インバウンドコラム

30回 クールな上海の消費者にいかに日本をアピールすべいか?(上海WTF2014報告)

2014.06.25

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日本政府観光局(JNTO)の6月18日付けプレスリリースによると、2014年5月の訪日外客数は109万7200人。44年ぶりに出国日本人数を訪日外国人数が上回った4月に続く過去2番目の記録となりました。1~5月までの累計もすでに500万人を突破し、過去最高ペースで推移しています。市場別では、中国が第3位(1位は台湾、2位韓国)で前年同月比でなんと103.3%増の16万5800人。昨年9月から9ヵ月連続で各月の過去最高を記録するという勢いだそうです。

これだけ日中関係が悪化し、南シナ海でも紛争が起こるという政治的な異常事態が続くなか、中国客が日本に押し寄せているという状況を、私たちはどう受けとめればいいのでしょうか。中国の海外旅行市場で今何が起きているのか。もっと知る必要があるでしょう。

訪日中国客の最大の送出地は上海です。2014年5月9日~11日に開かれた上海旅游博覧会(WTF2014)に行ってきました。今回は、その視察を通じて中国の海外旅行市場の最近のトレンドを報告します。

 

 

 

会場は市内中心部・静安寺にある上海展覧中心

 

上海でも始まったツアー即売会

今回のWTFは、上海市旅游局が主催する16回目の旅行博覧会で、海外旅行市場も含めた博覧会としては11回目になります。

上海では毎年5月にWTFが開催されますが、2年に1度、11月に中国国際旅游産業博覧会(CITM)も開催され、今年の秋はCITMがあります。後者は中国国家旅游局が主催するイベントで、浦東の新国際博覧中心が会場です。国家旅游局主催のイベントだけに、全国から業界関係者が集まるぶん、規模的には後者がはるかに大きいですが、逆にいえば、WTFはローカルなイベントだけに、上海の旅行マーケットの現状が見えやすいともいえます。

では、会場に入ってみましょう。

正面入り口すぐ前の向かって左手に陣取るのは、韓国観光公社のブースです。この博覧会で最も良いポジション取りはここ数年、韓国の定位置となっているそうです。おなじみの韓流イメージを総動員させたプロモーションです。

 

 

 

 

韓国の出展ブース

 

中韓関係の蜜月化が訪韓中国人観光客を激増させています。現地メディアの新華網も「中国の旅行会社は引き続き韓国への大規模な送客計画を執行する」と報じているようですから、これは既定路線というわけです。中国ではいかに政治が観光と直結しているか、よくわかります。

我国旅行社继续执行大规模向韩国“送客计划”(新華網2014年4月6日) http://finance.china.com.cn/roll/20140406/2314165.shtml

海外からは他にも、タイやバンコク市、フィリピン(中国との関係悪化はここでは関係なしか)、マカオなどのアジア各国・地域、欧州方面ではスイスやエジプトなどが出展していました。

昨年、大盛況だったタイのバンコクや台北での旅行博(24回、25回参照)を見てきたせいか、それらと比較すると、上海のWTFは少し地味に見えなくもありません。以下は公式データです。

出展者数:50の国と地域より570団体が出展(合同出展含む)
出展面積:約15000㎡(前回比16.5%増)※販売エリアの面積は前年比24%増
業界関連来場者(業界エリア来場者数):のべ7948人
一般来場者(一般エリア来場者数):のべ約3万8300人※業界エリア入場者の重複カウントはせず
旅行商品他の現場販売金額:約1801.6万元(前年比33.7%増)

実際、海外からの出展者数は以前ほど多くはないようです。会場には中高年が多く、若い世代の比率はそれほど高くないと感じました。こうしたこともあってか、数年前からWTFでも、タイや台湾と同じように、会場での旅行商品の即売会を始めています。上海の大手旅行会社が、会期中限定の割引商品の販売を行っていました。

日本ツアーの即売も多数見つかりました。「立減(値引き)」が強調されています

 

上海の海外旅行市場の大衆化を象徴するクルーズ人気

なかでも目立ったのが、クルーズの販売です。昨年さっぱり姿を見せなかった上海発クルーズ船も、今年は福岡などを中心に九州各地を寄港しています。

これは6月30日発サファイア・プリンセス号のセールスボードです。済州島、福岡、長崎を寄港する5泊6日のクルーズで、上海中旅国際旅行社が販売しています。料金はデラックスルームで1名8999元。会期中1部屋4200元のディスカウントをうたっています。

 

 

 

福岡、長崎を寄港するクルーズ商品も多数あり

 

会場にはクルーズの特設イベント会場が設置されていて、旅行会社やクルーズ会社によるPRや懸賞イベントが繰り広げられていました。

上海のクルーズ人気について、日本政府観光局(JNTO)上海事務所の中杉元氏は「最近の上海の旅行会社のファーストプライオリティはクルーズ販売といえます。上海発のクルーズは4泊5日で韓国や九州を寄港するものが主流です。人気の理由は、寄港地でのショッピングが楽しめること。祖父母と親子3世代のファミリーが気軽に参加しやすいこと。船が大きくボリュームがあるぶん料金が安いことにある」といいます。

