インバウンド特集レポート

専門家が語る、深化する中国人旅行者のニッチ旅のトレンド。地方誘致の秘訣とは?

2024.08.29

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かつては大型バスで免税店でのショッピングに熱中する団体客の姿がメディアで頻繁に報じられた中国人旅行者。しかし、彼らの旅行スタイルは、個人旅行の深化と共に大きく変化し、体験を重視する傾向が強まっている。特にここ数年は、ショッピングだけでなく、日本の地方を訪れ、歴史、文化、自然を深く体験したいという欲求を持ち、より個人の興味関心に基づいた「ニッチ旅」を楽しんでいる。本記事では、そんな変化を遂げた彼らの新たな姿を、専門家の視点から紐解いていく。

今回は、中国人旅行者を知り尽くす専門家2名、株式会社フレンドリージャパンの代表取締役の近藤剛氏、行楽ジャパン代表の袁静氏に、多様化する最近の旅行者の動向を踏まえ、いかにして中国からの旅行者を地方部に呼び込むかを伺った。


▲毎月のように日本を訪問して、マラソン大会に参加する中国在住の女性(提供:行楽ジャパン)

 

アウトドアからアートまで、中国人旅行者が求める新しい日本の魅力

日本の自然を満喫できるアウトドアアクティビティは依然として人気で、今後もこのトレンドは続くと予想されている。在日アウトドアクラブの「Jski」は、今年の夏期シーズンに、 3日間の行程で、日本のクラシック登山ルートを堪能する「中央アルプス 唐松岳~五竜岳 縦走」コースを販売し、大好評を得ている。


▲日本のクラシック登山ルートコースツアーのフライヤーと登山を楽しむ旅行者(Jski提供)

目的地としては富士山の人気も根強い。最近は富士登山を過信する訪日外国人旅行者による遭難や死亡事故も発生していることから、ツアーに参加して安全に登山を楽しみたいといった旅行者のニーズがあるようだ。

中国人観光客誘致のコンサルティングなどを手がける株式会社フレンドリージャパンの近藤氏は、「自然体験を重視し、都市型よりも郊外型のツアーを好む人が多い」と語る。「アウトドア」がキーワードとなり、登山以外にも、日本滞在中に、ハイキング、キャンプ、サイクリングなどを楽しむ。アウトドアツーリズムでは、富士山以外でも、トレッキング目的で熊野古道、サイクリング目的で瀬戸内を訪れる中国人旅行者も多いという。

「2024年秋には、東武グループと連携し、日光と那須で本格的なサイクリングツアーを企画しています」と近藤氏。今回は、同社の上海支店所属社員で、自身もサイクリストとしてSNS等で情報を発信する周氏と共に旅するツアーを企画した。周氏が抱えるSNSフォロワーを主なターゲットとしており、中国の20代後半から50代の初級・中級サイクリストが対象で、中国のサイクリングクラブと連携した、本格的なライドツアーだ。

▲サイクリング好きなど興味関心が同じ人たちのフォロワーが多数を占める周氏のSNSアカウント

「東武集団・日光&那須サイクリングツアー 関東一の登坂チャレンジ!」と題された同ツアーは、10月の紅葉シーズンに開催される。費用は一人38万円ほど。宿泊費や食費、国内移動費、保険費用、サイクリングツアーガイド費用などが含まれる。往復航空券は費用に入っていないものの、最新型のクロスバイクのレンタル、メカニックサポート、サイクリング中のサポートカーによる伴走など、安心して本格的なサイクリングを楽しめる環境が整えられている点が魅力だ。


▲日光・那須ツアーは、例年紅葉が見ごろとなる10月に開催される

一方、中国人旅行者が楽しむのはアウトドアだけではない。「最近、栃木県那須市にあるN’sYARD(エヌズヤード)も人気があります」と近藤氏は述べる。現代美術家の奈良美智氏の世界観を堪能できるアートスペースだ。「彼らの中にはアートを愛好している人も多く、有名な美術館だけでなく、自分の好きな世界観を体験できるような、少しマイナーな場所にも足を運ぶ傾向があります」と近藤氏は説明する。博物館や美術館、建築物見学など、文化的な要素を観光に求める人も多くいるようだ。建築分野では、日本の有名建築家である隈研吾氏の建築物を巡る旅を楽しむ人もいるという。

 
▲栃木県那須市のN’s YARDとYARD(展示室3)奈良美智《Miss Forest / Thinker》2017年 ©Yoshitomo Nara(写真提供:株式会社フレンドリージャパン/ @J调de华丽)

 

ニッチな情報をともめ、日本各地を訪れる中華圏富裕層

日本に関心を持つ中華圏富裕層コミュニティを運営する行楽ジャパン代表の袁氏は「現地旅行会社が提案する一般的な観光情報では物足りないと感じる旅行者も多く、かなりニッチな情報を求めています」と語る。同氏は、2024年7月に上海で行われたコミュニティイベントで、彼らから聞いた話を共有してくれた。

