インバウンドコラム
日本でも新型コロナウイルス感染症の新規患者数が減少し、39県では緊急事態宣言が解除され、関西圏でも解除の兆しが見え始めている。世界では観光業再開や国境をまたいだ移動解除に向けた準備も進められているが、一方で第二波、第三波のリスクもあり、慎重な姿勢も見られます。
今回は、金沢を拠点に訪日客向け着地型体験ツアー事業を手掛ける株式会社こはくの山田滋彦氏に話を伺いました。新型コロナウイルスはマーケットや消費者のニーズに急速な変化をもたらしています。コンサルタント出身の山田氏は、この状況を客観的に捉え、自社の強みを活かしながら事業展開をするにあたっての戦略や戦術についても、詳しくお話いただきました。
—今現在の事業概要及び、通常(新型コロナウイルス前)のお客様の利用状況について教えてください。
金沢を拠点に着地型ツアーの企画と運営をしています。一番の目玉は、地元出身の料理研究家と共に、近江町市場(通称:おみちょ)巡りや料理を通じて金沢の食文化を体験するツアーです。
食を体験するツアーを中心に、日本文化や自然体験など、6種類展開しています。より金沢らしさを体験していただけるよう、築90年以上の金澤町家を改修した専用の体験施設「In Kanazawa House」を屋内の体験の際に活用しています。
2019年の利用実績で見ると、インバウンド比率が75%程度です。欧米豪圏の方がそのうち半分程度です。
また、個人の事業ですが、町家を活用した宿泊施設を京都と金沢で5軒展開し、小グループや長期滞在者向けにゆったりと過ごせる少し広めの空間でキッチンなどの設備も整え、1組1泊3万円前後で展開しています。こちらも京都は8割、金沢でも5割程度がインバウンド利用です。
— 新型コロナウイルスの拡大を受けての現在の観光客や訪日客の状況について教えてください。
お客様の減少は2月下旬ごろからです。最初は予約が伸び悩み始め4月上旬にはすべての予約はキャンセルとなり、今は体験、宿泊共に売上ゼロです。当面は感染症拡大防止や住民の方の気持ちも配慮して休業を継続予定です。
インバウンド需要を見込んで2019年から本格的に体験事業を開始し、体験施設改修やプロモーションなどに投資を行ったため、現在は会社も個人もキャッシュアウトが続く非常に苦しい経営状況です。各種助成金の申請やファイナンスにより首の皮は1枚繋がっていますが、主なお客様である欧米豪のインバウンド回復は1年以上かかり、またコロナ前の市場規模には数年以上戻らないと見ており、一時期は絶望的な心境でした。
金沢で応援頂いている方々の存在と前職のコンサルティングファームで鍛えられたメンタルのおかげで、心と頭を切り替えることができ、現状と将来を私なりに客観的に分析し、インバウンド観光に依存していた事業ポートフォリオの見直しを決断し、構想から立ち上げまで1カ月で新規事業を始めました。
—わずか1カ月で進めた事業立ち上げまでの経緯、事業ポートフォリオの見直しなどについて、詳しく教えてください。
現在の事業を客観視し、観光で培った強みと伸びる市場の掛け合わせで新規事業立ち上げ
これまでの事業について2点猛省しました。1点目はインバウンド観光に依存していたこと、2点目は「ハコ」に投資し過ぎたことです。
1点目については観光市場の中でも日本人の国内旅行者向けへ事業をシフトし、さらに観光市場からズラした市場で新規事業をつくり、バランスのよい事業ポートフォリオの実現を目指しています。
ただし、近場への旅行や国内旅行は戻りやすいですが、早期回復が見込めるこの市場の競争は激化すると見ており、後発の弊社が利益を確保していくのは至難の業とみています。そのため、観光の強みを活かしつつも、観光市場からズラした市場での新規事業の必要性を強く感じています。
食品ECxギフト×観光の3領域をかけ合わせ
そこで目をつけたのが観光・ギフト寄りの食品通販市場マーケットです。2019年の食品通販市場規模は約4兆円で毎年3%程度伸びており、特にECは新型コロナウイルスの影響により今後さらに伸びると考えています。またギフト市場規模は約11兆円でこちらも毎年1-2%程度伸びています。
これらの成長余地がある大きな市場で、観光には行けなくても、観光気分を楽しみ、上質を味わいたい。お家にいながらインターネットで注文でき、さらにはギフトにもなる。そういうポジションであれば勝てるのではないかということで始めたのが「金澤 おみちょ イチバのハコ」という食品通販事業です。
—「金澤 おみちょ イチバのハコ」(以下、「イチバのハコ」)について具体的に教えてください。
「イチバのハコ」は、これまでインバウンド向け体験ツアーでお世話になっていた「近江町市場」の旬の食材を集めた通販サイトです。インターネット上で注文を受け付け、近江町市場の各商店の目利きのプロにご協力いただき食材を仕入れ、間借りした倉庫で詰め合わせして発送しています。
地元で「おみちょ」と呼ばれる近江町市場は、「金沢市民の台所」として約300年もの間、金沢の食文化を支える存在で、老舗料亭や有名レストランの料理人から個人まで幅広い顧客が訪れるほか、国内外の観光客の人気も高いです。しかしながら、弊社と同じく新型コロナウイルスの影響により厳しい状況に置かれており、「イチバのハコ」を通じおみちょのPRや各商店の売上貢献に繋げたいと考えております。
