インバウンドコラム

訪日客が惹かれるローカルな大阪 空堀まち歩きツアーに見る「三方よしのガイド術」とは

2026.02.18

山本 紗希

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大阪にある空堀(からほり)というエリアは、ご存じでしょうか。大阪城からほど近く、最寄り駅は地下鉄「谷町六丁目」。にぎやかな繁華街・道頓堀からも徒歩30分ほどとアクセスが良い一方で、観光地化されていない落ち着いた雰囲気が魅力の町です。

戦災を免れた町屋が残るそのレトロな町には、細い路地や坂道も多く、日本の昔ながらの景色を楽しむことができます。

この空堀にある高校へ通っていた筆者は、町や商店街には馴染みがありますが、「このローカルな下町でどんな案内をしているのだろう」と興味を持ち、この地で開催されているツアー「Nostalgic Osaka walk, different from Dotonbori」に参加してきました。

 

空堀に住んで33年、外国人の友人を案内することから始まったツアー

大阪・空堀(からほり)で開催される「Nostalgic Osaka walk, different from Dotonbori」は、ガイドブックには載っていない路地裏や昔ながらの商店、地元ならではの日常風景を歩きながら体験するツアーです。

開催は火曜・木曜の週2回、1日2回(午前10時~12時、午後16時半~18時半)。ツアー料金は、年間を通して5500円(税込)で提供しています。

このツアーを案内するのは、空堀に33年暮らしているガイドのちえこさん。現在は大阪で事務職をしていますが、以前は外資系企業で働いていました。企業でバリバリ働いていた時代の海外の友人が世界各地にいて、大阪を訪れた際は、空堀へ案内していました。案内した友人たちはとても喜んでくれたそうで、「もっとたくさんの人に私の好きな町を知ってもらいたい」と思い、このツアーを始めることにしたそうです。

本当は空堀以外にも、もっといろいろな地域でツアーをしたいそうですが、時間が限られるなか「空堀に住み、店の人と仲良しの私だからできるツアー」とちえこさんは話します。

彼女はガイド専業ではなく、事務職とのダブルワークをしています。 13時~16時は事務の仕事があるため、それ以外の時間を活用してツアーを続けているそうです。

空堀を案内するガイドのちえこさん

 

「来てほしい人」に届くタイトル設計 空堀ツアーが選ばれる理由

ちえこさんは、同じコースを英語ツアーと韓国語ツアーの2言語で開催しています。

英語ツアーでは、タイトルの「different from Dotonbori」が気になって申し込まれる方が多いそうです。なかには、80代ぐらいの参加者もいて、その多くは日系2世、3世の方々で「死ぬまでに親が過ごした日本を見ておきたい」と話されるそう。こうした方々には、「Nostalgic Osaka walk」というタイトルが強く響いているようです。こちらのツアーは、彼女が「来てほしい」と思う方々に、的確に届くタイトルになっていると感じました。

実は韓国語のほうが得意という彼女の韓国語ツアーは、家族連れの参加が目立ちます。その理由は、韓国語で開催されるツアーがほとんど存在しないからだそう。「大人は英語でもある程度理解ができるけど、子どもにとっては英語は難しいからね」と話していました。

 

ガイドと歩くから見える、空堀の町家と路地裏の秘密

ツアーの集合場所は、谷町六丁目駅の3番出口の階段をあがったところです。まずは、地図をみて、今日歩くエリアを一緒に確認。「大阪城はわかる?昔はこの辺まで大阪城の敷地やったんよ」と地図を見ながら教えてもらいます。

空堀の地図▲地図を見せながら空堀エリアの特徴を説明してくれる

空堀は、道頓堀から徒歩25〜30分ほどの距離にあります。にぎやかな観光地からすぐの場所にありますが、一歩路地に入ると静かな雰囲気です。町家によっては入口付近を見ることができるため、畳がある日本の昔ながらの家を知ることができます。

途中で立ち寄るのは、この地域で最も古いと言われる町家。「すごい、屋根が傾いてる!」と盛り上がります。外観を見て「焼肉のお店なのかな」と思ったのですが、「お肉はもちろん美味しいけど、釜戸で炊いたご飯がおいしいお店」と教えてもらいました。

午前・午後いずれのツアーも、終わる頃にはちょうどお食事時なので、歩きながらちえこさんおすすめの路地裏のお店を教えてもらえるのはワクワクします。

地域で1番古いといわれている町家▲地域で1番古いといわれている町家

「空堀っていう名前は、大阪城の”空のお堀”からきてる」と、実際にお堀だっただろう場所を歩きながら教えてくれます。この辺りは、お城の一番外側の堀にあたる部分で、お水が当時から張られていなかったそう。「堀の中にまで家を建てなければいけないぐらい、大阪には人がたくさん住んでいる」と、大阪らしく笑いもとりながら進みます。

大阪城の”空堀”を歩きます▲坂道を下り、大阪城の”空堀”を歩きます

 

町を歩きながら心の距離も縮まる 会話が生まれるツアーの空気感

ちえこさんは、聞き上手で案内するだけでなく、歩きながら参加者からいろいろな話を聞くことも、ガイドとしての楽しみだそう。例えば「この町家は建てられてから100年以上たってるよ」と話をすると、「いやいや、僕の住んでいるイタリアでは400年以上の家が普通だよ」などと返ってきて、会話が盛り上がるそう。