ある30代後半の女性メンバーは、日本のマラソン大会に参加することを目的に、2023年8月からほぼ毎月日本を訪れているという。各地で開催されるマラソン大会をメインに、その前後で観光を楽しむというスタイルだ。2023年の11月には富士山マラソン、2024年2月の大阪マラソンに参加。2024年11月には、神戸マラソンへの参加も予定しているという。

マラソンに参加後には、大阪観光も楽しんでいる(提供:行楽ジャパン)

彼女は、マラソン大会への参加を通し、地域を深く知ることを楽しんでいるようだ。大会前日には、会場に企業のブースが多数出展されており、地域の情報収集や特産品の購入ができる。レース中も地元の名産品がエネルギー補給食として提供されるなど、地域の魅力が満喫できるという。


▲大会前日の受付会場で、様々な企業がブース出展し、参加者に訴求する(提供:行楽ジャパン)

袁氏は「中国では上海マラソンなどの人気大会の抽選倍率が高く、参加が難しいですが、日本の大会は外国人枠が設けられていて比較的参加しやすいため、日本に参加しにくるのではないかと思います」と分析する。

また、行楽ジャパンコミュニティメンバーの中には、数えきれないほどの訪日回数を持つ親子もいる。最近では、小学生の娘が日本のアニメ『夏目友人帳』が好きで、親子で熊本県人吉市を訪れ、聖地巡りを楽しんだという。

さらに、中国人の超富裕層が所属する行楽エリートのコミュニティメンバーからは、「ゆったりとした滞在を求める声が多く聞かれました」と袁氏。ある上海在住の50代女性メンバーは、気心の知れた友人3名と共に、四万十川でリゾート滞在を楽しんだという。彼女は、子供がアメリカの学校に進学しており、一年の半分はアメリカ、もう半分は会社経営のため上海で過ごしている。Airbnbで一軒家を借り、観光客の少ない場所で3泊4日ゆっくりと滞在したとのこと。日本での滞在を楽しむというよりは、忙しい生活の中でのひとときの癒しを堪能したようだ。また、外資系ラグジュアリーホテルの中国総代表を務める50代女性メンバーからは、琵琶湖周辺で友人とサイクリングを目的に日本を訪れた話もあったという。


▲四万十川沿いにある一軒家で友人とののんびりした時間を楽しんだ(提供:行楽ジャパン)

 

中国からの旅行者を地方へ呼び込むためのヒント

最後に袁氏と近藤氏から、中国からの旅行者を地方部に呼び込むためのヒントを伺った。

行楽ジャパン代表の袁氏は「現在も日本は、安全で手頃な価格で楽しめる旅行先として、中国人旅行者に非常に人気があります」と語る。同じアジア圏で言えばタイも人気だが、一部、治安の悪さなどがメディアで報道されていることも影響し、日本を選ぶ旅行者が多いという。

中国の経済状況の変化も、日本への旅行に影響を与えている。先行き不透明な中国経済の状況から、以前はヨーロッパを旅行していた富裕層も、現在は日本を訪れるケースが増えているという。

袁氏は中国人訪日客を呼び込むポイントについて次のように語る。「日本の観光業界では、変化の早い中国人旅行者間のトレンドについていけていない状況も見受けられます。中国人旅行者のトレンドを敏感に察知しながら、ニーズにあった情報提供をしていくことが重要です」。

株式会社フレンドリージャパン代表の近藤氏は、「上海エリアでは、ほぼ100%、訪日旅行は回復しています。北京や地方都市ではまだ回復途上ですが、航空路線の復旧が進めば、さらなる旅行者の増加が見込まれます」と語る。また、中国人旅行者の旅行スタイルは、団体旅行から個人旅行(FIT)へと大きく変化しており、現在は家族や趣味の合う友人同士の小グループ(4〜8名ほど)での旅行形態が主流となっているという。

近藤氏は、「3世代旅行など小グループでの旅行が増えるにつれ、郊外への宿泊需要も高まっている」と指摘する。日光や箱根など、これまで都内から日帰りで訪れていたような場所にも、ゆったりと滞在するニーズが高まり、滞在型のプランを検討する旅行者が増えているという。

最後に、近藤氏は郊外へ旅行者を呼び込む秘訣について、「各地域にある、一枚の写真で表せるようなキラーコンテンツの発掘が重要」とアドバイスを送る。中国のSNSでは、一枚の写真が話題となり、その場所が人気観光地になるケースも少なくない。中国人旅行者の嗜好を熟知した中国人KOLと共に地域の魅力を効果的に発信する方法を探るのも、1つの方法だ。

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