インバウンド特集レポート
世界の旅行者のサステナビリティに対する意識の高まりを受け、日本各地でもここ数年で、サステナブル・ツーリズムの取り組みが進んでいる。2021年には、国際基準を取り入れた先進的な観光地域づくりに向けて全国8自治体が連携し、日本「持続可能な観光」地域協議会を設立。研修やトレーニングを通じて「持続可能な地域づくりとは何か」を掘り下げて学びながら、将来の地域の姿を描き、その実現に向けて取り組むべきことを見直している。
本記事では、「持続可能な地域づくり」に着手した熊本県阿蘇郡小国町、徳島県三好市、京都府宮津市の3地域のこれまでの取り組みと現在地、今後の目指す姿について紹介する。
▲日本持続可能な観光協議会に参画する自治体やDMOのメンバー
地元産「小国杉」を活用、熊本県小国町の林業活性化と個性的な地域づくり
熊本県の最北端に位置し、総面積の約8割を山林が占める小国町。杉を中心とする林業が盛んで、杖立温泉やわいた温泉などの温泉地や、鍋ケ滝などの観光名所でも知られている。 小国町のまちづくりの発端は、今から約35年前に遡る。1985年、過疎化や農林業の衰退といった課題に直面する中で、小国町が打ち立てたのが「悠木の里づくり」構想。特産である小国杉を公共施設建築などに積極的に取り入れ、林業の再活性化と木の文化の復活を目指しながら、個性的で活力のある町へ推進していくという試みだ。
観光案内所や道の駅が併設されたバスターミナル「ゆうステーション」や木造体育館「小国ドーム」は、斬新なデザインと高度な建築技術で注目を浴び、視察や研修で町を訪れる人が一気に増えた。
▲小国町のバスターミナル「ゆうステーション」
さらに地域に根差した「本物」に触れる機会を提供すべく、1990年より古典楽器の演奏会「おぐに古楽音楽祭」を開催。1995年には小国町出身の画家・坂本善三氏の美術館を開館するなど、町民の文化度を上げる取り組みも進めてきた。
「来訪者との交流や地域の本物に触れる体験を通じて、自分たちが気づかなかった地域の魅力を再発見すると同時に、もっと視野を拡げることが必要だと思うようになりました」そう話すのは、町で生まれ育った小国町役場情報課の秋吉祥志氏。町外の人との積極的な交流を図ると共に、地域づくりに向けての勉強会なども開かれるようになったという。
これを機に観光をまちづくりの一環と捉え、1997年には「九州ツーリズム大学」を開校。講義やフィールドワークを通して、農山村での新しい交流ビジネスであるグリーンツーリズムを学び実践する場として、全国からの受講生を受け入れていった。
「受講生とはその後も情報交換が続き、交流人口の促進にも繋がりました。町民の中にも農家民泊や体験農園を試みる人が現れるなど、『なにもない』と思っていた田舎の町でもツーリズムの可能性があると分かりました」と秋吉氏は話す。
▲一般財団法人「学びやの里」が主催し、毎年9月~3月に開校した「九州ツーリズム大学」。計18回で延べ2,400人ほどの修了生を送り出した
住民にとって持続可能な地域を作るべく、国際基準GSTCを取り入れる
これらの取り組みにおいて小国町が最も大切に考えてきたのは、「地域住民の満足度の向上」だ。町に暮らす人たちが、これから先も豊かな生活を送るための持続可能な地域づくりを志し、観光においてもそれをテーマに掲げてきた。日本「持続可能な観光」地域協議会に参画した理由も、ここにある。
「協議会では『観光誘客のための仕掛けづくりという視点だけではなく、観光を切り口に自分たちの地域を見直し、住み続けることができる環境を整える取り組み』と捉えています。それなら小国町でもやる価値があると思いました」(秋吉氏)
もう一つの理由として、3年前に発足した「ASOおぐに観光協会」の基盤づくりがある。小国町ではそれまで観光といえば杖立温泉が中心で、町全体の観光という視点では拡がりが限られていた。そこで、町全体を統括する観光協会として新たに設立されたのが「ASOおぐに観光協会」だ。しかし、地域全体での観光の方向性や協会の役割を明確化するまでには至っておらず、この協議会への参加を機に国際基準であるGSTCの視点を取り入れた小国観光の道標をつくりたいという思いがある。
▲「学習と交流」を次世代につなげることを目的に1988年に建設された研修宿泊施設。屋根は、小国の伝統的構法「置き屋根」をヒントに建てられた
