インバウンドコラム
世界中のファンを魅了する日本の「漫画」文化。その制作現場を、プロの指導のもとで本格的に体験できるワークショップが、いま訪日外国人の間で人気を集めています。
今回参加したのは、現役のプロ漫画家が直接、漫画の描き方を教えてくれる「Tokyo Manga Drawing Workshop」。漫画家志望の若者から、初心者の旅行者まで、多様な背景を持つ参加者が“本物の技術”に触れる、特別な時間を体験してきました。
本格派の文化体験、少人数でプロから学ぶ漫画ワークショップ
まずは、今回参加したワークショップの基本的な情報を紹介します。
体験内容:現役プロ漫画家による漫画ドローイングワークショップ
所要時間:約2時間30分
料金:20,000円/人
人数:2名から予約可能。最大でも6名程度の少人数制
特徴:参加者のレベルに合わせた個別指導、Gペンやスクリーントーンなどプロ仕様の道具を使用
料金は決して安くありませんが、プロの技術をマンツーマンに近い環境で学べることを考えると、その価値は十分にあると感じました。
当日は私のほかに、アメリカから来た親子が参加していました。中でも娘さんは漫画家を志しており、専門的な質問を次々と投げかける姿から、この体験が持つ「本物志向」の魅力をあらためて実感しました。
2時間30分であなたも漫画家に!体験の流れをレポート
体験は終始和気あいあいとした雰囲気の中で進みました。以下、5つのステップでその流れをご紹介します。
1. キャラクターをリクエスト、自分だけの作品づくりがスタート
自己紹介を終えると、まずは「何を描きたいか」を決めます。参加者はスマートフォンで好きなアニメや漫画のキャラクターを検索。私は初心者なので簡単なキャラクターを選びましたが、アメリカ人の少女は背景まで含めた複雑なイラストをリクエストしていました。
2. レベル別に下書きを提供、初心者も安心の個別対応
描きたいキャラクターを先生に伝えると、その場で下書きを描いてくれます。この時、驚いたのが参加者のレベルに合わせて下書きの細かさを調整してくれる点です。絵が苦手な私には、かなり詳細な線で描き起こしてくれた一方、漫画家志望の少女には、彼女自身が創作の余地を残せるよう、簡単なあたり(骨格)程度の下書きとなっていました。この個別対応が、参加者全員の満足度を高める重要なポイントだと感じました。

▲ゲストのレベルに合わせて下書きしてくれる
3. プロ仕様の道具でペン入れ体験
下書きが完成したら、いよいよGペンを使ってペン入れです。輪郭用の太いペン、目や指先など細かい部分用の細いペンなど、用途に応じて数種類のペンを使い分けます。先生は「髪の毛はこう描くと躍動感が出るよ」「この線は一気に引いた方が綺麗に見える」と、隣で丁寧にアドバイスをくれます。
描きながら先生に質問をすると、どんなことにも気さくに答えてくれました。先生は誰もが知る超有名漫画のアシスタントをされていた経験があり、「あの作品の裏ではこんなことが…」といった、ファンにはたまらない貴重な裏話を聞くことができたのも、この体験の醍醐味でした。

▲鉛筆とGペンを使ってイラストを描く
4. スクリーントーンで仕上げ、一気に”プロ仕様”の完成度に
ペン入れが終わると、最後の仕上げ「スクリーントーン」の作業に入ります。これは、模様や柄が印刷されたシールのようなもので、キャラクターの服の柄や影、背景の効果線などを表現するために使います。カッターで好きな形に切り抜き、イラストに貼り付けていくのですが、これを貼るだけで一気に作品がプロっぽくなるから不思議です。

▲トーンを貼る作業「実は苦手な漫画家も多いんですよ」なんていう面白い裏話も
5. サインを入れて完成、世界にひとつだけの作品が手元に
最後に自分のサインを入れれば、世界に一つだけのオリジナル作品が完成です。もちろん、出来上がった作品は持ち帰ることができます。
体験後には、先生がご自身のオリジナル作品やステッカーを見せてくれ、希望者は購入することも可能です。ここでも面白い発見がありました。先生によると、寿司やラーメンといった日本の有名な和食が描かれたイラストは、外国人観光客に特に人気が高いそうです。漫画という文化体験の中に、さらに「食」という日本の魅力を掛け合わせることで、より付加価値の高いお土産になっているのです。

