インバウンドコラム
新型コロナウイルスの感染拡大によりインバウンド業界は大きな打撃を受けているが、直近では10月に観光庁がポストコロナ時代の可能性を見据え、第1回「上質なインバウンド観光サービス創出に向けた観光戦略検討委員会」を開催するなど、これまで不十分だった富裕層の取り込みに向けて施設整備やコンテンツづくりを進める方向で動いている。
しかしながら、本物の世界の富裕層に対するイメージは曖昧模糊としており、ターゲットを掴む前段階で苦戦している事業者も少なくない。いったい本物の富裕層とはどんな人々で、どういった思考のもと旅行をしているのか。また、今後の日本のインバウンド業界にどのような恩恵をもたらすのか。
今回は、中国人、タイ人、アメリカ人富裕層等とゴルフツーリズムを通じた深い接点を持つ、津カントリー倶楽部取締役副社長の小島伸浩氏を迎え、富裕層ゴルファーとの深い交流から得た教訓と富裕層を誘致したい地域や施設において必要な施策などについて話を伺った。
クラシックかモダンか、志向は年齢だけでは区別できない
JNTOによる富裕層の定義は「旅行1回につき100万円以上消費する」で、タイプは大きく2つに分かれるという。全て高級なもの、最高級のサービスで固める「クラシックラグジュアリー」と、文化や体験などを求め、お金を使う部分と使わない部分が明確に分かれている「モダンラグジュアリー」だ。
小島氏は各タイプをゴルフ場に例えて、クラシックラグジュアリーは日本も含め世界の歴史ある名門ゴルフクラブ、モダンラグジュアリーは比較的新しく名門を目指すクラブが当てはまる、と説明した。
しかし、モダンラグジュアリーに属する層を、20~30代中心といったように単純に年齢層から見ることには違和感があるという。元々クラシックラグジュアリーだった層が、60~70代でモダンラグジュアリー志向に代わりつつあると感じているほか、エコやサステナビリティに共感し、独自性や本物を求めている人が集っている実感もあるそうだ。特にここ数年は、モダンラグジュアリーを志向する40~80代の方たちとの交流が圧倒的に多いと語る。
富裕層が日本に求めるものは単なる高級ホテルではない
富裕層を受け入れるには世界レベルのホテルが必要なのではないか、との意見がある。オリンピックを機に、最高級ブランドの外資系ホテルやリゾートが次々と日本に参入しているが、大都市圏を除き、小島氏は世界レベルの最高級リゾートと同じものを日本に求める富裕層はそれほど多くないのでは、という。むしろ日本らしい歴史や文化、ユニークな体験ができる宿などが好まれると述べる。
また、富裕層といっても高級料理しか食べないのではなく、地域ならではの「うまいもの」しか食べない。どちらかというと地元の人が愛するお店に行きたいというニーズがある。そして、季節感と地域性の表れる旬の限定品や希少性、特別感が求められるという。
さて、自分の地域、施設は富裕層に評価されるはずという思い込みは、発想が単純すぎると言う。自分の地域を客観的に観察し、評価できるポイントを深堀りしたうえで、分かりやすくカスタマイズし伝えることが重要だそうだ。さらに、富裕層に来てもらえれば沢山お金を落としてくれるという発想はやめたほうが良いと語る。価値のある商品やサービスがなければ、富裕層はお金を使わない。自分達が運営するリゾート単体ではなく、周辺の施設なども巻き込んで、お金を使ってもらえる商品やサービスをきちんと用意しなければならないと述べた。
「自身が赴く」「県などの行政側との連携」がポイントに
小島氏の中国の富裕層との繋がりは2010年4月、上海交通大学EMBA(Executive MBA)のゴルフ部員の海外研修旅行受け入れのオーガナイズを行ったことから始まる。名古屋の総領事館経由の依頼で、ゴルフ場の経営者、ゴルフメディア、ゴルフ業界の協会の方々を1週間、在日華僑華人の有力者の方と共に中部地区のゴルフ場とリゾートに案内した。彼らの受入に成功した要因として、まずは以前彼らが視察研修旅行で訪れた場所(ペブルビーチやセントアンドリュース)(※)やメンバーの人物像、彼らがどんなゴルフ場を持っているかなどの事前リサーチを徹底して行ったことを挙げた。次に日本ならでは、という視点で人的交流に一番注力したそうだ。第一印象で心を掴むために十分な準備を行った上で、中部のゴルフ業界の方々の協力も得て、歓迎会やゴルフ対抗戦の旅程を組んだという。
また、小島氏がタイの名門ゴルフ場を訪れた際の交流がきっかけとなり、今では家族ぐるみのお付き合いをしている現地でゴルフ関連の事業を展開するオーナーがいるという。その他、2016年には友人が京都で行っているクラシックカーイベントのアフタートラベルを依頼された際に、三重県知事の表敬訪問とゴルフ場でのガーデンパーティを企画。新鮮な三重県の素材を堪能し、県庁スタッフ約200名にお客様を出迎えてもらったことも非常に喜ばれたそうだ。自身の施設だけではなく、世界を知る地域の成功者や実力者を巻き込んでおもてなしをするスタイルにこだわりを持ってやってきたと小島氏は語る。
