インバウンド特集レポート

地方を旅する香港人旅行者の最新トレンド、柔軟な旅スタイルで新たな魅力を発掘

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最近、香港では別れ際に「Have a nice trip!」と声を掛け合う機会が多い。もともと出張なども含めて海外渡航の数が多い香港市場ではあるが、この言葉は本当に多くの人が週末や休暇を利用して旅にでかけていることを意味する。

香港では以前より旅先として人気のある日本だが、さらに円安の影響もあり、より気軽に日本旅行を楽しめるようになった。そんな中、彼らが求めるのは単なる観光地巡りだけではなく、自身の趣味や興味を深めるための旅や、仲間との絆を深めるための旅などさまざまだ。

今回のコラムでは多様化する香港人の旅の目的を探り、実際に香港人が最近どのような旅行をしているのか掘り下げていきたい。


▲8年間連続で北海道の旅を楽しむカップル。10日間の荷物はこれですべて

 

旅先の定番地日本、「サプライズ旅」もトレンド

マスターカード経済研究所2024レポートによると、世界の旅行者の約半分以上が旅行先として、「アジア太平洋地域」を選んでいる。なかでも、日本が世界で最も人気の高い旅行先という結果が出ているが、香港人も言わずもがな「日本」が旅行先一番の目的地となっている。1990年以来の最安値も記録した円安が海外旅行者にとって追い風となっているが、香港人は「円安だから行くのではなく、いつも行っている日本が円安なのでより使えるお金が増える」といった具合で、円安が渡航先を決める理由にはなっていないようだ。

この夏、香港人の人気旅行先はバンコク、沖縄、福岡、名古屋、東京、ソウル、マニラ、高雄などだったという。オリンピック観戦のためにパリに行ったという声はあまり聞こえてこなかったが、6月にはサッカーUEFA欧州選手権が開催されたことで、ミュンヘン行きの航空券予約が増加し人気の旅行先となっていた。また、最近は、香港人が中国本土に週末など家族揃って行って過ごすことを「北上消費」と呼び、香港内の景気低迷の大きな理由になっている。

Booking.comの2024年旅行予測レポートによると、香港人の65%が、行き先すら分からない「サプライズ旅行」を希望しているという調査結果がある。このサプライズとは自分が良く知らないところへの旅を表しており、来年以降この傾向がより強くなるとも考えられている。知名度の低い場所や体験もまた人気を集めるチャンスがあることを示しており、さらに、香港人の63%が人里離れた場所を訪れたい、47%が旅を通じた知らない人との出会いなどにも期待を寄せているという。

 

香港人の旅行スタイル、キーワードは「柔軟性」

最近のFIT旅行客のうち、香港人の2/3以上は旅の予定を固めきらないとも言われ、旅行先での人の繋がりなどを考慮して、予定を柔軟に変更したいという意向のようだ。

この柔軟性が日本にとってマイナスに働くとすれば、自然災害があった場合などだろう。8月8日に「南海トラフ地震臨時情報」が発表され、巨大地震への注意が呼び掛けられたが、それで、香港人の団体旅行がキャンセルになったようなケースは聞いていないものの、個人旅行は日本に行く予定を3週間ずらしたという話を聞いた。訪日頻度が多い分、予定調整にも柔軟なのだろう。

また、友人との旅行の際はもちろんのこと、団体旅行でも「日本集合・日本解散」というケースが増えている。以前から団体旅行に参加する人が行程の前後に自由時間が欲しいと要望を出してくることはあったが、それは香港人の旅のスタートが香港だけではないからだ。

 

世界中に散らばる香港人、民族単位で捉える必要も

先日、香港のある旅行会社が、この秋に団体ツアーで関西を始点に四国を訪れる商品を造成した。この商品の告知について尋ねたところ、「YouTubeライブで販売するよ!」との返事があった。ライブ配信での商品の販売はどちらかというと美容系やアパレル系のものが多いと理解しているが、「配信は23時頃ね!」と言われたまま、23時を過ぎても販売が始まらない。若干遅れるのはご愛敬だが、最終的に配信がスタートしたのは24時すぎだった。なぜ深夜のライブ配信なのだろうか?

