インバウンド特集レポート
岐阜県高山市は、江戸時代の面影を残す町並や、北アルプス(飛騨山脈)の雄大な自然で知られる日本有数の観光地だ。2023年には国内外から約407万人が訪れ、観光は市の重要な産業として位置づけられている。一方で、コロナ明けの外国人旅行者の急増に伴い、地域住民の生活への影響や労働力不足による旅行者の満足度低下が懸念されるようになってきた。こうした課題に対応するため高山市では地域の実態を調査し、具体的な改善策の検討を進めている。市民が誇れる地域づくりを目指し、観光客と共存する持続可能な国際観光都市の実現を図る高山市の取り組みを紹介する。
市を挙げて観光施策に取り組み、ミシュラン旅行ガイドで3ツ星を獲得
岐阜県・飛騨地方の中心に位置し、東西を険しい山々に囲まれた高山市。東京から電車で約4時間、大阪から約3時間と、都心部からのアクセスは決して良いとは言えないものの、インバウンドでも高い人気を誇り、2019年には外国人宿泊者数が約61万人に達した。
その背景には、市が長年にわたり継続的に取り組んできた観光プロモーションの成果がある。1986年に国際観光モデル地区に指定され、国際観光都市を宣言して外国人旅行者の誘致を本格化。2007年にはミシュランの旅行ガイドで3ツ星を獲得し、その魅力が世界的に評価された。近年では、世界遺産「白川郷」をはじめ、近隣の観光スポットを巡る「宿泊拠点」としての機能も果たしている。
▲市の中心部・JR高山駅周辺に広がる古い町並は、特に人気の観光エリアだ
市が運営する海外向け観光サイトは11言語に対応しているほか、中心地の案内表示は4言語化、散策マップも12言語で制作するなど、外国人旅行者の利便性向上にも努めてきた。また、Wi-Fi環境の整備や通訳ガイドの育成、多様な食文化への対応など、受け入れ態勢の強化も進めている。
一般社団法人飛騨・高山観光コンベンション協会の藤原一也氏によると、「コロナ後も外国人旅行者の戻りは早く、2023年の宿泊者数は45万2000人にまで回復しました。以前は台湾や中国、香港をはじめとするアジアからの旅行者が主流でしたが、コロナ後は欧米豪からの旅行者のシェアが拡大しています」という。
観光に対する市民の意向を調査し、課題解決を図る取り組み
国内外から人気を集める一方で、近年は観光客の増加による地域住民の暮らしへの影響が懸念されている。特に古い町並周辺では、駐車場に出入りする車や大型バスによる渋滞が発生し、路上での写真撮影などによる事故のリスクも指摘されるようになった。
▲撮影スポットとして知られる「中橋」、多くの外国人観光客が集まる
「観光地として持続可能であり続けるためには、市民の受け入れ意欲や協力が欠かせません。課題の解決はもちろんのこと、観光に対して市民がどのように感じているのかを把握することも重要だと考えました」と藤原氏。そこで2023年度に、観光庁の「持続可能な観光推進モデル事業」での採択を受け、市民や観光関連事業者・従事者を対象に、観光客に対する意識調査を実施した。
「観光客が来訪することによってどう思うか」「観光客が訪れることにより、生活環境にどのような影響があると感じているか」など計24問のアンケートを作成し、743件の回答を得た。集計結果から明らかになったのは、多くの市民が観光客の来訪に前向きである一方、混雑やマナー違反など生活に対するマイナスの影響も少なからず感じているということだった。
さらに詳しい分析を重ねていくと、シビックプライド(地域への誇り)の高さが観光客の受け入れ意欲に大きな影響を与えていることもわかった。高山市が観光地として評価されることを誇りに思う人は観光客を歓迎し、そうでない人は観光に対して前向きでない傾向がある。特に観光関連の事業に関わっていない市民は、観光によるプラスの影響を感じにくいことが明らかに。
「プラスの側面をきちんと市民に伝えられていないことが、要因にあると思います」と藤原氏。
2024年度の高山市の予算総額のうち、観光予算はわずか1.5%程度だ。対して、移輸出額(市外からの収入額)は観光関連産業が26%を占める。さらに他産業への波及効果を加算すると、観光が市全体の経済に与える影響は45%にもなり、高山市の経済にとって重要な要素となっていることが分かった。今後は観光の経済効果を市民にもっと周知し、観光に対する意識をよりポジティブに変える取り組みを進めていくという。
