インバウンドコラム

ホテルマネジメント専門家に聞く「プラスチック新法」対応で宿泊施設が取り入れたい低コスト・低労力の具体案

2022.05.13

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2022年4月1日に施行となった、「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」、略して「プラスチック資源循環促進法」または「プラスチック新法」(以下、「プラスチック新法」と表記)。前編『宿泊施設必見「プラスチック新法」とは? 基礎知識を解説』では、その概要や施行の背景、経緯などを紹介したが、後編ではホテルマネジメントの専門家で、プラスチック新法に関しても独自にリサーチ・分析を行いブログやセミナーなどで情報を発信している株式会社亜欧堂代表取締役の堀口洋明氏にお話をうかがいながら、宿泊施設が具体的にどんなことができるのかを提言する。

 

プラスチック新法を前向きに捉えて積極的な対応を

前編で詳しく紹介したプラスチック新法のポイントをまとめると以下のようになる。

■全ての宿泊施設が対象
—現状では、年間のプラスチック提供量が5トン未満の事業者は罰則の対象外だが、国からは、規模の大小にかかわらず全宿泊施設がプラスチック新法に即した対応を求められている。

■指定されたプラスチック製品5品目の削減が義務化
—宿泊事業で対象となるのは、歯ブラシ・カミソリ・クシ・ヘアブラシ・シャワーキャップの5品目

■削減方法は選択式で事業者判断に任される
—ガイドラインで削減方法として紹介されているのは以下の7パターン
1.有償販売
2.不使用時にポイントや景品を還元
3.提供時に使用の意思をお客様に確認
4.お客様に繰り返しの使用を促す
5.材質や形状の変更によりプラスチックを削減
6.サイズ変更
7.事業者内で繰り返し利用

「環境対策は人類が地球で生き続けていくために避けては通れない課題です。プラスチック製品の削減はオペレーションを変える手間やコストの問題を考えると、なかなか前向きに捉えられない事業者もいるかもしれません。ただ観光業は環境負荷が高い業界とも言われており、これからも観光を維持していくためにも、ぜひ積極的に取り組んでいただきたいです」

こう語る堀口氏は、この法案は事業者にとって否定的な側面ばかりではないと付け加える。「宿泊施設にとっては、やり方次第でコスト削減のチャンスにもなり得ます」

世界のほかの国と比べて日本はアメニティが過剰ともいわれていることもあり、これを機にヘアブラシやシャワーキャップなどを撤廃する事業者もいるのだとか。また、宿泊者に必要な分だけ選んでもらうアメニティバーに切り替えることで、不要なアメニティにかかるコストが削減できたという声も聞かれる。

カギとなるのは『やり方』だ。ただ、宿の価格帯やコンセプト、客層などによって適切な対応方法は変わってくる。

 

業界におけるプラスチック新法への取り組みの現状は?

堀口氏は、プラスチック新法を様々な角度から分析すべく、アンケート調査を実施した(2021年9月インターネットで調査を行い、宿泊事業に携わる225名、一般消費者など355名が回答)。すると今回の取り組みに対するヒントが見えてきたという。

「一般消費者の声としては、どんな削減方法が望ましいか聞いたところ、『アメニティ提供時に使用の意思を顧客に確認しフロントで受け渡し』という答えが最多でした」

また、価格帯によって傾向が異なることも注目すべきポイントだ。
「宿泊施設の単価別でのアメニティ提供の要望について伺ったところ、比較的高単価の施設では、一般消費者からアメニティ提供の要望が根強いことも分かりました。その意向を汲んでか、宿泊事業者側も『プラスチックに替わるアメニティ』や『自宅で繰り返し使えるアメニティ』に切り替えたいという傾向が強くなっています」

では実際、すでに取り組みを始めている大手宿泊事業者はどのような対応をしているのだろうか。堀口氏がニュースリリースやオフィシャルサイトなどからリサーチした結果が以下になる。
※調査は4月8日時点、価格は宿泊日 4月8日の2名料金を一休.comで(掲載がない場合次の順:楽天トラベル>自社サイト)で検索

今回の調査では便宜上、客単価が10,000円未満を低単価ホテル、10,000以上20,000円未満を中単価ホテル、20,000円以上を高単価ホテルと分類した。すると、低単価ホテルは『提供時に使用の意思をお客様に確認しフロントで受け渡し』を、高単価ホテルは『材質や形状の変更』を、それぞれ選択する傾向があることが見てとれる。中単価ホテルは選択にばらつきがある。
「一般消費者へのアンケートで、低単価と高単価それぞれの不要なアメニティについて聞くと、低単価ホテルの方が高単価ホテルよりも、不要と答えた方が全体的に多かったので、妥当な対応といえるでしょう」と堀口氏は分析する。

 

国が指定する各削減方法のメリット・デメリット

事業者がどの削減方法を採用すべきか検討するにあたり、まずは、それぞれについて、宿泊施設にとってどのようなメリット・デメリットがあるのかを整理しよう。

1. 有償販売
プラスチック削減の効果が最も高いと思われる選択肢だ。ただし、『宿泊価格にアメニティ料金を含む」として販売する場合、『アメニティ不使用時は返金する』『プラスチック製アメニティの内訳金額を明示する」という2点が求められる。「お客様に有償販売である旨を十分に認知させられなければ、クレームが出る可能性がある点にも注意が必要です」と堀口氏。

