。
▲下谷氏と木名瀬氏
直近の目標はGreen DestinationsでのTOP100での選出。ゆくゆくは上位格付となるブロンズやシルバーでの表彰も視野にいれ、町が一体となって「誰もが自慢し、誰もが誇れるまち」の実現を目指していくという。弟子屈町がエコツーリズムによって培ってきた土壌の質をさらに向上させ、そこから芽生える有機的なサステナブル・ツーリズムが結実する姿を見届けていきたい。
Sponsored by 日本「持続可能な観光」地域協議会(Sustainable Destinations Japan)
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