インバウンドコラム

観光の枠を超えて連携、フィンランドのサウナプロモーションから学べること

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約20年前、2001年からフィンランドは自分たちのライフスタイルに根付いた、デザインプロモーションに取り組んできた。そして、ライフスタイルプロモーションの第二弾として2018年から手がけているのが「サウナプロモーション」だ。

近頃、日本では若者を中心にサウナ人気で盛り上がっていることを耳にしたことがある人も多いのではないだろうか。もしくは、「趣味がサウナ」という人に出会ったり、「サウナ好き」という読者の方もいるのではないかと思う。

今回は、フィンランドに根付いた文化であり、日本でも多くの人が親しむ「サウナ」をどのようにプロモーションに活用しているのか、その特徴や取り組みを紹介する。

(提供:Visit Finland)

 

フィンランド文化に根付くサウナをツーリズムアイコンに

サウナは世界で最も良く知られているフィンランド語であり、2000年に遡る歴史を持つフィンランド人のライススタイルである。古くは出産や、一時的には死体の安置などにも利用され、家の中で一番清潔な場所でもあった。現在人口550万人のフィンランドには300万以上のサウナがあると言われている。また、サウナはビジネス上のコミュニケーションにも利用され、大きな企業では社内にサウナを持つ場合もある。外交の手段としてサウナが利用されることもあった。裸の付き合いが立場の違いを超えて人と人との平等なつながりを生み出す、フィンランド文化の源泉だ。まさにフィンランド人にとっては「No Sauna, No life」である。

ところが不思議なことに、サウナがフィンランドのツーリズムの主役になることはなかった。旅行業界対象の研修旅行やプレス対象の取材旅行などで体験する機会はあるものの、サイドディッシュのような扱いが多かった。そこで、日本からの提案を発端に、フィンランド政府観光局(Visit Finland)はローカルキャンペーンとしてサウナプロモーションを開始した。

 

ライフスタイルとしてのサウナが観光コンテンツに作り上げられた理由

前回のデザインプロモーションと同じく、サウナもライフスタイルプロモーションであり、それゆえ共通点も多いが、サウナプロモーションならではの特徴として、以下の4つが挙げられる。

1.フィンランド人のシビックプライドを刺激するコンテンツ

サウナをプロモーションすると提案して喜ばないフィンランド人はいない。オーロラやデザインと違い、自分の一番大切な文化を自慢できるサウナプロモーションは多くの賛同を得ることができた。

2.季節を問わずに楽しめる

季節を問わないのでシーズナリティーの改善が期待できる。前回も説明したが、季節性がなければ旅行客は個々の経済的都合に合わせて旅行時期を選べる。結果として、バジェットトラベラーはローシーズン、経済的余裕があるトラベラーはハイシーズンに旅行することでシーズナリティーの平準化を図れる。

3.フィンランド国内ならどこでも楽しめる

湖畔のコテージはいうに及ばず、フィンランドのホテルを含む宿泊施設ではほぼ100%サウナを楽しめる。これにより首都圏や人気デスティネーション以外にもサウナによる新しいデスティネーションが生まれる可能性がある。

4.競合が少ない

サウナはいくつかの国でも体験できるが、その定着度と今でも生きる伝統という意味でフィンランドは群を抜いている。よって競合するデスティネーションが少ない。

また、非常に重要なのが、サウナは単なる観光ではなく体験ということだ。それも森と湖というフィンランドの自然が背景にある。以前も述べたが、フィンランドには大きな観光アイコンがないので、体験はプロダクトとして大きな役目を果たす可能性を持っている。

Visit FinlandのHPにて様々なタイプのサウナが紹介されている

 

男性をターゲットに、サウナプロモーションの柱となる3つの取り組み

プロモーションを開始する背景に、フィンランドでも公衆サウナが見直され復活の傾向にあったことが挙げられる。加えて、「サウナはおじさんの楽しみ」だった日本でも、ミレニアル世代の一部で、ある種のメディテーション的なリフレッシュ方法として人気が出始めていた。従来フィンランドは女性をターゲットとするプロモーションが多かったが、今回日本マーケットでは初めて男性もターゲットとして設定、その中でフィンランド政府観光局本局に対し、次の3点を柱にプロモーションすることを提案した。

1、サウナアンバサダーによるプロモーション

サウナプロモーションでの一番の特徴は、フィンランドサウナの魅力を日本中に広めるサウナアンバサダー制度を設立したことだ。アンバサダーになるには単にサウナ好きということだけでなく、SNSなどを利用し積極的にサウナを自分の周りにプロモーションし、さらにイベントなども主催できることが要求される。また、アンバサダーに認定された場合はフィンランドの基礎知識セミナーへの参加も求められる。
現在、インフルエンサーやスポーツ選手、地方自治体の首長など、影響力の強い人も多くアンバサダーに認定されており、自身のフィールドを活かしながらフィンランドのサウナ文化を発信し、サウナ好きのコミュニティやネットワークを拡大してくれている。

 

