インバウンドコラム
2020年の新型コロナウイルスの感染拡大初期、ベトナムは台湾などと並んでコロナ対策の「優等生」として位置付けられていた。しかし、その後オミクロン株の出現により感染が爆発、厳格なロックダウンを経てウィズコロナ政策へと転換した。2022年2月には国内旅行が再開し、3月には海外旅行が解禁、6月には入国規制を完全に撤廃し今に至る。
ここでは、ベトナムの新型コロナウイルス発生当初から現在に至るまでの状況、ベトナム人の国内外の旅行や、訪日を扱う旅行会社の動向などに加え、競合となりうる欧米諸国の動きから見た訪日ベトナム市場の可能性と課題について、解説する。
▲ロックダウンは市民の生活に影響を及ぼした(提供:グローバル・デイリーベトナム)
SARSの教訓で感染症封じ込めるも、オミクロン株の出現で全土へ拡大
ベトナムは、新型コロナウイルス感染症が発生した当初は、SARSの教訓があったため、迅速な対応で感染症拡大を封じ込めた。2020年3月末から簡易的なロックダウンを行い、第1波は無事に沈静。2020年5月以降は感染者が大幅に増えることもなく、日常に戻った。
ところが、2021年1月にハノイ近郊で再び陽性者が確認されたことをきっかけに、感染が拡大していった。従来と比べて感染力の強いデルタ株であったことに加え、1月25日から党大会が開催されていたという事情もあり、発表が遅れたのではないかと推測する。
感染拡大は、北部のハノイからスタートし、中部のダナン、南部のホー・チ・ミンへと広がっていった。感染拡大を抑え込むために、7月から9月にかけてベトナム全土で非常に厳格なレベルのロックダウンが行われた(開始、終了時期は地域によって異なる)。
この期間は、エリアによって「グリーン」「イエロー」「レッド」とゾーン分けされ、「レッド」ゾーンの人々は基本的に外出が認められず、「イエロー」ゾーンは1週間に1度、1世帯1人のみが政府指定の店舗に買い物に行けるという状況だった。「グリーン」ゾーンは決められた区画内で移動はできるが、ほとんどの店舗は閉鎖されていた。
▲ロックダウン中のホー・チ・ミン市内(提供:グローバル・デイリーベトナム)
北部のハノイから感染は収まっていったが、最後まで感染者が減少しないホー・チ・ミンには、厳格なロックダウン中にハノイから軍と警察が大量に派遣されるなど、8月下旬から1か月間ほど、さらに厳しいレベルのロックダウンが続いた。
ワクチン普及などで、2021年10月ごろよりウィズコロナ施策へ方針転換
それでもホー・チ・ミンの感染は収まらなかったが、10月に入るとワクチン接種が進んだことや、落ち込んだ経済を復活させるために、ベトナム全土で徐々に緩和政策へとシフトしていった。ホー・チ・ミンでは、経済を回復させるために政府が街頭で住民に現金を配る様子も見られた。
なお、ベトナムでは人件費が上がった中国から移転誘致した工場での生産(第二次産業)が主要産業であるため、経済を停止させないためにも、敷地内での寝泊まりなど一定条件を満たした工場はロックダウン中の稼働が認められていた。しかし、その条件を満たせない中小などの工場では生産がストップしていたため、サプライチェーンが止まってしまう危機に陥った。このままロックダウンを続けると、工場の切り替えなどでベトナム経済全体が大幅に悪化するという懸念もあり、「ウィズコロナ」戦略へと転換したようだ。2022年3月には完全に規制が撤廃されたが、ナイトマーケットのバーとカラオケは最後まで営業制約があった。
▲ロックダウン中は街中も店舗も閑散としていた(提供:グローバル・デイリーベトナム)
ベトナムの旅行会社、コロナ禍で開店休業。支出減への涙ぐましい努力
コロナ禍の旅行会社の動きとして顕著だったのは、新型コロナウイルスの陽性者が出た当初、まだ営業できる段階でもお店や会社をやめてしまうケースが多くみられたことだ。ベトナム人はいい意味で頑張らないため、決断が早いことが影響した。中には営業を続けていた旅行会社もあったが、開店休業の状態で従業員も仕事が復活するまで耐え凌ぐといった具合だ。
