インバウンドコラム

【現地レポ】タイパ重視から「余白」を楽しむ旅へ、南米ノープラン旅がもたらした地域住民とのディープな体験

2024.06.07

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私、井口智裕は、冬になると3メートルほどの積雪がある新潟県の越後湯沢と六日町温泉で、2軒の温泉旅館を運営している。また、雪国という文化的背景を共にする新潟県、群馬県、長野県の7市町村による広域連携DMO「雪国観光圏」の代表として、雪国文化の魅力を伝え、訪れる旅行者に豊かな体験を提供してきた。

DMOの運営手法を学ぶために、毎年のように海外視察に出かけ、さまざまなDMOの運営を学び、意見交換を重ねてきた。知名度のあるDMOは一通り訪問したこともあり、今回はあえて、いつもの海外視察とは違う旅をすることにした。南米パラグアイのイグアスに10年住んでいた友人の里帰り旅行へ同行するほぼノープランの旅だ。今回の特別な旅行で感じたことを、南米レポートとしてお届けする。


▲パラグアイにて。写真一番右が井口氏

 

事前に計画を立てる視察旅行ではない、ノープランの南米パラグアイの旅

今回、パラグアイを訪問することになったのは、ある人物の縁がきっかけだ。友人の高橋綾夫さんという方は若い頃、パラグアイに農業移住していた経験を持つ。彼は彼の地に滞在し帰国。今春、実に36年振りにパラグアイを訪ねようと計画を立てていた。そんな綾夫さんに一緒に行ってみないかと誘われたのだ。

これまで、広域連携DMO「雪国観光圏」の代表として毎年海外視察を重ねてきた。視察旅行はテーマも目的もスケジュールも全て事前に決める。ところが、今回はほぼノープラン。全ては綾夫さんの人脈頼りで、そういう経験もまた面白いのでは、と好奇心一つで行動してみた。ヨーロッパは一通り回ったが、南米は未訪で選択肢にすらなっていなかったこともある。正直なところ、そこまでの期待値もなかった。

旅程はまず羽田からニューヨークに飛んで1泊、ニューヨークからサンパウロを経由してパラグアイの首都、アスンシオンで1泊。その後、綾夫さんがかつて暮らしていたイグアス移住地に移動して1週間を過ごした。メンバーは綾夫さんと私ともう一人の3人。トータル2週間ほどの旅だった。


▲滞在先の旅館はバックパッカー達の聖地になっていた

 

コミュニティに深く入ることで増えていく、新しい体験 

首都のアスンシオンは若干の緊張を強いられる都会だったが、イグアスは宿と雑貨屋とレストランがあるくらいの小さな田舎町で穏やかな空気が流れていた。私たちは福岡旅館という五右衛門風呂がある宿に滞在。そこに連日、綾夫さんのかつての仲間や地元の方がやって来てくれた。彼らは自らの家や農場、イグアスの滝、カラオケ、レストランなど様々な場所へと私たちを案内してくれた。かかる費用は全て相手が出してくれる。50歳にもなると、そういうお世話になりっぱなしの旅とは無縁になる。とても刺激的で新鮮だった。

当初はイグアス滞在を4日ほどにし、また別の場所に移動しようという案もあったが、3日延長し結局はそれでも時間が足りないと感じるほどだった。イグアスは何もない田舎町なのだが、コミュニティに分け入っていくとアクティビティが増えるのだ。例えば、農場に案内されると収穫体験に誘われるし、釣り好きの人と交流したら魚釣りに誘われる。

こちらは予定を全く入れていないので時間に余裕がある。だからこそ、来てくれた方とじっくり雑談をするし、それで互いに打ち解けてアクティビティに誘われることに。関係の深まりとともに、やることが増えていくところが面白かった。別れの日はみんなで泣きながら抱き合い、50歳にして若き日のホームステイを経験させてもらったような感覚だった。


▲大迫力のイグアスの滝は世界最大の滝

 

