インバウンドコラム
訪日旅行者の急増で注目される東南アジアのタイでは、いま何が起きているのでしょうか。8月中旬、現地の事情を探るべく、タイのトラベルフェア(Thai International Travel Fair #13)を視察してきました。今回はその報告です。
8月中旬、タイのトラベルフェア(Thai International Travel Fair #13)に行ってきました。日程は、8月15日(木)~18日(日)。会場はバンコクのシリキット国際会議場(Queen Sirikit National Convention Center)です。
TITF(ただし、サイトの内容はすでに来年春の告知に更新)http://www.titf-ttaa.com/
タイのトラベルフェアは毎年2月と8月の年2回、開かれます。タイの旅行シーズンは4月のソンクラーン(旧正月)と10月のスクールホリデー(夏休み。タイでは10月がいちばん暑い!)なので、それを当て込んで2ヵ月前に催されるのです。
出展会場がそのまま旅行商品の一大即売会となるのが、タイのトラベルフェアの特徴です。単に観光局や旅行関連の展示ブースが並ぶだけでなく、航空券やホテルの宿泊券、パッケージツアーなどが特別価格で販売されるのです。当然会場は、この機を逃すまいと足を運ぶ一般客の姿であふれることになります。これは日本や中国のトラベルマートと大きく違うところです。
9月下旬現在、来場者数は集計中ということで発表されていませんが、参考までに昨年8月の同旅行フェアの主催者発表を挙げると、30万人だそうです。総売上も集計中ですが、昨年は3億バーツ(約9.3億円 1バーツ=3.1円)でした。
総出展ブース数もまだですが(昨年8月は597ブース)、今年2月の来場者は約80万人、売上も30億円規模でした。このことからタイのトラベルフェアは2月がメインで、8月はサブ的な位置付けであることがわかります。
会場から見えてくるタイ人の海外旅行の現在形
では、会場を眺めていきましょう。
会場は各国の政府観光局、エアライン、ホテルといった展示が中心のブースと、旅行会社の展示即売、旅行グッズやガイドブックなどの物販ブースに分かれています。
「NTO(国家観光局)ゾーン」には、今回出展した中国や台湾、マレーシア、フィリピン、インドネシア、日本などのブースが並んでいました。珍しいところでは、ブータンのブースもありました。レンタカーやアウトドア関連の物販、クレジットカードの入会受付など、旅行にまつわるあらゆる商品のブースもあります。これらを眺めているだけでも、タイ人の海外旅行シーンの現在形が見えてきます。
旅行会社の展示即売ブースでは、各社ともパネルにツアー料金のリストを大きく貼り出し、チラシやパンフレットを大量に用意してその場に特設カウンターを設け、ツアーを販売しています。来場客はいくつもの会社をめぐり、ツアー商品の中身と料金を見比べ、これぞと思うツアーを見つけると、その場で予約申し込みをします。なぜなら、前述したように、各社はこの会期中限定のスペシャル料金で売上を競い合っているからです。
特設ステージも設置されていて、常時各国のプロモーションイベントやショーが繰り広げられています。タイのトラベルフェアにはお国柄がよく表れていて、お祭りのような楽しさにあふれていました。
※TITF会場の出展ブースの様子については、中村の個人blog「8月中旬、タイのトラベルフェアに行ってきました(TITF報告その1)」http://inbound.exblog.jp/21133903/を参照。
圧倒的に盛況だったジャパンゾーン
今回のタイのトラベルフェア(TITF)で最もにぎわいを見せていたのは、ジャパンゾーン(日本の出展ブース)だったといっていいと思います。実際、他国のブースと比べても、日本は出展数が多く規模が大きいというだけでなく、力の入れよう、やる気がまるで違っているように見えました。日本の関係者の皆さんはいつも通りの生真面目さで、日本観光のPRにいそしんでおられました。それはまさに日本の独壇場といった光景でした。
ではジャパンゾーンを見ていきましょう。まず、ジャパンゾーンを束ねている日本政府観光局(JNTO)の「VJブース」です。ここには、来場客からの日本旅行に関する質問に答えるためにタイ人のスタッフが常駐しています。
今回ジャパンゾーンには、日本から24団体が参加しています。タイ人が最近急増している北海道。「昇龍道」というゴールデンルートに代わる特設ルートを設定し、広域連携する中部や北陸。タイ人誘客を模索している九州、沖縄などが、目を引きました。
さらに、ジャパンゾーンとは別の場所で、H.I.SとJTBのバンコク支店がツアー販売を行っていました。彼らは地元の旅行会社と競合しながら、日々タイで営業を行っている現地法人です。
さて、TITFでは別会場で商談会やビジネスセミナーが行われます。今回日本側が強くアピールしたかったのは、8月16日の午後に行われた在タイ日本国大使館による査証免除に関するプレゼンテーションでした。今年7月1日よりタイ人に対する観光ビザの免除が実施されたことに対する広報PRが目的です。