事業の推進役となるサステナビリティ・コーディネーターには、2003年に小国町にUターンした穴井喜織氏が着任。帰郷後、杖立温泉を中心にカフェバーの経営やイベントを通じて町の活性化を図ってきた穴井氏。「小国町のあるべき姿を真剣に考えている人材。広い視点から物事を考えてくれるのでは」と秋吉氏も期待を寄せる。
穴井氏が現在着手しているのは、地域人材と観光コンテンツのデータベースづくりだ。 「地域の人の得意なことや強みを把握してコンテンツと掛け合わせることにより、観光商品もつくりやすくなると思う。埋もれた人材を発掘して巻き込みながら、取り組みに関わる人をどんどん増やしていきたい」
2022年3月には、持続可能な観光地づくりの取り組みを推進する協議会が町内で立ち上がる。役場、観光協会、商工会、温泉組合、森林組合、農協の6団体で組織し、地域の主要産業が手を取り合って事業を推進していく予定だ。
「地域全体でGSTCへの理解を深めながら、今後の目標や展望を話し合っていきたい。行政主動ではなく、町が一丸となって向き合うことが大切だと思います」と秋吉氏。それぞれが当事者意識を持って自分たちが暮らす地域の未来を考えられるかどうか。それが、小国町の持続可能な観光地づくり推進の重要な鍵となっていきそうだ。
▲ニセコ町での研修に参加する穴井氏(左手前)と秋吉氏(右手奥)
秘境ならではの自然や人々の暮らしを観光に活用してきた徳島県三好市
大歩危峡や百名山の一つである剣山、祖谷のかずら橋といった豊かな観光資源や、吉野川の急流を活かしたラフティングなど、観光とアウトドアスポーツで知られる三好市。四国のほぼ中央に位置し、阿波池田地区を中心とする市街地と、切り立った山や谷が続くダイナミックな景観が広がる山間部で構成されている。
三好市の魅力は、秘境とも呼ばれる自然環境とそこに古くから伝わる歴史や文化、昔ながらの人々の暮らしだ。落合集落には、東洋文化研究家・作家のアレックス・カー氏プロデュースによる古民家を改装した宿泊施設があり、古き良き日本の佇まいを体感できる場所として、外国人観光客からも注目を集めている。
また、三好市・美馬市・つるぎ町・東みよし町の「にし阿波」エリア4市町の地域連携DMO「そらの郷」が主体となり、日本一の田舎暮らし体験やラフティング体験など、農山村の体験型教育旅行を展開してきた。
一方で、深刻なのが過疎化の問題だ。高齢化によって山間部に限界集落が増えたこともあり、約2万4000人の人口は今も減少傾向にある。三好市では2020年、人口減少対策の一つとして観光をリーディング産業に位置づけた「第2次三好市観光基本計画」を策定した。
「地域課題の解決と地域活性化には、観光振興が大きな役割を果たすと考える」と話すのは、三好市産業観光部の近藤教仁氏。だが施策を進めようとしていた矢先、新型コロナウイルスが猛威を振るいはじめる。
「インバウンドどころか国内旅行客も激減し、外貨獲得への取り組みは一時中断を余儀なくされました。このままではいけないという危機感を抱くと共に、アフターコロナを視野に入れた持続可能な観光振興策の必要性を感じました」
▲アレックス・カー氏プロデュースの古民家もある落合集落
「ガストロノミー」による食文化の継承など、官民連携で持続可能な取り組みを推進
観光庁による持続可能な観光マネジメントの推進にも触発され、コロナ禍を機にサステナブル・ツーリズムに真剣に向き合いはじめた三好市。日本「持続可能な観光」地域協議会に参画し、現在は市と観光協会が中心となり持続可能な観光指標に基づいたモニタリング調査等を行っている。
同時に、地域プログラムの開発も進行中だ。その1つが、新たな食の魅力創出を図る「三好市ガストロノミープロジェクト」。大歩危・祖谷の宿泊施設で構成される「大歩危・祖谷いってみる会」と、市内飲食店を中心に構成される「まちなか」の2つのワーキンググループに分かれて新メニュー開発に取り組んでいる。
2021年度は6品を新しく開発すべく、現在、京都の老舗料亭「菊乃井」常務取締役の堀知佐子氏を開発メンターに迎え、ジビエ肉や徳島県地鶏「阿波尾鶏」、そば米などを使ったメニューを考案。また、タレントで一般社団法人国際SDGs推進協会理事の大桃美代子氏を食のアンバサダーとして観光特使に委嘱し、世界農業遺産にも認定された「にし阿波地域」の豊かな食材を活用し、地域に伝わる食文化を継承しながら「ここにしかない」メニューづくりに取り組む。
三好市ではこれまでも、官民連携で食事業に取り組んできたことはあったが、単発で終わってしまうケースが多かったという。そこで今回はしっかりと先を見据え、継続性と連続性のある持続可能な事業への発展を目指す。
