インバウンドコラム
今年も春節がやってきました。昨年秋からすっかり姿を消してしまった中国団体ツアーバスは、1月下旬頃からわずかながらですが、姿を見せるようになっています。
先日(1月31日)もいつものように仕事の帰り道、新宿5丁目のツアーバス路駐スポッ(http://inbound.exblog.jp/19878865/)を通りかかると、1台のバスが停まっていました。
乗車扉の脇に「南湖国旅 豪华六天(デラックス6日間)」というプレートが貼られています。ツアーバスから特定の旅行会社名がわかることは珍しいのですが、南湖国旅といえば広東省の旅行会社。すぐに同社のホームページをチェックしてみました。
グーグルに日本語で「南湖国旅」と入れると、同社のホームページが最初に出てきます。トップページから「出境游(海外旅行)」→「日本」とたどると、2月9日発の4泊5日北海道ツアーや16日発の東京・大阪ゴールデンルートなど、春節から3月にかけての日本ツアーが何本か募集・催行されていることがわかりました。
ホームページにツアーが告知されているからといって、実際にツアーが催行されたかどうかわからないものです。でも、同社のホームページには、出発日ごとにツアーの募集定員に対して空きが何名あるかを表示しているので、集客状況がわかるようになっています。この感じでは、春には中国客がちょっぴり戻ってきそうな気配です。
広東地区では、昨年の尖閣事件以降もいち早く日本ツアーは再開されていましたが、中国海軍のレーダー照射問題で日中関係が緊張するこの時期、上海や北京ではどうなのか? ひとつの目安になるのが、中国の旅行会社のホームページに掲載される商品造成の状況です。今回は広州、上海、北京各社のホームページから、春以降の日本ツアーの動向を探ってみようと思います。
超低価格志向で代わり映えしない広東発
まずは南湖国旅から。広東省ではどんなツアーが造成されているのでしょうか。
2月上旬現在募集中の日本ツアーを探すと、2月23日と25日出発の「东京、富士山、河津川早樱、京都、大阪六天游超级贵宾团」がありました。
ツアー名では「超级贵宾团(VIP)」を謳っていますが、定番の5泊6日東京・大阪ゴールデンルート、しかも5199元(約7万8000円)という激安料金です。成田inで2日目に東京観光、3日目に富士山、4日目はここがこのツアー唯一のポイントなのですが、西伊豆の河津桜見物と清水市のちびまる子ちゃんランドを訪ね、豊橋泊。5日目に京都と大阪を回り6日目の午後便で帰国というもの。いつも思うことですが、広州と東京・大阪のオープンジョー航空券代や中国側の旅行会社の利益を差し引くと、日本国内の手配費用はいくら残るのでしょう?
宿泊ホテルは、「成田日航」「サンシャインシティプリンス」「富士五湖地区豪華ホテル(豪華? おそらく河口湖と山中湖にある某インバウンド専用ホテルでしょうけど……)」「ロワジールホテル豊橋」「関西エアポートワシントンホテル」と記載されていますが、ホテル名の隣に「或同級(同等)」と書かれてあり、確定されているわけではないようです。
2月下旬のこの時期しか見られない河津桜見物を加えるなど、新たな趣向がまったくないとはいえませんが、基本的には「弾丸バスツアー」です。先日ぼくが新宿5丁目で出会ったのも、こうしたツアーの1本だったのでしょう。3月以降には、関西周遊4泊5日5999元、北海道周遊5泊6日6899元、8999元、東京・大阪ゴールデンルート+北海道6泊7日8899元、9499元などが募集されていますが、ツアー行程を見る限り、広東発の日本ツアーは相変わらずの超低価格志向で、代わり映えしないといわざるを得ません。
ツアーの多様化が見られる上海発
次に、上海の錦江旅游のホームページを見てみましょう。
こちらはツアーの種類も数も豊富で、さすがは中国の最先端消費地である上海の旅行会社という印象です。春節期間中のツアーでは、2月11日発「日本精华特惠6日(全日空利用の東京・大阪ゴールデンルート)7800元」「迎春爱恋九州—乐活特惠4日之旅(福岡、熊本、大分周遊。主な訪問地は別府温泉と阿蘇山観光)5999元」、12日発「日本北海道札幌、小樽、函馆、登别、洞爷湖5日游(北海道周遊)13800元」など、すべて満席でツアーが催行されるようです。広東省に比べると、旅行ルートの新しさもそうですが、さまざまな付加価値を付けることで、価格帯もそれなりのバリエーションがあります。