Facebookなどで物販を始めたりする企業もあったほか、とにかく支出を抑えようと、メールアドレスを独自ドメインから無料のGmailのアドレスに変えるなど、涙ぐましい努力をする会社もあった。また、少なくとも178社の海外旅行を取り扱う企業が、費用削減のために国際旅行のライセンスを政府に返還し、海外旅行の取り扱いをやめた(※コロナ前、訪日旅行を扱う旅行会社は250社あった)
一方で、観光立国を宣言している国であるため、ベトナム政府はいずれ観光が再開したときのためにと、幾つかの施策を講じた。例えば、観光事業者には助成金の支給や、納税期日の延期、家賃の一部補助、従業員の社会保険補助などの救済策を随時行っていた。
また、2022年2月1日から12月31日まではコロナ対策として、全国民を対象に付加価値税(日本の消費税にあたる)を10%から8%に引き下げている。
▲日常が戻りつつあるベトナムの街角
2022年2月から国内旅行再開、1~6月の国内航空回復は世界一
ベトナム人が旅行を再開したのは、2022年の2月の旧正月「テト」の期間で、そこからかなりの人が旅行に出かけるようになった。2022年1〜6月期のベトナムの国内航空市場の回復度合いは2019年同期と比較して世界一で、国内旅行についてはコロナ禍以前と同等かそれ以上のバブル状態となっている。国内の人気旅行先は、ビーチリゾートのダナンとフーコック、高原リゾートのダラットで、この3地域はオーバーツーリズムになっている。
また、旅行業界はコロナ禍でレイオフ(従業員の一時解雇)を進めてきたため、国内旅行の需要にサービスが追いついていない状況だ。
▲ベトナムで人気のビーチリゾート ダナン
海外旅行については、2022年3月から解禁となった。現在海外旅行で最も人気があるのはタイとドバイだ。国際線の運航が再開すると、まずは富裕層が動き出し、かなり高額なツアーが次々と完売した。富裕層には開国宣言をしているアメリカや、ヨーロッパの周遊ツアーが人気で、中産階級にはカンボジア、タイ、ドバイ、ここ最近はノービザで行ける韓国が人気となっている。
開国宣言にもかかわらず、日本政府に除外されたベトナム市場
日本への渡航熱はあるものの、日本が完全に開国していないため、出遅れている状況だ。日本の岸田総理は5月にベトナムを訪問し、日本も間もなく開国するとアナウンスしたため、大手旅行会社は訪日旅行商品を売り出すべく、準備万端の状態だった。しかし、日本は開国した6月にベトナムを水際対策の「黄色」に区分したため、ベトナムの旅行会社から怒りを買い、日本旅行商品は全て棚から下ろされた。ベトナムでは5月〜6月にかけて、毎日200〜250人程度の訪日旅行のビザの申請があった。しかし、在ベトナム日本大使館、領事館は1日20人程度しか処理していなかったため、現地の旅行会社によると申請許可待ちが2500人ほどいたという。
なお、ベトナムからの訪日外国人は技能実習生や留学生が多くを占めており、コロナ前から右肩上がりで伸びていた。コロナ禍以降は、日本が外国人観光客受け入れを停止していた2022年1月から徐々に増え、3月のベトナムの開国と同時に多くの技能実習生が日本へ渡航している。
(※8月31日、岸田首相より、9月7日から入国者数の上限を5万人に引き上げるとともに、全ての国を対象に、
訪日再開は「日本次第」、旅行価格の高騰も痛手に
ベトナムの旅行会社の間では、訪日旅行の再開は日本次第という認識が高い。日本がノービザで個人旅行者を受け入れるようになったら外国人観光客が回復するだろうという話もあるが、ベトナムに関してはコロナ禍以前からビザの取得が必要で、団体旅行のみ渡航が可能だったため、日本政府がベトナムを「黄色」の区分から「青色」の区分に変更するかどうかがカギを握る。
ベトナムは6月に入国規制を完全に撤廃したが、原油高などの影響に加え、新型コロナウイルス対策費用などが追加され、コロナ前に1000ドル〜1500ドルだった日本旅行は現在2000ドル近くになっている。日本に限らず世界的に海外旅行は高騰しているが、タイ、シンガポール、ドバイなどは各国地域の政府から助成金が出ているため、価格が下がってベトナムの中産階級の人にとっては渡航しやすくなっている。
ベトナム人特有の訪日旅行スタイルは?
