インバウンド特集レポート
日本各地で人口減少と高齢化が進む中、特に地方では地域固有の文化や伝統を活かし、域外からの誘客や消費拡大につなげることが求められている。しかし、歴史的建造物などの観光資源が十分に活かされていない地域も多い。この課題に対し、観光庁は「歴史的資源を活用した観光まちづくり推進事業(以下、歴まち事業)」を実施。地域の核となる歴史的建造物を活用した宿泊・滞在型コンテンツを軸に、伝統文化等を活用した観光プログラムの造成や魅力的なまちづくりの創出を支援している。
こうした取組みは全国各地で進められており、鳥取市もその一例だ。鳥取市の鳥取砂丘には多くの観光客が訪れるが、市内の他地域には十分に波及せず、市内に点在する歴史的建造物の維持管理にも課題があった。そんな状況を変えようと、鳥取商工会議所を中心に、市全体の観光振興を見直す動きが進められている。
2024年度には、同会議所が観光庁の歴まち事業に採択され、地域の観光資源を活かした持続可能なまちづくりに向けた基盤整備を開始。ノウハウを一から学び、体制づくりや観光ビジョンの準備が進められている。申請者である鳥取商工会議所の荒田潤之介氏と縫谷(ぬいたに)吉彦氏に、事業採択の意義や今後の展望を聞いた。
▲鳥取城跡内に位置し、国の重要文化財にも指定されている洋風建築の仁風閣
通過型から滞在型観光へ、改革に向けて地域が連携
鳥取市の観光は長年、鳥取砂丘の一強状態が続いてきた。砂丘からほど近い市街地には鳥取城跡をはじめとする歴史的建造物や、鳥取民藝美術館など、昭和初期に鳥取の医師、吉田璋也が興した民藝運動(地域の暮らしで生まれた道具や器、家具、工芸品などを「用の美」として見直す動き)ゆかりの地が点在しているが、観光客をこれらのスポットに誘導することができず、いわゆる「通過型の観光」に陥っている。
▲市街地に位置する明治時代の商家である高砂屋、国の登録有形文化財にも指定されている
関西圏からは車や鉄道で3時間弱の距離であるため、日帰りする客も多い。鳥取市の調査によると、2023年に同市を訪れた国内旅行者は約785万人だが、そのうち宿泊したのは約37万人で全体の5%程度だ。インバウンドに関しても2023年の宿泊者数は2万人弱で、岡山や広島のような賑わいはない。
とはいえ、明るいニュースもある。2028年にはマリオット・インターナショナルの最高級ブランドの一つ「ラグジュアリーコレクション」が鳥取砂丘に進出することが決定しており、今後は訪日客を中心に滞在型観光が増えることが期待されている。
そうした中、鳥取商工会議所に「とっとり観光ビジョン策定特別委員会」が誕生したのは、2023年4月のことだ。鳥取商工会議所をまとめ役として、行政、鳥取市観光コンベンション協会、広域DMO、まちづくりを行う団体、そして民間企業が連携する組織で、鳥取市が進むべき観光ビジョンの策定に向けて活動している。
委員会の設立に向けて各方面に働きかけ、現在は同会の委員長を務める荒田潤之介氏は、設立の背景をこう説明する。「他の地方都市と同様、鳥取市も人口減少による税収の減少、地域経済の縮小といった問題を抱えている。地域で稼いでいくということを考えたとき、産業としての裾野が広く、よその地域から人を呼びこめる観光業は非常に魅力的で、地域から観光に力を入れようという声が挙がるようになっていった。観光を成功させるためには官民一体の取組みが必須であると考え、観光まちづくりの方向性を定めるビジョン策定のための委員会を設立した」
同会では関係団体との意見交換会や部会を定期的に開催し、旧市街地のを中心とした町家活用の基本計画を策定し、空き家の改修とリーシングなどによるまちづくりを実践する愛媛県大洲市への視察も行ってビジョンの素案を作成していた。ただ、荒田氏を始め委員会の中心メンバーは観光やまちづくりの経験がないことから、観光地経営の組織づくりで行き詰っていたという。2024年2月に観光庁の歴まち事業の事業化支援について知り、「鳥取の観光を考えていくうえで学びになる」と申請を決定。市内の歴史的建造物を洗い出すところから始めた。
視察を重ねることで見えてきた、観光地経営の姿