また、今ではあまり見かけなくなった二宮金次郎の像の前では、「昔は小学校にあった像で、この奥の建物は今は高齢者向けの施設になっている」と説明しながら、日本の出生率の低さについても触れます。そこから各国の少子化や高齢化の話に繋がっていくこともあるといいます。

二宮金次郎像の前

聞き上手であること、そして、参加者への質問を上手に交えながら進めることで、参加者との距離が縮まるだけでなく、参加者同士も仲良くなっていました。

 

敷居が高いお店もガイドと一緒なら入れる

このツアーの魅力のひとつは、地域に精通したガイドに案内してもらえるからこそ入れるお店を訪ね、地元の人と直接ふれあえることです。

訪れるお店は、曜日や時間帯によって異なるそうですが、今回のツアーでは、井上製畳所、鰹節専門店丸与など、「ちょっと敷居が高いかも」というお店も巡りました。

井上製畳所では、畳のサイズや値段を教えてもらいながら、「畳の匂いってこんな感じ」とイグサの匂いをかがせてもらいます。こちらのお店は畳を使ったさまざまな製品を販売しているので、ちょっとしたお土産にもぴったり。手軽な値段で買えるので、ついつい手が伸びてしまいます。

イグサの匂いを嗅ぐことができる▲イグサの香りを嗅ぐことができます

私たちが訪れた時には、パスポートカバーを作っていました。「ブックカバーは国によってサイズが違うから、パスポートカバーがいいかと思って」と、ちえこさんのアイデアから生まれた商品でした。

ちえこさんのアイデアでできたパスポートカバー▲アイデアが形となったパスポートカバー

また、「お店の方とお喋りすることで、参加者の方に地元の方と触れ合う想い出を提供できればいいな」と彼女は話していました。畳屋さんでお喋りするなんて、日本人でもなかなかありません。私にとっても貴重な体験になりました。

 

魚屋も豆腐屋も“地元の日常”が旅になる 空堀でローカル体験を楽しむ

ツアーが進むにつれて、この辺りには詳しい私でも、いったいどこを歩いているのか全くわからなくなってきますが、これこそがガイドツアーの醍醐味です。次はどこへ向かうのだろうとワクワクします。

谷町六丁目からあちこち路地を歩きながら、空堀商店街を松屋町筋方面に向かって下ります。基本的には下り道なので、距離はしっかり歩くものの、疲れにくく、参加者にとってもありがたいコースです。

空堀の街並み

参加者によっては商店街の魅力的な食べ物に惹かれ、食べ歩きツアーになることもあるそう。「割り箸とウェットティッシュはいつも持っている」と話していました。魅力的な食べ物といっても、お魚屋さん、お豆腐屋さんなど、地元の方々が日常的に買い物する商店ばかりです。でも、このツアーに参加する方々は、そんなローカルな体験をこそ、求めてやってくるのだろうなと感じました。

いくつかの町屋で雑貨屋さんなどをみながら、最後は商店街のメイン通りで終了。ツアー後は、案内の途中に紹介されたお店に戻り、買い物や食事を楽しむ参加者が多いそうです。

 

「三方よし」を大切にした、まち歩きツアー運営のヒント

ちえこさんは「三方よしが大事」と話しており、「参加者が喜んでくれること」、「お店にちょっとでもプラスになること」を常に意識していました。地域に根差したツアーならではの視点や配慮が、随所に表れています。

1.地域の方々から教えてもらって日々アップデートするツアー
路地裏を巡るツアーの楽しみのひとつが写真撮影。ちえこさんがツアー中に「ここは撮影していいよ」「ここは静かに歩いて」など声をかけます。

避けた方がいい場所や、静かにしたほうがいい場所などの情報は、地域のお店の方々にも教えてもらいながら、その都度内容をアップデートし続けているそうです。こうした地元との連携が、参加者の安心感にもつながっているように感じました。

2.「私と一緒だから見られる」を伝える
ツアー中にガイドから参加者に声かけていた「私と一緒やから見られるんだよ」という一言が印象に残りました。観光客の方々が大勢押し寄せると困る場所でのツアーの場合「あなたたちだけで来ても見られないよ」と丁寧に伝えることで、参加者たちがその価値を理解し、「ここはガイドツアーがいいよ」と広めてくれるかもしれません。

オーバーツーリズムが問題視される今だからこそ、ローカルな場所を案内する際には、地域への配慮と参加者へ伝える言葉選びに注意したいと改めて感じました。

3.ツアーが日本の習慣を知るきっかけに
ツアー中にみた町屋については、「伝統的な日本の都市型ハウス」という言い方をしていました。特徴のひとつとして、「壁が薄いこと」を伝え、「昔からこういう家で暮らしていたから、日本人は電車の中でも静かにするのかもしれないね」と自然な流れで日本の文化を伝えていました。

ただ、「静かに」といわれるよりは、こうした背景を知ることで納得感が生まれ、ツアー中に住宅街を歩く際も「静かにしよう」という気持ちになります。

柱にある穴をみて、壁が薄いということがわかる場所もみせてもらいます▲柱にある穴をみて、壁が薄いということがわかる場所もみせてもらいます

彼女のツアーを通して、「三方よし」の考え方の大切さを改めて感じただけでなく、ガイドは専業でなくともダブルワークでも十分に成り立つということを感じました。また、「自分もやってみよう」と思えるような、一歩を踏み出す勇気がもらえるツアーでした。

ツアー詳細はこちら(英語韓国語

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