インバウンド特集レポート

オーバーツーリズムから地域を守るには? いま必要な“量から質”への転換

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世界の観光地で深刻化する「オーバーツーリズム」。スペインのバルセロナやイタリアのヴェネツィアでは、住民たちが「侵略」と抗議の声を上げ、政府に対して対策を求めるデモも発生している。

日本でも同様にオーバーツーリズムの問題が各地で顕在化している。混雑、物価上昇、地域コミュニティの疲弊といった課題をどう乗り越えるべきか。鍵となるのは、「量から質」への発想の転換である。ここでは、その背景と必要性、そして実現に向けた具体的なアプローチを、国内外の事例と共に探っていく。

 

オーバーツーリズムと観光地のキャパシティ

オーバーツーリズムには、様々な定義があるが、端的に言えば、観光活動による負の影響が、地域や環境の「キャパシティ(収容力)」を超えて表面化している状態を指す。

UN Tourism(世界観光機関)は、「キャパシティ」について、次のように定義している。

「物理的、経済的、社会文化的環境を破壊することなく、また、訪問者が許容できないほど満足度を低下させることなく、1カ所の目的地を同時に訪れることができる最大人数」

道路やトイレ、ビーチ、登山道など、観光地や観光インフラにはそれぞれ「適切な人数」がある。これがいわゆる、キャパシティであり、この限度を超えてしまうのが、オーバーツーリズムである。

ただし、キャパシティは単純に人数だけで決まるものではない。同じ100人でも、全員が同じ言語や価値観を共有している場合と、異なる文化背景を持つ観光客が30人混在する場合とでは、地域への負荷は変わってくる。キャパシティには観光客の「質」や「行動特性」も関係してくるからだ。そのため、観光客の属性や行動パターンを把握することは、的確な対応策を講じる上で不可欠である。

キャパシティを超えた場合、私たちには、「キャパシティを拡大する」か「キャパシティ内に抑制する」という選択肢がある。

たとえば、慢性的な交通渋滞やトイレの絶対数不足などの課題がある場合、どうキャパシティを拡大するかを議論する。一方、年に数日だけ観光客で溢れかえるという場合にキャパシティの拡大を行うと過剰投資となり、維持管理費用などのコストが重くのしかかり、持続的ではない。こういう場合に有効なのは、「ピークカット」と呼ばれる特定日時の入込を抑制するための手法である。

実際の政策立案にあたっては、規制、課金、情報提供といった複数のアプローチを組み合わせることで、地域の実情に合わせて考える必要がある。その中核にあるのが「キャパシティ」という考え方だ。

 

なぜ「抑制」なのか? 人口減と災害リスクを見据えた戦略

キャパシティの拡大か、抑制か。どちらの選択肢を取るかは、観光客の動向や観光資源の性質、観光活動の形態などを見極め、慎重に判断することが求められる。ただし、観光を「量から質へと転換」する上で重視されるのは、「キャパシティ内に観光客を抑制する」という選択肢である。理由は大きく二つある。

一つは、日本の人口動態と地理的特性に基づくリスク低減の必要性である。日本は、「少子高齢・多死社会」を迎えている。毎年150万人以上が亡くなる一方で、出生数は70万人程度にとどまり、毎年約80万人の人口減少が今後約半世紀の間、続くと予測されている。これまで国内観光客の約8割は日本人だったが、旅行意欲の高い団塊の世代も健康寿命を迎えつつあるため、内需が急速に減少していくことが予想される。現在のインバウンド観光客の増加は、地域偏在が課題ではあるが、内需の減少を埋めている状況とも言える。

また、「自然災害と有事」も想定されるリスクである。コロナ禍で経験したように、観光は、平和で安全な状況にあって初めて成立する。日本は、地震や台風、火山の噴火といった自然災害リスクが世界でも突出して高い国であり、さらに東アジアの不安定な政治状況や将来起こりうる疫病を考慮すると、過度な観光投資は、リスクとなる。局所的にはキャパシティの拡大が必要であるにしても、大局的には、観光客数をキャパシティ内に抑え、地に足のついた政策を採ることが日本における観光の大原則となる。

