インバウンド特集レポート

体験ビジネスは「商品づくり」だけでは成功しない、事業の成長を左右する3つの視点

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インバウンド市場の拡大とともに、体験アクティビティは観光における重要な収益領域となりつつある。一方で、比較的新しい分野である体験ビジネスは、宿泊業や旅行業とはビジネスモデルや経営資源が異なる構造を持ちながら、その経営ノウハウは体系的に整理されてきたとは言い難い。

とりわけ、何を商品として設計し、どのように販売し、どのように事業として拡大していくのかという視点は、現場ごとの試行錯誤に委ねられているのが実情である。

本稿では、体験ビジネスを「商品」「販売チャネル」「事業の多角化」という3つの観点から捉え、ビジネスモデルを整理し、事業化や成長のポイントを提示する。

 

拡大する体験ビジネス市場と日本における成長機会

体験ビジネスは、観光の未来を担う新たな市場として拡大を続けている。海外では「ツアー・アクティビティ・アトラクション」と呼ばれ、観光・旅行業界において航空、宿泊に次ぐ第3の市場として注目され、需要が拡大している。ある調査では、年間7~8%の成長率で、2029年までに市場規模は1270億ドル(約20兆円)に達すると予測されている。

こうした市場拡大を受けて、観光目的地で現地発着のツアーや体験に参加するスタイルは、グローバル市場ではすでに一般的となっている。その背景には、体験そのものの価値の高さがある。旅行者の記憶に残る割合は、聞く(10%)、読む(30%)、見る(50%)に対し「すること」は90%とも言われ、体験の質は旅行満足度だけでなく、出会う人や場所、地域の価値を大きく左右する要素となっている。

2025年に訪日旅行者数が4000万人を超え、グローバル市場の一角を占めるようになった日本にとっても、この体験ビジネスは大きな機会となる。特に、起業機会の創出、地方誘客や高付加価値消費の拡大、そして地域生活とのバランスを踏まえた持続可能な観光の実現という3つの側面で、その意義は大きい。体験ビジネスの多くは、ガイドやインタープリターを伴う少人数参加型で、持続可能な形で地域資源や人的ネットワークを活用でき、また、高付加価値型のサービスとして展開できる点にも特徴がある。

 

売れる体験商品はどう設計するか?

体験ビジネスにおける商品は、文化体験からアクティビティまで非常に幅が広い。トリップアドバイザーの検索カテゴリー「Things to Do」に象徴されるように、体験は宿泊や飲食と並ぶ主要な観光コンテンツとして、多様な商品が提供されている。

実際に、旅ナカ体験に特化したOTA「GetYourGuide」で「東京」を検索してみると、「芸術&工芸品」「日帰り旅行」「相撲」「茶道」「ナイトライフ」「料理教室」など14分野が表示される。このなかから事業者自身の持つ強みを活かせる分野が見つかることだろう。

こうした体験ビジネスの売上拡大の方法の一つに、商品ラインナップを増やし、既存顧客に対して異なる商品を販売することが考えられる。企業のミッションが明確で、それが既存の取引先に理解され、信頼関係が生まれれば、商品に対する評価やニーズも聞きやすい。

たとえば、お茶体験を提供し、日本文化体験のカテゴリーへのニーズがわかれば、写経、書道といったプログラムも販売しやすい。実際に、愛媛県松山市を拠点にインバウンド向けの旅行商品を企画・運営するDMC四国ツアーズ株式会社は、瀬戸大橋を渡るサイクリングツアーを主力商品としているが、顧客からの要望により瀬戸内海に面する各県で行われる旅行商品の手配も行い、商品のラインナップを広げ多様なニーズにこたえている。

 

限られた経営資源で商品を拡張する方法

一方で、新商品を開発するには新たな経営資源が必要であり、その獲得方法を考える必要がある。その際、自らやスタッフが新しいプログラムを開発、実施する「内部調達」と、新しい人的リソースの確保や他社との協業などの「外部調達」の2つの方法がある。どちらを選択するかは、経営者の持つネットワークや地域特性によって異なる。

事業の初期段階で、事業規模が小さいうちに利益を確保するためには、できるだけ人件費などの固定費を下げ、損益分岐点を低くする工夫が必要となる。そのためには、既存のスタッフを活用して新商品を開発するか、需要に応じて人材をスポット的に外部調達できるような運営スタイルがいいだろう。

また、最小限のリソースで商品のラインナップを増やすにあたり、たとえば同じガイドが複数のプログラムを担当することも考えられる。その場合、一つのプログラムに予約が入ると同時に設定していた他のプログラムを自動的にキャンセルできるようなシステムを活用すると、予約管理の手間やダブルブッキングのリスクを減らすことができる。

ある程度事業のボリュームが拡大すれば、常勤スタッフを抱えられるようになる。エコツーリズムの先駆けともいえる自然体験を提供しているある自然学校は、事業立ち上げ初期には学校の教育旅行、つまり団体旅行をターゲットとした。団体客の受け入れは、実施日があらかじめ決まるので、その日に合わせてガイドやプログラムを準備・調達することができ、催行しなければコストがかからない。その後、受け入れ団体数が増え事業が拡大し、常勤スタッフを雇えるようになった段階で、個人を対象とした商品を開始した。個人市場はいつ予約が入ってくるかわからないので、事業が小規模な時期に常勤スタッフを雇うことはリスクを伴うからである。団体受け入れによる経験を積むことでノウハウが蓄積されたこともアドバンテージとなった。