今でもベトナム人にとって日本が人気観光地であることに変わりはない。しかし、訪日シーズンは桜と紅葉、つまり4月と10月なので、今年の10月までに日本政府が国境を完全に開放しなければ、2023年の4月まで訪日旅行は持ち越しとなってしまう。近年のベトナム人の訪日データを見ると、50%の人が「初めて」だったが、それが2、3年続いてきていて、2019年はようやくリピーター(2回目、3回目の訪日)が増えてくるタイミングだった。それを見越して、ベトナム人も日本への個人旅行が解禁になると考えていたが、この2年は時間が止まってしまっている。
初めて訪日するベトナム人について、他の国の人々と違うところは、行程表に多くの場所が書いてあると“お得”という認識があることだ。ほとんど車窓から見るだけでも「ここを見た、ここに行った」と満足し、たくさんのところを見て回ればコスパがいいと認識しているため、例えば京都だけにじっくり滞在して満喫するという旅行では損した気分になってしまう。そのため、どうしてもゴールデンルートからは抜け出せないというのが現状だ。
ベトナムの若者の心をつかむために、何をするべきか?
一方で、リピーターが増えてきているため、目的型ツアーを今から啓蒙をしようという動きは当社でも行っている。コロナの影響もあって、「健康」「オーガニック」というキーワードは世界的なブームとなっているが、ベトナム人にはそれ以上に刺さっており、「健康食品」「健康サプリメント」「体にいいもの」に対してお金を使うというブームがものすごい勢いで起きている。ベトナムの旅行会社は今まで通りのゴールデンルートの販売強化を行っているが、日本の行政自治体はこのタイミングで日本への「ヘルスツーリズム」を打ち出そうと画策している。
最近では裕福なベトナム人が増えてきたため、例えばロート製薬がホー・チ・ミンに出店した日本薬膳料理店は、高価格帯でありながらも人気店になっている。また、カフェではコーヒーに取って代わり、バブルティーが若者たちの間で人気を博している。
富裕層に人気は米豪カナダなど、日本は蚊帳の外
観光で日本を訪れるベトナム人はシニア層が中心で、若者たちはほとんどいない。日本政府がベトナムからはFIT(個人旅行)を受け入れていないため、富裕層や若年層を取りこぼしている状況だ。
今年3月、ベトナムのコングロマリット(巨大複合企業)であるサングループは高級航空会社サンエアーを立ち上げ、ベトナムの航空会社6社のうちの1社となった。この会社は米国のプライベートジェットの会社と業務提携をし、ベトナムの富裕層をプライベートジェットで米国に誘致する独占ツアーを行っている。
ベトナムに限らず、東南アジアの富裕層が欲しがっているのは米国の永住権(グリーンカード)。米政府は米国の土地、建物、企業などに一定金額以上投資した外国人に永住権を付与するという制度を設けている。観光で富裕層を誘致し、一定額の投資に対して永住権を与える動きは、カナダやオーストラリアなどでも行われており、世界中の富裕層を取り合っている状況だ。コロナ禍でどの国も国際観光業が打撃を受けている中、早期回復を狙って富裕層の誘致合戦が始まっているが、日本はその蚊帳の外にいると言えるだろう。
株式会社グローバル・デイリー 代表取締役社長
有限責任会社グローバル・デイリー ベトナム 代表
中原 宏尚
2000年3月、DACグループ(現DAC-ホールディングス)入社。日本国内の旅館コンサルを経験し、2008年グローバル・デイリーの前身となる、インバウンド事業部をイントラプレナーとして設立。2013年にグループ内より分社化させ、社名を株式会社グローバル・デイリーとして法人化、代表取締役社長に就任。 同年、訪日外国人向け日本情報発信プラットフォーム「Japankuru」事業開始。2018年、訪日外国人をHappyにするための起案専門クラウドファンディング「J.funding」事業開始。そして2019年、クロスバウンドの事業実現のため、ベトナムホー・チ・ミン市に、グローバルデイリーベトナムを法人化。代表取締役社長に就任。現在に至る。
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