インバウンドコラム
飲食店のグローバルなサステナビリティの基準「FOOD MADE GOODスタンダード」の推進者に聞く、食の持続可能性と観光の未来
2025.01.17
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観光業界が驚異的な回復を遂げるなか、訪日客にとって「食」は旅行体験の中心的な存在となっている。2024年の訪日客数は累計で3686万人と過去最多を記録。また、観光庁の調査によると、旅行者の8割以上が訪日前に期待していたこととして「日本食を楽しむこと」を挙げている。特に昨今、社会全体で環境や地域資源の持続可能性への関心が高まるなか、レストランにおいても、単なる食事提供の場にとどまらず、地域資源の活用や環境負荷軽減といったサステナブルな取り組みや役割が新たな価値として注目されている。
2024年度、東京都と東京観光財団(TCVB)が行う全4回シリーズの「持続可能な観光 基礎講座」。第3回となる今回は、一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会代表理事の下田屋毅(しもたや・たけし)氏が登壇。レストランにもサステナビリティが必要だという英国発祥の取り組みを日本で啓発し、持続可能なフードシステムの構築を推進する下田屋氏。その活動と最新事例、ポイントなど、講演の一部を抜粋して紹介する。
▼第1回レポート
東京都が推進する持続可能な観光 GSTC公認トレーナーに聞く「サステナブル・ツーリズムの最前線と国際認証の仕組み」
▼第2回レポート
品川宿で交流型宿泊サービスを提供する宿場JAPAN 渡邊崇志代表に聞く「都市圏での地域を巻き込む宿泊施設と観光まちづくり」
世界規模で展開される『FOOD MADE GOODスタンダード』プログラム
下田屋氏が2018年に設立した日本サステイナブル・レストラン協会では、飲食店のサステナビリティを格付けする『FOOD MADE GOODスタンダード』を推進。このプログラムは6大陸72カ国で展開されており、最近ではガストロノミーツーリズムに力を入れているイタリア・デンマーク・スペインでも広がっている。
この『FOOD MADE GOODスタンダード』では、各レストランのサステナブルな取り組みの達成度に応じた星の数によるレーティングを実施。また、グルメ界のアカデミー賞といわれる「世界のベストレストラン50」で設立された「サステナブル・レストラン賞」の選定にも関与し、レストラン業界全体のサステナビリティ向上を目指した取り組みを行っている。
では、なぜレストランがサステナビリティを推進する必要があるのだろうか。それは、「食」が人間の生活基盤であると同時に、環境や社会に大きな影響を与える存在だからだ。食材の調達先が児童・強制労働や生物多様性の崩壊など環境破壊への加担や、食材の大量廃棄、生産から消費に至る過程での大量の二酸化炭素を排出など、さまざまな課題が絡んでいる。その中で、レストランも、地元食材の活用を通して地域経済を支援し、食品ロス削減などを通じて環境負荷を軽減することが求められている。
インターネットを通じて情報が容易に拡散され、食文化も急速にグローバル化が進む中、「本場で日本料理を味わいたい」という動機が旅行のきっかけになることも多い。しかし、この需要の急増は、例えば水産資源の枯渇や乱獲といった問題を引き起こす可能性がある。また、旅行者の獲得競争が激化する中で、安価な食材への需要が高まると、「安いものが良い」という基準で選択が優先され、気づかないうちに強制労働を助長するリスクさえあると下田屋氏は警鐘を鳴らしている。
下田屋氏は、チョコレートに使われるカカオの生産において児童労働が問題となっている例を挙げ、食材の生産背景を追跡可能にする「トレーサビリティ」の重要性を強調している。また、フェアトレードや水産資源、環境に配慮し、適切に管理された持続可能な漁業認証であるMSC認証など、レストランが食材として購入する過程で商品の背景を調べること、持続可能な選択をすることが重要であると話す。
日本サステイナブル・レストラン協会では、持続可能なフードシステムの実現に向けた枠組みとして「FOOD MADE GOODスタンダード」を提唱している。「調達」「社会」「環境」の3つの柱を提示し、飲食業界全体がサステナビリティを意識した行動を取れるよう支援している。また、消費者がより倫理的で環境に優しい選択をするための啓発活動も行っている。
この3つの柱は細分化され、10の具体的な行動基準として、地産地消や旬の食材の推進、食品安全や、家畜の健康、環境や生態系の保全、人の健康や動物福祉(アニマルウェルフェア)に配慮して飼養されたベターミートの使用やサステナブル・シーフードとして、絶滅危惧種を使用せず水産資源の枯渇を防止するための方策、生産者を支援し人権の尊重を図ることなどを提示。各項目のサステナビリティの推進度合いによって星を提示することができるレーティングを行っている。
サステナブルな取り組みを実践する事例
世界的に、サステナビリティへの意識が高まる中、訪日客の受け入れにあたって、食事を通じて日本文化を体験する場を提供するだけでなく、持続可能性に配慮した取り組みも重要になってくる。