なかでも面白いと思ったのは、2月13日発の「迎春『御享温泉•饕餮盛宴』日本九州大纵断5日之旅(独家私房)11999元」です。これまで中国からの九州ツアーは、クルーズを除けば福岡や長崎、大分方面に集中していたのですが、これは鹿児島、宮崎、熊本など南九州を周遊するコースです。指宿の砂風呂や桜島、阿蘇山を周遊し、各地の温泉旅館に宿泊。特に2日目の宿泊先は鹿児島県霧島市にある旅行人山荘(http://ryokojin.com/)で、ここは旅行作家の蔵前仁一さんのご親族が経営する温泉旅館です。
錦江旅游のホームページには、ツアー行程が詳細に書き込まれていることも特長です。ふだんから中国のツアーにケチをつけてばかりいるぼくですが、上海発のツアーに関しては、台湾市場の成熟度にだんだん近づきつつあることを実感します。2月上旬現在まだ定員は埋まっていないようですが、3月7日発の「日本深度探索系列—中部探幽6日游9999元」のように、以前台湾でヒットした立山黒部アルペンルートの雪の壁を歩くコースが約10年遅れとはいえ企画されているのを見ると、ゆっくりした歩みではあるけれど、上海に限っては日本ツアーの多様化が進んでいることがうかがえます。
残念としかいいようのない北京発
では、北京はどうでしょうか? 北京中国国際旅行社のホームページを見てみましょう。
最初に気づくのは、日本市場に対する消極的な姿勢です。広東や上海の旅行会社の「出境游(海外旅行)」コーナーでは「日本」は当然のように独立したページだったのに、北京中国国際旅行社では「日韓旅游」と日本と韓国がひと括りにされています。しかも、最初のページは韓国ツアーばかり。日中関係の悪化で、今年の春節は中国客が大挙して韓国に訪れるとは聞いていましたが、そうした市場の変化はホームページにも表れています。
それでも、掲載されている「日韓旅游」計61本のツアーのうち40本は日本行きで、ツアーコースも上海発の多様さには及ばないものの、広東発にはない沖縄ツアーや1万元を超える東京滞在型があるようです。たとえば、2月10日と13日発の「动漫乐园东京迪斯尼双园宫崎动漫5日11880元」では、初日に富士山、東京ディズニーランド&シーを2日かけて遊び、最終日に都内観光と三鷹の森 ジブリ美術館を訪ねるものです。
とはいえ、この種のツアーは何年も前からすでに催行されていたものですし、はっきり言ってやる気があるとはとても思えない保守的な商品ばかりです。政治の影響が強い土地柄だからなのでしょうが、これが首都の旅行会社かと思うと、残念としかいいようがありません。明らかに日本ツアーのマンネリ化が感じられます。
このように、中国の海外旅行市場の成熟度は北京、上海、広東で大きく異なっています。よく巷で中国経済に対する両極端の評価が聞かれますが、それは中国のどこの話をしているかで違うのであって、上海とそれ以外の中国を分ける必要性が自覚されていないせいだと思います。上海で起きていることは、中国ではかなり特殊で局地的な状況だと考えた方がいい気がします。その違いは各社のホームページを比較すると、つかめるのではないでしょうか。今後も定期的にチェックしてそれぞれの動向を検討する必要がありそうです。
ツアー代金は日本行きと変わらない国内旅行
せっかくですから、今年の春節期間中に延べ34億人の大移動があるというレジャー大国、中国の国内旅行の状況も少し見てみましょう。
中国でいちばん人気のある国内旅行先といえば、「中国のハワイ」と呼ばれる海南島でしょう。北京中国国際旅行社では、2月6日発の「环海深度游三亚往返双飞5日5780元」が催行されています。海南島の最南端にある三亜にはアジアンリゾート風のビーチホテルがあり、基本そこに滞在しながら南国体験をするものです。ツアー代金の内訳は往復の航空券+ホテル代+島内バス観光ですが、料金は東京・大阪ゴールデンルートと変わりません。
第2の人気先は世界遺産である雲南省の麗江でしょうか。春節期間中の北京発のツアーは、昆明まで飛行機で飛び、鉄道やバスで周遊する5泊6日のコースが一般的で、価格帯は1000元台から5000元台までと、それなりのバリエーションがあるようです。同じ目的地で価格帯に広がりがあることは商品の多様化を意味し、市場の成熟度の目安といえます。日本ツアーに必要なのは、まさにこうした価格のバリエーションでしょう。