JNTOバンコク事務所によると、「今回は8月のTITFとして日本から過去最大の出展数(24団体)となりました。タイ人にとって日本は憧れの国です。ですからビザ免除は、現地メディアでも大きく報道されました。タイの人たちは、今回の決定で自分たちは日本に認められたのだと喜んでいます」とのことです。
同事務所がまとめた「TITF速報」によると、訪問地に関する来場客の問い合わせは、東京~大阪ゴールデンルートに含まれるエリアが最も多かったものの、これに北海道、高山・白川郷が続いたこと。また、これまで問い合わせの少なかった中国・四国地方などに関する質問も寄せられ、FITを中心としてタイ人の興味が全国に拡大していることが実感されたこと。旅行内容については、10月をターゲット時期とする旅行フェアのため、紅葉に関する質問が相次いだこと。鉄道パスやレンタカー等の移動手段やWiFi等の携帯利用に関する質問、温泉や食・レストランに関するものが多かったそうです。
これらの報告を見る限り、タイの訪日客はずいぶん成熟していることを実感します。質問内容からも、彼らが個人旅行の意欲にあふれていることもうかがえます。この夏実施された観光ビザ免除は、両国にとってきわめて好タイミングだったといっていいのでしょう。
JNTO関係者によると、来年2月のTITFの日本からの出展団体はさらに増えるだろうと予測しています。
※ジャパンゾーンの様子については、中村の個人blog「圧倒的なにぎわいを見せたジャパンゾーン。その理由は?(TITF報告その2)」http://inbound.exblog.jp/21135593/を参照。
FIT仕様に進化するタイの日本旅行案内書
会場内には、旅行関連商品を扱う物販ゾーンもあり、タイ語の旅行ガイドブックが多数販売されていました。
正直なところ、タイで個人旅行のためのガイドブックがこれほど充実しているとは思っていませんでした。ぼくは中国の旅行書籍の事情にかなり精通していますが、実用書としての出来栄えを見る限り、明らかにタイは中国より進んでいます。誌面を通じて実際に日本を旅行している「タイ人読者=個人旅行者」の存在をうかがわせる企画内容や、実用に則したさまざまな編集的な仕掛けや工夫が見られるからです。これだけの書籍が存在する以上、成熟した旅行者がこの国には存在している。そう確信するに至りました。
なかでも印象的だったのが、タイ人女性カメラマンのBAS(バス:ペンネーム、オラウィン・メーピルン:本名)さんの書いた旅行ガイドブック『ひとりでも行ける日本の旅』です。
このガイドブックは日本全国31か所の観光地について、アクセス情報も含めて、詳しく説明しています。同書の特徴は、東京や大阪などの主要都市から離れた日本語の標記しかない地方の観光地についても、地名標記の写真を掲載したうえ、タイ語に翻訳して説明してあるなど、日本語ができないタイ人でも、ひとりで日本旅行できるよう工夫を凝らさています。女の子らしいイラストも豊富に使われていて、楽しく読みやすいデザインになっています。タイの日本旅行案内書が、FIT仕様に進化していることがわかります。
実は、この本は今年2月に在タイ日本国大使公邸で開催された“Reception for Japan-bound Tourism Promotion”において、訪日旅行の促進に貢献した旅行ガイドブックとして「Japan Tourism Award in Thailand」を受賞しています。
※TITF会場で見つけた豊富な日本旅行案内書の世界については、中村の個人blog「タイで発行される日本旅行ガイドブックはよくできている(TITF報告その3)」http://inbound.exblog.jp/21137932/を参照。
なぜ日本ブースはにぎわったのか
それにしても、今回のトラベルフェアでは、なぜジャパンゾーン(日本の出展ブース)がにぎわいを見せることができたのでしょうか。あらためて考えてみたいと思います。
まず考えられるのは、今年が「日本アセアン友好協力40周年」で、「(アセアン客)訪日100万人プラン」という観光庁の明快な目標が掲げられていたことがあるでしょう。それに加え、会場で会った多くの関係者から共通して聞かれたのは「円安とビザ緩和に対する期待の高さが主な理由だろう」という声でした。
もっともこんな声もありました。ローカルブースに出展していたあるタイ在住の日本関係者は、はっきりこう言います。「こんなに日本からの出展が増えたのは、中国問題にある。中国で痛い目に遭ったから、タイしかないというムードになったにすぎないのでは」。
日タイ関係を長く見てきた現地邦人たちは今回のジャパンブース盛況の理由を意外に冷静に見ているようです。確かに、日本側がこれほど積極的だったのは、昨年以降、中国に対する嫌厭感からにわかに進んだ日本経済の東南アジアシフトの機運と同調しているように思われます。そして、彼はこう付け加えました。
「今後、日本の皆さんが期待するほどのタイの訪日旅行マーケットの爆発が起こるとは限らない。それは事前に了解しておいてほしいと思います」。
