インバウンド特集レポート

【特集】世界人口1位へ、経済成長著しい「インド」の旅行需要と日本への期待

2023.06.29

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2023年4月、国連は今年半ばにはインドの人口が14億2577万人超となり中国を抜き、人口世界第1位になると発表。さらにIMF(国際通貨基金)によると、2027年には日本とドイツを抜いてインドがGDP(国内総生産)世界第3位になる見込みだ。

インドは長い間、開発途上国としてのイメージが強いが、その実態は大きく変化している。JNTOデリー事務所の山本祐輔所長によると「インドには平均的な姿はなく、極端に言うと江戸時代と現代が同居しているような状況です。開発が遅れている地域があることも確かですが、街にはショッピングモールが建ち、事務所付近でも昼時に700~800円という食事は当たり前で、特に都市部の発展はめざましい」という。

インターネットの隆盛により発展したデジタル産業の開発拠点という立場にとどまらず、今ではGoogle、Microsoft、IBM、AdobeなどのCEOをインド人が務めるなど、IT業界でもその影響力を高めているほか、政治分野における活躍も増えている。

今まさに大きな変化を迎え、世界中の企業が注目するインドだが、一方で、宗教や文化、商習慣などの違いから、インバウンドビジネスにおいてこれまで注目されることはなかった。今回は、世界的に影響力を強めるインド市場にフォーカスし、旅行市場の概況や動向、日本への期待を紐解き、訪日インドビジネス獲得にあたってのヒントを探る。


▲インド、ジャイプールにあるアルバート・ホール博物館

 

1.インドの海外旅行市場の概況

海外旅行者数は年平均8%で増加、中東、東南アジアが人気

インド観光省の統計によると、2019年のインド人外国旅行者数は、過去最多の2691万5034人(前年比 2.4%増)を記録。この10年間で2.4倍に増加した。また、2014年から2019年までのインド人外国旅行者数は、年平均8.0%増となっている。これは経済成長に伴う中間所得者層の増加により外国旅行需要が拡大したことと考えられている。

在インド日本国大使館によると、世帯可処分所得5千ドル~3万5千ドル(約73万円~493万円)の中間所得者層は、2000年に全人口比で4.1%だったものが、2010年には19.9%、2020年には32.8%となっている。

インドから海外旅行に出かける主要な出発都市はムンバイとデリーで、社会的・経済的に高い地位の人が多い。都市部からは年齢は30代~50代、地方都市からは50代~ 60代が中心となっているが、近年は、中間所得者層の増加に伴い、若年層の外国旅行も増えつつある。

インド人に人気の渡航先は、中東や東南アジアが上位を占めている。2018年の訪問者数では、1位のアラブ首長国連邦が255万人、2位のタイが160万人、3位シンガポールが144万人となり、以降100万人を超えた行き先は、サウジアラビア(144万人)、米国(138万人)、クウェート(133万人)だった。なお、東アジア最多は中国で71万人、その後、日本が15万人、韓国が約12万人と続く。


▲インド人に人気の渡航先の1つ、アラブ首長国連邦のドバイ

 

2.訪日インド人の特徴と日本へのニーズ

ビジネス渡航が3割超、ゴールデンルートが定番、チームラボも人気

JNTOによると、2015年に初めて 10万人を超えた訪日インド人旅行者数は、コロナ禍前の2019 年には前年比14.2%増の17万5896人を記録した。約3年にわたる入国制限を経て、2023年1~5月の訪日インド人は6万5300人となっており、年間14~15万人に到達する勢いで伸長している。また、2023年6月時点で、羽田と成田とデリー、ムンバイ、ベンガル―ルを結ぶ直行便が飛ぶなど、航空路線も再開している。

JNTO発行の訪日誘致ハンドブックによると、訪日目的は、2015年までは商用客の割合が高かったが、2016年に観光客の割合が商用客より多くなり、2019年は、観光客が43.0%、商用客が34.4%だった。

インド人は初めての外国旅行先として、近隣の東南アジアや中東を選ぶ傾向があり、次に、知人訪問などを目的に、インド系移民やインド人が多く住む米国や英国を訪れる。そして、新たな旅を求める層が日本や韓国などを選ぶことが多いという。

そんなインド人旅行者が日本で、どのような場所に足を運ぶのか。コロナ禍前は、ゴールデンルート(東京、富士山、京都、大阪)と広島という都市部を周遊する旅行がインド人に人気の定番コースであった。具体的な訪問先は、皇居、丸の内のビル街、スカイツリーを含む浅草の他、チームラボのイベント会場があるお台場なども人気だった。


