インバウンド特集レポート
インバウンド再開から10カ月が過ぎ、東南アジアや米国大陸を中心に、訪日客数が2019年同月比プラスとなる市場が増えており、都市部を中心に多くの訪日客でにぎわっている。今後、訪日客増加による、経済、社会的なメリットを国内全域に広げるためには、いかにして、地方へ誘客してもらうかがカギになる。
一方で、空白の3年あまりの時を経て、観光業界の人手不足は以前に増して深刻になっている。特に公共交通機関が整備されていない地方部では、効率よく回るためにも団体旅行のニーズも一定数あるが、バスの運転手や大型の宿泊施設の不足など、多くの問題を抱えており、問題解消には時間を要することが予測される。
そんな状況下で、訪日客の地方誘致を促すために何ができるのか。今回は、訪日リピーターの割合が高く、日本全国各地に足を運び、日本の地方を楽しんでいる「台湾市場」をテーマに、課題解決の一手となるアイデア、車を利用した地方周遊「レンタカーツーリズム」について紹介する。
▲高速道路のサービスエリアで買い物を楽しむ台湾からの訪問者
同時期に旅行再開の舵を切った日本と台湾、団体による地方訪問も再開
日本政府が2022年10月11日より外国人旅行客の全面受け入れに踏み切ると時を同じくして、台湾では10月13日に入境時の強制隔離解除を撤廃。双方向の規制が緩和されたことで、実質的な訪日旅行解禁となった。その後、11月には台湾マーケットで訪日旅行商品の販売が解禁となり、年末年始と2023年1月末から始まった旧正月期間に、北海道、九州方面の団体販売が好調だった。また、首都圏、関西を中心にして個人旅行の回復もみられた。
2023年1〜6月の台湾からの訪日旅行者は、2019年比同月比71.4%の177万人で、318万人の韓国に続く2番目の規模だった。また、4月以降は地方空港から台湾への復便が始まり、2023年内には台湾訪日旅行客はコロナ禍以前の水準までに回復する見込みだ。
台湾と日本の地方を結ぶ航空便が復活するのに伴い、各自治体では現在、台湾からの訪日客獲得のために、台湾旅行会社に向けた団体企画商品の造成や、送客のためのプロモーション事業を積極的に実施している。
訪日客の地方訪問を促進する一手「レンタカーツーリズム」の可能性
地方では首都圏、関西圏とは違い、公共交通インフラが整っていないことで、団体旅行に頼らざるを得ない事情があるが、受け入れ側の地域でもいくつかの課題を抱えている。
まず1つ目に、旅行者が訪れる地域に偏りがあることで生じる地域間格差だ。台湾に限らない話だが、団体旅行に関しては、多くの旅行会社が同じような日程とルートでコースを造成する。ルート上の訪問施設、宿泊施設に訪日客が集中し、ルート上から漏れた地域には恩恵が少ない。また、大型バスが駐車できるスペースが無いと選択肢から除外されるため、小規模店舗などは対象外となる。
2つ目に、バスや宿泊施設の不足だ。過去3年間に及んだコロナ禍の影響で、団体客を受け入れる旅館の廃業や人手不足、バス運転手の高齢化や人手不足が顕著に現れている。例えば、北海道では現在、台湾訪日客の誘客よりも、バス車両や運転手不足の問題が大きな悩みの種となっている。
こうした事情を考えると、地方においても、団体客の誘致だけでなく、いかにして「自分の欲求を実現させたい」と考える個人旅行客へ対応するかが重要になってくる。なお、コロナ禍前の個人旅行客は、台湾訪日客全体の65.3%(2019年観光庁消費動向調査)を占めた。
そうした課題解決の一手として、筆者は「レンタカー利用促進」が大きな要素ではないかと考えている。
訪日客によるレンタカー利用状況、沖縄、北海道などで利用割合高く
そこで、まずは、訪日外国人のレンタカー利用状況を分析する。
観光庁が2019年に作成した「訪日外国人旅行者におけるレンタカー利用環境の現状について」の資料によると、日本国内主要7空港(新千歳、成田、羽田、中部、関西、福岡、那覇)でのレンタカー利用者数は、2012年度から2017年度の6年間で、26.7万人から140.6万人と約5倍に急激に増えている。中でも、那覇空港(沖縄地区)では全外国人旅客数の36.7%に達し、次に多い新千歳空港(北海道地区)は11.1%だが、レンタカー利用期間がグリーンシーズンに多いことを鑑みると結構高い数字だ。
なお、外国人旅行者によるレンタカー利用率は、訪日回数が増えるにしたがって高くなる傾向がある。2018年に行われた調査によると、全旅行者に占めるレンタカー利用割合は12%程度と大きくはないが、訪日1回目の利用率7%に対し、2回目では12%まであがり、6~10回目だと22%を占めた(「道の駅」におけるインバウンド対応に向けた手引き資料より)。レンタカーを利用した訪問先は、公共交通機関での移動が不便な場所を中心に、訪日外国人に人気の観光地が多いが、中には移動距離が300kmを超えるケースもあった。