▲三好市の料理人とともに地域産品を使ったメニュー開発に取り組んだ
また、第2次三好市観光基本計画で示された各施策を着実に遂行し、持続可能な観光計画の整備を図っていくことを目的に、2021年、官民連携の「三好市観光推進会議」を発足した。
「市と観光協会、地域の事業者や組織が一体となった体制を作ることで、関係者間が協力し、同じ目線で観光や地域の持続可能性について考えていきたい」と三好市産業観光部の大西裕之氏は話す。
今後、三好市観光推進会議を主体とするサステナブルな観光のまちづくりが活性化し、自然や歴史文化、地域の人々の暮らしが今後もよりよく守られていくような未来に期待したい。
▲三好市産業観光部の大西氏(右)、近藤氏(中)。そして、「これまでの取り組みをいかしたサステナブル・ツーリズムを実践していきたい」という三好市観光協会の赤窄政治氏(左)
地域と観光客の共存共栄を目指し、観光の課題解決に取り組む京都府宮津市
京都府北部・日本海の若狭湾に面する宮津市は、日本三景のひとつ「天橋立」で知られる観光地だ。近隣市町と提携したDMO「海の京都観光圏」での周遊プロモーションや、インバウンド客獲得にも積極的に取り組み、観光入込客数も年々増加。コロナ前の2019年で年間320万人の観光客が訪れている。
観光業に力を注ぐと共に、景観を守るための持続可能な取り組みも継続して行ってきた。以前から市民、関係機関、民間企業等が一緒になって天橋立一帯の一斉清掃活動を行っているほか、近年は天橋立エリアにおける水上オートバイ等の安全な航行を促進するための取り組みも実施している。
水上オートバイの高速航行等による騒音や水しぶきが観光地の風情を壊すという苦情が相次いだため、天橋立エリアの自治会・観光関係団体や行政、マリン事業者らが連携し「天橋立海面利用安全対策協議会」を設立。観光名所の1つ「廻旋橋」のある文珠水道を「航行自粛エリア」として設定したほか、天橋立周辺の沿岸100m以内を波立たない程度(時速8キロ以下程度)で航行してもらう「徐行エリア」として設定するなどの自主ルールを定め、迷惑航行の減少に繋げた。
▲行政、事業者、市民らで、年に2回行っている天橋立エリアの清掃活動
さらに行楽シーズンには、生活道路や幹線道路で観光客等の車両の集中による交通渋滞が頻発していたことから、市街地に車を停め、船を利用し観光地へ向かってもらう「パーク&クルーズ」を提案するなど、交通渋滞の緩和による観光客の満足度向上を目指すとともに、地域住民の暮らしを守るための取り組みにも努めている。
宮津市産業経済部商工観光課の井ノ元伸二氏はこれらの取り組みについて、「観光事業で地元の人に迷惑をかけることは避けたいが、訪れる人にも楽しんでもらいたい。一方的な規制ではなく、観光客も地域も相互で共存共栄できるような形を市としても目指している」と話す。
GSTC研修を通じて持続可能な地域づくりへの理解を深め、実践へ繋げる
宮津市では、天橋立の世界遺産登録を目指している。世界から選ばれる観光地になるためには、市民の機運醸成を図り、天橋立を未来に継承するための保全の仕組みを構築するとともに、地域の豊かな暮らしの創出と観光振興の両立を図ることが必要となる。これらの実現のためには、持続可能な観光地域づくりが不可欠だと捉えた同市は、2021年、日本「持続可能な観光」地域協議会に参画する。
「当初は『持続可能な観光地』という言葉にはあまり馴染みがなかった」という井ノ元氏。「しかし協議会の事業の一環でGSTC研修を受けたことで理解が深まり、マネジメント、社会経済、歴史文化、環境とさまざまな側面があることが分かりました。地域の現状を調査するアセスメントを通じて、文化財の保護などすでに達成できている項目があることに気づけたと同時に、宮津市が定める細かなゴミの分別に観光客をどう巻き込んでいくかなど、今後取り組むべき課題も明確になりました」
宮津市では、2021年度に策定したツーリズムのガイドラインとなる観光戦略において、持続可能な観光地域づくりを明確に打ち出した。今後、国際基準による認証取得も視野に入れ、いかにして地域の人々のGSTCへの理解を深め、重要性を共有しながら一丸となって取り組んでいけるか。宮津市の挑戦は続く。
▲天橋立の景観
Sponsored by 日本「持続可能な観光」地域協議会(Sustainable Destinations Japan)
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