最近は中朝国境にある長白山へのツアーも人気があるようです。ふだん雪を見ることのない広東省では冬季の東北旅行はもともと人気でしたが、南湖国旅の2月上旬現在の国内旅行で注目の商品となっているのが、2月19日発の「长白山北景区 长白山万达国际度假区 激情滑雪 中国雪乡 东北三大省会(哈尔滨、长春、沈阳)双飞六特惠贵宾5299元」です。このツアーは広州から飛行機で遼寧省の瀋陽に飛び、バスで吉林省の長春や長白山の山岳スキーリゾートを訪ね、黒龍江省のハルビンから戻る5泊6日のコースです。
実は、昨年ぼくは取材で長白山を訪ねているのですが、天池と呼ばれる美しいカルデラ湖があり、富士山に似たなだらかな山麓の広がる中国では珍しい休火山で、周辺にスキー場がいくつもできています。ここ2、3年で山岳リゾートホテルも続々と誕生しています。2008年にできた長白空港には北京からの直行便もあり、アクセスも飛躍的に向上しています。
ただし、このツアーではせっかくスキーリゾートを訪ねているのに、一泊しかしなく翌日から移動を続ける日程になっています。なぜなのか。実は、これは冬の北海道ツアーに参加する中国客に見られるのと同じ光景で、実際にスキーをするわけではなく、スキー場の入り口付近で雪とたわむれるだけというのがほとんどのケースだからです。
スキー人口はまだ少ないのに、スキー場だけがいくつも開発され、すぐにつぶれていくというような中国のゆがんだレジャー投資ブームの顛末をいくつも見てきただけに、苦笑するしかない話なのですが、これらのいくつものツアー行程をみていると、今日の中国の国内ツアーの多くが基本、「弾丸バスツアー」であることに気づかされます。
ゴールデンルートを旅する中国客を見ながら、「毎日バスに乗りどおしで面白いのかな?」とつい思ってしまいますが、いまの中国の人たちにとって、旅行とはそういう“欲張り”なイベントなのでしょう。「いろんな場所に行きたい」が最優先。これは「ロンパリローマ」と呼ばれた1970年代前期の日本人のヨーロッパツアーに似ているのだろうと思います。
今回紹介した中国の国内ツアーはすべて東京・大阪ゴールデンルートと同じ5泊6日で、価格帯も5000元前後のものを選んでいます。今日の中国には、同じ日程でツアー代金も日本行きと変わらない国内旅行商品がたくさんある。本コラムでこれまで何度も書いてきたように、日本ツアーの不当な安さにはさまざまな背景や経緯があることは確かですが、少なくとも中国の消費者にとっては関係ないことです。安けりゃ安いに越したことはない。価格帯で見れば、中国の国内ツアーはすでに日本の競合相手となっているのです。
まずは日本の競合相手を知ること
競合相手を知るという意味では、日本以外の海外ツアーの事情も気になります。
錦江旅游の「出境游(海外旅行)」(http://www.jjtravel.com/teamOutTour.html)のトップページをみると、主なツアー商品のトレンドや価格帯がざっとわかります。
たとえば、激安ツアーの氾濫でトラブルが続出した香港にも、いまでは5000元台のツアーもあること。台湾での個人旅行がすでにはじまっていること。上海発の国際クルーズ商品が人気なこと。上海人の平均的なヨーロッパ周遊ツアーが12日間で15000元相当、アメリカ周遊が2週間で25000元相当であること。かつて日本人のビーチリゾートのメッカだったサイパンの主要客が中国にとって代わられようとしていること。激安商品の多い東南アジア方面でも、モルジブのビーチリゾートに限っては5泊6日で23000元という高額商品を造成していることなど、上海人の海外旅行の現在形がうかがえます。
一方、北京中国国際旅行社の「出境游(海外旅行)」(http://www.citsbj.com/abroad
.aspx)には、欄外に「热点目的地(ホットな目的地)」として20の国名や都市名(ロンドン、ローマ、スイス雪山、北海道、済州島、ケニア、トルコ、南アフリカ、ハワイ、オーストラリア、ニュージーランド、モルジブ、サイパン、東南アジア、パタヤ、ロシア、スペイン、カンボジア、ドバイショッピング、ネパール)が雑然と並べられています。これが北京で旬の旅行先だということでしょう。日本からは東京や大阪ではなく、北海道がランキングしていることからも、北海道は日本で唯一、単独で中国客を呼べるブランドとしての地位を確立していることがわかります。第2、第3の北海道が出てきてほしいものです。