事業スタート後は活動が加速した。毎月の定例ミーティングで制度設計やルール形成という視点から、アドバイザーを務める齋藤貴弘弁護士から様々な助言を得られた。また、富山県南砺市と、三重県伊賀市などを紹介してもらい視察を行った。南砺市は、井波彫刻という伝統工芸を宿泊体験に取り入れた独自の運営スタイルが確立されており、民藝活用の点が、伊賀市は、先に歴まち事業に先行して取り組んでおり、古民家再生ホテルの資源改修手法や収益化、経営状況などが参考になるということだ。
▲伊賀市視察意見交換
事業のゴールは「鳥取砂丘にほど近い城下町である市街地の歴史的建造物を滞在拠点として有効活用するとともに、観光消費拡大や市街地活性化を図ることを目的とし、収益事業計画の策定と観光まちづくり組織の設立をめざす」ことを掲げ、事業内容は、
1.観光地域経営体制の確立に向けた検討
2.観光まちづくり計画の策定
3.地域住民への機運醸成
と定めた。
1の観光地域経営体制の確立については、現在鳥取市を含む1市6町をカバーする広域DMO「麒麟のまち観光局」があるが、鳥取市単独のDMOがないため、そうした組織をつくる方向で議論が進められている。「他地域を視察した結果、官民一体の地域DMO(Destination Management Organization)と、収益獲得に特化したDMC(Destination Management Company)が連携し、それぞれの役割を明確に分担することで、観光地経営組織として効果的に機能するという構想がまとまった。次年度からは、本格的な組織設立に向けて準備を進めていきたい」と荒田氏は話す。
2の観光まちづくり計画の策定についても、2024年度末で形にまとめる目途が立っている。「鳥取砂丘、鳥取城跡周辺、鳥取駅周辺の3エリアを重点地域に定め、それぞれの地域でテーマパーク的に楽しんでもらうためのコンテンツをつくること、また砂丘から市街地に誘導するための仕組みを作ることが主な内容。砂丘以外の2地域は、集中的に磨き上げをはかる必要があるが、古民家の活用の仕方や法的な視点など今回の歴まちの事業で学んだことが大いに役立てられていると感じる」と副委員長の縫谷吉彦氏は話す。
鳥取民藝と宿泊を融合、新たな観光拠点へ
具体的に活用を検討する歴史的建造物としては、鳥取城跡内にある白亜の洋館「仁風閣」、明治時代の商家の「高砂屋」、民藝運動を興した吉田医師の「旧吉田医院」、進駐軍宿舎として利用された和洋折衷の住宅「樗谿グランドアパート」など市内の6棟を調査した。委員会では、その中でも高砂屋を宿泊施設として改修し、市街地の滞在拠点として活用するアイデアを持っているが、高砂屋は国登録有形文化財であるため、改修して活用するには建築基準法や文化財保護法をクリアする必要がある。
「他地域の事例を視察していくと、国登録重要文化財、国指定有形文化財などの活用は我々が考えていたよりも複雑で、所有者の同意や必要な認可の取得など、時間をかけて取り組まなくてはならないこともわかってきた。それぞれの物件に合う活用法を丁寧に議論していきたい」(荒田氏)
また鳥取市の観光まちづくりにおけるターゲットは、国内は関西圏の40~50代の女性、海外は台湾、香港などの東アジア、欧米豪の訪日リピーターに定めた。これらの層は消費単価が高く、鳥取独自のコンテンツである「鳥取民藝」のターゲットにも重なる。
縫谷氏は「専門家から、インバウンドの旅行者は日本の地方の暮らしに興味を持っていると聞いている。鳥取民藝はまさに生活文化から生まれた物だが、まだ観光には活かしきれていない。鳥取らしい魅力や地域の食と組み合わせた魅力的なコンテンツができれば、外国の方にも楽しんでもらえるのではないか」と期待している。
▲高砂屋で観光まちづくりに関するトークライブを開催
「歴史的建造物の活用」「民藝」「観光まちづくり」という3つの観点から着想されたのが、前述の高砂屋を「鳥取民藝と過ごす宿」というコンセプトのもとに改築し、活用することで、鳥取市の観光の新たなシンボルとすることだ。
2024年11月にはこの高砂屋の2階スペースで、観光まちづくりに関するトークライブを開催。観光まちづくりの取組みを市民に周知するとともに、機運醸成をめざしたもので、民藝、観光、まちづくりに関心を持つ、市民約30人が参加した。
