インバウンドコラム
欧米豪市場に比べて情報が少なく、これまで注目されてこなかった中南米の富裕層旅行市場。しかし近年、その中核を担うブラジルでは経済成長とともに富裕層が拡大し、旅行先としての日本への関心も高まりつつある。2025年5月、ブラジル・サンパウロで開催された富裕層旅行に特化した商談会「ILTMラテンアメリカ2025」に参加したBOJ株式会社の代表取締役 野口貴裕氏が、ブラジルの旅行業界構造や、商談を通じて見えてきた旅行者のニーズ、日本市場への期待や課題についてレポートする。
▲ILTMラテンアメリカ初日に開催されたウェルカムパーティー(提供:野口貴裕氏)
日本の存在感は? ILTMラテンアメリカ2025で見えた中南米バイヤーの関心
ILTM(International Luxury Travel Market)は、富裕層旅行に特化したB to B商談会。招待制で、高級ホテルやDMC、航空会社、観光団体、クルーズ会社などの高付加価値サプライヤーや、開催地を中心とした富裕層向け旅行会社やアドバイザー、専門メディアなどが集まる。2025年は世界5地域(フランス・カンヌ、アフリカ、中南米、シンガポール、北米)で開催予定だ。
ILTMラテンアメリカは、中南米市場に特化した商談会で、今回はセラー65カ国、バイヤー14カ国から約1000人が参加した。筆者がこれまでに参加したILTMカンヌやILTMアジア太平洋と比べると、規模は小さめであった。富裕層向け旅行会社などのバイヤーは、ブラジルからが約8割、メキシコが約1割で、残りはアルゼンチンやペルーなどから参加していた。
▲ウェルカムパーティーの様子(提供:野口貴裕氏)
一方、高級ホテルやDMC、観光団体といったセラーは、ヨーロッパ、アフリカからの参加が多く、アジアからの参加は限られていた。日本からは、日本政府観光局(JNTO)やTCVB(公益財団法人東京観光財団)などが出展し、東京や京都など都市部の外資系のホテルや、アメリカに拠点を置く日本の宿泊施設のレップ(営業代行など)を手がける事業者も見られた。
筆者の商談相手は、現地のツアーオペレーターや旅行会社、インディペンデント・コントラクター(IC)などで、8割近くがブラジルからの参加者であった。訪日旅行の送客実績を持つ企業も多く、一定の関心と経験が伺えた。
旅行計画は直前、分割払い、ブラジル市場攻略にあたり知っておくべきこと
ブラジルの旅行業界は、大手のツアーオペレーター4社が市場の多くのシェアを占めており、それ以外の多様な旅行会社が存在している。各社のビジネスモデルは多様で、B to C専業の会社、B to BとB to C両方を手掛ける会社、また、旅行の企画などをインディペンデント・コントラクターに委託するスタイルの会社もある。訪日旅行については、中小規模の旅行会社などは、実績が豊富な大手ツアーオペレーターに旅程の企画や作成を任せるケースも多い。
▲世界中から集まったセラーとバイヤーが商談をしていた(提供:野口貴裕氏)
ブラジル人の旅のスタイルには、現地の消費事情が反映されている。ブラジルでは、家電などの大きな買い物は分割払いが一般的であるため、旅行代金の支払いも同様の傾向がある。旅行資金が「貯まってから」ではなく「貯まりそうだから」計画するという感覚である。一括払いをする顧客も一定数存在するが、多くはない。
旅行予約のリードタイムも短く、欧米の富裕層と比べると、直前予約の傾向が強い。2〜3カ月前に旅行計画を立て、旅程確定後も数週間前まで変更が発生することもある。
弊社でのブラジルからの旅行者受け入れの実績を基に見ると、家族旅行の割合が高く、日本への滞在期間は平均で2週間超となっており、欧州と同程度となっている。これは、日本への直行便がなく、中東や欧州経由で24時間以上かけて訪日するケースが多いことに起因していると考えられる。
旅行手配の進め方については、ガイドや送迎付きの体験を含めたフルパッケージが求められるが、予算や価格とのバランスを考慮して取捨選択するスタイルが一般的だ。なお、宿泊先の選定では、同ランクの複数ホテルを比較する傾向も強い。
地方への関心はこれから、移動控えめなブラジル旅行者にどう提案するか
中南米でも、他国地域同様に訪日旅行の人気が高まっており、商談では日本が人気デスティネーションの上位に挙げられていた。訪問地は東京、京都、大阪といった大都市に集中しており、地方では高山、箱根、金沢などの観光地は旅行会社には認知されている。軽井沢や直島など、一部の地方都市も知られ始めており、ブラジルの旅行会社も地方を提案しているが、旅行者の多くはまず主要都市を希望する傾向がある。
