インバウンド特集レポート
観光庁が推進する「歴史的資源を活用した観光まちづくり推進事業」(以下、歴まち事業)は、各地域に根付く伝統文化や歴史的建造物などを活用した魅力的なコンテンツを造成し、それらを宿泊や飲食等にも利用することで、滞在型の観光地域づくりを目指す取り組みだ。福井県小浜市は2010年頃から歴史的資源を活用したまちづくりに取り組みはじめた。2021年度には歴まち事業を活用し、それを機に、取り組みを継続、発展させている。歴まち事業をどのように活用し、その後のステップアップに繋げたか、小浜市の地域DMO、株式会社まちづくり小浜の代表取締役、御子柴(みこしば)北斗氏に、振り返ってもらった。
▲重要伝統的建造物群保存地区である小浜西組にある三丁町(さんちょうまち)
伝統文化や行事が今も生きる、小浜ならではの暮らし
福井県小浜市は、日本海側では唯一となる大規模リアス式海岸を擁する港町で、奈良時代から、朝廷に塩や魚介類を献上する「御食国(みけつくに)」として発展してきた。小浜と京都を結ぶ道は「鯖街道」と呼ばれ、人、物、文化などをこのまちにもたらした。また、戦争で空襲被害をほぼ受けなかったため、市内の広い範囲に歴史ある町並みが残されているのも大きな特徴だ。
小浜市は、以前から地域資源を活用した観光地域づくりに取り組んできた先進地だ。市内の小浜西組地区が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されたのは2008年のこと。2013年には小浜市観光まちづくり計画が策定され、翌年には賑わい拠点となる「まちの駅」の整備や無電柱化、道路拡幅、歩行者案内サインの設置など、まち歩きのための環境整備が行われている。さらに2015年には小浜市と若狭町が「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺跡群~御食国若狭と鯖街道~」のテーマで日本遺産第一号の認定を受け、さらに2024年には日本遺産プレミアムにも選定、鯖街道と御食国を前面に出したまちづくりが盛んになっていく。
ちょうど、その頃小浜市にやってきたのが、現在、まちづくり小浜の代表取締役を務める御子柴(みこしば)北斗氏だ。同氏は2015年に農水省から農林水産課長として小浜市に出向し、小浜市が進める「食のまちづくり」に3年間携わった後、東京に戻るも、農水省を退職し、2019年にまちづくり小浜に入社している。
御子柴氏は「小浜での初年度は日本遺産の第一期に登録されたということで、とても地域が盛り上がった年だった。また2017年には株式会社まちづくり小浜が日本版DMO法人の第一弾として登録され、その年から、町家を利用した宿泊施設『小浜町家ステイ』の運営がスタート。新しい動きが次々と生まれることへの面白さを感じ、また小浜の暮らしにも惹かれ、まちづくりに携わることを決意した」と話す。
御子柴氏が感じた小浜の魅力は、まちづくり小浜が掲げる「いにしえより都とつながる暮らしが息づく湊町」というキャッチコピーに表現されている。「鯖街道は『道』であり、わかりやすい史跡があるわけではないが、小浜市がある若狭地方は、都(京都)と長きにわたって往来があったことにより、寺社も多く、京都の影響を受けた伝統行事や文化が多く残されている。地元の人たちがそれらを大切に守っていて、日々の暮らしに根付かせていることが、小浜の最大の魅力」と話す。
例えば、地元住民が約1カ月にわたって練習を重ね、山車や大太鼓、神楽などの演目が披露される「放生祭(ほうぜまつり)」のような大きな行事から、正月に弓を射って魔除けをする「弓射ち」や、子どもたちが集落の家を巡り、玄関先に置かれた板を棒で叩いて福を届ける「戸祝い」などの小さな行事まで、地域密着型の伝統行事や慣習が、廃れることなく地道に継承されている。また、歴史ある町並みを守ろうという住民意識からか、小浜では家を新築する際に、屋根を瓦ぶきにする人が多いそうだ。
▲380年以上の歴史と伝統を持つ放生祭(ほうぜまつり)
町家を活用した宿泊事業拡大の中で見えてきた課題とは