答えは簡単だ。香港人がいるのは香港だけではないからだ。集合を関西国際空港にし、そこに香港とカナダとアメリカ、そして日本全国から香港人が集まりツアーが始まる。

このツアーは香港で活躍した女優と一緒に日本を旅行する内容だが、彼女が住むのもカナダであるため、広く参加者にリーチするために最適な時間として深夜を選んだという理由だ。カナダ国勢調査によると、2021年の時点でカナダに住む香港系の移民(香港カナディアン)は29万5535人いる。彼らの多くはカナダ国籍も取得していることを考えると、これを香港人にカウントするのはどうかという指摘があるのも理解できるが、香港に住む香港人よりせっかちさは薄れたとしても、個人的には旅への意欲、旅のスタイルは香港人のままであると確信している。島国日本の我々は国ごとの括りをしたくなるが、一歩海外に出ると、ethnicity(民族)で考える機会も多い。

カナダに住みながらも1年に2回くらいは香港に帰省する機会を作り、せっかくアジアに行くのであれば、日本を経由して遊んでから香港に戻る。そんな旅をしている人がいることも、旅行商品作りにおいては考慮すべきことかもしれない。

 

香港人旅行者の意外な一面

こう言っては、失礼かもしれないが、「香港の旅行者はわがままだ」(笑)。わがままというと聞こえが悪いが、飲食店1つでも入念に調べ上げたりするなど、旅への理想は高い。

普段物価の高い香港にいるからだろうか、香港人の60%が滞在コストの安い目的地を選ぼうとしており、これにより日本の中でも地方都市が注目を集めている。実際に5つ星ホテルには宿泊はしないが、併設のカフェは行ってみたい。レンタカーを借りるなら、自分の車より良い車をレンタルし、プチ贅沢気分を味わいたいといった具合であり、AIも駆使しながら、情報の検索にも余念がない。

 

意外な趣味が導く旅、予定を固めず自由に楽しむスタイル

香港人の趣味も実に幅が広い。バスケが趣味の人もいれば、スイーツが好きな人もいて、ゲームにはまっている人もいれば、植物観賞が好きな人もいる。ハイキングやグランピング、カメラ好きによる撮影グループ旅もある。毎年必ず北海道を10日間自転車で周っているカップルもいる。マニアックさでいうならば、イカ釣りだ。香港でイカ釣りをする人は、鹿児島の甑島がアオリイカの聖地と心得て、訪れる人もいる。

先日、韓国であるゲームの決勝戦があるということで、弊社の香港人スタッフが休暇をとっていた。聞けば、オンラインで知り合った友達と現地で観戦するために、とりあえず飛行機を押さえたという。肝心の観戦チケットを先に取ったのかと聞けば、それは競争率が高いから取れるか分からない中で、まず航空券を押さえ、「仮に観戦のチケットが取れなければスタジアムの近くで雰囲気を楽しむんだ」と旅に出た。

▲ゲーム観戦の試合をみるために香港から韓国へ

最近では、“研修”と銘打って、遊びに出かける旅も人気だ。パンやお菓子づくりをするベーキングプログラムに、ヘアサロン見学、サッカーも観戦をするだけでなく、講習を受けるようなものもある。“研修”と言えば遊んでいる罪悪感は減るのであろうし、事実こういった行動が自分の仕事や新しいビジネスに繋がることもある。

