インバウンドコラム
9月26日、香港が3日間の政府指定ホテル隔離を廃止したのと時を同じくして、日本は10月11日からのビザなし、個人観光の受け入れと入国者数制限の撤廃という大幅な入国規制緩和を発表した。ここにきて、香港日本とも一気に緩和が進んだのだ。
2年以上も旅行に飢えた香港人は、その報に接すると、マグマが一気に噴き出したかのように航空会社のHPに殺到。これにより、キャセイパシフィックと香港エクスプレスは、サーバーダウンを防ぐためにサイトへのアクセスをコントロールするほどだった。
ここでは、香港が規制緩和に踏み切った経緯を考察するとともに、2年ぶりの本格的な旅行再開を受けた香港各旅行会社の動向、この2年間にも香港とコミュニケーションを続けてきた日本の自治体の取り組みなどを紹介する。
▲検索数急増により、サーバーダウンを防ぐためにアクセスをコントロールした香港エクスプレスの予約ページ(提供:コンパスコミュニケーションズ)
中国と足並みを揃え「ゼロコロナ政策」を続けた香港のリアル
香港は長く中国本土に倣う「ゼロコロナ政策」を踏襲してきた。レストランやモールなどに入るためにも、健康状態などを示すQRコードを提示する必要に迫られ、それが香港に在住している人にとっては当たり前の生活シーンの一部になってしまったが、ヨーロッパやアメリカなど世界各地の友人と話せばどれだけ自分たちが制限ある生活に慣れてしまったかに気付かされる。
住宅のマンションや職場にコロナ陽性者が見つかれば、政府指定のPCR検査を受ける通知を受けることもあり、以前はその令状に怯えていたこともあったが、今となっては、「はい、当たり!」程度の感覚にまでなってしまった。
▲10月に入ってからも筆者のマンションでも強制検査の告知が。もはやデパートのセールの告知のようにも見えてしまうところが皮肉だ(提供:コンパスコミュニケーションズ)
この感覚は旅行においても同じだ。当初香港人が日本に渡航する際にネックとなっていたものに、「香港に戻る際の隔離」を挙げる人は多かった。しかし、最大の理由は、高額だからでも、ツアーのみ適用だからでも、言語の問題があるからでもなく、「海外で仮に陽性となってしまった際、いつ香港に戻れるか分からないこと」への不安だった。入境前のPCR検査の義務化が撤廃されたいま、香港人の心境は変わり、仮に日本を旅行して香港に戻ってから陽性が発覚したとしても、「隔離施設でも連れて行くならどうぞ。それでも日本への旅行を楽しむ方が大事」とまで答える香港人も多い。
なぜ香港が、ゼロコロナ続ける中国本土と異なる道を歩み始めたのか?
香港政府は中国との関係と重症急性呼吸器症候群(SARS)の経験から厳しい防疫対策を行ってきたが、中国が当面の間ゼロコロナ政策をやめる気配がないうえ、香港はもともと医療水準も高く、人口730万人程度の狭いエリアであるからこそ、現在の措置を続ければコントロールが可能であると判断したことで、域内の措置も緩和傾向が続いている。
そしてなにより、現状の入境政策を続けると「香港の国際的な経済都市としての地位を失いかねない」と経済界を中心に政府に入境の開放を求める声が増え、政府はその声に押された格好だ。11月初旬に香港で開催される国際金融サミットにおいて、当初政府は3日の隔離が続く中で、海外からの招待予定客に対しての特別措置を適用する可能性を示唆していた。しかし、世界の投資銀行幹部たちが、「特例での入境を拒否した」とも言われ、圧力が外側からかかったという報道もみられた。
また、世界各国から多くの人が香港を訪れる代表的なイベントであり、街がラグビー一色になる「香港セブンズ」(11月4~6日に開催)に向けても、現状の入国後3日間の自己観察中はバーやレストランへ立ち入り禁止という措置に対し「レストランでの食事もできない香港には魅力がない」と、世界各国から圧力がかかっている。実際、入境の数字は増えておらず、政府の次なる緩和施策が待たれている。
国際往来の本格再開を受け、香港の旅行会社の対応は?