まちづくり小浜は、小浜市の観光の牽引役となることを目指し、2010年に小浜市や商工会議所などの地元組織の出資により設立。2011年に指定管理受託による「道の駅若狭おばま」の運営をスタートし、2015年には飲食事業(レストラン「濱の四季」の運営)に着手。前述の通り、2017年には宿泊事業として「小浜町家ステイ」の営業を開始している。「歴史的町並みの活用と地域活性化を狙って、西組の重要伝統的建造物群保存地区で町家を改修して、素泊まりの宿としてオープンさせたところ、当初はこうした宿が少なかったこともあり、旅行に慣れた層がやってくるようになった。稼働率は年々上がっていったため、西組地区の空き家を活用して、『小浜町家ステイ』として改修、再活用することが続いた」(御子柴氏)。2021年春には、西組地区で「小浜町家ステイ」を6棟運営するまでになっていたが、同時にさまざまな課題も見えてきたという。
課題の一つは、まちづくりのグランドデザインが描けていなかったことだった。「重要伝統的建造物群保存地区になった西組地区は19.1ヘクタールで、全国の中でもかなり広い部類に入るが、これは小浜市の歴史的な町並みの一部であり、さらに広い範囲に歴史ある町並みが残っている。しかし、西組地区以外では、建造物保護のための規制がないため、町家がどんどん壊されている状況だった。市内に歴史的資源が豊富にあり、その範囲も広いため、それらを把握できておらず、全体としての活用計画もない状態だった」(御子柴氏)。
また「小浜町家ステイ」が誕生した西組地区も、地域内にカフェや飲食、買い物をできる場所が少なく、宿泊者がまち歩きを楽しめる状態ではなかった。地域の歴史や文化を紹介するボランティアガイドはいたが、ガイドの高齢化が課題となっていた。「西組地区は、地域にお金が落ちる場所がなく、地域の人も自分たちの町並みの価値を低く捉えがちで、歴史的な町並みをうまく活用できているとは言えない状態のまま、宿の開発を進めてしまっていた」(御子柴氏)
二つ目の課題は、小浜市全体として宿泊施設の単価が低いことだった。御子柴氏は「近隣の観光地や、同じく御食国だった三重県志摩市や淡路島のデータと比べても、小浜市内の宿泊施設は単価が低く、むしろ安売り傾向にあった。一般的に他地域の人から見ると、小浜は海水浴のイメージが強く、歴史的な町並みや寺社が多いことが認知されていない。歴史的な町並みを活かして高付加価値化を図り、域内での消費を生み出す仕組みづくりが必要だった」と話す。
▲じゃらんで販売されている宿泊プランの上位30軒の最低価格を抽出し、1泊2人で宿泊した場合の1名当たりの料金で分析(2021年10月調査)。まちづくり小浜が独自に作成
空き家活用のマルシェで賑わい創造、地域住民の意識を変えるきっかけに
まちづくり小浜では、地域の課題解決には、歴史的な町並みを活かして高付加価値化を図り、域内での消費を生み出す仕組みづくりが必要と考え、その手だてを探るため、2021年度の歴まち事業に申請したという。同事業では、旅行者のターゲットを、国内は関西在住のシニア夫婦、首都圏在住の旅行慣れした層、インバウンドでは知的好奇心の強い欧米豪のFIT客に絞り、次の4つの事業を行った。
1 小浜市内の歴史的町並みの基礎調査及び活用グランドデザインの策定
2 町家を活用したテナント出店のリーシングに向けた調査及び実証実験
3 北前船のストーリーを生かした高付加価値コンテンツの造成
4 歴史文化ガイド養成セミナー及びガイドツアーの造成
特筆すべきは、2の「町家を活用したテナント出店のリーシングに向けた調査及び実証実験」だ。前述の通り、西組地区にはカフェやショップがなく、まち歩きの楽しさが欠けていた。そこで、まずは、町家を活用した事業を検討する人、地元での起業希望者、県内外の飲食店やショップのオーナーに向けて、現地ツアーや支援制度などの説明会を行った。そこから出店の可能性がある事業者に対して、既に活用できる町家等を2日の期間限定で貸し出し、同時テスト出店の実証実験を行った。この実証実験には、飲食系11店舗、物販系58店舗が参加。「御食国まち歩きマルシェ」と題して大々的にイベント告知されたこともあり、当初の想定より多くの人が訪れた。
▲御食国まち歩きマルシェの様子
御子柴氏は「このイベントを通じて、地元の人たちのまちや町家に対する考え方が変わったことが、最大の変化」と話す。かつては「町家は価値がない」と思い込んでいた人が多く、町家がテナント物件あるいは売り物件として扱われることはなかったが、イベント後は、町家を空き家のまま置いていた人たちから、「もし、活用したい人がいるなら売りたい」という声が挙がるようになった。その後、空き町家の物件が動き始め、2025年2月時点では、5軒が実店舗に変わっている。