▲体験を通して先生のファンになり、作品を購入するゲストが多い
“好き”をビジネスに、主催者の想い
このユニークな漫画ワークショップを企画・運営しているのは、インバウンド向け体験を専門に手がけるUNIQUE TRAVEL JAPAN株式会社です。
SNSやツアー業界での豊富な経験をもつメンバーが2024年に立ち上げた新しい企業で、漫画体験の他築地ツアーやバーホッピングなど、外国人観光客に向けた“日本文化の深い体験”を提供しています。そんな同社のCEO安藤直杜さんに、漫画体験誕生の背景や運営のこだわりについて伺いました。
—どのような経緯でこの事業を始めたのですか。
「もともと私は100万フォロワーの観光系Instagramを運営しており、共同運営者は、インバウンド富裕層向けツアー会社での副業経験がありました。共通してインバウンド向けのアクティビティへの関心が高く、そこに互いが好きな『漫画』を掛け合わせたことが出発点です。プロ漫画家の知人にも恵まれ、2024年1月から事業をスタートしました」
—主な参加者層を教えてください。
「アメリカからのお客様が最も多く、次いでヨーロッパ、中東と続きます。特に小中学生のお子さんがいるご家族や、20〜30代のアニメ・漫画ファンの方が多いです。予約はTripadvisorやGetYourGuideといったOTA経由が最も多く、次いでホテルコンシェルジュ、旅行代理店という順です」
—運営側として、特にこだわっているポイントはどこでしょうか。
「現役のプロ漫画家」あるいは、著名な作品のプロアシスタントが直接教えるという“本物”であること、そして、初心者から絵が得意な人まで、参加者に寄り添って伴走することで「クオリティの高い作品を完成させる」という体験価値を届けること。この2点には特にこだわっています。
95%が最高評価、本物”を届ける漫画ワークショップが選ばれる3つの理由
2024年の立ち上げから、わずか1年の間で1000人以上が体験に参加し、95%が最高評価である星5のレビューをつけたそうです。そこまでこの体験が支持される理由はどこにあるのか、実際に体験者としての実感、そして運営者への取材を通して見えてきたのは、「本物」を追求する姿勢と、それを“伝える仕組み”の巧妙さでした。
ここからは、事業者視点で読み解く、この体験が参加者を惹きつける3つの理由を紹介します。
成功要因1:“失われゆく技術”が、唯一無二の体験に
安藤氏が「最大の難しさ」として挙げていたのが、「アナログで描ける現役の漫画家さんがほとんどいないこと」でした。現在はPCやタブレットを使ったデジタル作画が主流のため、Gペンを使いこなし、紙に描く技術は非常に希少になっています。この「失われつつある本物の技術」に直接触れられることこそが、この体験の最大の価値であり、20,000円という料金設定を納得させる要因になっています。
安藤氏も「インバウンド体験の平均単価は12,000〜15,000円程度と認識していますが、それ以上のクオリティと体験価値を提供するため、原価をかけて企画しています」と語っており、価格に見合う「本物」を提供することへの強い意志が伺えます。

▲現在主流となっているデジタル作画も実践しながら見せてくれる
成功要因2:絵が苦手でも綺麗に描ける、レベル別の“達成感設計”
このワークショップの満足度を支えているのが、参加者一人ひとりに寄り添う徹底した「個別対応力」です。私が体験した際も、絵が苦手な私には詳細な下書きを、一方で漫画家志望のアメリカ人の少女には、あえて創作の余地を残した「あたり(骨格)」程度の線画を提供するなど、スキルレベルに応じた見事な対応が見られました。
この点について安藤氏は、「先生が伴走してくれるため、初心者でも圧倒的な作品の完成度になる」ことを工夫しているポイントとして挙げています。「絵が苦手だから」という参加前の不安を払拭し、誰もが最後には達成感とプロ品質の作品を手にできる。この緻密に計算された体験設計こそが、多様な背景を持つインバウンド客全員に「自分だけの特別な体験」と感じさせ、高い評価に繋がる核心的な成功要因と言えるでしょう。
成功要因3:教える側もやりがいに、“漫画家支援型”体験モデル
漫画だけで生計を立てることが簡単ではない漫画家の世界で、このワークショップは安定した副収入源となります。それだけでなく、今回の先生のように著名な方であっても、自身の技術を海外のファンに直接伝え、喜んでもらえることは、創作への大きなモチベーションに繋がるといいます。
一方で、体験の質を担保するための工夫も欠かせません。安藤氏は「講師にはプロとしての技術を存分に発揮してもらいつつも、あくまで主役はお客様であるため、お客様主導の作品になるようバランス調整に気を配っています」と語ります。この繊細な配慮が、参加者の満足度を支えているのです。
マスからニッチへ。今、求められる“深い文化体験”
今回の漫画ワークショップは、「好き」という強い動機を持つ旅行者が、どれだけ深く本格的な体験を求めているかを改めて教えてくれました。
プロの技術を目の当たりにし、目を輝かせる参加者たち。たとえプロを目指していなくても、大好きな漫画が生まれる過程に触れられる喜びは、何物にも代えがたいようです。こうしたファンの真剣な姿は、インバウンド市場が「広く浅い」マス向けの体験から、「狭くても深い」ニッチで専門的な体験へとシフトしていることを象徴しているように感じました。
主催者の「好きなことをビジネスに」という情熱から始まったこの取り組みは、「職人技の継承」という課題を「希少価値」へと転換し、担い手には新たな活躍の場を提供しています。この漫画ワークショップのモデルは、伝統工芸や地方の文化など、日本の様々な分野で応用できる可能性を秘めているのではないでしょうか。今後、このような「本物」を追求した体験が、日本のインバウンド市場をさらに豊かにしていくことは間違いないでしょう。
UNIQUE TRAVEL JAPAN株式会社では漫画体験の他にも訪日外国人向けの体験を提供しているので、ぜひチェックしてみてください。
詳細はこちら。
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