二つ目に、キャパシティ内に観光客を抑制することは、観光資源の保全に繋がり、希少性を創出するという点である。現在の日本の観光政策は、「観光振興」という名の下、積極的なプロモーションやインフラ整備による「数の追及」が中心になっている。しかし、観光客が見に来るのは、インフラではない。世界遺産や国立公園、食や文化といった体験、すなわち観光資源である。

筆者はこれまでにも多くの論文で指摘してきたが、日本は、こうした観光資源の保全管理に対する投資が不十分である。日本では、観光客数が拡大し続けるという未来予測のもと、キャパシティの拡大を前提とした施策が実施される傾向にあるが、日本の人口動態から考えても非合理的である。これでは、インフラの維持管理費用を捻出するために、観光資源を安売りし、オーバーツーリズムを招く悪循環となる。

これに対し、「キャパシティ内に抑制する」ことを前提としたルール作りを行えば、追加コストをかけることなく観光資源を守ることができる。さらに、希少性が創出されるため、訪問客に価格転嫁することができる(ただし、公平性の観点から、制度設計には工夫を要する)。現状、日本は多額の税金を用いて、富裕層や欧米豪からの観光客を呼び込むためのプロモーション活動を行っているが、観光資源の保全に投資し、ブランディングすることこそが、最大の訴求力となる。

 

量ではなく質”で価値を高める、体験を磨く観光地の取り組み事例

「キャパシティ内に抑える」ことを前提としたオーバーツーリズム対策は、規制的手法、経済的手法、情報的手法を組み合わせることで、「量から質への転換」に貢献することができる。

たとえば、ハワイのハナウマ湾では、コロナ禍を機に、それまでの入場者数を1日3000人から1400人へと大幅に削減し、代わりに入場料を12ドルから25ドルへと倍増させた。また、週2日は自然保護のためにビーチを閉鎖し、入場者は全員が環境教育ビデオを視聴することが義務付けられている。一方で、ハワイ州民や外国人でも12歳以下の子供は入場を無料とするなど、メリハリをつけた仕組みを作っている。筆者がゲスト出演したNHK「クローズアップ現代」でも取り上げられたように、この手法は、地域住民はもとより、観光客からも高く評価されている。典型的な「量から質への転換」事例である。

▶ハワイ・ハナウマ湾(田中俊徳撮影)

日本でも同様の事例がある。世界文化遺産に登録されている京都市の西芳寺(苔寺)では、1970年代に観光客が殺到し、大切な苔が荒らされてしまう事態が生じた。これを受けて同寺では、一日当たりの利用者数を約150人に制限し、往復はがきによる完全予約制を導入した。あわせて冥加料として3000円の徴収を始めた(現在はオンライン予約も可能となり、冥加料は4000円に値上げ)。また、参拝者は必ず写経を行い、心を落ち着けたうえで、初めて美しい苔を見ることができる。

こうしたハナウマ湾や苔寺の手法は、単にオーバーツーリズムを抑制するだけではなく、事前講習や写経を通じて、訪問客の体験の質をも向上させる仕組みであり、特筆に値する。いずれも混雑を理由に、駐車場の拡大や遊歩道の増設といったキャパシティ拡大を行うのではなく、人数制限や価格設定、教育的配慮等をデザインすることで、観光資源を守りながら、観光客の体験の質を向上させている点が重要である。

▲西芳寺(田中俊徳撮影)

 

オーバーツーリズムの“構造的な要因”と、国が果たすべき役割

「量から質への転換」は、現場レベルだけではなく、国や広域のレベルで対応する必要もある。オーバーツーリズムを誘引するマクロ要因として、民泊、クルーズ船、LCC(格安航空会社)がある。いずれも旅行をより安く、身近にする良い側面を持っているが、地域との軋轢や家賃の上昇による住民の締め出し、環境破壊など、様々な悪影響をもたらしている。

観光による利益は、主として観光産業や観光客が享受している一方で、混雑や生活環境の悪化といった負担は、地域住民が被っている場合が多い。このように、利益と負担が一致していない構造こそが、オーバーツーリズムの根本的な問題である。重要なのは、観光によって生じる悪影響を、規制や課税を通じて社会の仕組みの中に組み込むことである。

たとえば、オーバーツーリズムに悩むバルセロナでは、2028年11月までにすべての民泊を禁止する方針を打ち出し、スペインの憲法裁判所もこの判断を支持した。ヴェネツィアでは、2021年より大型クルーズ船の運河への入場を禁止している。オランダのアムステルダムでは、団体旅行を禁止するなど、オーバーツーリズムの「根本原因」に直接対処する方策を採り始めている。