平均滞在が同程度の欧州からの旅行者が東京や京都を3~4泊しながら、複数の地方都市を組み合わせるのに対し、ブラジルの旅行者は各都市に長めに滞在し、移動を抑える傾向が見られる。例えば東京・京都に各1週間弱滞在し、金沢や箱根などの中継地を数泊するという旅程が一般的である。
▲金沢や高山からの日帰り訪問地として人気の白川郷
なお、過去の受け入れの経験から、欧米のお客様との違いを挙げるとしたら、「畳の部屋に泊まって浴衣を着たい」など、伝統的な日本の旅館を好む方も一定数いることだ。
人気の体験コンテンツとしては、寿司作り、茶道、相撲といった認知度の高い定番の内容が好まれるが、魚市場ツアー、富士山周辺のサイクリング、包丁体験などへの反応も良かった。アートに興味がある人を中心に根強い人気のある直島は一定の認知があるが、豊島など周辺地域の知名度は低い。
こうした状況には、JNTOの現地オフィスが不在で、ブラジル国内での訪日関連情報の少なさや、ポルトガル語という言語による情報取得の難しさなどが影響していると考えられる。
地方を訪問したブラジル旅行者の数の少なさから、SNS上でも地方の体験が十分に拡散されていない現状がある。
▲ブラジル現地のラグジュアリー旅行雑誌、定番スポットの紹介が中心(提供:野口貴裕氏)
予定変更は当たり前、ブラジル旅行者の心をつかむポイントとは
ブラジルに限った話ではないが、中南米からの富裕層旅行者を受け入れる際には、やはり柔軟な対応がカギになる。特に、訪日の直前まで変更の希望が入るほか、来日後の急な予定変更のリクエストが入るなど、対応には手間もかかるが、こうした国民性を理解する必要がある。彼らが日本人を完璧主義で、非常に細かい国民性だと捉えるように、ブラジルの方は基本的に親しみやすく、陽気な人が多い印象だ。
実際に、旅行者からは「日本人はとても親切だった」「食事がおいしかった」「楽しかった」というポジティブな感想が多い。だからこそ、こうした特徴を理解したうえで、丁寧に説明すると、納得を得られるケースも多い。
一方、商談会では「DMCの返答が遅い」「ポルトガル語ガイドが不足している」といった課題も指摘された。対応遅れは、日本の訪日人気が高まり問い合わせが集中していることが背景にあると見られる。ポルトガル語対応については、若い世代は英語ができる人が多いが、特に50代以上の世代で英語が理解できないことも多い。
▲既にブラジルからの受け入れ実績があるBOJ株式会社は、更なる販路拡大のために商談会に参加(提供:野口貴裕氏)
注目度は高まるも、開拓者はまだ少数。中南米市場が秘めるポテンシャル
ブラジル人にとってはヨーロッパが依然として最も人気の旅行先だが、2023年9月からは90日以内の日本滞在にビザが不要となったことで、次なる選択肢として日本を検討する旅行者が増えている。今後、経済成長とともに富裕層が増えていく中で、訪日市場としての成長が期待される。特に中南米市場に注目している日本の事業者は限られているため、挑戦していく価値もあると考える。
今回の商談会を通じて、日本の地方の認知度はまだ限定的であるものの、日本という地域や、体験コンテンツへの印象は良好であった。ニュースレターやSNSなども活用しながら、視覚的で分かりやすい情報発信を行うことが、訪日旅行の意欲を喚起するきっかけとなるだろう。
▲ブラジル現地で、日本からの商談会参加者と、写真右が野口氏(提供:野口貴裕氏)
BOJ株式会社 (Beauty Of Japan) 代表取締役
野口貴裕
中学卒業後、カナダへ単身留学。現地にて大学卒業後、帰国。ソニー株式会社へ入社。翌年よりアメリカへ赴任し、ブランドマネージャーとして従事。 約12年の北米滞在歴、45カ国以上の旅行経験から日本の魅力を再認識すると同時に、「本当の日本の美しさ」が海外に知られていないことを実感し、2014年10月にインバウンド業務に特化したBOJ株式会社を設立。ツアー事業、文化体験事業、コンサルティング事業を展開し、年間25,000人以上の欧米豪を中心とした個人/団体旅行者の予約手配をすると同時に観光庁やDMO、地方自治体向けに着地型商品造成支援や海外プロモーションサポート、講演などを行う。
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