インバウンドコラム
観光地としてのイメージが弱いエリアが、その認知度を高めるための戦略の1つに、ターゲットを観光客以外に広げた上でプロモーションする方法がある。そこで重要なのが、いかに「異業種連携しうるか」だ。フィンランドは観光地のイメージ確立のために、オーロラの次にデザインプロモーションに取り組んだが、その際に異業種とコラボし、あえて観光客ではない一般消費者へ訴求した。
今回は、そのなかから、映画産業と連携した「かもめ食堂」、カフェ業界と連携した「フィンランドカフェ」の2つを例に、どのような視点で連携先を選び、具体的にコラボしていったのか、フィンランドでの経験をもとに、成果を出す連携の手法やポイントについて解説する。
異業種とのコラボプロモーション、成功に導いた2つのコンセプト
フィンランドカフェと映画「かもめ食堂」には、いくつかの共通のコンセプトがある。まずはデスティネーションやプロダクトとは関係なくその時点で話題になっていたり、ブームになりつつある事象を利用しようとしたことだ。2001年から取り組んだフィンランドカフェはその当時話題になりつつあった新しいカフェスタイルのカフェ業界との連携に取り組んだ。当時、現在のカフェ文化につながる、それまでにはなかったデザインや音楽にこだわったカフェの登場した時期だった。また、2006年3月公開の「かもめ食堂」は大きなスケールでない単館系の映画が注目を集めているタイミングでのコラボだった。それによって、フィンランドへの興味関心の有無に関わらず、トレンドを先取りしている消費者層にリーチすることができた。
▲かもめ食堂の脚本 台本には政府観光局から情報提供もした
もう一点は消費者とのコンタクト時間を重要視したことだ。フィンランドには他の西ヨーロッパ諸国のように、世界に対して一枚の美しい写真で端的にアピールできるような世界的なツーリズムアイコンがない。したがってその魅力を伝えるには、様々な切り口がないといけない。一枚の美しい写真でアピールできないので様々かつ、多量で多方面からの情報訴求が必要だ。駅ばりポスターは10万人の人が見るかも知れないが見る時間、一人当たりのコンタクト時間は1秒以下だろう。だから、駅ばりの広告や、デジタルサイネージュ、トレインジャック(電車の一編成貸切広告)ではその魅力を語りきれないのだ。しかし、映画なら2時間弱、カフェでも最短30分はどっぷりフィンランドと触れ合ってもらえる。少ない人数で良いから長くデスティネーション情報にコンタクトしてもらえる方を選んだ。メディア取材協力でも協力する条件は最低20ページと前回書いたが、これも全く同じコンセプトだ。
カフェならフィンランドの家具に触れ、フィンランドのBGMを聞き、フィンランドのコーヒーや食を楽しめるし、フィンランド情報満載の新聞も用意して読んでもらえるようにした。
▲カフェに設置されたフィンランド情報満載の新聞
映画はヘルシンキでロケをしたため、ビジュアルで多くの情報が五感を通して入ってくる。衣装もフィンランドの有名テキスタイルメーカー「Marimekko」のもので、劇中の食堂のカトラリーや食器もフィンランド製、椅子やテーブルもフィンランドデザインを使用した。
それではここから、フィンランドカフェと「かもめ食堂」それぞれの事例について、連携にあたって重視したポイントを見ていこう。
フィンランドカフェのプロモーションに際しこだわった5つのポイント
2001年から9年間にわたり、1カ月間の期間限定で開催したフィンランドカフェは最終的には毎年1万人以上のお客様が訪れる大きなイベントになった。 そのコンセプトとなるものは次のとおりだ。
●開催した場所は様々あるが、代官山、中目黒、自由が丘と都内でも最新のトレンドが集まる地域を選択。デザイン好きが集まる場所にこちらから出かけて行った。
●カフェのスタッフにはフィンランド政府観光局のスタッフも参加し、デスティネーションの魅力をダイレクトにお客様に伝えることができた。デスティネーションカフェは後発で様々登場したが、本物のスタッフがいないカフェはお客様を満足させられない。
●最初は小さな規模で始める。1年目は既存カフェの店内の家具をフィンランド製に変更し、飲み物数点をフィンランドのものに変更しただけだった。予算は40万円。1回目が成功すれば他産業とのコラボも格段にやりやすくなる。また、始めから大きな規模でトライすると失敗した場合、継続できなくなる。