金沢の旬の鮮魚や野菜などを中心に、お酒のツマミとしてお勧めの詰め合わせや市場限定の調味料を詰め合わせたものなど、3種類のラインナップを用意しています。それ以外にも、期間限定や数量限定のセットもあります。
4月末からスタートしましたが、現時点で石川県外からの注文が7割で、半数程度が首都圏からです。
—新事業をスタートして半月ほどですが、見えてきた課題があれば教えてください。
直近の顧客獲得とリピーター化に加え、半年先の新規顧客開拓も
はじめて間もないですが、リピート(再購入)率の低さが課題ですね。現在10%程度に低迷にしているので、早期に20%以上まで上げたいです。現在会員向けのメルマガやSNSでのアンバサダープログラム等を活用したファン化を進めています。
これまでの顧客属性や現状の社会環境を踏まえて、狙える顧客層について2パターンあると考えています。
一つ目は、県外に住む石川県出身など石川県に所縁のある方。もう一つは石川や金沢が好きでよく旅行に来る層です。
一つ目に関しては、県内に住む方から伝えてもらえるように、地元の有力メディアなどに取り上げてもらうよう働きかけています。実際に、北國新聞や北陸朝日放送などで取り上げていただきました。
二つ目の石川や金沢好きの方については、金沢市観光協会様へのサイト掲載はじめ観光系メディアやSNSでの拡散などを通じ「今は金沢へ旅行できなくても、食を通じて金沢らしさを楽しんでもらう」方法として、選んでいただけるようにしていく予定です
ただし、これらのお客様以外にも喜んでいただける商品だと考えており、違う層へのアプローチの準備も進めています。
例えば、都市部に住む食文化や料理への感度が高く、上質なライフスタイルを求めているシニア層です。イメージは「家庭画報」や「男の隠れ家」のような雑誌の読者層です。
また、食へのこだわり強めのライフスタイルメディアで、モニターとして利用してもらいインタビューを載せてもらうなど、そういったこともできればいいなと思っています。これらは、実現にも時間がかかる上に、効果を発揮するにも時間がかかるため、半年後を見据えて今から仕込んでいきます。
—自粛規制が緩和されると、人々の移動も活発になってくることが予想されます。現在所有している宿泊や体験施設(町家)を活用した事業についても検討していることがあれば教えてください。
マーケットがしぼむ領域も工夫次第でチャンスに
「イチバのハコ」と同じ思想で「観光だけ」という事業展開はやめようと思っています。
他の分野に展開するときの考え方としては、新型コロナウイルスの影響で打撃受けているエンタメや外食市場と町家の空間との掛け合わせたサービスの提供を考えています。人間の本質な欲求は変わらないので。
例えば、ありきたりですが大型のスクリーンを設置し、「映画館には抵抗があるが大画面で映画は見たい」という人に日帰りで活用していただくことや「スナックには行けないけど雰囲気を味わいたい」という人にプライベートなスナックのような空間を提供する、といったイメージです。一言でいうと、スペースレンタルですが、場所貸しでは価値が低いので、町家でしかできない、もっと踏み込んだ“具体的な過ごし方”を提案していきたいと思っています。
▲金澤町家を改修した体験施設「In Kanazawa House」
また宿泊施設については、東京本社で京都や金沢に支店がある企業に、サテライトオフィスとして活用してもらえる需要があるのではないかと思っています。
新型コロナウイルスの影響により企業の規模縮小や固定費削減は益々進むため、オフィスの家賃を抑制したいが、クリエイティブに働きたいという企業向けに宿泊施設を活用頂ければと考えています。例えば町家の一棟貸しの場合は、社員の安全も担保でき、町家という雰囲気の良さを売りにデザインや雰囲気にこだわる感度の高い企業のニーズはあるのではないかと思っています。
—最後に、同じような状況にある観光事業者の方にメッセージをお願いします。
各事業者の経営状況や事業・競争環境により、課題や打ち手は大きく変わると思います。
私の場合は観光・インバウンド依存かつリスクの高いビジネスモデルに傾倒していることが課題と考え、事業内容(ポートフォリオ)の見直しを最優先事項として取り組んでいます。また、新型コロナ感染症収束後のウイズコロナの社会は長期化するため、ウイズコロナの社会を見据えた息の長い事業構築が重要だと考えています。
インバウンド市場のように壊滅的な影響を受ける市場は多いですが、一方でEC・リモートワーク系を中心に伸びる市場もあり、私のような中小零細企業でも戦う場所と戦い方を工夫すれば勝ち筋は見えると思います。この記事が、私と似たような環境に置かれている事業者様にとって1ミリでも気づきと元気を届けられればと思っています。
(取材 執筆:堀内祐香)
プロフィール:
株式会社こはく 代表取締役 山田滋彦氏
京都の大学を卒業、総合商社でアフリカ、中近東等の海外の自動車事業開発、管理、米系総合コンサルティングファームで、製造業向けの事業計画立案からトランスフォーメーションの実行を支援に従事。2018年にコンサルティングファームを退職し、インバウンド向けに体験型観光などを手掛ける株式会社こはくを設立。
やまとごころ編集部では、新型コロナウイルス拡大による大打撃のなかでも、「今」着手できることや、アフターコロナに向けて準備する観光事業者の取り組みを募集しています。
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