インバウンドコラム
現在は新型コロナウイルスの感染拡大により大打撃を受けているインバウンド業界だが、それ以前の政府の取り組みに目を向けてみると、インバウド促進による経済活性化に注力し、中でも1人あたり単価の高い富裕層の誘致を盛んに行っていたことがわかる。しかし実際、人口の9割が自身の生活を中流階級であると感じている日本で、世界の富裕層の実態をつかむことは難しい。富裕層とはどんな人々で、どういった思考のもと旅行をしているのか。そして、その富裕層は日本で満足をし、日本のインバウンド業界に恩恵をもたらすことになるのか。
明日に備えるために“今”学ぶ富裕層。JNTOが膨大なリサーチをして捉えた世界の富裕層の姿、行動の実態はどんなものなのか。JNTO市場横断プロモーション部の小林大祐氏に伺ったお話を前、後編でお届けする。
富裕層の誘致で旅行消費額の拡大を図る
—まずは、なぜ、JNTOが富裕層リサーチや誘致に取り組み始めたのかをお聞かせください。
政府は2020年に訪日外国人数4000万人、訪日消費額8兆円を目標に掲げています。しかし、2019年の訪日外国人数は約3188万人、消費額は約4.8兆円という結果でしたので、特に消費額が目標に届いていないという状況です。1人あたりの単価は中国人観光客の「爆買い」ブームをピークに緩やかに下がっていますので、人数が増えても消費額全体は伸びないというのが現状です。そこで、いかにして消費額を上げていくのかを考えた時に、1人あたり単価の高い「富裕層」というキーワードが浮かび上がってきました。支出する余力のある人たちは、旅行先でも価値あるものに対してお金を惜しみません。こうした理由から、JNTOでは富裕層への取り組みに力を入れています。
—富裕層を誘致することで、インバウンドの消費額全体を伸ばそうということですね。
消費額が上がるという直接的な効果はもちろんですが、それ以外にも副次的な効果があります。富裕層の中には社会で活躍している方々や芸能人など、トレンドを作っている人が多いため、トレンドセッター的な役割を果たしてくれます。彼らの間で特定の旅行先が流行りだすと、一般の旅行者や消費者もそれに追随するのです。富裕層マーケットの訴求キーワードには「特別な体験」や「本物の価値」というものがありますが、日本はアジアの競合国をはじめとした他国にはない独自の観光魅力を有しているため、富裕旅行者の取り込みが増加するポテンシャルは十分にあると考えています。しかし、これは当然、新型コロナウイルスの感染が終息した後の話です。
富裕層市場を牽引するのはアメリカ、多くの「超富裕層」が存在するのは中東
—富裕層と呼ばれる人たちが多い地域はどこですか?
世界の地域別に見ると、富裕層が最も多いマーケットはアメリカで、次に多いのがヨーロッパです。イギリス、フランス、イタリア、スペインなどに代表されるヨーロッパは、1つ1つの国は決して大きくありませんが、全体をまとめるとアメリカに匹敵するほどの規模があるといわれています。そして最近勢いがあるのはアジアで、中国を中心にどんどんマーケットが大きくなっていますし、将来的にはさらに市場が膨らんでいくという予測が立てられています。マーケットサイズは小さいけれど「超富裕層」が多く存在するのは、カタールやクウェート、UAEなどに代表される中東です。
[地域別の富裕層の分布]
—中東には超富裕層が多いため、富裕層の中でも1人あたり単価が特に高いということですね。
そうです。昨年私は、商談会や訪日観光セミナーでUAEの首都であるドバイに6回赴き、現地の方々の生の声を聞く機会がありました。彼らの話によると、例えばUAEのエリートたちは大学を卒業した直後の初任給が約1000万円で、医療費や教育費、固定資産税、相続税などが一切かからないため、お金がどんどん貯まっていくそうです。彼らの中には、昼間からショッピングモールのカフェでのんびりしている人がすごく多い。なぜなら、お茶をしながら電話で仕事の指示を出して、細かい仕事は部下や外国からの移民労働者に任せているからです。お金も時間もある彼らですが、イスラム教徒なので「お酒を飲んではいけない」「ギャンブルをしてはいけない」など、自国では厳しい戒律のもとで暮らしています。普段の生活では欲求を制限している分、海外に出た時ぐらいは少し羽を伸ばしたいという方も実は多い。お金と時間があって旅行好きとなると、マーケットとしては非常に有効ですので、JNTOとしては昨年から中東マーケットの開拓に取り組んでいます。
ターゲットは海外旅行先で1人1回あたり100万円を消費する富裕層
—富裕層マーケットへのプロモーションはどのように行っていますか?