例えば、インバウンド客が多いザ・キャピトルホテル 東急では、2022年にオールデイダイニング「ORIGAMI」のシェフをはじめとするレストラン関係者が、日本サステイナブル・レストラン協会の「Food Made Good Japan認定フードサステナビリティ資格講習」を受講。レストランにおけるサステナビリティの基本を理解し、共通認識を持つことから取り組みを開始した。翌2023年には、この経験をもとに日本料理「水簾」、中国料理「星ヶ岡」を含む3レストランで、フードロス低減やサステナブルフードを積極的に導入するなどサステナブルな活動を本格化させた。
さらに、下田屋氏と同ホテルの曽我部総料理長がタッグを組み、食事を楽しみながらサステナビリティについて学ぶことができる一般来場者向けの参加型イベント『サステナブル・テーブル』を定期開催。訪問者に持続可能な未来を考えるきっかけを提供した。
▲ザ・キャピトルホテル 東急での「サステナブル・テーブル」のイベント風景とFOOD MADE GOODスタンダード「10の行動指針」に関するテーマについて提供された料理
また、東京をはじめ全国で6つのレストラン/カフェを運営する株式会社Innovation Designでは、社員全員が「サステナブルデザイナー」という肩書きを持ち、それぞれサステナビリティにおけるテーマを担って研究している。その成果を実際のレストラン運営に反映させるとともに、来店客にストーリーとして伝えることで共感を生み出し、食におけるサステナビリティの大切さを「自分事」として感じてもらう取り込みを行っている。そして、実際の行動の変化につながることで、社会や未来をより良い方向に導く活動を推進している。
自己診断がサステナブルなレストラン運営の第一歩
下田屋氏は、サステナブルなレストランを実現するためには、まず飲食店が自らのサステナビリティ推進の現状を正確に把握することが重要だという。日本サステイナブル・レストラン協会では、この現状把握のための簡易的な有効な手段として「FOOD MADE GOOD 50 セルフ・アセスメント・ツール」を無料で提供している。
この簡易のツールを通じて、「ベターミート」「サステナブル・シーフード」「再生エネルギー使用」「食品ロス対策」など、サステナブルなレストラン運営にまつわる50の質問に回答することで、レストランの運営状況や取り組みを包括的に振り返り、FOOD MADE GOODスタンダードで提唱される3つの柱である「調達」「社会」「環境」における強みや達成度、未着手の課題を大まかに理解することができるようになっている。
レストランにおける持続可能な取り組みは多岐にわたるため、何ができていて、何ができていないのか、何から着手すべきなのかが分からないことも多い。そしてさらに「FOOD MADE GOODスタンダード」のサステナビリティの基準は、より詳細な質問項目(約250問)が提供されており、この診断結果は、優先的に取り組むタスクリストとして、サステナビリティを戦略的に追求するための道筋を示す地図の役割を果たしてくれる。
下田屋氏は、「現在、自身のレストランが環境にどのような影響を与えているか、スタッフや地域社会との関係性、食材の調達、食品ロスの管理、エネルギー消費など、事業運営の全体の状況を把握しつつ、次なる行動の指針にして欲しい」と語る。
また、現時点で一般的な消費者や生活者は、レストランのサステナブルな取り組みを行っていることが、レストランを選ぶ際の選択基準になっていないという。「消費者や生活者のニーズが無いこともあり、サステナビリティを主軸に運営しているレストランは少なく、啓発段階ではある。しかし、逆にその少なさが目的買いともいえる来店へとつながる可能性があり、レストランがサステナブルな活動や想いをお客様に伝える機会を増やすことで共感を生み、コミュニティづくりとファン化につながっている感触がある」と下田屋氏は話す。
小さな改善の積み重ねがサステナブルなレストランを実現させ、社会や環境への貢献、観光客をふくむ顧客への貴重な体験の提供という成功へとつながっていくのだ。
<主催の東京観光財団より> 第3回セミナーでは、観光客を魅了する「食」を中心に据え、食のサステナビリティの重要性を探求した。近年、ガストロノミーツーリズムが旅行トレンドとして注目されており、また日本の「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことを契機に、酒蔵ツーリズムの人気も高まりを見せている。 こうした状況において、観光業界全体が日本の食文化を世界に発信する役割を担う中、観光資源としての「日本食」をどのように持続可能な形で提供するかが問われている。観光と食の魅力を両立させるには、地域の特色を生かしつつ、環境や社会への配慮を意識したサステナブルな選択肢を取り入れることが不可欠である。この取り組みは、旅行者への感動体験を提供するだけでなく、観光地全体の価値を高める重要な鍵となる。 本セミナーが、食における持続可能な取り組みを推進するうえで、新たな気づきやアイデアにつながるきっかけとなれば幸いである。今後も、サステナブルな観光都市・東京の実現に向け、尽力していきたい。 |
<関連リンク>
■東京都・TCVBによる「持続可能な観光」の推進に関する事業について
・【2月5日開催】第4回セミナー「宿泊業界の未来 〜サステナビリティが切り開く新たな可能性〜」の詳細はこちら(2月3日申込締切)
・アーカイブ動画(第1回、第2回、第3回)はこちら
■TCVBサステナブル・ツーリズム・パートナーシップについて
・取組概要はこちら
・パートナー企業・団体募集のご案内はこちら(2025/3/28〆切)
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