インバウンド特集レポート
中国人観光客の「爆買い」が終わった理由は3つある。最後の理由を説明する前に、そもそも「爆買い」とは何だったのか……。中国側の事情からそれらを検証し、今後の行方を探る。
「爆買い」とは何だったのか
(前回から続く)こうしてみると、一部のメディアが報じた中国人観光客の旅行支出が「モノからコトへ」と変わるという説明はいかにも単純すぎるだろう。ここであらためて「爆買い」とは何だったのかについて確認したい。
その問いに明快に答えてくれるのは、台湾出身の日本薬粧研究家の鄭世彬氏だ。彼が今春上梓した日本での初の著書『爆買いの正体』(飛鳥新社)によると、「爆買い」の背景には以下の3つのポイントがある。
①華人にとって買いだめは本能
②面子や血縁を大切にする文化的特質
③誰もが転売業者のような買い方をする
『爆買いの正体』(飛鳥新社)は、中国人の買い物の特徴について詳しく解説している。同書を読むと、彼らが「爆買い」した理由がよくわかると同時に、急ブレーキがかかってしまった理由も見えてくる
鄭氏によると、歴史的に変動の大きな社会を生きてきた中華圏の人たちは買いだめが本能だという。つまり、買えるときにたくさん買っておきたいという消費心理が身についているというのだ。
旅行に行くと、お土産を広く配る習慣が残っているのは、人間関係を重視する社会ゆえだ。
さらに、根っからの商売人気質ゆえに、誰もが転売業者のような買い方をする。それがネットやSNSによって想像を超えた拡散効果と購買の連鎖を生んだのが「爆買い」の正体だった。
この指摘が興味深いのは、日本のメディアを通じて我々が思い描いていた「爆買い」に対する理解は、少し的外れだったかもしれないことに気づかされるからだ。
中国人観光客の多くは「富裕層」などではなく、自分のためだけにお土産を買っていたのではなかった。
直接代償としての金銭を受け取るかどうかはともかく、帰国後、購入した商品が多くの人の手に広く渡っていくことが前提だったのである。だからあれほど大量に、転売業者のような買い方をしたのだった。
さらに、観光客以外にも多くの「爆買い」の担い手がいたことは知られている。
それは日本に住む中国系の人たちの代購(代理購入)業者だった。
一部の企業にとって観光客の買い物より代購による売上が大きかったとの指摘もある。
あるトイレタリー企業の関係者も「売上のピークは2015年10月。その多くは代購によるものだった」と証言している。
この点について、ある中国の旅行関係者もためらうことなく、こう話す。
「日本では中国人が『爆買い』をしなくなったと言っているようだが、その理由をひと言でいえば、代購が難しくなったからだ」。
背景には、海外の輸入商品が街場のショップより安く買えるというふれこみで広がった中国の越境ECの普及がある。所詮ブローカーにすぎない代購業者たちは、それ以降、もう利益が見込めないとみてあっさり商売替えしてしまったのだ。これは日本に限らず、欧米諸国でも同様に起きていたことなのである。
「出勤中に買って、出社時に受け取る。その日に届き、その日に使える」。
購入手続きの簡便さと早さをうたう中国越境ECサイトの「T-mall(天猫)」の地下鉄広告(上海)
とどめを刺した荷物の開封検査
こうしたなか、今年に入って「爆買い」にとどめを刺したのが、4月6日付け文書で7日交付、8日には執行と、日本ではあり得ないスピードで着手された中国の税関による海外旅行者への荷物の開封検査の強化だった。
海关总署公告2016年第25号(关于《中华人民共和国进境物品归类表》和《中华人民共和国进境物品完税价格表》的公告)
http://www.customs.gov.cn/publish/portal0/tab65598/info793342.htm
この通達の添付資料には、食料品(15%)から酒(60%)、電気製品(30%)、化粧品・医薬品(30~60%)など、中国人が好んで買いそうな、さまざまな商品に関する免税枠と関税率が事細かに記されている。
ある中国の訪日ツアーの担当者によると、関税率自体は2012年に出されたものと大きく変わっておらず、要はこれまでスルーされていた旅行者の荷物の開封検査を税関が抜き打ち的に始めたことが事態を大きく変えたのだという。
まさに中国式のショック療法である。
これでは、海外での買い物に対する事実上の課税と受け取られても無理はない。
その後、旅行客の反発から、検査は少しゆるくなってきたとも聞くが、せっかく日本で安く買っても、帰国時に高率の関税をかけられてしまうのであれば、安値で転売することができない。同じことは個人輸入の託送便でも実施されたため、代購の意味もほぼなくなった。
「転売できなければ“爆買い”なし」とはこのことだ。
中国側は、2014年10月に日本が実施した外国客に対する免税枠の拡大とは真逆の手を打ち、「爆買い」を沈静化しようとしたのである。
その効果はてきめん。
中国の人たちにとって人より安くモノを入手できるということは賞賛に値することで、そこにケチをつけられたようなもの。こうして中国人観光客は「爆買い」する意欲を急速に失っていったと考えられる。
「爆買い」の今後はどうなるのか
では、今後はどうなるのか。
注目すべきは、中国客の影に隠れて見えにくい存在であった台湾客の存在だろう。
彼らはいまでも無理なく「爆買い」を楽しんでいる。繰り返していうが、「爆買い」は「富裕層」の専売特許ではない。華人ならではの購買の連鎖が生んだものだ。それは本来、彼らにとって景気のいい、喜ばしき体験なのである。
台湾の人たちは長く日本の商品に親しみ、その価値を知っている。だから、彼らが選ぶ商品は、中国の消費者の先取りをしている。彼らは日本の魅力の雄弁な語り手なのである。
実は、そこが中国の消費者とのいちばんの違いだ。
中国人観光客の多くは、これまで実際に日本の商品を手にしていたわけでも、正確な商品知識を持っていたわけでもなく、ただSNSや口コミを頼りに購入していただけだった。
特定の商品だけが大量に売れるという事態が起きたのはそのためだ。
前述したように、今日の中国にはいくつもの相反する事態が同時進行で起きている。大都市圏の不動産価格は高騰し、ECに誘発されて消費市場が活性化しているかに見える一方、民間経済の低迷を懸念する声は強い。政府があの手この手で「爆買い」のストップをかけようとしたのも、そのためだ。
日本最大級のディスカウントショップのドン・キホーテでは、
中国語以外にもタイ語やベトナム語など店舗内の表示の多言語化を進めている
こうした将来に対する不透明な情勢は、日本のバブル崩壊以降に起きたことと同様に、中国の消費者の成熟化をもたらすと考えられる。
消費者に確実に支持された商品だけが売れるという日本では当たり前の状況にだんだん近づいていくはずだ。
特に、中国の若い世代は生まれた頃から消費社会を知っており、自分の目で価値判断ができる人たちだ。すでに彼らは団体ツアーではなく、個人客として訪日するのが普通になっている。
ドン・キホーテでは、中国のデビットカード銀聯カード以外にも、中国最大のオンライン決済サービスであるアリペイ(支付金)が使えるなど、個人客に対するサービスを強化している
今後はこうした個人客に向けた取り組みが求められるが、そうなるとこれまでのやり方では足りない部分が出てくるだろう。
その点については、すでに積極的な取り組みを進めている企業もあるが、別の機会にあらためて検討したい。
Text:中村正人
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