トークセッションでは、高砂屋の活用についても意見が交わされ、「観光だけを考えて事が進むと、地域住民をないがしろにした形になりがちだ。そこに暮らす人たちと融和しながら計画を進めないとうまくいかない」との意見や、「高砂屋は宿泊施設ではなく、ランチなど飲食が楽しめる施設にしてほしい」という要望が出たという。
縫谷氏は「イベントを開催して、想像以上に多くの市民が観光まちづくりに関心を持っていて、今回のイベントのような説明、発言の機会を望んでいることを感じた。単に資料を作るだけではなく、実際に多くの方に会って話すことで物事がしっかりと伝わっていくことを改めて感じられる機会になった」と話す。
事業を経て高まる、まちづくりへの熱意
歴まち事業の最終盤となる2025年1月には、石見銀山群言堂代表の松場忠氏を鳥取市に招き、勉強会を行った。
「とっとり観光ビジョンを策定していく上で、どのような組織作りをしていくかを探る目的で開催した。松場氏からは、組織単体で考えるのではなく観光とまちづくりは一体のものとして考える必要があること、小さく事を起こし、それを広げてさまざまなプレイヤーを繋げることができる組織作りが必要であることなど、多くのヒントをいただいた」(荒田氏)
最後に、歴まち事業の感想について、荒田氏は「観光まちづくりのノウハウがない状態からのスタートだったが、専門家に伴走してもらい、他地域を視察しながら、さまざまなノウハウを学ぶことができ、鳥取市が目指す方向性が見えてきた」とメリットを挙げる。その半面、事業予算内でのやりくりには苦労もあったようだ。「事業に参加したのが初めてだったので、どんな経費がかかるかという当初の予想が甘かった。事業を進めるうえで予想外の経費が必要になることが何度かあり、どう予算を捻出するかで苦労した。もう少しフレキシブルな予算になると、より活動しやすくなると思う」と話す。
縫谷氏は事業に参加したことで得られた二次的な効果を挙げた。「伴走してくださった齋藤貴弘氏や事務局の方々など、多くの方に我々の議論に加わっていただいたこともあり、我々の観光まちづくりへの熱量、真剣度が一気に上がった。今後、立ち止まって考える場面はあるだろうが、現状を変えるためには2025年度も進み続け、新しいステップを踏んでいかなければならないと感じた」と話す。
2024年度末には鳥取市の観光ビジョンのたたき台をまとめ、2025年度は観光まちづくりを推進していく組織づくりに着手し、官民一体、市民も参加できる観光まちづくりの推進をめざしていく。
Sponsored by 観光庁 歴史的資源を活用した観光まちづくり推進事業 運営事務局
最新のインバウンド特集レポート
-
空き家が観光の新拠点に、福井県小浜市のまちづくりが生んだ意識変革のストーリー (2025.03.19)
-
消えゆく奥山文化を守る、石川県白山白峰の古民家再生と体験型観光が生み出す新たなモデル (2025.03.12)
-
訪問者が楽しみながら保全活動に参加、「歩く」と「守る」の両立を図る東松島市奥松島地域の持続可能な地域づくり (2025.02.25)
-
シビックプライドを醸成し、国際観光都市の実現を目指す。岐阜県高山市の地域づくり戦略とは (2025.02.19)
-
【万博特集】食の多様性で高まる日本の魅力、海外ゲストをもてなす上で大切な心構えとは? (2025.02.14)
-
人口1200人 鶴岡市手向地区が挑む、出羽三山の山岳信仰を活かした持続可能な地域づくり (2025.02.07)
-
【万博特集】MICEの持つ可能性とは?MICEの基本から諸外国の成功事例、最新動向まで徹底解説 (2025.01.31)
-
サステナブルツーリズムを目指し、観光庁「持続可能な観光推進モデル事業」で変わる日本各地の地域づくり (2025.01.30)
-
2025年のインバウンド市場はどうなる? アジアから欧米豪中東まで11市場 12人の専門家が徹底予測 (2025.01.30)
-
20〜30代FIT層急増、ムスリム対応が成長のカギ。2025年のマレーシア訪日市場 (2024.12.25)
-
消費力が高いメキシコ市場、2025年の地方誘致は建築・アート・マインドフルネスなど特別な体験がカギ (2024.12.25)
-
2025年の訪日消費拡大と地方誘致のカギに、米国市場が注目する6つの新トレンド (2024.12.24)