インバウンドコラム

品川宿で交流型宿泊サービスを提供する宿場JAPAN 渡邊崇志代表に聞く「都市圏での地域を巻き込む宿泊施設と観光まちづくり」

2024.11.15

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観光需要が急速に回復し、2024年1月から9月までの訪日客数は累計で約2,688万人に達し、2023年の実績を上回った。観光地を訪れる人々や観光業界、環境、地域社会のそれぞれが抱えるニーズに応える一方で、経済・社会・環境への影響を現在と将来の両面から総合的に考える「サステナブル・ツーリズム」が、新しい観光の形として注目されている。

「持続可能な観光」にコミットするため、観光業界は今、何を優先的に取り組むべきなのか。2024年度、東京都と東京観光財団(TCVB)は、都内の観光事業者を対象に「持続可能な観光 基礎講座」を全4回シリーズで開催。都市部を含む地域や飲食店、宿泊施設等での取り組み事例、国際的な認証の枠組み等を具体的かつ効果的に学べる内容になっている。

第2回となる今回は、2009年東京都品川区に開業した「ゲストハウス品川宿(しながわしゅく)」を皮切りに、現在、5つの地域融合型宿泊施設を展開する株式会社 宿場JAPAN・渡邊崇志(たかゆき)代表取締役が登壇した。地域資源を活かし、商店主や住民と協力しつつ観光地としての魅力を高める取り組みを推進している渡邊氏。その地域の人々を巻き込み、環境負荷を抑えながら共生を図っている持続可能な観光事業の概要、人材育成、持続可能な観光まちづくりのポイントなど、一部を抜粋して紹介する。

▼第1回レポート
東京都が推進する持続可能な観光 GSTC公認トレーナーに聞く「サステナブル・ツーリズムの最前線と国際認証の仕組み」

 

地域とつながり、つなげていく~「交流型宿泊施設」の新しいかたち~

渡邊氏は、学生時代に20カ国以上のバックパッカー旅行を体験。世界で「旅での交流で人の価値観が変わる瞬間」を数多く見てきた。そんな機会を提供できる場、社会課題を解決するための拠点として2009年に都内で 「ゲストハウス品川宿」を開業。現在のスタッフは25名、全員ホテル勤務の経験はないというが、運営する5つの施設は予約が埋まり順調だ。各施設はその土地や歴史に根ざしたデザインとコンセプトで、利用者に多様な宿泊体験を提供している。例えば、1泊4,800円から宿泊可能な「ゲストハウス品川宿」や、築70年の長屋をリノベーションした1泊5万円からの「Bamba Hotel Tokyo」、または水上のアートホテル「PETALS TOKYO」は1泊約7万円から利用できる。和と洋が融合した空間や、品川で暮らすように滞在できるアパートメントなど、幅広い価格帯と宿泊スタイルを揃えている。

渡邊氏の考える交流型の宿泊サービスとは、顧客の要望を聞き、本当のニーズを引き出す「ワンストップ窓口」の役割を果たすことだという。5つの宿泊施設はいずれも、施設内完結型のサービスを用意するのではなく、むしろ地域との交流拠点となることを目指している。具体的には、フィットネススタジオ希望者への公共のジムやプールの紹介や大浴場の代わりに銭湯を案内、地元飲食店の出前を使ったルームサービスの提供などだが、顧客からのリクエストには「それなら○○さんのお店がお勧め!」と、要望にあわせて人と人とをつないでいくことに渡邊氏はこだわっている。そうすることで本当の意味での地域での交流が叶うからだ。

他にも、地元の飲食店と連携し、街へ誘導するための仕掛けを用意したり、プラスチックから木製容器に変更し内容を吟味した「特製弁当」を開発し、1泊5万円の1棟貸しの宿で提供している。また、「置き菓子」も本物の笹の葉を配するなど、和の文化を盛り込んだオリジナル商品を和菓子屋と共同開発した。

このように地域と連携した取り組みを、宿やコンシェルジュがストーリーとして伝えることで、宿泊客も興味を持ち、実際に店舗を訪れるなど、街への回遊や地域での経済波及効果を生むことになる。そして、結果として域内の持続性を向上させることになっていくのだ。

 

地域に根ざす起業支援~宿場JAPANが描く地方創生のリアル~

宿場JAPANには、お金もアテもないが「地元でゲストハウスを開業したい!」というやる気ある若者が集まるそうだ。そんな若者でも3~6カ月の間、この品川宿で過ごすことによって、地元に帰り活動するうえで大切な経験と感覚が得られるという。大切なことは「地域の人に叱られて仲直りすること」と渡邊氏。新しいことを始めれば軋轢や衝突がおこり、必然的に叱られることも多くなる。その時に、いかに謝り、誠意をもって説明して仲直りできるかがポイントなのだ。このプロセスを体験して、上手く対処できるようになれれば、地元で揉めごとが起きても解決できる自信や覚悟にもつながり、トラブルに巻き込まれる可能性も不安も軽減される。

ただ、地域で宿の事業を営むにあたっては、やる気と少々の経験だけで上手くいくほど甘くもないとも渡邊氏は警鐘を鳴らす。気をつけなければならないのは、話をすべき相手とその順番。渡邊氏が「筋のよい人」と表現するような、尊敬され地元を動かせる名士が誰なのか、お祭りなどで地元をまとめている影響力のある人は誰なのかを把握してから動くことがポイント。あの人と組むなら協力しない、というような袋小路に入って数年間という無駄な時間を過ごさないためにも重要なことなのだ。