※ペブルビーチ アメリカ合衆国カリフォルニア州にある名門ゴルフコース セントアンドリュース スコットランドにある世界最古のゴルフコース
スタッフ研修で大切なのは「率先垂範」
富裕層を案内するスタッフ育成で一番のポイントは、まず自分がやって見せることだと言う。例えばBBQなら真っ先にスーツからエプロン姿に着替える。スタッフは実際に仕事を一緒に行いながらレベルアップを目指す。国内の人気店や美味しいお店に連れて行くのも研修の一環という。10年経った今では、もしも責任者である小島氏が不在でも、最高だと言って頂けるおもてなしが出来つつあるそうだ。
小島氏はお客様が来た時、自分が率先して接客し、企画し、交渉もする。リーダーが人任せにしないのは、富裕層対応の必須条件だという。サービスを提供する側より、はるかに実績がある方たちをもてなすときに、教育やサービスのスキルだけで満足させることは難しいだろうとも述べた。
ラグジュアリートラベルは常に顧客目線で考える
今後のラグジュアリートラベルは、人と食に重きが置かれるという。また、プライベート感、特別感がキーワードとなる。自身の施設やネットワークを第一とせず、顧客目線で一番素敵な場所を中心に旅程を組む。長い目で見ると、それをベースに評価を上げることが、今後の地域全体の経済効果に繋がる。
そのほか、自身で日本や世界の一流リゾートを巡り続け、トレンドを知ることも大切だという。しかしここで注意したいのは、世界の憧れのリゾートと同じ視点になる必要は必ずしもないということだ。ラグジュアリートラベルに注力するのであれば、箱物の開発だけでなく、専門機関のスタートアップや人材育成に資金を投入していき、世界に通じるランドオペレーターやコーディネーターを作っていくべきだという。
また、富裕層を受け入れるにあたって小島氏は、地域の中でおもてなしを一緒にしてくれる、世界を知る地元の名士の方々に協力をしてもらうなど、地域を巻き込んでやっていくということが有効だという。
観光は国際交流。富裕層は自国での成功者であり、影響力は強い。富裕層のおもてなしは、誇りある日本、尊敬される日本という意識の醸成に確実に繋がる。最後に小島氏は、「富裕層の方たちに日本の良さを正しく伝えることは非常に楽しい。ラグジュアリートラベルを引き続き皆さんと一緒に確立していきたい」とメッセージを送った。
【登壇者プロフィール】
津カントリー倶楽部 取締役副社長 小島 伸浩 氏
1965年 東京都生まれ 現在三重県津市在住。1989年のアパレルブランドでのゴルフブランド立ち上げをに始まり、スポーツジムでのゴルフスクール事業や、ゴルフ場予約サイト立ち上げなど、様々な業界でゴルフ事業に携わる。2002年には、ゴルフ場再生ファンドの設立を目指し、リンクス・アンド・パートナーズ株式会社を創業。最近は、ゴルファーや富裕層向けの宿泊施設を開設。現在はゴルフ場ほか宿泊施設経営の傍ら、地方創生を担うサステナブルデペロップメント及びゴルフツーリズムの推進による交流人口の拡大に取り組む。
【開催概要】
日時:2020年10月23日(金)15:00~16:00
場所:ZOOMウェブセミナー
主催:株式会社やまとごころ
【今後開催予定のセミナー】
◆地域のブランドを高める価値デザイン術〜動画プロデュース事例からその本質を探る〜/withコロナ時代の観光戦略 vol.16
2020年11月6日(金) 14:00〜15:00
最新記事
気候変動対策の転換点、COP29が示した観光業界の新たな役割と未来 (2024.12.18)
災害危機高まる日本の未来、観光レジリエンスサミットが示した観光危機管理と復興のカギ (2024.11.26)
品川宿で交流型宿泊サービスを提供する宿場JAPAN 渡邊崇志代表に聞く「都市圏での地域を巻き込む宿泊施設と観光まちづくり」 (2024.11.15)
タビナカ市場最前線、国際会議「ARIVAL360」で見つけた日本のアクティビティ市場活性化のヒント (2024.10.25)
東京都が推進する持続可能な観光 GSTC公認トレーナーに聞く「サステナブル・ツーリズムの最前線と国際認証の仕組み」 (2024.10.04)
【現地レポ】タイパ重視から「余白」を楽しむ旅へ、南米ノープラン旅がもたらした地域住民とのディープな体験 (2024.06.07)
【現地レポ】2週間で1人150万円のツアーも!! 米国の新しい訪日旅行トレンド、地方がインバウンド誘致で成果を出す3つのポイント (2024.02.28)
2024年国際旅行博TITFから考える、タイ人の海外旅行需要は戻ったのか? タイを狙う競合市場の動向 (2024.02.21)