次に、海外旅行商品のエリア別カテゴリーを見てみましょう。錦江旅游では、「香港・マカオ」「台湾」「国際クルーズ」「自由旅行」「アメリカ・カナダ」「オセアニア」「サイパン」「日本」「ヨーロッパ」「東南アジア」「中東アフリカ」「韓国・朝鮮」(掲載順)に分けています。
この区分けは重要です。これがいまの上海人が海外旅行先を選ぶ際、頭に浮かべる世界地図だといえるからです。もっとも、それは固定化されたものではなく、常に新しいトレンドが登場することでこれから先も変化していくものです。
一方北京中国国際旅行社では、「ヨーロッパ」「東南アジア」「中東アフリカ」「アメリカ」「ビーチリゾート」「ロシア」「オセアニア」「日韓」「ネパール・インド」(掲載順)に分けています。上海と北京の市場の違いはエリアの区分けや掲載順にも表れていると見るべきです。
ともあれ、これらもまた「観光立国」を掲げる日本にとっての競合相手だということです。この中で、中国人消費者から日本が選ばれるためにはどうすればいいのか。まずは日本が相対的にどんな位置付けにあるのか。長所と短所は何か。それをふまえ、今後何を目指し、どう差別化を打ち出すべきか。こうしたことを明確に意識して戦略化する必要があります。
それを考えるうえで参考になるのが、ツアー検索のための目的別キーワードです。
たとえば、錦江旅游では2月上旬現在、「アウトドア」「ハネムーン」「健康診断」「親子旅行」「ディズニー」「ヘルスツーリズム」「桜見物」「名校游」「シルバー」「スキー」「温泉」「美容」「フラワーツーリズム」などのキーワードが挙げられています。ちなみに「名校游」というのは、主にアメリカでハーバードなどの有名大学のキャンパスを訪ねるもので、いかにも教育熱心な中国らしいですね。
また北京中国国際旅行社では、「親子旅行」「絶景の旅」「ビーチリゾート」「チャーター便利用」「映画の旅」「ディズニー」「春節特集」「神秘を訪ねる旅」「美食の旅」「自由旅行」「クルーズ」「ハネムーン」「サマーキャンプ(自然満喫の旅)」「Club Med」など。
さまざまなキーワードが入り混じっていますが、これがいまの上海と北京の消費者の海外旅行シーンを理解する鍵だと考えられます。それぞれのキーワードで検索される商品群からツアーの価格帯や、彼らが何を求めているのかが少しずつ見えてきます。
話をわかりやすくするために、同じことを日本の旅行会社の場合と比較してみましょうか。海外旅行大手のHISのホームページでも、ツアー選びがエリアと目的から検索できるようになっていますが、2月上旬現在の「目的から探す」には以下のキーワードがあります。
「間際出発」「家族旅行」「ゴールデンウィーク」「学生旅行」「ウェディング」「ハネムーン」「海外発航空券」「スポーツ」「留学」「鉄道」「世界遺産・秘境」「社会貢献」「音楽鑑賞」「登山・トレッキング」「バリアフリー」「クルーズ」「温泉」
日中双方には共通するキーワードもありますが、海外旅行商品のトレンドはもちろんのこと、ツアーを選ぶ際のポイントや目的についての認識も違っていることがわかると思います。たとえば、いまの中国の人たちが「留学」をお手軽な海外旅行商品と捉えることは少ないでしょうし、「社会貢献」や「バリアフリー」といったキーワードで差別化される商品群もまだないでしょう。それを市場の成熟度の違いといってしまえばそれまでですが、ここで考えなければならないのは、中国客に日本をPRする際、決して日本市場のトレンドに囚われてしまってはならず、中国市場が求める嗜好や目的に、日本側が合わせて訴求する必要があるということです。
ツアー価格の相場観とマンネリ化を打破するために
日本のインバウンドが今日抱える問題は、中国市場で定着した日本のツアー価格の低すぎる相場観と商品のマンネリ化です。どうすればこれを打破できるのでしょうか。
ひとつの方向としては、上海でモルジブ5泊6日23000元の高額ツアーが造成されていることをふまえ、日本でも超高級リゾート路線を打ち出すことが考えられます。ただし、その際の競合相手はインド洋に浮かぶ水上ヴィラが売りのモルジブです。ビーチリゾートでそれに打ち勝つだけの素材が日本にあるかどうか。またあるとしても必ずしもビーチリゾートである必要はなく、山岳リゾートでも都市観光でもジャンルは何でもありといえるのですが、相当インパクトのある斬新さでアピールできるかどうかが問われます。