 

商品ラインナップ拡張と差別化をどう実現するか

商品ラインナップを拡充する際には、ロングテール戦略の考え方は重要である。一般的には、2割の商品が売り上げの8割を占めるという「パレートの法則」が知られているが、販売量の少ないニッチな商品を多数揃えることで、ヒット商品の売上を上回るという「ロングテールの法則」もある。事業者単体でなく、地域全体で複数の商品を用意することでロングテールを実現する、という考え方もできる。それによってさまざまなニーズに応えられるデスティネーションとしてブランド構築につながる可能性も高まる。

一方、中長期的な視点に立つ場合、さまざまな事業者が現れ競争が生まれ、類似商品はコモディティ化して価格競争に陥ることも想定される。実際、富士山を見るバスツアーや、すし作り体験など、人気の体験コンテンツには多くの事業者が参入している。したがって、日本文化や食体験といった普遍的なテーマを扱いながらも、その土地に根差した文化や歴史、自然を活かし、地域ならではの独自性を備えた差別化されたコンテンツが今後ますます重要になるだろう。言い換えれば、体験ビジネスは地域独自の価値を旅行客に示すプレイヤーとしての役割を担っているともいえる。旅行客は具体的な商品サービスの経験価値を通じて地域を感じることができる。

地域資源を活かした体験コンテンツは、商品ラインナップ拡充と差別化の両立に寄与する▲地域資源を活かした体験コンテンツは、商品ラインナップ拡充と差別化の両立に寄与する

 

体験ビジネスはどの販路で売るべきか:BtoBとBtoCの選択

体験ビジネスにとって、販売チャネルを開拓し取引先を増やすための流通戦略は、経営を安定化し事業を成長させるために非常に重要である。

インバウンド向けの体験ビジネスの販売チャネルは、BtoBとBtoCという2つの流通経路が想定できるが、実務上はこの2つをどう使い分け、組み合わせるかが重要な戦略となる。

BtoBは効率的だが、マージンと価格主導権が課題に

海外の旅行会社を通じた販売となるBtoBのメリットは、旅行ビジネスの専門知識を持つプロとの取引となるので、取引量の拡大や、企画から見積、受注までのコミュニケーションが効率的に行えることである。

旅行会社は、消費者の要望を把握したうえで、必要な情報のみを提供してくるので、体験事業者側の手間が減る。空いた時間を活用して複数の旅行会社と取引を行えば、それだけ見込み客は増える。また、取引先との信頼関係を構築することによって、市場動向を共有したり、持続的なビジネスとなるメリットもある。

一方、デメリットとしては、一般的に20%前後のマージンを要求されることである。体験事業者側が販売価格(売値)を独自のウェブサイトなどに公開している場合にはその価格の中に旅行会社に支払うマージンを見ておく必要がある。販売価格ではなく旅行会社にネット価格で卸し、彼らが販売価格を決める場合もある。その場合でも、ネット価格は競合他社の価格を見据えながら旅行会社との交渉によって決まる。
ビジネスパートナーとなる旅行会社と出会うためには、WTB(ロンドン)やITBベルリンなど、海外で開催される見本市や展示会などで商談会に参加することが早道だろう。旅行会社側は日本での新しい商品やビジネスパートナーを求めて参加する。顧客の声を直接聞くことができ、市場動向を肌で感じることができるメリットは想像以上に大きい。最初はJNTOやDMOと一緒に出展することによって効率的、効果的にノウハウが共有できる。どの展示会に出展するかは、自身がどの市場を狙うかによって異なるため、JNTOや観光協会、DMOなど出展経験のある組織団体に相談するといいだろう。

BtoCは高収益だが、運用負荷が大きい

体験専門のオンライン旅行会社(OTA)を活用するなど、インターネットなどを通じて直接消費者に販売するBtoC取引の最大のメリットは、直接的な流通経費を削減できることである。市場での認知度を獲得するため、OTAやトリップアドバイザーなどのプラットフォームを活用し、口コミ評価を得られることがさらなる新規顧客を呼び込み、売上拡大に直結する。

筆者が最近訪れたベトナムやマカオ、ネパールでは、宿泊施設や飲食店が顧客にトリップアドバイザーでの評価書き込みを積極的に推奨していた。彼らは、特に欧米豪市場における口コミの重要性を理解しているからである。ただし、インターネットを活用することは、口コミへの返信をするなど管理する必要がある。ネガティブな書き込みへの対応をそのまま放置すれば、評判を落とすことになるが、適切に対応すればかえって評価が上がることもある。インターネット上にはデジタルマーケティングのノウハウが多く紹介されているので参考になる。