暮らしの課題解決においても、渋滞対策として道路の一方通行などを検討中だ。また、外国人旅行者向けにマナー啓発動画も制作。動画では、高山市の伝統文化や自然が市民の努力によって維持されていることを伝え、協力を呼びかけた上で、バスの乗車方法や交通ルール、ゴミの捨て方、トイレの使い方などの基本的なマナーを紹介している。
▲動画はまちなかのデジタルサイネージやバス車内などで放映している
外国人旅行者の食事環境改善に向けて、飲食店調査を実施
コロナ明けに浮上したもう一つの課題として、外国人旅行者への食事提供場所の不足がある。朝食のみの提供や食事なしの宿泊施設も多いため、夕食の需要に対して飲食店での供給が追い付いていないのが現状だ。
しかし、その実態は明確ではないという。「もしかしたら、受け入れ意欲はあるのに知られていない店や、受け入れ余力はあるものの、何らかの理由で外国人客を断っている店があるかもしれません」と藤原氏。現状を把握し課題解決の糸口を探るため、「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」の指標「A3 モニタリングと成果の公表」に基づき、2024年度の「持続可能な観光推進モデル事業」で採択された実証事業の一環として、飲食店を対象としたアンケート調査を実施。市内全域の400件を超える飲食店から回答を得てエリア別に分析し、受け入れ意欲と受け入れ余力の実態を取りまとめた。
▲繁忙期ともなれば、中心地の人気飲食店には長い行列ができる
古い町並がある高山市の中心地や奥飛騨温泉郷など観光客が集中するエリアでは、当初の予想どおり、インバウンド受け入れ意欲は高いものの余力が低いことが分かった。一方で、市民の生活圏である市街地には、比較的受け入れ余力が高い飲食店も存在することが分かった。しかし、言語対応などへの不安から、外国人客の受け入れに積極的ではない店が多い傾向が見られたという。また市郊外の支所地域においては、意欲も余力も高いが実際の客足が伸びていないこともみえてきた。
「言語対応の解決手段として、アプリやシステムの導入などをサポートしていきたいと考えています。また市郊外への周遊を促進するため、ドライブコースやツアーの開発を行い、観光客の訪問場所や時期の分散にも取り組みたい」と藤原氏。さらに、各飲食店の情報発信についても課題であったことから、名古屋大学と連携し「googleビジネスプロフィール」の登録や活用の仕方を学ぶ勉強会を開催した。
▲名古屋大学の学生の協力を得て開催した、googleビジネスプロフィール勉強会
市民の暮らしを第一に考え、観光を基軸としたまちづくりへ
こうした調査事業と並行して、高山市は観光地としての新たな方針づくりにも取り組み、2024年5月に「観光を活用した持続可能な地域づくり方針」を策定した。
この方針を受け、飛騨・高山観光コンベンション協会は同年12月に「飛騨高山 観光ビジョン 2025-2029」を発表し、JSTS-Dに基づいた施策に取り組むことを明言している。観光を基軸とした地域づくりを戦略に掲げ、観光地経営の数値目標を従来の「観光客数の増加」から「観光消費額の向上」へとシフトした。また、生活に対する市民の満足度を高めると共に、観光地としてのシビックプライドの醸成につながる施策を強化していくという。
2024年はさらに、「Green Destinations Awards」でシルバーアワードを受賞。持続可能な観光地としての国際的な評価を得た。「応募にあたり地域のアセスメントを行いましたが、できている点と足りない点が明確になったことが一番の成果でした」と藤原氏。SDGs未来都市でもある高山市では、企業や事業者によるサステナブルな取り組みが広がっているものの、観光との連携は十分とは言えない。また、環境保全は進んでいる一方で、登山やトレッキングツアーなど自然資源を活用した観光コンテンツが不足していることも明らかになった。「これからひとつひとつ改善を重ねて、国際認証においてもさらに上を目指していきたい」と意欲をみせる。
▲中部地区で初となる「シルバーアワード」を受賞
現状を分析し課題に対する解決策を講じながら、一歩ずつ着実に前進していく。持続可能な「国際観光都市」としての未来を描く高山市の試みは、これからも続いていく。
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