というのも、いまの中国の消費者は、日本が得意とするきめの細かい商品の差別化に慣れておらず、とりわけ海外旅行のような形のない商品においてそれを理解することが難しいので、誰もが見てわかるようなド派手な仕掛けが必要なのです。これはバブル崩壊後、“まったり”と過ごしてきた日本人のセンスではなかなか難しい取り組みかもしれません。
もうひとつの路線は、コツコツと日本ツアーのバリエーションを増やしていくことに尽きるでしょう。そのための手本は台湾の訪日市場にあります。台湾の旅行業界が長年かけて日本全国をいくつかの広域に分けて造成してきたチャーター便のツアーのいくつかは、いま上海市場で地方空港やLCCを利用した集客がはじまろうとしています。ただし、「弾丸バスツアー」の時代を生きるいまの中国の消費者に対して、それらがどこまで支持されるかは、こちらが黙っていても日本を愛好してくれる台湾の消費者ほど簡単ではないでしょう。彼らの旅行意欲を焚き付ける新たな仕掛けが必要になると思います。
ここ数年、中国で欧米諸国への観光ビザが相次いで緩和されたことは、日本ツアーのマンネリ化に影響があったとぼくは思います。中国の消費者もそうですが、商品造成に関わる旅行業者の人たちも、次々と新しい旅行先が解禁されると、そちらに関心が向かうのは無理もないからです。また、宿泊施設や交通機関をはじめとした中国の国内旅行のクオリティがそれなりに向上したことで、相対的に日本ツアーのバリューが、我々の気がつかないうちに低く見積もられてしまっている面もありそうです。
それでも、上海市場に限っていえば、北海道に次ぐ旅行先として九州のツアーが増えており、新しい可能性も感じられます。中国映画のヒットで突如中国人に“発見”された北海道のようなラッキーなケースを望んでも仕方ありませんが、九州を単独で中国客を呼べるブランドに育てるための、いまは正念場といえるでしょう。
もともと九州には、戦前の上海・長崎航路を利用して雲仙温泉で避暑を楽しむ上海租界のロシア人や中国の富裕層がいたことが知られています。これは思いつきにすぎませんが、1930年代の雲仙温泉に中国客が訪れた当時の歴史を掘り起こし、九州の温泉地を中国人にとっての避暑地として美しくイメージ化して売り出すというのはどうでしょう。
日本人にとっての避暑地は箱根や軽井沢と相場が決まっていますが、ここは目をつぶりましょう。誰にとっての避暑地かということが問題なのです。その土地に住む人と旅する人の視点は違うのです。そういう発想の転換が大事です。中国の人たちが北海道の美しい自然というサプライズに魅せられたように、九州では温泉という素材を避暑という歴史的な縁とつなげてサプライズとして仕掛けるのです。
そのためには、歴史を巧みに落とし込んだ甘美なストーリーと魅力的なキャッチコピーも必要でしょう。中国の旅行会社のホームページには、世界各地の旅行先のキャッチコピーがあふれています。たとえば、錦江旅游だとこんな感じです。
「“峰”景如画瑞士自然之旅(絵画のようなスイス自然の旅)」
「花色夏威夷浪漫假期之旅(ロマンチックな色彩あふれるハワイの休暇)」
「西葡太阳海岸热情之旅(西ポルトガル太陽海岸情熱の旅)」
「巴厘甜蜜蜜(スィート・バリ)」
日本の旅行会社のツアー名ともよく似ていますが、中国語で表現されると独特の味わいがありますね。では、この並びで日本各地のツアーにどんなキャッチコピーを付ければ中国の消費者の心をつかめるのか。ツアーのマンネリ化を打破するには、こうした検討作業も必要でしょう。ただし、こればかりは中国のビジネスパートナーと時間をかけて取り組んでいくしかありません。
日中関係が政府間で緊迫するなか、この春節の時期、例年と比べて沈みがちな中国の訪日旅行市場の話題をあえて提供したのは、今回ぼくが新宿5丁目で1台のツアーバスに出会ったことをきっかけに、その旅行会社のホームページを覗いてみたことで多くの発見があったことをどうしてもお伝えしたかったからです。震災や尖閣問題で厳しい停滞を迫られた訪日市場ですが、少なくとも民間ベースでは中国側にもそれなりの動きがあることに、あらためて気づかされました。今後も雲行きはあやしく、どんな揺り戻しが起こるかわかりませんが、こんなときこそ、中国の旅行会社のホームページをご覧になってみられることをおすすめします。
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