タイはここ数年、目覚ましい経済成長を遂げています。少なくともバンコクにいて、巨大なショッピングモールに繰り出すタイ人たちの旺盛な消費力を目にしていると、この国に多くの海外旅行者が現れても、なんら不思議ではないと感じたことは確かです。
バンコク中心部にある高級ショッピングモール「サイアム・パラゴン」。そこには海外のブランド店やハイソなレストラン、食材店などが入店している
タイではここ数年、政変や洪水など、経済成長にブレーキをかける事態が頻発しました。それでも、現地関係者によると「タイの海外旅行市場は、2011年後半(10月末から12月前半)の大洪水の影響で12年度前半は落ち込みが見られました。しかし、後半は持ち直し、最終的には12年全体の統計で、タイ人の海外旅行者数は前年度比6%増の572万人になりました」とのことです。
タイの海外旅行者数は、2012年時点で572万人という規模です(しかも、数では国境を接したマレーシアなどが上位を占めます)。そのうち、訪日したのは26万人。たとえば、同じ年の中国の海外出国者数は8300万人で、訪日は140万人。確かに、インバウンド振興において重要なのは市場規模がすべてではありません。むしろ市場の分散の必要こそが、昨年の教訓です。しかし、市場規模の違いは歴然としています。タイの人口は約6600万人ですが、広東省の人口だけで約9000万人いるのです。
その点について、別の在留邦人はこう指摘しています。「タイを訪れる日本人は1990年代に入り急増しましたが、2000年代に一時停滞しました。それでもここ数年の東南アジア経済の成長で持ち直し、最近はだいたい年間120~30万人で落ち着いています。
つまり、渡航者数には頭打ちとなる時期があるのです。では、訪日タイ人数の落ち着きどころはどのくらいか? こればかりは誰にもわかりませんが、私はだいたい50万人くらいではないか、と考えています。根拠があるわけではないですが、タイの人口や経済規模からいって、そのくらいに見積もるのが妥当という考えです」
タイの訪日旅行市場の伸び率は現状では高く見えるけれど、伸びしろは限りがあるのではないか。
昨年、中国問題で傷ついた日本の関係者の多くは、あらゆる面で好意的なムードと環境に恵まれたタイに来て癒されたのではないか、と思います。実は、ぼく自身まったくそうでした。その気持ちはわかるけれど、ムードだけで大挙して押し寄せても、どれだけの成果を得られるか、冷静に検討する必要があるだろう、という現地の声もあるのです。
食のプロモーションで連動しよう
タイで富裕層向け訪日旅行のフリーペーパー『The Cue Japan』(https://www.
facebook.com/pages/The-Cue-Japan/232035476859567)を発行するO2 Asia Travel Design Co.,Ltd.の吉川歩代表取締役社長は、こう分析しています。
「タイの訪日旅行市場の規模を考えるポイントはふたつあります。まず、すでにいるリピーターがあと何回日本に来てくれるか? そして、初めて来日するタイ人旅行者があとどれだけ残っているか?」
我々日本側が新しく“発見”したと思っていたタイという優良な訪日旅行市場も、現地の感覚ではすでにかなり成熟しているというのです。こうした現地側の客観認識をふまえ、これからタイ市場に対して何をすべきなのか。吉川さんはこう提言します。
「まず大事なのは、リピートできる都市を増やすことでしょう。現在、東京、大阪、札幌などがそれに当たると思いますが、もっと候補がないとリピーターを増やすことはできません。では、タイ人が1回しか訪れてくれない都市と何度もリピートしてくれる都市との違いは何か。それは食にあると思います」
タイ人の日本食好きについては、本コラムでもこれまで何度か紹介してきましたが、やはり誘致のカギは食にあるというのです。
「タイ人の訪日誘致は観光だけでは十分ではないと思います。地元の食の魅力をいかに印象的に打ち出せるかが、知名度を上げることにつながります。おいしいものを食べてみたいという動機だけで、その土地に訪れたいと思うのがタイ人です。もっとそれぞれの地域が地元の食を前面に出してアピールすべきです。
そのためには、今回のトラベルフェアのような場でも、観光PRだけでなく、食のプロモーションと連動させるべきではないでしょうか」
実は、『DACO』(http://www.daco.co.th)という日本人の発行するタイ人向け情報誌の8月号に、茨城県の食の物産展の広告が載っていました。そこには、いかにもタイ人が好きそうなイチゴやメロンなどのフルーツや地元特産品が写真入りで紹介されていました。
バンコクではこうした日本の自治体の物産展がよくあるそうですが、残念ながら同県はTITFには出展していませんでした。
つまり吉川さんは、こうした食の物産展と観光誘致を連動させてPRすることが知名度を上げることにつながる。それがタイの訪日旅行市場の開拓にとって重要だというのです。これはすべての国で当てはまる手法ではないかもしれませんが、少なくともタイでは有効なのです。とても貴重な提言だと思います。
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