インバウンド特集レポート
訪日外国人旅行者数、インバウンド消費共に、過去最高を記録し、コロナ禍からの完全復活を遂げた2024年の観光インバウンド業界。同時に、訪問先の一極集中や、受け入れ先のキャパシティ不足などが指摘され、今まで以上に観光地のマネジメントや分散化、持続可能な観光の実現、付加価値向上などのへの重要性が再認識された1年だった。2024年を振り返ると同時に、2025年以降の観光、インバウンド市場の予測について、各市場の専門家による分析や所感、展望と共に紹介する。

Vivid Creations Pte Ltd, Chief Marketing Officer
宮川 元希
2024年航空便増加や円安が後押しするシンガポールの日本人気
2024年もシンガポールの日本人気は止まらない。JNTOによると、2024年1~11月のシンガポールからの訪日旅行者は前年同期比16.2%増の55万5000人、2019年同期比では41.6%増となっている。加えて、クレジットカード会社VIISAの調査で、2024年にシンガポール人に最も人気がある旅行先は日本と発表されていることからも、その人気ぶりがうかがえる。
また、シンガポール〜日本間の航空機の便数も増え、訪日旅行者数増加に大きく寄与している。
2023年11月30日にJetstarがシンガポール〜沖縄便を再開(現在週4本)、ANA系列のAir Japanは2024年4月26日にシンガポール〜成田便を就航(現在週5本)、そして同じくANA系列のPeach Aviationは12月5日にシンガポール〜関空便を就航させた(週7本運行)。さらに、シンガポール航空は、シンガポールからの訪日旅行者数がピークとなる冬のシーズンにあわせて、12月1日〜2025年1月31日までシンガポール〜新千歳路線で季節便の就航を始めた(週5本)。
シンガポールからの訪日旅行者増加の動きは、航空便増加のほか、円安の流れとシンガポールの物価高も、後押ししている。シンガポールでは、通常SGD200ドル(約2万2000円)ほどする日本食レストランで人気の「おまかせ」コースが、日本では1万円以下で楽しむことができる。実際にシンガポール国内の高級日本食レストランでは、日本まで旅行へ行って食事をする人が増えたために、顧客が減っているという声も聞かれるほどだ。
中国への団体旅行が人気急上昇、FITは日本人気が継続
上記の通り、シンガポールからの訪日旅行者が増えているという統計結果がある一方、現地旅行会社は、訪日商品の販売に苦戦している。筆者らは、シンガポールで50社以上の旅行会社に日本の観光地の営業をしているが、旅行会社は口を揃えて、2024年は日本のツアー催行数が減っているという。
宿泊施設やバス、ドライバー手配などのコストの増加によってツアーの値段が高騰する中、2月にシンガポール人が中国への旅行にビザが不要になったことを受け、フラッグシップエアラインであるシンガポール航空を使っても格安で旅行ができる中国の人気が急上昇した。マス向けの大手旅行会社の日本ツアー担当者は、2024年は中国が最も人気で、その後に日本、台湾、韓国等が続くと話している。
旅行会社は苦戦しているが、シンガポールからの訪日客は増えていることから、個人旅行者が増えていると想定できる。航空会社が個人旅行者への販売を優先するため、旅行会社は、訪日ピーク時には航空券をなかなか押さえられないと嘆いている。事実、2023年のシンガポールの訪日市場では、約2%が団体旅行、約98%が個人旅行者であり、個人旅行者が多いことは明らかである。
2025年のシンガポール訪日市場に見られる5つの新しい動き
そのような状況下で、シンガポールはいくつか新しい動きがあると筆者も実感しており、2025年の訪日インバウンド事業をする際にぜひ参考にして欲しい。
1.スキーやハイキング、サイクリングなどのアウトドアアクティビティの需要が増加
シンガポールでは、コロナ禍以降からハイキングやサイクリング、グランピングなど、自然を堪能できるようなアクティビティへの関心が高まっている。スキー・スノボツアーを販売する旅行会社が新設されたケースも見受けられた。SNSでは富士山を見るために、山梨までセルフドライブしている著名人の投稿なども目立っていた。
2.OTAはKLOOKやTrip.comがシンガポールでマーケティング強化
シンガポールでは、世界中のOTAが利用されているが、その中でも2024年、特にプロモーションが目立っていたのは、タビナカOTAのKLOOKとグローバル向け旅行予約サイトTrip.comの2社だったと考察している。KLOOKは10周年を迎えて世界中でプロモーションをしているが、シンガポールでも10月には商業施設の中で大型イベントKLOOK Travel Festを開催した。イベントでは人気インフルエンサーによる旅行紹介や、USJのOne for Oneチケットが販売されていた。Trip.comも同様にシンガポール市場で露出が目立っており、インフルエンサーによる商品の紹介や、アプリ内でのキャンペーン等、目立っていた。
3.旅行会社の個人旅行者向けツアー