2、100ベストサウナの紹介

プロモーションを開始したのが国交100周年の年だったので、それを記念してフィンランドにある100のサウナをデスティネーションとして選定、日本語ウェブサイトに掲載しプロモーションした。掲載条件は、プライベートサウナであれ公衆サウナであれ、有料無料にかかわらず旅行者が楽しめるサウナであること。理解を得るには時間がかかったが、これを機に日本マーケットに積極的に参入したフィンランドの地域もある。

▲フィンランドのサウナを訪れ、一定数のスタンプを獲得した人に与えられるのが「マスター」の称号だ

 

3、サウナ御朱印帳

サウナを楽しむリピーターを作るため、北欧デザインの御朱印帳を作成し、アンバサダーやイベントを通して拡散を図った。これも新しいトレンドをプロモーションに取り入れる定石だ。先述の100ベストサウナでは御朱印帳にスタンプやサインをもらうことができる。もらうスタンプの数によってサウナグッズなどのプレゼントや、サウナマスターの称号が与えられる。御朱印帳のフィンランド現地での周知やスタンプ作成などの協力は本局が積極的に応援してくれた。

▲サウナの御朱印帳(提供:Visit Finland)

その後、サウナ体験のみというユニークな研修旅行やアンバサダーミーティングなどのイベント、日本のサウナでのプロモーションイベント、JATA主催のツーリズムエキスポでのサウナブースを展示などの取り組みを継続した。コアなファンによるフィンランドのサウナツアーも実現し、これからさらに盛り上げようというタイミングで到来したのが新型コロナウイルス感染症である。

 

サウナファンが集まり、業種の垣根を超えて連携

そろそろ結果が出始めるだろうと思われた時期にパンデミックが来襲したのは非常に残念だったが、その後もサウナ人気は翳りを見せていない。パンデミックにテレビ放映されたサウナを題材にしたドラマがサウナ好きを中心に反響を得て、2021年には第二弾が放映された。また、日本で続々と新しいフィンランドサウナがオープンし、サウナを利用して地域活性化をはかる地方自治体も現れた。もちろん新型コロナウイルス感染症による制限で政府観光局の活動も難しくなり、フィンランドへの日本人旅行者は激減したが、サウナプロモーションは自走を続けている。そこで注目したいのがサウナを取り巻くエコシステムとでも言うべきプレイヤーたちだ。

例えば、フィンランドサウナの日本普及に大きな役割を果たしたサウナ愛好家による組織「フィンランドサウナクラブ」は、フィンランドの伝統的サウナ文化を継承すべく、日本サウナ祭りなどのイベント開催を通じて、その魅力を伝えてきた。また公衆サウナオーナーたちが集まって立ち上げた「日本サウナスパ協会」は、こうしたイベントを後援や会場提供の形でサポートしている。

また、サウナ好きの会社員が集まり、サウナをビジネスシーンに活用しようと2019年4月に組成されたのが「日本サウナ部アライアンス」だ。現在は、大手企業を中心に約100社が加盟しており、ネットワーキングやイベント企画などを中心に幅広く活動している。なお、中心メンバーの多くがサウナアンバサダーでもある。

さらには、サウナ関係の輸入企業、サウナの効能に学術的な裏付けを与えてくれる日本サウナ学会、サウナの情報を拡散するウェブサイトなどもできたほか、日本の宿泊施設でもフィンランドサウナをオープンするところが数多く現れた。日本の公衆サウナにコワーキングスペースを併設したり、飲料メーカーがサウナイベントで飲み物を提供したり、公衆サウナがフィンランドイベントを開催したり、地方自治体がサウナを利用して観光プロモーションを進めるなど、個々の組織やメンバーが「サウナ」を軸に、業種の垣根を超えて協力しあっている。まさに「サウナ」を通じた産業エコシステムが構築されているのだ。

 

異業種の連携を支える横串の存在として、DMOが機能

また、こうした企業連携を横串でつなぐ役割として、フィンランド大使館とビジネスフィンランド(現地企業の日本進出などをサポート)が機能しており、彼らの存在がサウナプロモーションに欠かせない存在となっている。

このような「サウナ」を取り巻く産業エコシステムは、日本のDMOや地方自治体にとっても参考になる例ではないだろうか。
観光にとどまらない地域に根差した「文化」「ライフスタイル」に着目し、業界を超えて多様なプレイヤーを巻き込む。DMOは、彼らの取り組みを横串で支える存在として機能できるのではないか。
こうした産業エコシステムを構築してプロモーションすることには大きな可能性がある。簡単ではないが、まずは小さなところからでも、トライしてみてはいかがだろう。

 

株式会社Foresight Marketing CEO/元フィンランド政府観光局日本局長
能登 重好

大手旅行代理店勤務を経て、1993年フィンランド政府観光局にマーケティングマネージャーとして入局、1996年より同日本局長。20年以上にわたりフィンランドのプロモーションに関わっている。2010年に株式会社Foresight Marketingを設立し、現在もVisit Finland (フィンランド政府観光局の現在名)の業務を助けるほか、バルト三国の政府観光局の日本代表、EUによるプロジェクトのマーケットスペシャリストとしてプロモーションの戦略立案、マーケティングにも関わる。

 

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