▲沖縄、グリーンシーズンの北海道などでは、外国人観光客によるレンタカー利用も人気だ
外国人の入出国が多い「沖縄」「北海道」「福岡」「東京」の4地域に絞って詳しく見ていくと、レンタカー利用率が最も高い沖縄県の利用件数は、2015年の14万3700件から、2018年は25万4400件と、4年で約1.8倍に増加した。国・地域別の利用件数は台湾が最も多く、台湾、香港、韓国で全体の約91.1%(2019年沖縄レンタカー協会調査)を占めた。
北海道では、2015年から2018年の4年で利用件数が約2.3倍増加し、韓国、香港、台湾で全体の約64%(北海道レンタカー協会調査)を占めた。
福岡県は季節として秋(10月)からの利用が増える傾向があり、2013年から2017年の5年で利用件数は10倍に増加(福岡レンタカー協会調査)している。
羽田空港では2016年から2018年の3年で約1.7倍に増加、香港、韓国、台湾で全体の約56%(自動車レンタリース年鑑調査)を占めた。このように、コロナ禍以前、水面下で静かに訪日外国人のレンタカー利用率は大きく増加していた。
台湾人旅行者がレンタカーを利用するにあたってのメリット
台湾人が日本でレンタカーを利用する際のメリットとしてはどのようなことがあるのか。
1つ目に、荷物移動が楽になるというメリットがある。これは台湾人に限った話ではなく、全旅行者に当てはまることだが、大きなスーツケースをトランクに入れて移動できることだ。特に、日本の公共交通インフラは、観光客用のラゲッジスペースが十分に確保されていないケースも多いし、エレベーターやエスカレーターが整備されていないケースも多いため、移動にかかるストレスが大きい。その点、レンタカーだと、宿泊地から宿泊地まで直接移動ができ、その間にも大きな荷物を気にせず、ストレスフリーで買い物ができるだろう。
2つ目は日本での運転許可が取りやすいことだ。台湾人が日本で車両を運転する場合は、パスポート、台湾の運転免許証、台湾日本交流協会が発行する台湾免許証の日本語翻訳文を所持・携帯すればよく、簡単な手続きで運転が可能になる点は大きなメリットになる。
交通ルールやカーナビの多言語対応、台湾人にとっては不便なのか?
なお、海外での運転にあたっては、交通ルールの違いや、カーナビをはじめとした言語対応が課題として挙げられるが、台湾人はどのように感じているのか。
まず、1つ目のカーナビについて、日本では英語のカーナビが普及しているが、繁体字版カーナビは沖縄を除くとまだ普及はしていない。ただし、台湾人にヒアリングしたところ、日本語は繁体字と親和性が高く対応可能だという。むしろ、台湾では英語が苦手な人も多いため、英語のカーナビより日本語カーナビの方が良いと感じる人も多いようだ。
2つ目に、交通ルールの違いだ。台湾は日本とは違い車は道路の右側を通行する。人によって感じ方に差はあるだろうが、ヒアリング結果、あまりストレスは感じないとのコメントだった。

▲日本語のカーナビゲーションは台湾の人には対応可能だという
レンタカーで関東を周遊した台湾人の感想、「今までで一番楽しい」
筆者は2019年秋、レンタカー利用促進事業を受託し、台湾メディア、インフルエンサーを招聘し、実際にレンタカーを運転してもらいながら、関東地区3県を周遊した。この招聘旅行に同行した際、車を運転した台湾人インフルエンサーの口から聞いた、レンタカー利用、訪問先での宿泊、体験、食事等についての感想が大変新鮮だったので紹介する。
まず、成田空港でのレンタカーカウンターでのヒアリングでは、カウンター受付担当者が訪日外国人への対応に非常に慣れていたのが印象的だった。聞けば、カウンターでレンタカーを借りる人は外国人が9割近くに達しているとのことで、説明するポイントや要領も良く掴んでおり、効率的だった。