ネットでの検索が当たり前の時代になったとはいえ、かつては仕事帰りや週末には多くの人が店頭を訪れ旅行商品を申し込む様子も見られた香港。以前のような賑わいはまだ戻ってはいないものの、店に足を運ぶ人も出てきた。例えば香港島にある銅鑼湾という繁華街エリアには、かつては3フロアに旅行会社やWi-Fiサービスを提供する会社など、旅行関連の店で賑わっていたビルがあるが、現在は旅行会社は2フロアの入居になり、日本に関しては訪日大手のEGLToursと縦横遊(WWWPKG)だけが店頭に日本の観光動画を流すなど積極的にアプローチしているように見える。コロナ前には見られなかった大湾区(広東省、マカオを含めたエリア)に投資するための不動産会社が入居するなどの景色の変化はある。
▲旅行代理店EGLの店頭に並ぶ内照式看板に掲出された旅行商品(左)店頭で旅行の相談をしている人も(右)(提供:コンパスコミュニケーションズ)
求められるは地方都市、現実は大都市圏
香港人の訪日が再開したら、すぐに地方都市に来てくれるだろうと思うかもしれないが、そうは呑気に構えていらないのが現状だ。「まずは東京、まずは大阪」という買い物需要があるのももちろんだが、それ以上に現在の航空便が大都市に偏る傾向があるからだ。現在、香港からの便が到着している日本の空港は東京、大阪、福岡で、10月16日から沖縄が追加となり、12月から札幌も就航、今後も徐々に地方空港へ広げていく計画が発表されている。しかし、香港と日本を繋ぐ路線では、貨物の需要も多いことをあわせて考える必要がある。また以前だったら発着枠が取りにくかった成田や羽田をはじめとした大都市空港もまだ世界各地からの航空路線が復活したわけではないことを考えると、主要な大都市路線の発着枠を現段階から確保しておきたいという航空会社の考えもある。
香港の新規の航空会社「大湾区航空」もかつて就航前は、地方空港路線を積極的にアプローチする動きを表明していた。しかし2021年トップが丘応樺氏に変わり、一気にその方針は変更、大都市に積極的にアプローチしていく動きを感じる。
かつては香港からの直行便が日本全国縦横無尽に就航していた。今は地方への便が戻る日を願いつつも、大都市プラス1や2にそれぞれのエリアをどうやって組み込むと効率的なのかを考え、提案することが、香港人の旅行スタイルにフィットするトレンドであるのは間違いない。
コロナ禍の2年間の対応が、訪日再開の波に乗れるかどうかの明暗を分けた
かつて香港は地方自治体、鉄道会社、商業施設、ホテルやバスの事業者など、毎日何組もの日本人インバウンド関係者が訪れる市場であった。しかし厳しい入境措置が続く中、香港市場との距離は関係者の間で遠のいてしまった感覚もある。
また、この2年間、コミュニケーションを続けた自治体や企業とそうでないところには少し差が出てしまったとも感じる。もちろん香港には長らく1週間以上のホテル隔離措置があり、簡単には行き来ができなかったことも事実だ。しかし、例えば青森県はそうしたハードルがある中、今年8月にトップセールスを実施した。その後、日本航空香港支店、EGL Toursなどの協力もあり、新しい旅行商品が生まれ、他の旅行商品とあわせて10月単月で200人近くを送客できる見込みだ。宿泊数でいえば倍以上になる。そして次のステップとして何が起きているかといえば、勢いのある商品に他の旅行会社が追随する動きがみられるのだ。
旅行会社を絡めた施策でいえば、特定の旅行会社やメディアなどとインパクトある商品を作り、最初はそこに宣伝を集中させることで、他の商品も生まれ、他の会社からもアプローチが来るという流れをいかに作れるかが重要である。
旅行会社によると、コロナ前は4泊5日での滞在日数が主流だったが、航空運賃の値上げなども影響して7泊、8泊の商品も増え、7000香港ドル~12000香港ドル程度(約13万~23万円程度)、かつてと比べると1.5倍近くの費用がかかる。この辺りの数字も意識して、大都市も絡めた商品提案が求められる。
今後は、日本ファンに寄り添う継続的なコミュニケーションがカギに