また、クロアチアの著名な観光地であるドゥブロヴニクでは、2023年に市の中心部でキャスター付きスースケース等の利用を禁止する勧告を市議会が出している。勧告のため、拘束力は無いが、旧市街地の石畳の道での騒音を無くすことが目的であり、観光客には荷物をロッカーに預けることを求めている。

もちろん全てにおいて、規制強化ばかりが正しいわけではない。民泊について言えば、現在、日本では、年間180日の営業日数規制があるが、別荘地や地域が合意している場所では、規制緩和もあり得るだろう。一方、現在、問題になっているように、住宅地やマンションをはじめ、地域で合意が取れていない場所については、規制や執行を強化するなど、メリハリのある仕組みを検討することが欠かせない。

観光が過熱すると、資産家が投機的に不動産を買い始める。ヨーロッパで問題となっているように、一部の金持ちの金儲けのために、地域コミュニティや自然環境が破壊される事態は絶対に避けなければならない。そのためには、ルール作りが欠かせないのである。

 

観光税の再設計で地域を守る、財源と公平性のバランスをどう取るか

観光がもたらす混雑や環境への負荷、地域住民の生活への影響といった「見えにくいコスト」を、社会全体で適切に負担する方法がもう一つある。

日本を出国する旅客全員に課せられている国際観光旅客税(1000円)の増額分を、地域や環境を守るための保全対策費用とするものである。日本では、税金を観光振興に使うことが主流となっているが、ニュージーランドやパラオでは、主に環境保全を目的として、外国人のみに100ドルの入国税を課している(※パラオ=100USドル:約1万5500円、NZ=100NZドル:約9000円)。

日本でも、国際観光旅客税の3000円への値上げが決定したが、この増税分は、オーバーツーリズム対策や観光資源の保全、地域コミュニティのために用いることが期待される。また、日本政府が検討している日本版ESTA(電子渡航認証システム)による徴収システムは、外国人のみを対象としているため、日本人の不公平感を減らすことも期待される(オーバーツーリズムは多分に心理的な側面も大きい)。

 

観光は目的ではなく手段、地域を変える「新しい観光」のかたち

オーバーツーリズムが課題となり、観光にネガティブな印象がつきまとっているが、元来観光は、学びや感動を通じて私たちの生活を豊かにし、裾野の広い産業によって雇用や経済活動にも寄与する平和産業である。日本政府が「2030年までに6000万人」という目標を掲げたことで、観光振興そのものが目的化した点は否めない。観光は、私たちを幸せにする「手段」であることを改めて肝に銘じるべきだろう。そして、観光は、日本の様々な課題を解決に導いてくれる「素晴らしい手段」となる可能性も忘れてはならない。

日本には、少子高齢・多死社会に伴い、地方部を中心に、耕作放棄地の増加、空き家の増加、公共インフラの維持管理、竹害といった問題が横たわっている。また、離島では、海洋プラスチックをはじめとする漂着ゴミが問題となっている。近年、こうした社会課題を解決するためのツアーが各地で組まれ、ビジネスとしても拡大している。たとえば、沖縄県で実施されている海岸清掃のツアーや山梨県で実施されている登山道の整備ツアー、竹害について学ぶ修学旅行等はいずれも、社会課題の解決をビジネスに変える新しいツアー形態である。ボランティア・ツーリズムや再生型観光(Regenerative Tourism)と言われるが、「マイナスをプラスに変える」観光の力は、オーバーツーリズム後の希望である。

観光を「量から質」に転換することでオーバーツーリズムを解決し、観光によって社会課題を解決する未来が、既に始まりつつある。

 

著者プロフィール

田中俊徳(たなか・としのり) 九州大学アジア・オセアニア研究教育機構 准教授

京都大学大学院修了(博士/地球環境学)。東京大学大学院准教授等を経て現職。専門は環境政策・ガバナンス論、持続可能な観光。近著に、『オーバーツーリズム解決論』(ワニブックス)、『季刊iichiko:エコツーリズムの文化学』(文化科学高等研究院出版局)等。鹿児島県出身

 

 

 

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