▲スムーズに進んだ成田空港でのレンタカー受付
また、台湾人インフルエンサーに日本の道路での運転について聞くと、むしろ台湾に比べると日本の道路整備はよくできており、比較的簡単であるとのコメントがあった。高速道路のSA/PAで休憩をとった台湾人の反応は、こういった高速道路の施設は台湾には無く、地元限定の物産品など通常の旅行では出会えない商品が展示され、買い物意欲が掻き立てられるとのことだった。

▲道の駅でのお買い物の様子
地方ならではの大自然の中でのグランピングやラフティング体験、由緒ある温泉旅館にも泊まることができたことで、参加したメディア、インフルエンサーからは、「今までたくさんの招請事業に参加したが、今回の仕事が一番楽しかった」といったコメントが聞かれた。
訪日客のレンタカー利用が進めば、地域課題の解消や消費増にもつながる
レンタカーの利用促進により、台湾人を始めた訪日客を地方へ誘致することで、地方はどのような恩恵が受けられるのか。
1. 増加する個人旅行客にアプローチできること
個人旅行客を阻んでいた、地域公共交通インフラのデメリットを解消できる。
2. 地域における滞在格差是正の可能性
レンタカー利用者は、公共交通インフラの状況に関わらず素晴らしい絶景ポイント等の観光資源を訪れ、こじんまりした宿にも宿泊する。団体旅行の場合、大人数の受け入れが可能な観光地や宿泊施設に集中してしまうが、レンタカー利用による個人旅行が面的な広がりが期待できる。
3. バス車両や運転手、宿泊施設不足への対応
増加する訪日客に対応できないバス車両や運転手、宿泊施設不足に対応できる。
4. 地域における訪日外国人一人当たり観光消費額の増大
レンタカー利用の訪日台湾人客は、団体旅行客であれば訪れることがないような「道の駅」や、地域の伝統的な「老舗」などを訪れる可能性が大きくなり、一人当たりの地域滞在中の観光消費額を増大させることも可能である。
車を利用して、自由で気ままな新しい旅の普及へ
訪日台湾人のレンタカー利用についてメリットばかりを述べてきたが、勿論レンタカーによる事故等の増加といった負の面もある。しかし、その件数は全国レンタカー協会等の取り組みによって2018年より減少している。例えば、訪日客向けに、日本の交通ルールや運転時の注意事項等を分かりやすく解説したレンタカー利用ガイドや、交通安全動画集の作成配布(韓、繁、簡、英)や、国内レンタカー事業者向けに、日本国内で運転が認められる国際・外国運転免許証の確認ポイントなどをまとめた冊子の作成と配布などが挙げられる。
自身の記憶をたどると、今から約45年前、ちょうど日本が海外旅行ブームの時代、「地球の歩き方」が出版され、若者は個人旅行を目指した。筆者もVISIT USA PASSやBEST WESTERNの宿泊クーポンを利用し、サンフランシスコ空港からHERTZレンタカーを借りてアメリカ西海岸横断の旅をしたことがあり、その時の自由で気ままな旅の印象は心に残っている。今、台湾人の中にも、そういった新しいスタイルの旅を望む層がいるはずだろう。
(写真提供:ユメック・プランニング株式会社)

株式会社ユメック・プランニング 代表取締役社長 鈴木 尊喜
1957年生まれ。東洋大学国際地域研究科 国際観光学修士。成蹊大学法学部卒業。日本航空にて本社営業本部、東京・名古屋・大分支店勤務を経て、2005年台湾に赴任。創造旅行社(当時日本アジア航空のグループ会社)の董事長兼総経理(社長)として訪日旅行ビジネスに約8年間従事。帰国後の2015年、ジェイアール東日本企画ソーシャルビジネス開発局 担当局長。現在は(株)ユメック・プランニング代表取締役社長として、台湾を中心とした訪日プロモーション事業を展開。
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