▲インドからの旅行者に人気の皇居、丸の内のビル街

インド人の訪日旅行が増える時期は、子供が長期学校休暇となる4~6月。日本では桜が見頃になる季節でありインド人にとってもお花見は旅の目的になっているという。JNTOが運営するインド市場向けフェイスブックの2022年度のリーチ数では、岩手県「北上展勝地」、埼玉県「熊谷桜堤」という桜の名所がそれぞれ1位と2位を獲得している。

 

3.インド市場からの訪日誘致にあたって気を付けたいこと

多様な国インド、単一市場として捉えず、ターゲットを絞ることが重要

こうしたインド人の特徴を踏まえて、インド市場からの訪日誘致にあたっては、どのようなことに気をつければよいのか。

インドにおける日本のイメージについて、JNTOデリー事務所長の山本祐輔氏はこう話す。
「大前提として、インドでは日本が政治・経済面で信頼できる友好国と認識されています。ドラえもん、ドランゴンボール、ナルト、クレヨンしんちゃんなども認知度が高く、映画『すずめの戸締り』公開にあわせ、新海誠監督がムンバイを訪れプレミア公開されるなど、ポップカルチャーに対する関心も少しずつ高まってきています。

ただ、一方で日本に対するイメージとして『芸者、侍、着物』のような昔ながらのイメージが色濃く残っていることも確かです。インドの旅行代理店の担当者自身が日本を訪れたことがないケースも多く、日本をよく知らないというのが実情です」

人口、面積ともに日本の約10倍の規模があるインドは、地域によって文化や宗教、言語も違う多様な国だ。例えば、首都デリーのある北部は乾燥地帯で雨も少なく、主食は小麦を食べるが、南部は米を食べる文化がある。


▲目覚ましいスピードで発展するインドの首都デリー(提供:JNTOデリー事務所)

「例えば南部の都市ベンガルールは、IT産業集積都市で、米国からのアウトソーシングが盛ん。米国で働いたり、留学したりする人も多いと聞きます。一般的にインドは保守的と言われますが、ここは例外的に海外慣れしていて、寛容な文化があります。他にも、北部と南部で主要な民族が違っているなど、インドは多様な国であり、単一の市場は存在しないものと考えてターゲット層を絞る必要があります」(山本氏)

その一例として、人口比では非常に少ないジャイナ教の例をあげた。

「インドでは、最も多いヒンドゥー教徒は人口の約80%を占め、その次が、イスラム教徒で15%、そのほか、キリスト教徒や、シク教徒、仏教徒、ジャイナ教徒などがいます。全人口に占める割合が0.4%のジャイナ教徒ですが、不殺生という厳しい戒律から虫など生き物を殺してしまう可能性のある農業には従事できません。できる仕事が限られ、結果として宝石商など商業に従事する方が多く、裕福で海外旅行に頻繁に行くと言われています。ある意味とても有望な顧客層といえます」(山本氏)

一見少ないと感じる0.4%という数字もインドの全人口14億人にかけわせてみると560万人。これはシンガポールの人口590万人に匹敵する。

 

食の好みや嗜好、インド料理が欠かせない、ベジタリアン対応は必須

インド市場において、もっとも注意しなくてはいけないのは食事だ。人口の8割を占めるヒンドゥー教徒は、神聖な動物として崇拝されている牛の肉は基本的に食べない。インドで肉といえば鶏肉が一般的だが、魚など動物性の食べ物全般を口に入れない人もいる。とりわけ社会的地位の高い人ほどその傾向は強いといわれており、人口の約3割を占めると言われるベジタリアン対応は必須だ。

「ベンガルールなどの例外的な地域を除き、全般的にインド人は保守的と言われます。旅先でもインド料理を好む傾向が強く、旅行会社からも『そこ(日本の都市)でカレーは食べられるか?』とよく聞かれます。日本でもカレーは食べられると答えるとインド人も安心します。日本には郊外でもインド料理店が点在していますし、保守的といわれるインド人も、ベジタリアン対応のしやすいイタリア料理でしたら食べられる方もいます。そんなに構える必要はありません」(山本氏)


▲一口にカレーと言っても、ネパール料理というケースもある。シェフの出身地域を聞かれることもあるという

「基本はインド料理を好みますが、お昼に、日本食に挑戦することもあります。ベジタリアンが多いため、例えば、野菜の天ぷらや豆腐など、日本食以外ではイタリアン料理で、野菜のみを具としたピザやパスタが好まれます。 また、富裕層やグループの規模が大きくなる場合『料理人を帯同するからキッチンを借りることはできるか』という質問もあります。日本で対応できるところは少ないですが、積極的にインド人観光客を受け入れる東南アジア諸国では、柔軟に対応しているようです」(山本氏)