なんとなく、お金持ちの旅行者に日本へ来てくださいと打ち出すだけでは明確なプロモーションにはなりません。JNTOではまず調査に基づいたターゲットの定義づけをし、「お金を持っている」「海外旅行をよくする」「旅行先でお金をたくさん使ってくれる」人に絞り込み、さらに「海外旅行先で1人1回あたり100万円消費する人」をプロモーションターゲトットとなる富裕旅行者と位置付けました。昨年の訪日外国人の1人あたり単価が約15万円でしたので、100万円という金額が現実からかけ離れているように感じられるかもしれませんが、調査によると実際にこれだけのお金を1回の旅行で使っている人がそれなりの規模で存在するということもわかっています。
—海外旅行先で1人1回あたり100万円消費する人は具体的にどの程度いるのでしょうか?
富裕層の多い「欧米豪」マーケットの中でもアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、オーストラリアの5市場に限定した調査では、1年間で1回以上海外旅行をしている人が、約3億4100万人いたという結果が出ています。そのうち、1回あたり100万円を使った人は全体の1%、つまり約340万人存在するという数字が割り出されました。3億4100万人の人が海外旅行で消費した額は年間35.8兆円ですので、1%の富裕旅行者は全体の13%に相当する約4.7兆円を消費していることがわかります。JNTOではこの4.7兆円が狙いに行くマーケットだということを整理してプロモーション活動をしています。
[富裕旅行の市場規模]
さらに国別の数字を見てみると、やはり最も大きな富裕旅行市場はアメリカで、人数・消費額ともに5カ国計(340万人、消費額4.7兆円)の半数以上を占めています。JNTOが行ったこちらの調査では1人あたり単価が1回136万円となっているため、現在の平均15万円と比べると約9倍であることがわかります。オーストラリアは数のボリュームは少ないのですが、1人あたり単価は296万円となっているため、インバウンド事業者のみなさまが具体的な戦略を立てる時の参考にしていただきたいですね。
[富裕旅行の市場規模(市場別)]
「クラシック型」と「モダン型」の2つに分類される富裕旅行者
—富裕層とは具体的にどのような人たちなのでしょうか?
JNTOが独自に行ったヒアリング調査では、富裕層には2つのタイプが存在していることがわかりました。1つ目のタイプは「Classic Luxury(クラシック・ラグジュアリー)」といって、我々がイメージする通り、とにかく何においても贅沢で高価なものに価値を見出す典型的なお金持ちです。2つ目のタイプは「Modern Luxury(モダン・ラグジュアリー)」で、若い世代を中心に最近どんどん増えている新しいタイプの富裕層です。彼らは豪華、権力、富といったキーワードよりも、文化、本物、体験といったものに対して価値を見出します。
[富裕旅行者の志向(マインドセット)]
一方、消費に関しては、「All Luxury」と「Selective Luxury」に分類されます。前者はとにかく何に対しても贅沢かつ豪華にお金をかける人たちで、後者は興味のないことには全くお金を使わないけれど、興味のあるものには徹底的にお金を使う。何にお金をかけるのかを選んで消費するタイプです。従来型の「Classic Luxury」の人たちは「All Luxury」の傾向が強く、最近のトレンドである「Modern Luxury」の人たちは「Selective Luxury」の傾向が強いと言われています。
—クラシック型とモダン型で2つのタイプの富裕層が存在するということですね。
例えば「Classic Luxury」は常にブランド服や時計を身につけ、旅行でもビジネスクラスにしか乗らず、5つ星ホテルにしか泊まらない人たちです。一方で「Modern Luxury」はFacebookの創業者マーク・ザッカーバーグのように、お金は持っているけれど興味のないものにはお金をかけない人たちです。実際、彼の服装はいつもTシャツに短パン、サンダルです。そのほかにも車は乗らないけれど、サイクリングが好きだから何百万もする自転車は買う、日本に旅行した際は5つ星ホテルではなく日本でしか体験できない高級温泉旅館に泊まる、といった具合で好きなものには徹底的にお金を費やす傾向にあります。彼らは自分の興味関心や本物の体験に対しては徹底的に投資するようです。タイプごとにアプローチ方法やプロモーションのポイントも違ってきますので、富裕層のインバウンドを誘致する際にはしっかりと把握しながら、それぞれに刺さるものを選んでケアしていく必要があります。
◎後編では、世界の富裕層が具体的に何を求めて旅行をしているのかについてご紹介しています。
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