インバウンド特集レポート
観光庁は、地域に眠る歴史的建造物を宿泊や滞在型コンテンツなどの観光資源として活用し、誘客や消費拡大を通じた地域活性化につなげるため、観光庁は「歴史的資源を活用した観光まちづくり事業(以下、歴まち事業)」を令和元年度から展開している。
「城」「蔵」「寺」といった異なる歴史的資源を持つ3市町が連携し、会津全体を一つの“歴史文化観光圏”として捉え直す取組が、福島県で進められている。会津若松市の城下町の歴史とSAMURAI文化、喜多方市の蔵が連なる町並み、柳津(やないづ)町の1200年の歴史を誇る寺と信仰文化。単独でも高い観光ポテンシャルを持つ3市町が、自治体の枠を超えた横断的なつながりを通じ、滞在価値の創出や周遊性の向上を目指している。
この動きを支えるのが、観光庁の「歴まち事業」だ。本記事では、事業全体のかじ取りを担うまちづくり会社「蔵の街喜多方株式会社」の取締役である樟山(くすやま)敬一氏に、連携に至った背景や現在の進捗、目指す姿について伺った。
▲蔵の街喜多方の町並み
「城」「蔵」「寺」—異なる歴史資源を生かした3市町の取組
会津若松市:城とSAMURAI文化を生かした取組
福島県西部に位置する会津地方の会津若松市と喜多方市、奥会津地方の柳津町の3市町は、それぞれ「城」「蔵」「寺」といった地域ごとに特色の異なる歴史的建造物や文化を生かして観光まちづくりに向けた取組を重ねてきた。
会津若松市では、国の指定文化財・鶴ヶ城の三の丸跡に建つ福島県立博物館を拠点に、会津の歴史や文化を発信する取組が進められている。2020年度よりスタートした「三の丸からプロジェクト」では、城を核に「会津のSAMURAI文化」「若松城下の商工文化」「雪国のくらしとものづくり文化」という三つのテーマを掲げ、会津文化を多角的に紹介してきた。
また、市内では江戸時代に建てられた薬屋商家蔵が一棟貸し宿泊施設「楽善堂」として活用されており、今後は、近隣の蔵との一体的な再生・活用も検討されている。
▲会津若松市のシンボル的存在鶴ヶ城
喜多方市:蔵を生かした観光拠点づくり
4000棟もの蔵が現存し、「蔵の街」とも呼ばれる喜多方市では、蔵を生かしたまちづくりが官民の双方で進んでいる。2024年4月に設立されたまちづくり会社「蔵の街喜多方株式会社」は、古い蔵を改修し、新たな観光拠点を作る取組を展開。設立から2年弱で2軒の蔵と古民家を借りて、ギャラリーと古本屋として再生してきたほか、次のフェーズでは、旧山中油店(商家店舗)と蔵を取得し、一棟貸しの宿泊施設兼レストランとしての活用を見据えている。
また、喜多方市では、国の登録有形文化財に指定された51畳の座敷蔵を有する『旧甲斐家蔵住宅』が、所有者から市へ寄付されたことを受け、今後、観光拠点として活用する方針だ。
併せて、平成30年に市内中心部の小田付地区が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、官民連携による蔵の街づくりにむけた取組が進んでいる。
▲「旧山中油店」1棟貸し宿泊施設・レストランとして活用する予定
柳津町:寺と信仰文化を生かした新たな取組
奥会津の玄関口である柳津町では、1200年の歴史を誇り、会津地方の郷土玩具「赤べこ」発祥の地とされる圓藏寺(えんぞうじ)で、新たな動きが進んでいる。
これまで非公開だった庫裏(くり:寺の台所。現代では僧侶と家族が生活する場所を指すことが多い)を活用し、2025年は特別に一般開放して茶会を開催。今後は奥会津の郷土料理を味わえる会食会場として再生・活用する構想が進んでおり、柳津町役場が力を入れて取り組んでいる。
▲「圓藏寺」非公開の庫裡を奥会津郷土料理の会食会場として活用することを検討中
喜多方市における取組を中心に実務の面で支えているのが、行政と民間の両方を知る、蔵の街喜多方株式会社取締役の樟山 敬一氏だ。樟山氏は、喜多方市役所を定年退職後、喜多方観光物産協会の専務理事を経て、現在は非常勤の協会長を兼務する。
「市役所時代に観光課長を務めたのをきっかけに、観光まちづくりに関心を持ち、市街地の蔵を再生したいと思うようになった」と話す樟山氏だが、観光物産協会の立場では、建物の取得や改修といったハード面の事業を進めることに難しさを感じていたという。
そんな中、以前からまちづくり会社の設立を提唱していた地元経営者2人と出会い、3人でまちづくり会社「蔵の街喜多方株式会社」を設立。民間主体でハードの再生にも踏み込める体制を整えた。
連携の起点は、地域を知るための相互視察から