この「御食国まち歩きマルシェ」は翌年以降も続けられ、2024年度には96軒が出店している。初年度の開催は歴まち事業の助成金で開催したが、2回目以降は小浜市からの補助と出店者から使用料を徴収しながら開催されている。年々人出も増えており、空き町家の利用促進だけでなく、まちに活気をもたらすイベントとしても注目を集めるようになった。
歴史と暮らしを体感する観光へ 町並み調査を経て付加価値の高い宿をオープン
歴まち事業で掲げた取り組みのうち、1の「歴史的町並みの基礎調査」については、京都工芸繊維大学Kyoto Labと連携し、市内の広い範囲で、地域の成り立ち、まちとしての機能、楽しみ方などの調査を実施した。駅前エリア、埋立地エリアなど、歴史的な町並みがない場所に関しても、旅行者がどのような楽しみ方、滞在方法ができるかをエリアごとに洗い出した。歴史的な町並みが残るエリアに関しては、重要伝統的建造物群保存地区の西組地区以外にも中組地区、東組地区、西津地区、内外海地区などを調査し、活用法を探った。
それらの調査を踏まえ、まちづくり小浜では、2023年4月、西津地区に「小浜町家ステイ 西津湊ふるかわ」を、7月には内外海地区に新形態の宿「若狭佳日」をオープンさせている。「小浜町家ステイ」は基本的に町家を改修した素泊まりの宿だが、「若狭佳日」は、内外海地区の廃業した旅館を改修したものだ。高付加価値を狙って富裕層をターゲットに定め、オーシャンビューのスイートルームと、旬の高級魚のディナーコースを売りにした、1泊2食の宿としている。料金はシーズンや客室、食事の内容によっても異なるが、1泊2食で1人4万円代~となっており、地域の課題であった高付加価値の宿泊施設を実現している。
▲内外海地区の廃業した旅館を改修した「若狭佳日」
一方、歴まち事業で行った3の「北前船のストーリーを活かした高付加価値コンテンツの造成」、4の「ガイド養成」については、現在見直しの状況にある。今、富裕層に好まれているのは、作りこまれた特別な体験ではなく、暮らすように滞在し、地域の暮らしを体感できるようなコンテンツだ。ガイドについても、先生が生徒にレクチャーするような関係ではなく、一緒にまちを歩いて、対等に楽しむようなスタイルがのぞましいと考えを改めた。「現在、ガイドの養成は、まずはまちづくり小浜の社員から始めている」と御子柴氏。
では、地域の暮らしを体感できるコンテンツとはどのようなものか。「例えば西組地区なら、まち歩きをした後、地元の大工を訪ねて町家の改修について話を聞き、さらに、実際に町家を改修して暮らしている家を訪問して、一緒にお茶を楽しむなど、まるで小浜に住む友人を訪問しているような体験を提供している。そのほか、朝に魚市場の競りの見学に行ったり、時期によっては、祭りの練習を見学し、太鼓を叩いてもらうなどのツアーも実施している」(御子柴氏)。
その他にも、「小浜町家ステイ」の公式サイトから宿泊予約をした場合は、近隣の施設やショップなどでサービスの割引が受けられる「小浜まち歩きチケット」を渡すなどの取り組みも始まっている。今後も、小浜の最大の魅力である伝統文化が根付いた暮らしを体感してもらうことを第一に考えて、コンテンツの開発を行っていくという。
このように、若干の方向転換はあったものの、御子柴氏は、歴まち事業に参加したメリットは非常に大きかったと語り「特に、御食国まち歩きマルシェの開催で、地域の人達の意識を変え、不動産が動き出す状況を作れたことが大きい。歴まち事業が、着火剤の役割を果たし、それ以降のまちづくりに活かされている」と振り返る。事業により、地域の人の町家に対する価値観が変わったことを受けて、現在、小浜市では、市内の活用可能な空き家の利用をさらに促進していくため、町家の情報集約や地元との調整、町家の賃貸、購入、資金調達、物件改修、リーシング、修繕などを手がけるエリア開発会社の設立が検討されている。
Sponsored by 観光庁 歴史的資源を活用した観光まちづくり推進事業 運営事務局
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