実際、宿場JAPANのスタッフとして働きながら、開業コンサルティングを受けた若者たちは、地元に戻り地域で困っていることをヒアリングし、少しずつ課題を解決していく。渡邊氏は約6カ月間、続けることを推奨しているが、このプロセスを通じて自身の強みを見つけ活かすことで、周囲の信頼を得ながらコミュニティに溶け込むことができ、自然と応援される立場になっていくという。

実際に長野県須坂市では、「Dettiプログラム」の研修を6カ月間受けた女性が、2012年にゲストハウスを開業。その後、2021年には1日1組限定の宿もオープンするなど、このプログラムの支援を受けた卒業生が日本各地で宿泊施設を立ち上げている。

さらに、こうした卒業生が運営する全国の宿泊施設でも研修を受けられるようになっており、さまざまな地域や異なる運営スタイルの施設で経験を積むことが可能だ。この取り組みによって、地域に根ざしつつも幅広い知識と経験を持つ人材が育ち、持続可能な発展に貢献する好循環な環境が整ってきている。

 

渡邊氏が仕掛ける地域の融合、地域の垣根を超えた観光まちづくり

渡邊氏は創業当時から、「小さな宿の感動から地域と世界をつなぎ、人や文化に寛容な人材と多文化共生社会をローカルから実現すること」を目指してきた。宿場JAPANが運営する5つの施設がある旧東海道品川宿エリアには、4つの商店街と8つの自治会が存在するが、垣根を超え縦割り感を解消し「お客様の感動を軸に『ひとつの地域』として案内」するためのサービスマップを制作した。

▲旅行者の感動を軸に近隣サービスをまとめたマップ

実際、冒頭で紹介したような1泊5万円を超えるような1棟貸しの宿でもこのマップを活用。専門コンシェルジュが約30分かけ、宿の紹介と同時に周辺地域の案内を行っている。会話を通じて、宿泊客が本質的に求めていることを把握し、それぞれの希望にあった「街としての魅力」を伝えているという。このような個別応対を、1棟貸しの宿だけでなく、ゲストハウス品川宿内に設けたインフォメーションカウンター「TOIYABA」でも行っており、宿泊者のみならず観光客のニーズにあった提案に努めている。


そして、渡邊氏の活動はもちろんマップの制作だけにとどまらない。スタッフが地域のことを理解し、より深く交わっていくために、運営する施設の近隣に社宅を借り上げて「職住近接」を実現。スタッフ自ら、生活者としてもこの品川の地域に関わっていくことで、郷土愛や地域住民との関係を構築している。これがより深い観光まちづくりにつながっていくのだ。

また、最近は、地域の魅力だけでなく、地域が抱える課題も訪れるゲストに正直に伝えているという。それにより、自身の体験をSNSで発信したり、口コミを広げるだけの旅行者から、地域の課題に向き合い、解決策を考える側に回っていくのだ。消費する観光から、創造する新たな旅の形、持続可能な観光の姿になっていく。

自分の地域の持続可能な取り組みといったミクロな視点だけに目を向けていると、世界で起きている様々な動きと比べて、自分たちの活動が小さく見えてしまいがちだ。しかし、自分たちの地域の課題を他の地域の事業者に共有し、地域同士がつながることで、課題解決のスピードが加速するのではないか、と渡邊氏は語る。

こうした想いもあり、最近は「LOCAL CONNECT」というスローガンのもと、交流を軸としたゲストハウス同士の連携を進めている。東京のゲストハウスで働く若者が北海道の宿で研修を受けたり、北海道の若者が兵庫の宿で学ぶプロジェクトを行うほか、韓国のゲストハウスとも協定を結んでいる。このように、各地域や施設ごとに異なる課題を体験したプレイヤーが増えることで、将来的に社会全体の課題解決につなげることを目指している。

 

<主催の東京観光財団より>

第2回は、都市圏における「地域の巻き込み方」に主眼を置き、セミナーを企画した。北品川を中心とした都市部において、地域が一体となり観光客を受け入れるまちづくりを、渡邊氏の実体験を基に紐解いていった。参加者からは「関係するアクター、ステークホルダーの広がりにおける具体的範囲を知ることができた」「ホテルをハブに街全体を盛り上げていくことを考えていきたい」といったコメントがあり、地域活動への参加意識の高まりを感じるセミナーとなった。

地域コミュニティにおける観光の持続可能性は、地域住民の参加と観光事業者との協働が欠かせない。本セミナーが、地域に根差した観光産業の発展、ひいてはサステナブル・ツーリズム促進の一助となれば幸いだ。

 

<関連リンク>
■東京都・TCVBによる「持続可能な観光」の推進に関する事業について
・第3回セミナー:食と観光の未来~サステナブルな選択肢を探る~
 2024年11月26日(火)10時30分から12時30分まで
 >>詳細はこちら

・セミナー全4回の詳細はこちら
・アーカイブ動画(第1回、第2回)はこちら

TCVBサステナブル・ツーリズム・パートナーシップについての取組概要
株式会社 宿場JAPAN 概要

 

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