インバウンド特集レポート
3年近くに及んだ水際対策が緩和され、急速に回復する観光インバウンド業界では、いかにして人材を確保するかが、観光事業者にとって重要なテーマの1つとなっている。ここでは、「観光インバウンド人材」をテーマに、2022年の振り返りと2023年の予測、観光事業者がすべきことについて、観光・インバウンド専門の求人サイトを運営する株式会社やまとごころキャリア取締役 坂本氏からの寄稿を届ける。
株式会社やまとごころキャリア
取締役 坂本 利秋
コロナ禍で流出進む、観光業界の人材市場
2022年春ごろ、ニュース画面には毎日、観光が再開された海外でノーマスクでの観光を楽しむ人の姿が映し出されていた。その一方で、国内では訪日客の姿が見えないという状況が続いた。その雰囲気が少し変わったのは5月ごろ。5月24日に世界経済フォーラムによる観光開発ランキングが発表され、日本が初の首位になったことが話題になり、同時期に外国人観光客の受け入れ再開に向けた実証実験が開始され、インバウンド回復の小さな足音が聞こえてきた。しかし、その裏側で、人材面では深刻な事態が進行していた。
同じころに実施した当社調査では、次の転職時に観光業界を希望すると答えた人は約50%、つまりおおよそ半数の方が観光業界から離れてしまう可能性があるという結果になった。
当社は転職市場がコロナ前とは一変している事実を認識し、たとえ多少のリスクがあっても早めに採用をすべきと繰り返し主張。それでも早期の採用再開による人員確保ができなかった観光事業者は、次の6パターンのいずれかを選択するものと予想した。
1.賃金アップによる新規雇用獲得(求職者アンケートで観光業界を選ばない理由の上位回答)
2.副業解禁・非正規社員の積極採用
3.外国籍人材、シニア、主婦など多様な人材の受入れ
4.採用不足分を、DX導入で補う
5.現有戦力の過重労働での対応
6.人材採用を諦め、稼働制限・収益機会の損失を受入れ
観光事業者は人材不足に対し、どのように対応したのか?
昨年10月以降、ビザなし個人旅行の解禁とともにインバウンドが本格再開したことに加え、国内市場を対象に始まった全国旅行支援を受けて、旅行市場は大幅に回復した。観光客の急増に対して観光業界の企業側の人材に関する対応はどうだったのか。上のパターンに照らして結果をみていこう。
1.賃金アップによる新規雇用獲得
宿泊施設経営者によると、当初は効果があったが、年末になり大分効果が薄れたという。従来の2倍を提示しても人が集まらない事業者が続出したようだ。
2.副業解禁・非正規社員の積極採用
3.外国籍人材、シニア、主婦など多様な人材の受入れ
ともに2022年を通じて大きく前進したとの印象はない。
4.採用不足分を、DX導入で補う
多くの観光事業者においてDX化を進めたと思われるが、人手不足を解消するレベルまで効率を上げたという話は聞かれず。
5.現有戦力での過重労働
12月になり各地で過重労働にかろうじて耐えていた従業員の体力と気力が限界レベルに到達した。全国旅行支援延長ニュースがとどめとなり、心が折れ、退職が発生。新規採用以前に退職者が増えるというより深刻な事態になっている。
6.収益機会の損失を受入れ、稼働を制限
採用難と現従業員の疲弊により、多くの観光事業者が稼働率を制限。宿泊施設経営者からのヒアリングでは、稼働率を70%程度に抑えているところが多い印象だ。
さらに、2022年後半になり新たな脅威が迫ってきた。円安と海外との賃金格差だ。一時の1ドル150円と比べると、現在は円安が落ち着いてはいるものの、同一ホテル同一職種で海外の賃金は国内の2~3倍となっている。この事実をメディアが連日大きく報道することで、語学力を有する国内の観光業従事者に海外への出稼ぎという選択肢があることを強く意識させるようになっている。国内観光人材の流出危機だ。
2022年を総括すると、コロナ禍からインバウンド・観光が急速に回復したものの、その業界を支える人材不足が深刻化した年と位置付けられる。
観光業界での人材獲得に有効な施策とは?
2022年後半に続き、国内観光・インバウンドの需要は強いと予測する。世界的な景気後退、為替市場の変動、インフレなども観光市場に影響を与えるとは思うが、影響は限定的であろう。
国内観光・インバウンドの市場規模の決定要因はそれらではなく、供給つまり人の確保にあると考える。2023年も昨年に続き圧倒的に需要に対し供給が不足することを予想しており、観光業界の回復を制限することになるだろう。
新年早々、悲観的な話で終わらせるのはやめよう。一つ有効な策がある。
当社求人サイトの応募状況を見ると、給与額が他社と変らずとも応募が集中する求人が存在している。例えばホテルのフロントスタッフの求人でも、ツアー企画、SNS運用業務を含むものは応募が集中するのだ。企画業務によるスキルアップ、SNS運用にて楽しさや地域への貢献を実感できることが選ばれる理由のようだ。
観光事業者にとっても人手不足が解消できて、さらに企画やSNS運用まで対応してくれるのだからこんな良い話はない。求職者と事業者の双方にメリットがあるのがこのタイプの求人だ。
自社に不足する企画、プロモーション業務などを抽出し、一部を転職者へ任せてみてはどうだろう。人手不足の解消により収益の機会損失を回避し、さらにプロモーションなどで収益機会自体を増やすことができ、文字通り1石2鳥の方法となる。
著者プロフィール 東京大学大学院工学系研究科卒。総合商社の日商岩井(現双日)にて金融派生商品の運用、おそらく国内初となるSNS企業の財務執行役員、三井物産子会社の取締役、メガベンチャー企業の再生を経験。2009年より中小企業に特化した再生・M&A支援を行うとともに2020年には再生・M&Aの実務家養成事業を開始。2021年は事業再構築補助金に関する大手メディアへの執筆の他、同申請書の作成支援講座を開始。合同会社スラッシュ代表。 |
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