インバウンドコラム

「最果て」から始まる可能性、与那国島で見つけた観光の原点と未来

2025.06.26

村山 慶輔

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沖縄本島からさらに約500km、日本最西端の地・与那国島。訪れたのは、「まだ観光地化していない、だからこそ面白い」という一言がきっかけでした。

自然と共生しながら観光を展開する株式会社むんぶの実践や、島の人々との出会いを通じて見えてきたのは、「日帰り」から「滞在」へのシフト、そして“人を介した体験”の価値。

最果ての地に広がる“結び”の可能性を紐解きながら、観光の原点と未来を探る旅の記録です。

日本最西端にある、自然と暮らしが息づく与那国島
▲日本最西端にある、自然と暮らしが息づく与那国島

 

「まだ観光地化していない」日本最西端の島にあった、旅の原風景

沖縄本島からさらに約500km、台湾まで約110kmという距離にある日本最西端の島、与那国島。人口はおよそ1600人です。訪問のきっかけは、かつて大手旅行会社に勤め、現在は島の観光を陰で支える大先輩のひとことでした。「まだ観光地化していない、だからこそ面白い」そんな言葉に背中を押され、最果ての地に足を運ぶこととなりました。

石垣空港からプロペラ機で揺られること約30分。空港を出ると、まばゆい光と透明度の高い青い海、そして島の人々の温かさに包まれました。そこには、観光の喧騒とは無縁の、観光の“原点”とも言える風景と人々の暮らしがありました。

 

離島の挑戦に見る、観光の持続可能な形、むんぶの実践

島内には、自然体験やマリンスポーツを提供する事業者が少しずつ増えてきていますが、宿泊・飲食・交通などを一体的に担う事業者は、今のところ株式会社むんぶだけといってよいでしょう。社名には「結ぶ」という意味が込められており、人と人、地域と外部、さまざまな関係を橋渡しすることを理念としています。

むんぶは、SUPやシュノーケリング、ナイトツアーといった自然体験から、宿泊、飲食、レンタカーまでをトータルに提供。さらに、環境保全活動や地域教育との連携、スタッフの安全資格取得など、観光を基盤にした持続可能な地域づくりにも力を入れています。

特に印象的だったのは、スタッフの対応力です。訪問者との関係性を重視するだけでなく、地元とのつながりも深く、地域全体に一体感をもたらしているように感じました。

 

「日帰り」から「滞在」へ、観光の質を変える時間の使い方

与那国島は、石垣島や西表島からのツアーに組み込まれることも増えているようですが、現状では日帰り観光が主流です。飛行機は1日5便、各便40名程度の小型機で運行されており、島民の移動もある中で、観光目的での座席確保には限りがあります。

こうした制約は一見ハードルに見えるかもしれませんが、実は観光の質を見直す好機でもあります。アクセスに限りがあるからこそ、短時間の消費型ではなく、滞在を前提とした深い体験型の観光へとシフトする余地があるのです。

むんぶが提供するユニット型客室
▲むんぶが提供するユニット型客室。離島でも快適に過ごせる空間づくりがなされている

たとえば、むんぶが整備したユニット型の宿泊施設は、本土から輸送されたコンパクトで快適な空間で、メインの客室にはトイレとシャワールームが完備されており、離島でも安心して滞在できる環境が整えられています。夜にはジャングルナイトツアーで巨大ヤシガニに出会い、翌朝には海底遺跡への出船ツアーへ。これらは、宿泊しないと体験できない価値であり、そこにこそ与那国島の観光資源としての強みがあります。こうした一連の流れが「旅の物語」を構成し、滞在の価値を大きく高めているのです。

夜の冒険で出会うヤシガニ▲夜の冒険で出会うヤシガニ。与那国の自然の奥深さを体感

さらに、与那国島は「日本最後の夕日」と「日本最遅の初日の出」が見られる特別な場所でもあります。最果ての地で迎える一日の終わりと始まりは、言葉では言い表せない感動を与えてくれます。

 

観光のコアは“誰とつながるか”

今回の訪問では、株式会社むんぶの藤原さんをはじめ、スタッフの方々が案内役を務めてくれました。地域に根ざし、日々島の人々と深く関わる彼らの存在が、与那国島の魅力を立体的に伝えてくれたのです。

その案内の中で出会ったのが、与那国海塩有限会社の杉本社長でした。彼の語る自然と真摯に向き合う塩づくりや、それにまつわるエピソードの数々が、島での時間を特別なものにしてくれました。また、むんぶが運営する「むんぶてらす」では、この海塩を使った料理をはじめ、島の食材を活かしたメニューが提供されており、食を通じて地域の魅力を味わうことができます。私自身もこの塩をたっぷり購入し、東京では「与那国の塩」として周囲に語り広めるネタにもなっています。

与那国海塩の杉本社長とともに▲与那国海塩の杉本社長とともに。塩づくりへの想いを語ってくれた

また、案内を通じて訪れたクバ民具作りの現場や、地域の記憶が宿る「ドクターコトー診療所」跡地も非常に印象的でした。筆者自身、ドラマを昔に見たことがあり、島の風景の中に懐かしさを感じる場面が多々ありました。東京に戻ってから再びドラマを見返し、改めて与那国に行きたくなる衝動に駆られました。

ドクターコトー診療所跡地にて▲記憶の風景が広がる、ドクターコトー診療所跡地にて

与那国島のような距離と個性のある場所では、“誰に案内されるか”が旅の印象を大きく左右します。人を介した接点が、体験をより豊かなものに変えていく ─ これは、関係性の観光の本質とも言えるでしょう。

 

与那国島に広がる“結び”の可能性

与那国島は、まだ観光の完成形にはありません。だからこそ、今後の展開次第で多様な可能性が広がる場所です。宿泊施設の開発支援やアクセスの改善、地域教育との連携など、行政や民間による多角的な連携が今後の鍵を握ります。

また、他の離島との周遊ルートの開発や、企業研修・教育旅行といった高付加価値ツアーの造成を通じて、新たな連携の形も模索できるはずです。与那国島が持つ「結び」の力を生かし、島と訪問者、そして他地域との新たな関係が育まれていくことが期待されます。

 

「すみっこ」にこそ、日本の真価がある

与那国島には、観光の“原点”とも言える素朴な魅力と、人と人との“結び”が息づいています。派手な観光資源がなくとも、ここで過ごす時間は、訪れる人の価値観を変える力を持っています。

最果てにあるのは、終わりではなく始まり ─ この島の未来を「誰と、どう結ぶか」。次の一歩を踏み出すのは、読者であるあなたかもしれません。

日本最西端・与那国島の西崎(いりざき)から眺める、「日本最後の夕日」▲日本最西端・与那国島の西崎(いりざき)から眺める、「日本最後の夕日」

 

著者プロフィール:

株式会社やまとごころ 代表取締役 村山慶輔

兵庫県神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。アクセンチュア株式会社を経て、2007年に国内最大級のインバウンド観光情報サイト「やまとごころ.jp」を立ち上げ、観光事業者・自治体向けに各種サービスなどを提供。内閣府観光戦略実行推進有識者会議メンバーほか、国や地域の観光政策に携わる。国内外のメディアへ多数出演。近著の『小さな会社のインバウンド売上倍増計画 』(日本経済新聞出版)をはじめ累計10冊出版。

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