鹿児島県は、9月末から約2週間にわたり、観光をテーマにしたポップアップショップを香港に開設した。この店の最大の目的は「鹿児島を思い出してもらうこと」。香港人がかつて多く旅行したスポットを選び、その風景写真と一緒にその場所の食材を展示。宿泊も多かった「SHIROYAMA HOTEL」や「白水館」のオリジナル自社アイテムなど、通常は香港で販売していない商品もならべることで、来場者との活発な会話が交わされたイベントになったようだ。会場では解禁後に具体的に自分たちがまわるルートについて地図を見ながら説明を求める様子、過去に訪れた鹿児島での滞在の思い出を語る人もいれば、鹿児島人の知り合いの名前をあげて説明してくれる人などさまざまだった。今後行き来が回復しても、「旅行とセットで思い出となる物産」の存在は次のリピーターに行動を起こさせる際に役立つ。
コロナを通じて必要性が顕在化したことは何か。それは「日本旅行前後の継続的なコミュニケーション」であることを、同ポップアップショップは改めて思い出させてくれた。
▲会場には多くの香港人が訪れ、鹿児島の思い出をスタッフに話す人も(提供:コンパスコミュニケーションズ)
今後のインバウンド市場における香港の役割
香港を巡る話題は2019年の民主化デモ以降、海外への移民が続くなど日本国内側では決して明るいものばかりでないだろう。しかしここ香港の役割が完全になくなったとは言えないことを、日々の生活を通して感じる。背後に控えるのは、「大湾区」という名称で括られる香港、マカオや広東省の一部を含んだ経済圏だ。高速鉄道が開通して、香港の西九龍駅から深セン市の福田駅まで20分足らずで行けるようになり、広州南駅にも50分強で行けるようになった。港珠澳大橋が全線開通して、香港から澳門(マカオ)まで40分以内となるなど、交通の便もよくなった。大湾区全体の人口は 約8618万人、2050年には1.2~1.4億人の経済圏になるとも言われるが、そうした人たちにとってこれまで以上に香港の日常やライフスタイルに触れる機会が増える。世界のなかでもより洗練された香港人ならではの旅行スタイルや旅の楽しみ方を教えてくれる香港市場から学ぶことは多い。
この2年、香港ではDONDONDONKI(ドン・キホーテがアジア市場で展開する店舗)が10店舗目をオープンし、マツモトキヨシは今月21日銅鑼湾に体験型を意識した旗艦店を開業する。すし屋のオープンは相次ぎ、日本食材だけでなく、日本雑貨なども購入しやすくなった。ヒノキやヒバオイルなどを販売する店があるなど、日本を体感できるものは遂に「香り」のステージにまで来ている。コロナ前より香港各地に「日本」が溢れるようになった今、「日本でしか体験できないこと」により焦点を当て、それぞれ磨きをかけることが求められる。
東日本大震災後の香港人の動き、香港市場のインバウンド回復の早さを覚えているだろうか。一概に災害時と比較はできないが、香港には「国内旅行の概念がない」という地理的要因はあるとはいえ、ここ香港では、「日本」が生活の一部に入り、「日本」なしでは生きられないと言っても過言ではない人がたくさんいる。体験型アクティビティが以前よりも注目を集めるなか、日本各地で香港人がその土地にも、そこに住む人にもインパクトを残す動きをして、新しい風を吹かせてしまうであろうことが容易に想像できて笑みがこぼれる。
Compass Communications Managing Director
木邨 千鶴
東京都出身。広告代理店「クオラス」入社。2007年より香港に移り住み、香港フリー雑誌勤務を経て独立。コンパスコミュニケーションズインターナショナルを設立し、自治体や企業のレップ、また現地日系企業などの広告・広報業務に従事。自社メディア「香港経済新聞」を運営し日々街の変化を捉えながら、香港のメディアリレーションを軸に、幅広いマーケティング支援を行う。
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