上海発のクルーズのスタンダードな価格帯は4泊5日で5000元が相場だそうです。この手ごろな価格が人気の理由です。飛行機やバスで移動し続ける旅行は、シニアや子供連れでは大変ですが、クルーズは寄港地での岸上観光以外はのんびり船上で過ごせることで、海外慣れしていない層も参加しやすいからです。

今日の上海における海外旅行の大衆化を象徴しているのがクルーズ旅行です。上海では初めての海外旅行がクルーズというケースもかなり一般的なようです。これは島国に暮らす日本人にはピンとこない感覚かもしれませんが、東シナ海の中心に位置する上海は、数日間で周遊できる近隣国の寄港地がいくつもあり、バリエーション豊かなコースをつくることが可能なのです。

 

チラシに見る上海人の海外ツアーの中身

中国の海外旅行シーンを手っ取り早く理解するには、現地の旅行会社でどんな海外ツアーのチラシが作成しているかを見るに限ります。

会場で、出展規模や集客状況も含め、最も目立っていたのが、春秋グループでした。展示スペースの中央に旅行即売コーナーを置き、その周辺にビーチリゾート、クルーズ、春秋航空などの展示ブースを並べており、各ブースごとのイベントも次々繰り出されています。

 

 

 

活気あふれる春秋旅行社の即売ブース

 

同社の即売コーナーでは、黄色いTシャツを着た数十人のスタッフを動員し、旅行エリア別に分かれて来場客相手に接客する熱気に包まれた光景が見られました。

 

 

 

ドナウの恋11日間

 

そこで置かれていたツアーチラシの中から目についたものを紹介しましょう。

●ドナウの恋11日間
珍しく情緒的なネーミングのついた商品です。プラハinでウィーンを抜けブダペストout

●クロアチア・スロベニア10日間の旅
フランクフルトinリュブリャナ(スロベニアの首都)out。「アドリア海、魅力の旅。世界文化遺産、グルメ、市街地4つ星ホテル泊」という売り文句が掲げられています。

●トルコ10日間の旅
イスタンブールin-out。「新欧亚之魅―深度全景之旅」。「コンヤ、カッパドキア、イスタンブール、パムッカレ、アドリア」」などを訪ねます。「全行程ショッピング強制なし。純粋な旅行体験を楽しめます」。

●アメリカ16日間の旅
ハワイ、サンフランシスコ、ワシントン、ナイアガラの滝、ニューヨーク、ラスベガス、ロサンゼルスなど、アメリカを大周遊します。中国客にとってカジノのあるラスベガスは欠かせません。

●サイパン5日間8499元から(2014年1月21日25日、29日、2月2日発)
サイパンは中国公民の観光ビザを免除している関係で、人気があります。「親子」「ハネムーン」「ゴルフ」「サンセット」「SPA」「ショッピング」などが楽しめると書かれています。

●86日間世界一周クルーズ
コスタ・ビクトリア号による上海発世界一周クルーズの料金は129999元(約220万円)からです。2015年3月1日発、帰国は5月26日です。初めてのツアー商品らしく、今年いっぱいをかけてクルーズ客を集めるそうです。金額もそうですが、長期休暇が取れる富裕層向けですね。横浜港にも立ち寄ります。

 

 

 

大阪3泊4日/4泊5日

 

●大阪3泊4日/4泊5日

今年3月15日春秋航空は関空線を就航しました。自社便を利用した大阪、京都、神戸の旅です。

これらのチラシから、今の上海ではそれなりにバリエーション豊かな海外ツアーが販売されていることがわかります。こうした多様な選択肢の中から日本が選ばれるためには、どう差別化して他国との違いをアピールすればいいのか。複眼的に考える必要がありそうです。

春秋旅行社
http://sh.springtour.com/
※シーズンによって航空運賃やホテル料金など変わるので、チラシには料金が書かれていませんが、詳しく知りたい方は、春秋旅行社のサイトをご覧ください。

 

クールな上海の消費者にいかにアピールするか

最後に、日本からの出展者のブースも見てみましょう。

今回日本からのWTF出展は2年ぶりでした。2012年9月の尖閣問題の影響で、同年11月に上海で開催されていた中国国際旅游交易会(CITM)と昨年5月のWTFへの出展を中国側から断られていたからです。あらゆる民間交流を政治と結びつけるのが中国政府の常套手段ですから、こうしたことが常に繰り返されるわけですが、先ごろ「民間交流と政治は分ける」との中国側の表明もあったばかり。その真意はともかく、こうしてようやく今回の出展に至ったといえます。

もっとも、中国の政治的リスクを嫌って日本企業のアセアン諸国へのシフトが強まるなか、日本の出展者も以前に比べると、かなり少なかったことは確かです。

いくつか目についた出展者に話を聞いたので、ざっと紹介しましょう。まず北海道観光振興機構から。2013年入域外国人数が初めて100万人を突破した北海道は、昨秋から戻ってきた中国客の誘致に今年は力を入れるとのこと。上海地区はFIT比率が高いので、リピーターのための細かい足の手段(JRパス、高速バス)の情報を提供しているそうです。