また、先日アート関係のチャリティーオークションが行われたが、出品されたコンテンツの1つが旅行だった。アートに精通した人と巡る旅として、青森への旅行が入っていたのだ。青森県の5つの美術館とアートセンターが協力し、2024年に「AOMORI GOKAN アートフェス」を開催している。こういったアートの土壌がある青森への旅を、アートを軸にした仲間たちで旅行をしようという具合だ。旅行会社が企画したものではなく、旅行会社は最終的に手配の段階で入ることになる。

観光スポットなどを軸に組まれた旅のプランを判断するのではなく、共通の趣味をもった仲間たちで、何をしようかと考えた延長線上に旅があるという説明の仕方の方が分かりやすいのかもしれない。

 

誰かに話したくなるような「驚き」の仕掛けが地方誘客のフックに

香港人はどこにでも行く。香港で車が持てなくても、日本で旅行をすることを目的として免許を取る人がいるなど、「行きたい!」と思った場所があれば、その手段を本気で考える。

そこに心を通わせたい。小さなことでいえば、声をかけること、素敵なチャームを用意すること、簡単なメッセージを添えることも心に響く。そして、それ以上に「驚き」を与えるポイントをどこかに忍ばせることも大切だ。

香港人に怒られるかもしれないが、商人の街が生んだ香港人はよく喋る。1つのグループで同時に全員が喋っていることすら、香港の当たり前の光景だ。つまり、この喋りたくなるようなことをどうやって用意するか、ここに鍵があると思っている。例えば、カフェ巡りをしたいという香港人もたくさんいるが、「自家焙煎の」「コクのある」といったありきたりのコピーだけではたくさんの選択肢の中から惹き込めない。

カフェの数が他県より多いともいわれる高知県の中でも、四万十のモーニングには、トーストにおにぎりという組み合わせに、ゆで卵、サラダ、みそ汁がついて、食後にはコーヒーや紅茶を提供する和洋混在のセットがあると聞く。一見不思議なセットだが、「トーストにおむすびなんだよ!」という驚きがわざわざそこに旅してみたい動機になることもある。

▲香港人に驚きを与える四万十モーニング。トーストとおにぎり、みそ汁にコーヒーもつく(写真は高知市で提供される四万十モーニングの様子)

もう少し分かりやすい例でいえば、ある小さなカフェで、「思ってもみなかった凄く素敵なカップで提供された」なども、驚きの類である。マーケティングに身を置く私から言うならば、訪問の動機をいかに作るかというのが大事ではあるが、訪問した人が驚きによって高い満足度を覚え、再訪したり、友達にクチコミをする。これがまた重要なプラスのサイクルを生み出していくのではないだろうか。

例えば、キャニオニングなども香港人の趣向にはぴったりのアクティビティだ。もともと香港には遊べるような川がない。香港人には、「沢遊び」だけでもワクワクする単語だが、行く前は滝つぼにダイブしたり、ロープを使って崖を降りるようなアクティビティに惹かれて申し込む。しかし、行った先で、水に浮いて20分流されるだけのプログラムだったとしても、例えば「その時に目の錯覚で見える光が雨のように降り注いでくる感覚」が驚きと旅の記憶に繋がり、最高の思い出になるようだ。

▲香港で人気のキャニオニング。遊べるような川がないことも選ばれる理由の1つだ

夏の地方へのチャーター便を契機に、10月からは鳥取への定期便が復活する。その後も徳島や仙台への定期便も期待されている香港市場だが、まだまだ地方への直行便路線は欲しいところであり、新規路線拡大の可能性があると思っている。

日本に到着するまでの時間的な、体力的な負担をなるべく軽減し、一番元気のある状態で縦横無尽にその地域を駆け巡る、そんな香港人が喜ぶコンテンツを増やす余地はまだまだ、どのエリアにも十分にある。コンテンツをさらに洗練させ、クオリティ・オブ・ジャーニーを用意しておくことが、今後も継続的に旅行者を獲得できるチャンスに繋がる。香港からの訪日旅行者が増えることで、日本と香港がもっと交流を重ね、より親近感のある関係になって欲しいと願っている。

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