そのような事例を聞くと、例えば都市部では増えつつあるレンタルキッチンを活用するなど、日本も柔軟な対応が求められるだろう。

一方で、宗教や戒律による固定観念を強く持ちすぎるとチャンスを逃す可能性もある。「人によっては、せっかく海外に来たからと柔軟に対応する場合もあるようです。お酒はアルコール度数の高いものが好まれ、日本のウイスキーも非常に人気で、ロックやストレートで飲むのが一般的です」(山本氏)

旅行者のニーズは千差万別であるため、個別に対応するのが理想といえる。

 

保守的と言われるインド人、旅行スタイルや趣味嗜好は?

インド人旅行者を誘客したい場合、効果的なアプローチ方法について、こう話す。

「インターネットの発展が進んでいるとはいえ、現状、自身で航空券や宿を予約するといった完全な個人旅行の割合は少なく、旅行会社を経由した手配が多くを占めています。また、インドには団体のパッケージツアーは少数派で、モデルコースをベースとしたフルオーダーが基本です。現段階では、インド人誘致には旅行会社にアプローチするのが良いでしょう」(山本氏)


▲ムンバイでの旅行会社との商談会の様子、海外旅行する人はデリー、ムンバイに多い(提供:JNTOデリー事務所)

なお、数年で観光客の比率が増えたとはいえ、インドは商用客の比率が圧倒的に高い市場である。自動車製造業など、大手メーカーが多数進出しており、多くの技術者を定期的に日本に派遣していることや、インド国内にある販売店の従業員をインセンティブ旅行として日本に招待していることなどが要因として考えられる。

「インセンティブ旅行は、今後も有望な市場なので、ここで日本を知ってもらい、次は家族旅行で日本へ、などリピーターへと繋げる良いチャンスです。ただし、インドの方々の旅行の手配時期は直前になる傾向が強いので、訪日旅行の手配は早めに行うようことあるごとに情報提供を行っています」(山本氏)

宿に関しては、ベッドが好まれるため、布団を敷くタイプの旅館は選ばれにくいそうだ。保守的といわれるインド人らしさから、知名度の高いグローバルチェーンのホテルを選ぶ傾向にある。そのため、インド人の宿泊実績や、グローバルブランドの系列店であることなどを訴求することが重要だという。

 

4.中長期で見たインド市場のポテンシャルと可能性

会って信頼関係構築へ、小さな取り組みからスタートして、一歩ずつ取り組む

人口や経済の成長度合いを見ると、今後もますますインドをターゲットとする国、地域も増えることが予測される。ただ、GDP世界第3位が見えてきたとはいえ2022年のインドの国民1人あたりGDPは約2300ドル。一般的に、国民1人当たりGDPが5000ドルを超えると海外旅行が増加するといわれているが、その水準にはまだ満たしていない。旅行市場としては未成熟ともいえるが、中国をも凌ぐ経済成長率8.7%(2021年)という数字をきくと期待も大きい。


▲多様な国インドには、様々な側面があるため、自分の目で見て確かめることも大切だ

若年層が多い理想的な人口ピラミッドで世界一がみえてきたインドにおいて、旅行需要は今後も増え続けるだろう。そして、家族一同で旅行することが多いインドでは、旅の情報も一族や親しい友人など横のつながりのなか伝播していく。

最後に、インド市場攻略の第一歩として、大切なことを伺った。

「現地旅行会社の方と、いかにして信頼関係を構築するかだと思います。多様な国なだけあって、様々な人がいます。メールを送るだけでなく、電話もかけてみる。電話のやりとりだけでなく、一度会って話す。そうして、お互い信頼できるパートナーであるかを見極めたうえで、ビジネスをすることが大切ではないでしょうか。我々も、商談会を開催していますので、そういったイベントに参加しながら、日本のことをある程度知っている、信頼できるパートナーを見つけていただければと思っています」(山本氏)


▲旅先としての日本について、現地旅行会社には知られていないことが沢山ある。定期的な情報提供は欠かせない(提供:JNTOデリー事務所)

インドという市場特性を把握した上で、その中でもどういった層を狙うのかをより細分化する。そうして、インドという市場をポートフォリオに組み入れ、まずは小さくはじめてその規模を5%、10%など、徐々に広げていくのも1つのやり方だ。

まずは、「インド市場」というアンテナを立てておくことをお勧めしたい。

文:冨山晃

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