地球の裏側での深い交流がもたらした、ものの見方や尺度の変化

今回、日本の素晴らしさを改めて思い知らされた。具体的には、安全と水が無料である日本は凄まじいということ。アスンシオンではホテルの前に24時間ガードマンがいる。警察の目の前のスーパーマーケットにも拳銃を持った警備員が常駐している。窃盗が後を絶たないため、農地ですらガードマンが置かれている。当然これはコストになるし、日本では考えられない。こういった情報はインターネットに掲載されていて知ることはできるが、実際に滞在し、そこで暮らし、現地の言葉を聞いて初めて本当の意味がわかるのだ。

また、地球の反対側で人と深く交流したことで、物事を見る尺度が変わったようにも思う。例えば、農業。日本にいると、苦労して大変だとか跡継ぎ問題が深刻だとかそういう視点しか持てない。ところが、パラグアイで出会った方は大農家ばかりで、現地の人夫を雇って自らは経営に専念していた。農業とはいかにいい土地を取得し、設備投資するかが肝と聞き、まさに経営なのだと実感。農業を見る際の幅が広がった。

旅の見方も広がった。これまでの旅は、観光スポットをつまみ食いするだけだったのではないか。コスパ、タイパばかりを追い求め過ぎていたのではないか。そう自分に問いかけた。イグアスという何もない町で1週間を過ごす、と聞くと普通の日本人は「何をするの?」「時間が余るでしょう?」と思うはず。私もそうだった。ところが、得るものがあまりに大きく、時間も足りなかった。余白が旅になると感じたし、人との関係もまた旅なのだと実感した。


▲農地が広大なため農機具のサイズも桁違い

 

旅で膨らむビジネスの可能性、時間をかけて咀嚼することも

今回はあえて、ビジネスに活かそうという明確な目的を持たずに訪れたため、パラグアイで経験したことが今後何に繋がるのかはまだ掴めていないのが正直なところ。日本からの距離も2万キロと遠ければ、人の関係性も30数年と深かった。旅の質量が大きく、こんなにずっしり重みを感じる旅行は初めてだった。咀嚼するのに時間がかかるだろうという予感がある。

そんななか、すぐに何かできそうなのが人材について。今、日本の観光業では新たな働き手としてアジアや北インドの方々に熱い視線が注がれているが、南米も大きな可能性を秘めている。特に日系移住の方は日本語が話せるうえに日本のパスポートを所持しているケースも多い。ブラジルはすでにルートがあるがパラグアイは未開なので、彼らの出稼ぎ先として観光業がマッチするかどうか検討したい。

イグアスに南米初の道の駅があるように、現地では観光業に注力したいという機運の高まりが感じられる。彼らの就業先として私たちの場を提供し、観光を学ぶ機会が設けられたらと想像する。最終的に、姉妹都市交流のようなことができたら理想的だと夢は膨らむ。もし日本の中学生がイグアスを訪れたら、世界観が広がって人生にとってプラスになるだろう。日本語でコミュニケーションが取れるので、距離は遠いが言語のハードルが限りなく低いのも利点だ。

これまで運営に携わる雪国観光圏では「帰る旅」というフレーズを掲げて、来訪者と旅先の人たちが相思相愛の関係性を築く旅を提案してきた。そこには、私たちの地が来訪者の「第二の故郷」になって、何度も訪れていただきたいという願いがあった。普段は受け入れ側だが、今回は自分が来訪者という立場になることができた。得たことを反芻して、少しずつ自らが展開するサービスに活かしていきたい。


▲招かれた家でのホームパーティーの一コマ

 

プロフィール:

一般社団法人雪国観光圏 代表理事/株式会社いせん 代表取締役
井口 智裕

1973年、新潟県南魚沼郡湯沢町生まれ。東ワシントン大学経営学部マーケティング科卒業。旅館の4代目として家業を継ぎ、2005年、「越後湯澤HATAGO井仙」をリニューアル。2008年には周辺7市町村で構成する「雪国観光圏」をプランナーとして立ち上げと運営に尽力。2012年には「雪国食文化研究所」を立ち上げ、代表社員に就任。観光庁の観光産業検討会議の委員も務める。2013年4月、一般社団法人雪国観光圏を設立し、代表理事に就任。観光品質基準、人材教育、CSR事業など広域観光圏事業を中核的に推進している。

 

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