シンガポールの旅行会社は、Free & Easyと呼ばれる個人旅行者向けのパッケージツアーの商品ラインナップを増やしている。例えば、大手旅行会社Chan Brothersは2名から参加できる個人旅行者向けツアーを強化し、日本を含む世界中のFree & Easyツアーを販売している。その他の団体旅行に強い旅行会社にも、個人旅行者向けツアーの担当が在籍しており、従来団体ツアーに参加していた顧客からの、ゆっくり自由に旅行したいというニーズから、カスタマイズツアーの対応も強化するという話も聞いている。
4.旅行会社のユニークな体験を含む訪日ツアー
旅行会社はユニークな訪日ツアーを販売する会社も増えている。特に、季節のイベントに合わせたツアーが目立っている。例えば、EU Holidaysは10月に開催される佐賀県のバルーンフェスティバルにいくツアーを販売するほか、夏の風物詩として知られる岐阜県の長良川鵜飼ツアーを販売。CTC Travelは、富山県の朝日町にある、チューリップや菜の花、桜、山の残雪が一度に楽しめる「春の四重奏」を訪れるツアーを販売するなど、各旅行会社は特徴的なツアーを販売するようになってきた。
5.高付加価値旅行を専門に扱う富裕層向け旅行会社の増加
シンガポールに本社を置くアジアの富裕層向け旅行会社や、ヨーロッパ系の旅行会社のアジア支社など、富裕層向け旅行会社が2023年よりも増加している。日本の有数のラグジュアリーコンテンツで、瀬戸内のクルーズ船Guntuや、クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」を貸し切る旅行会社もあり、どのツアーも好調だったと聞く。
シンガポールの富裕層は特に「宿」と「食」のクオリティに妥協しない。また、趣味趣向・ニーズも多種多様であることから、富裕層向け旅行会社は顧客を熟知し、テイラーメイドのツアーを提供しており、100万円以上の高額ツアーを販売している。このようなツアーを扱う旅行会社が現地では増えた年でもあった。
リピート率は75%、地元の人のような暮らしや体験を求める傾向が顕著に
シンガポールは、人口約600万人に対して、訪日客数は約59万人(2023年)で、国別訪日旅行者数では9番目に多く、1人当たりの旅行消費額は、アジアでは中国に続く2番目の大きさだ。特に食事やショッピング、そして宿泊にもこだわることから、地域経済にも長く貢献していく市場である。
また、約75%と高いリピーター率であり、混雑する都市部ではなく、地方への旅行意向が高いことも魅力的な市場の理由である(JNTOの調査では85%が地方エリアの訪問を希望している)。また、世界トップクラスの経済力を持つシンガポールには富裕層も集まり、この動きは今後も続く。
シンガポールでもスロートラベルの動きがあり、オーバーツーリズムを避け、地元の人のような暮らし・体験をしたい、ゆっくり日本の文化に浸りたい、という旅行ニーズが富裕層や個人旅行者から広まっている。旅行会社も、従来のような各県をたくさん周るツアーではなく、訪問先を減らして、余裕を持ったツアーを作りたいという担当者の声も増えてきた。
そのような背景からも、シンガポールはこれからますます地方への旅行ニーズが高まる。また、旅先で美味しいものを食べたい、素敵な宿に泊まりたい、地元ならではの体験や買い物をしたい、といった消費意欲が高い。2024年弊社が実施したメディア招請事業で、ある地方の温泉街を訪れた際、地元の方と一緒に温泉街を歩いて和菓子屋さんを巡り、外湯に入るというシンプルなコンテンツが、4日間の行程の中で唯一、全員から満点評価を得た。
JNTOが2024年1月に発表した訪日旅行に関する調査の中の「今後の地方エリアへの訪問意向を高めるもの」という項目データからもわかる通り、シンガポールから地方へ誘客するには、「その土地ならではの食を提供し、PRすること」、「シンガポールにはない季節感のあるコンテンツを提供し、PRすること」は引き続き最大のポイントである。

図版出典:JNTO「世界22市場を対象とした国外旅行・訪日旅行に関する調査結果」
ユニークなコンテンツを求める旅行者の心をつかむためにできることは?
受け入れ体制の部分では、地方へのアクセス方法を周知させることで、旅行のハードルを下げられ、地方への送客につながる。
筆者も富裕層についてはなかなか攻略が難しいと感じているところではあるが、日本で取り組める動きの1つとして、DMCとの連携を提案したい。シンガポールの旅行会社は、基本的にDMCを通じて旅行を手配する。地方・地元でネットワークをもち、ユニークなコンテンツを提供できるDMCを探しており、弊社にも、地元のDMCを紹介して欲しいという問い合わせを数多くいただいている。
自治体であれば、DMCに情報を提供し、また、コンテンツ造成事業などで造成したコンテンツをDMCに手配できるように調整するなど、連携をすることで、旅行会社に提案ができるようになる。また、地元の宿泊施設や商業施設、体験事業者も同様にDMCが旅行会社へ提案できるようにコンテンツを知ってもらうことで、富裕層への提案の可能性が広がる。
以上、シンガポールは、地方にとって可能性のある市場であり、2025年の狙うべきターゲット市場の1つとして、ぜひ検討してほしい。
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