インバウンドコラム
「観光における“サステナブル認証”は、これからどう変わっていくのか?」
そんなテーマをめぐって、世界的な認証スキームを牽引する人物が語ったのが今回のセミナーです。
登壇したのは、環境教育基金(FEE: Foundation for Environmental Education)CEOであり、観光サステナビリティ認証連合(TSCA: Tourism Sustainability Certification Alliance)副議長のダニエル・シェイファー氏。聞き手は、国際的に長年エコ・サステナブルツーリズム振興をしている一般社団法人JARTA(責任ある旅行会社アライアンス: Japan Alliance Of Responsible Travel Agencies)代表理事の高山傑氏です。

「元・船乗り」からサステナブル観光の世界へ
シェイファー氏のキャリアは少しユニークです。もともとは海で暮らす船乗り。調査船のキャプテンを務めながら海洋研究に携わるなかで、「海は人類にとってどれほど大切か」を実感し、環境教育へと道を進みました。
その後、2013年にFEEのCEOに就任。以来、教育と観光の両面からサステナビリティを推進しています。
「私は観光業界の“後発”ですが、20年以上活動する中で“教育と実践が人を動かす”ことを学びました」と、シェイファー氏は振り返ります。
FEEが広げる教育と観光の取り組み
FEEは、世界85カ国に広がるNGOネットワーク。活動の柱は「教育」と「観光」です。
教育では、
・Eco-Schools(世界最大の環境教育プログラム)
・Young Reporters for the Environment(若者による環境ジャーナリズム育成)
などを展開。
観光分野では、
・Blue Flag:ビーチやマリーナの環境・安全・アクセシビリティを評価する国際認証(52カ国・5000超のサイト)
・Green Key:ホテルやパークなど宿泊業を対象にした環境認証(90カ国・8000超の施設)
を運営しています。
「Blue Flagは自治体、Green Keyは宿泊施設と、相手がまったく違います。ただ共通するのは“課題に対する解決策を示す認証”だということです」(シェイファー氏)
世界の認証を動かす「3つの潮流」
シェイファー氏は、観光業界のサステナブル認証に影響を与える3つの潮流を挙げました。
1.より強い認証を求める声
消費者・政府・プラットフォームすべてが「第三者監査」や「透明性」を重視し始めています。
2.データで裏付ける時代
OTAなどが施設データを集約。「言うだけ」では通用せず、データで証明することが不可欠になっています。
3.EU規制の波及
「グリーンウォッシュ(根拠のない環境主張)」を防ぎ、消費者を守るため、EUでは新たな規制が導入されつつあります。こうした規制は国境を越える旅行市場において、事実上の国際基準となる可能性があります。
・消費者のためのグリーン移行指令(Empowering Consumers for the Green Transition Directive)
第三者監査を義務化し、スキーム運営・監査・認証を分離。2026年末までに各国法制化予定。
・ グリーンクレーム指令(EU Green Claims Directive)
「環境に配慮している」と主張する際に科学的・データ的な根拠の提示を必須化。ただし施行時期は政治的に不透明。
これについてシェイファー氏は、「ヨーロッパの話だと思うかもしれませんが、グローバル展開するホテルチェーンがある以上、世界中に影響します。ヨーロッパ基準=世界基準になるのです」と述べ、EUの動きが国際基準として広がる可能性を指摘しました。
一方で、これらの規制は産業横断的に設計されており、観光業界や中小事業者の声が十分に反映されていない点が課題です。結果として「大企業には対応できても中小事業者には負担が重い」という懸念も示されました。

新連合「TSCA」の誕生
こうした流れのなか、2024年に誕生したのが 観光サステナビリティ認証連合であるTSCA(Tourism Sustainability Certification Alliance) です。
背景には、認証団体側の意見がGSTC(グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会)に十分反映されず、むしろ競合関係になってしまったという課題がありました。そのため、主要な認証団体が集まり、新たな枠組みを立ち上げたのです。TSCAの掲げるポイントは3つ。
・高品質かつ実務的な基準づくり
・中小事業者も参加できる仕組み
・透明性と競争を大事にし、独占を避ける
シェイファー氏は「どこか1つの組織が独占するのは健全ではありません。複数のスキームが競い合ってこそ、業界も消費者も利益を得られるのです」と述べ、競争原理の重要性を強調しました。
日本への示唆
高山氏は、日本の観光事業者にとって今回の議論がいかに実務的な意味を持つかを補足しました。
「日本の多くは中小事業者です。負担が大きすぎると取り組みが広がりません。段階的に実装できる仕組みをどう設計するかが鍵です」
また、情報更新の重要性にも言及。TSCAはまだ発足間もない組織ですが、今後は国際会議やネットワークを通じて存在感を高めていくといいます。

編集後記
今回のセミナーで印象的だったのは、シェイファー氏と高山氏の共通メッセージ、「認証はゴールではなく、課題解決のための道具」という言葉でした。規制強化や監査の話は一見ハードルに思えますが、その先にあるのは観光業が「信頼され続ける産業」であるための仕組みです。
ただし第三者的に見れば、EU規制やTSCAの新しい動きはまだ発展途上であり、実効性や中小事業者への適用可能性には不透明さが残っています。とはいえ、方向性としては「透明性」「データ」「第三者監査」への流れが強まっていることは確かであり、日本の事業者にとっても無視できない変化です。
今後は、「どの認証を選ぶか」だけでなく、自社の取り組みをどう裏付け、どのように発信していくかが問われることになるでしょう。
▼関連記事はこちら
最新記事
-

チリ・パタゴニア開催に見る「地域を巻き込む強い意志」、アドベンチャートラベル・ワールドサミット2025レポート (2025.11.26)
-

宿泊事業者がサステナビリティ認証を取得する意義とは? 世界の最新潮流と東京都の2事例に学ぶ (2025.11.21)
-

旅行会社がサステナブル・ツーリズムに果たす役割とは? 事例に見る具体的な取り組み (2025.10.10)
-

東京多摩地区と渋谷が取り組む 地域を巻き込むサステナブル・ツーリズムとは? (2025.08.29)
-

【現地レポート】アラビアントラベルマーケット2025に見る中東訪日市場の現在地 (2025.06.18)
-

ブラジル富裕層の訪日旅行は“直前・分割・旅程変更”―ILTMラテンアメリカ現地レポート (2025.06.17)
-

ITBベルリン2025で見えた世界の持続可能な観光の最前線 (2025.04.16)
-

飲食店のグローバルなサステナビリティの基準「FOOD MADE GOODスタンダード」の推進者に聞く、食の持続可能性と観光の未来 (2025.01.17)