●広告の考え方を変える。ポスターなどの広告は、デスティネーションとしてのフィンランドの魅力訴求には向いていないと書いたが、「フィンランドカフェ」というイベントの広告をすることでお客様をカフェに誘導して、カフェで魅力訴求をした。
●企画書はコラボ先のメリット優先に丁寧に作り込む。それと、具体的な案件がないのに「今後何かの形で協力しましょう」というコンタクトの仕方もあると思うが、具体案があって会うときには何にどう協力して欲しいか、相手のメリットは何かを具体的に示せなければいけない。
これらは最初から意図したこともあるが、イベントを継続開催する中で気づいたことも多かった。
映画のロケ地協力する際に気を付ける3つの視点
映画「かもめ食堂」は、小林聡美さんの演じる日本人女性がヘルシンキで食堂をオープン。お客様ゼロという状況からスタートして、最終的には常に満席の人気店になるという物語だ。
ロケはヘルシンキにある実際の街のカフェを借りて行った。政府観光局が具体的に協力したこととして、ロケのための宿泊提供やヘルシンキ観光局に依頼し撮影の便宜供与、現地撮影チームの手配が挙げられるが、企画や内容にも様々な形でコラボした。映画ロケ誘致によるシネマプロモーションは日本の地方自治体でも積極的に取り組んでいるところは多いと思うが、フィンランドとしては、下記のことに留意して協力した。
●デスティネーションに必然性のある内容か。これは実は非常に重要で、別に自デスティネーションでなくても良い内容の場合は慎重に考える必要がある。美しい風景は紹介されているが本当はそこである必要がない場合、デスティネーションへのインパクトのない可能性もある。もちろんイメージアップに繋がらないものは論外だ。「かもめ食堂」は群ようこさんの脚本だがヘルシンキで撮影することを前提に書かれており、フィンランドを強く意識していたので、その点は全く心配がなかった。
●映画がヒットしないリスクも覚悟する。企画が持ち上がると舞い上がりそうになるが、シネマプロモーションは映画がヒットした時のみに効果があるリスクも高い手法だ。また、ヒットしない場合は上映スケジュールまで短くなり、期待するような露出に繋がらない可能性がある。幸いにも「かもめ食堂」は上映が延長され、東京以外での上映も決定された。
●できる範囲で事前に台本なども見せてもらってコンテンツにも貢献する。デスティネーションの情報はもちろん、その土地の文化や人々のライフスタイルなども取り入れてもらえると、DMOにとって内容が充実したものになる。例えばフィンランドで人気のベリーやマッシュルームピッキングを象徴するシーンの追加や、ポスターの撮影地を日本人もよく行くヌークシオ国立公園にしてもらったりした。
▲日本人にも人気のヌークシオ国立公園
幸いにも「かもめ食堂」は1年半のロングラン上映、観客数15万人以上のヒット作になり、ロケ地は5年以上にもわたり、人気スポットとなった。それより、シナモンロールが人気になったり、コーヒー文化が紹介されたり、フィンランド人のお人好しぶりが知られたのが長期的にはメリットだった。
そのほかにも、フィンランド政府観光局は白樺からとった甘味料キシリトールを使ったキシリトールガムのプロモーションで、キシリトールの輸入代理店やロッテなどの企業とCM等でコラボもしている。具体的には、CMの出演者の手配やフィンランドでのロケ費用の一部を提供した。CM最後に「キシリトールはロッテです」のセリフが入るが、コラボ開始時には「キシリトールはフィンランド」に変更をお願いした。
デスティネーションプロモーションにおいて異業種とのコラボレーションはますます盛んになってくるだろうし、重要性が増すだろう。ただただ「良いところだから来てください」と言うだけでは消費者はもう振り向かない。ブレないコンセプトと賢い手法が必要とされているのではないだろうか。
株式会社Foresight Marketing CEO/元フィンランド政府観光局日本局長
能登 重好
大手旅行代理店勤務を経て、1993年フィンランド政府観光局にマーケティングマネージャーとして入局、1996年より同日本局長。20年以上にわたりフィンランドのプロモーションに関わっている。2010年に株式会社Foresight Marketingを設立し、現在もVisit Finland (フィンランド政府観光局の現在名)の業務を助けるほか、バルト三国の政府観光局の日本代表、EUによるプロジェクトのマーケットスペシャリストとしてプロモーションの戦略立案、マーケティングにも関わる。