一方で、BtoCでは顧客対応の負荷が大きくなる傾向がある。カスタムメイド型のツアーを受注する場合、消費者から直接問い合わせを受けて、企画、見積提出から日程や手配が確定するまで、メールのやり取りが100回を超える場合も少なくない。距離感のない外国人客に対しては適切な旅程を作成するのに時間がかかるし、また、日本のことを細かく尋ねられたら自らがすべてに答える必要がある。こうした対応を自社で担う必要がある点は、BtoCの特徴として留意すべきポイントとなる。

BtoBとBtoCの最適な組み合わせ方

BtoBとBtoCという2つの販売チャネルは、実際には組み合わせて活用することも多い。事業の成長過程において、BtoB取引から始めてBtoCに移行する場合、あるいはその逆のパターンの両方が見られる。これは企業ごとの事業開始時の状況や戦略の違いによるものであり、どちらがいい、ということではない。

事業開始時に海外とのネットワークがなく、顧客の見込みが少ない場合には、海外の展示会に出展するなどによりBtoBで展開する方法は手堅い。一方、ソーシャルメディア等を活用するデジタルマーケティングに慣れているのであれば、BtoCからチャレンジしてもいいだろう。その場合でも、一定規模の売上を確保するため、並行してBtoB営業を行うことも有効である。

山形県天童市を拠点に、地域発着型の体験ツアーの企画・販売を行うDMC天童温泉では、BtoC取引を展開している中で、自社ウェブサイトの商品の情報を見た海外の旅行会社がコンタクトをしてきて取引が始まり、一定の売り上げボリュームに成長した事例もある。このように販路を広げることは、多様な商品の販売の機会増にもつながるだろう。

体験ビジネスの販売チャネル基本構造▲インバウンド向け体験ビジネスにおける主な販売チャネル(BtoBとBtoC)の基本構造(筆者提供)

 

体験事業はどう拡張するか? 単体商品から滞在価値へ広げる戦略

体験ビジネスの特徴として、一人のガイドが対応できる数に限りがあるため、販売量の拡大に比例して人件費などのコストも増え、規模拡大による効率化が難しいビジネスであることが挙げられる。

一方、地域において事業継続することにより生まれるネットワークや信頼は、自社の目に見えない資産となる。それを活用して地域資源を活かした体験商品の提供にとどまらず事業を拡大することで経営をより安定させることも考えられる。たとえば、岐阜県飛騨市古川町に拠点を置く株式会社美ら地球は、SATOYAMA EXPPERIENCE というブランドのもと、ガイドツアー事業と宿泊事業を展開している。2010年に飛騨里山サイクリングをはじめ、2020年に分散型ホテルSATOYAMA STAYを開業した。

さらに体験ビジネスの発展形として、体験プログラムを核に地域内の移動、食事、宿泊、他事業者のプログラムなどを組み合わせ、滞在全体の価値を設計する方向性も重要だ。その一つが、DMC(デスティネーション・マネジメント・カンパニー)、ツアーオペレーター的な事業展開である。

体験プログラムと、集合場所までの送迎や域内の移動、食事、あるいはほかのサプライヤーが提供するプログラムなどを組み合わせて旅行商品として販売すれば、地域での滞在全体を包括して顧客の経験価値を高めることができ、単価向上も見込める。また移動手段が確保できない地域では、送迎を含めた商品設計とすることで、二次交通の課題も解決できる。体験アクティビティ予約管理システムJTB BÓKUNなどを活用すれば、オペレーションを効率的に行え、同じ域内のサプライヤーを見つけ協業することも簡単に行える。

また、午前のプログラム終了後にランチをとり、午後にも別のプログラムを組み合わせることによって終日ツアーを構成することも可能である。こうした商品設計は、外国人観光客に対してその地域独自の過ごし方提案にもなり、満足度も高まるだろう。

DMCビジネスの留意点は、旅行業法の遵法である。販売先や素材の組み合わせによっては、旅行業資格を取得する必要があるので、十分に検討したい。

 

体験ビジネスの成長は「地域との関係性」で決まる

体験ビジネスは、地域とのつながりや人との関係性が事業の成立に大きく影響している。体験プログラムはそれらを資源として活用することによって価値を高めることができるからである。事業規模を拡大する戦略の方向性として、地域に深く根差して展開するか、他地域へ展開していくかは、経営者のビジョンによって異なるが、いずれにしても、地域資源を深く活用する点は共通している。

近年では、地域課題の解決と収益性の両立を目指す「ソーシャルビジネス」としての体験ビジネスにも注目が集まっている。今後、観光政策において観光と地域住民の生活のバランスをとることが重視されるなかで、体験ビジネスはその実現にむけて貢献できるプレイヤーとして、重要な役割を果たすことも求められるだろう。

以上、インバウンド市場における新たな事業機会として体験ビジネスをとらえ、経営にとって重要な商品、販売チャネル、事業の多角化について紹介した。

世界でさまざまな経験をしている訪日外国人客は、日本でも新しい経験ができることを期待している。今後、多くの体験ビジネスが生まれ、日本中が豊かな経験価値で満たされ、観光と住民生活の質のバランスが取れた持続可能なデスティネーションとしての評価が高まることを願う。

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