少し意外だったのは、九州からの出展者がなかったことでした。これまで報告してきたように、上海の海外旅行市場におけるメイン商品はクルーズ旅行です。今年は多くのクルーズ船が福岡港を中心に九州各港に寄港することがわかっています。であれば、せめてクルーズの寄港地だけでもPRに来てもよかったのでは、と思わないではありません。

 

 

 

日本政府観光局(JNTO)のブース

 

日本政府観光局(JNTO)のブースでは、上海の旅行会社に交替でブースの一部を貸して日本ツアー商品の販売を行っていました。たとえば、春秋旅行社では自社便を使った佐賀や高松を起点としたツアーなど、特徴的なものもいくつかありました。安さで勝負する旅行会社の販売ブースとは一味違う商品ラインナップが見られましたが、どれだけの入場者に気づいてもらえたか、そこが課題かもしれません。

 

 

 

上海雅遊旅遊諮詢有限公司(ZEEWALK)のスタッフ

 

日本ブースの中でもユニークな存在だったのが、上海雅遊旅遊諮詢有限公司(ZEEWALK)でした。同社は上海にある日本の高級旅館のPR会社です。北海道朝里川温泉の「小樽旅亭 藏群」、長野県昼神温泉の「石苔亭いしだ」、兵庫県宝塚温泉の「若水」、同じく塩田温泉の「夕やけこやけ」、岡山県湯原温泉の「八景」などと提携関係にあるようです。
同社の代表は、張凌藺(愛称:りんりん)さんです。

張凌藺さんについて
http://shanghai-zine.com/topics/442

彼女は「日本宅人」http://blog.sina.com.cn/nihontatsujinという微博を主宰し、上海と日本を往復しながら、訪日旅行のプロモーションに尽力している女性企業家です。彼女が会場でこっそり話してくれた次のことばが、とても印象的でした。

「実は、この会場にいる上海人のうち、うちの旅館を利用してくれるような客層はたぶん2割もいない。それでもブースを出したのは、日本の関係者も含めて、我々の存在を知ってもらいたかったから」

今回出展した日本ブースの中に、彼女ほど上海の旅行市場を正確に理解し、的を得たコメントをしてくれた人物はどれだけいたでしょうか。彼女がターゲットにしているのは、この会場にやって来るような人たちとは異なる別の階層だというのです。

どういうことでしょうか?

 

今回、WTF内の別会場で行われたフォーラムで、国連世界観光機関(UNWTO)中国代表の徐汎女史による「中国の主要3地区の海外旅行市場」報告がありました。

その中で、徐女史は中国のクルーズ市場を以下の3つにランク分けしています。

 

 

 

上海発のクルーズは3つにランク分けされる

 

①大衆消費層向け…中国発4泊5日、5000元相当(初めてのクルーズ体験)
②ミドルクラス消費層向け…「フライ&クルーズ」、5~10万元(クルーズライフを楽しむ)
③富裕層向け…「フライ&クルーズ」、10万元以上、極地クルーズ(特別な体験を求める)

業界関係者を集めたフォーラムで報告されたのは、明快に区分された上海の階層社会の実像でした。上海の海外旅行の大衆化を象徴しているクルーズ商品のスタンダードな価格帯に比べると、ミドルクラス向けは10倍、富裕層向けは最低でも20倍以上。こうした価格帯は万国共通存在するといえますが、中国の専門家はこれからの海外旅行市場の発展のためには、この階層差を直視せよ、ビジネスチャンスはそこにあると啓蒙しているのです。旅行ビジネスにおいても、厳然とした階層差をふまえたものでなければ成り立たないというのが、彼らの現実認識です。こうした認識は日本人が苦手とするものかもしれません。

今回のWTFでいちばん感じたことは、すでに海外旅行の大衆化の時代を迎えた上海の消費者にとって、現状の旅行博というイベントはもうそれほど目新しくもなく、自分たちを夢中にさせてくれる体験を提供してくれる場だとは思われていないということです。ネットによる情報が行き交うなか、特に若い世代にとって、旅行博でなければ入手できないものはないと考えられているからでしょう。台北やバンコクでは旅行博はお祭りとして盛り上がっていましたが、上海ではどうやらそうでもないようです。

ことほどさように、上海人というのはクールな消費者なのです。その背景には、クールな階層社会の現実があります。上海の消費者に日本をアピールしていくには、大衆層向けのPRだけでなく、中国的な階層社会のリアリティをふまえた戦略が必要となるのでしょう。

次回は、ボリュームゾーンである大衆層の動向予測について。春秋国際旅行社日本出境部経理の唐志亮氏に同グループの訪日旅行戦略を語ってもらいます。

※中国の海外旅行市場についての詳細は、中村の個人ブログ「2014年の中国人の海外旅行、調子はどうですか(上海WTF2014報告その3)」http://inbound.exblog.jp/22698019/、「春秋旅行社のチラシに見る上海人の海外ツアーの中身(上海WTF2014報告その4)」http://inbound.exblog.jp/22702574/などを参照のこと。

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