「城」「蔵」「寺」といった歴史的資源を活用した3市町連携の歴まち事業への参加のきっかけは、会津若松市の福島県立博物館の担当者から声をかけられたことだった。同博物館の担当者は『三の丸からプロジェクト』を進める過程で、会津の各地域の取組を俯瞰し、歴史を生かした観光まちづくりに積極的に取り組む地域があることに着目した。各地域で個別に行ってきた事業を歴史・文化という共通のテーマでつなぎ、連携できないかと考え、蔵の街喜多方株式会社と柳津町役場に声をかけた。
声かけを受けた関係者は、まずは互いの地域を知ることからスタート。2025年8月と11月の2回、3市町の関係者で現地視察を行った。1回目はお互いの地域を一通り見て周り、2回目は各地域の問題意識を深掘り、意見交換を行った。
「会津若松市や柳津町でどんな取組が行われているか、近くにいながら実はあまり深く知らなかった。相互視察を通じて、各資源の磨き上げの余地や、複数の資源を組み合わせた旅行商品の可能性など、率直な意見を交わすことができ、非常に意義深かった」と樟山氏は振り返る。
視察、意見交換を通じて、各地域での取組や問題意識が明確となり、それらを元に観光まちづくり計画の策定が進められている。計画策定は3市町それぞれが行政と連携をとりながら行われ、最終的には「歴史的資源活用計画」として一つにとりまとめられた。
▲視察の様子(柳津町)
3市町・9つのプレイヤーで連携を組織化
2025年12月、会津若松市・喜多方市・柳津町エリアを中心とする民間事業者や行政が連携し、会津文化観光連携協議会が設立された。会津地方に点在する歴史的資源を相互に深く理解したうえで、観光まちづくりを進めるとともに、将来的には資金調達の仕組み構築を見据えた組織だ。
現在の構成メンバーは、会津若松市、喜多方市、柳津町の3自治体に加え、地域団体や信用金庫、コンサルティング会社等の9組織。事務局は蔵の街喜多方株式会社が担い、1カ月に1度の定例会議を通じて、密な連携を目指す。一方で、柳津町は行政主導、喜多方市と会津若松市は民間主導と、主体の違いもあることから、足並みや取組への温度感を合わせることが当面の課題となっている。
▲会津文化観光連携協議会の体制図
この連携協議会には、資金調達スキームの構築において重要な役割を担う会津商工信用組合も参画している。この経緯について、樟山氏は「蔵の街喜多方株式会社は、地域経済に精通し、長年まちづくりを牽引してきた地元の経営者が中心となって設立された。こうした地域内での深い信頼関係が基盤となり、地域金融機関である会津商工信用組合とも強固な連携体制を築くことが可能となった」と説明する。地域のキーパーソンが持つ「この人たちが進める事業なら間違いない」という、これまでの実績に裏打ちされた厚い信頼も、こうした組織づくりには重要なポイントと言える。
今後の課題の一つが、歴史的な建造物の改修など、ハード面の資金調達だ。現時点では任意団体なので、金融機関が直接融資を行うことは難しいが「将来的には法人化を視野に入れ、融資や補助金申請が行いやすい体制を整えていきたい」と話す。
連携は次のフェーズへ、周遊型観光商品の造成と広域連携の拡大
2026年1月には喜多方市で「歴史的資源を活用した観光まちづくりシンポジウム」が開催された。3市町の連携事業者、行政関係者に加え、歴史的資源の活用に関心のある関係者が集まり、3地域の事業者が抱える問題意識や、今年度の取組の到達点、次年度に向けた課題等について情報共有が行われた。
▲左:蔵の街喜多方株式会社の樟山敬一氏、右:1月に開催されたまちづくりシンポジウムの様子
次年度以降は周遊型の着地型旅行商品の造成も検討する。想定するターゲットは、国内では福島県内の既存観光客に加え、首都圏(東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県)の居住者、インバウンドは台湾を中心に東南アジア、オーストラリアなどの市場で、高付加価値旅行者層を見据える。
また、現在の3市町にとどまらず、歴史的資源を生かした取組に興味のある会津地域の自治体や民間団体の参加を募り、広域的な取組への拡大も見据える。
「外に開かれた組織なので、地域外からも参加したいという希望があれば是非一緒に取り組んでいきたい」と樟山氏は話す。
今後は3地域にそれぞれ拠点となるセンターをつくり、協議会の法人化や金融機関との連携強化、周遊型観光商品の造成を通じて、より持続的な事業展開を目指す。「城」「蔵」「寺」という異なる歴史的資源を軸に、地域内のキーパーソンたちの熱意に支えられた次の展開に注目したい。
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