2. 不使用時にポイント・景品で還元
こちらについても、オペレーションが複雑になる可能性があるうえ効果があまり期待できないためか、採用している事業者は今のところゼロ。取り入れるには、ややハードルが高そうだ。

3. 提供時に使用の意思をお客様に確認
フロントでの受け取りであるアメニティバーが一般的で、最も取り入れやすい選択肢のひとつ。ただし、お客様が多く持ち帰ってしまうことで、プラスチックの削減にもならなければコストアップという事態にもなりかねないので、オペレーションに工夫が必要だ。

「国の説明会では、お客様に口頭や掲示で”1人1個まで”と伝えるよう求めています。また、『アメニティバイキング』という言い方もありますが、取り放題をイメージさせてしまうので、近年は『アメニティバー』という表現をするホテルも増えてきています」

4.お客様にアメニティの繰り返しの使用を促す
ただ促すだけなのでデメリットもないが効果もあまり期待できない。繰り返し使用したくなるようなオリジナルアイテムを作るなどの工夫が必要だろう。

5. 材質や形状の変更
仕入れ価格が高くなりがちなのが最大の問題点。品質がどこまで保てるのかも気になるところだ。とはいえ、上質な素材を使ったアメニティの提供は、環境配慮のイメージをお客様に強く印象付けられるメリットもあり、高単価ホテルでは有効にはたらきやすい。

6. サイズ変更
クシのサイズを小さめにしたり、歯ブラシの柄を空洞にすることでプラスチックを削減するなどの方法もあるが、労力がかかるため、すぐに取り入れるとなるとハードルが高い。

7.事業者内で繰り返し利用
廃棄物を新たな製品の原料として再利用するマテリアルリサイクルが挙げられるが、この工程に費用がかかるうえ、宿泊施設が提供するアメニティの性質上あまり現実的な案とはいえない。お客様に活動が見えにくいのも残念だ。

 

価格帯別、プラスチック削減方法の提案とアドバイス

ここまでの分析で、どの削減方法を選ぶかは客層や価格帯に応じて判断をするのが効果的であることが分かってきた。それぞれの価格帯にどの選択肢が合っているのか、堀口氏に具体的なアイデアをいただいた。

■低単価施設
—3. 提供時に使用の意思をお客様に確認
「アメニティバーは低労力でコスト削減にもつながりやすいので実用的といえるでしょう。といっても、ただ整然とアメニティを並べるのではなく、各アイテムに選択肢を用意しお客様に選ぶ楽しさを提供できると、魅力的なサービスになります。歯ブラシの色や硬さなど、選べたら嬉しいお客様は少なくないはずです」

■中単価施設
—3. 提供時に使用の意思をお客様に確認 or 5. 素材や形状の変更
「客層や宿のコンセプトなどに合わせて上手に選びたいところです。素材や形状の変更で対応を考えた場合、木や竹で作ったアメニティはかなり単価が高いですが、バイオマスは近年価格が下がってきています。バイオマスは、現在は需要に対して供給が足りておらず、宿泊施設が取り入れるのが難しい状況ですが、供給が追いつけばさらに価格が下がる可能性もあります」

■高単価施設
—5. 素材や形状の変更
「素材変更といっても、バイオマスでなく木や竹などを使った高級感のあるアイテムならインパクトもあり、プラスチック削減と同時にブランドイメージアップの効果も期待できます。ブランドのロゴをおしゃれに入れれば、おみやげとして持ち帰ってもらうことで『4.お客様に繰り返しの使用を促す』にもつながります」

ちなみに、ユニークな取り組みをしているホテルも少しずつ出てきている。
低価格帯のJR西日本ヴィアインホテルズは、アメニティの持参を推奨し、持参のないお客様には有料販売をしている。また、プリンスホテルズ&リゾーツは、なるべくアメニティを使わないよう呼びかけたうえで、協力が得られた場合一定額を各施設が所在する自治体の環境保全活動に寄付している。
このように、アイデア次第で取り組み方は無限大に広がるので、お客様の声を聞きながら自分たちならではの方法を模索してみてもいいだろう。

 

排出事業者として5品目以外の脱プラにも目を向けて

もうひとつ、今回の法律では、プラスチック製品の提供事業者(小売・サービス事業者)だけでなく、排出事業者(事務所、工場、店舗等で事業を行う多くの事業者)も対象になっていることも忘れてはならない。宿泊施設は、指定の5品のアメニティを提供する提供事業者であるだけでなく、ペットボトルやボールペン、クリアファイルなどのプラスチック製品を排出する排出事業者でもあるのだ。

「すでに、一部の高価格帯のホテルではペットボトルの削減を始めています。部屋に置く水を紙パックや缶、リターナブル瓶に切り替えたり、フロア毎にウォーターサーバーを設置し、部屋に置かれたウォータージャグで各自必要な分を汲みに行くスタイルを採用するなど、対応方法は様々です」

提供事業者としてプラスチック製品の提供を抑制すれば、ホテルから排出されるプラスチックごみも必然的に減るため、排出事業者としての対応も図れる面はある。せっかくプラスチック削減の活動に取り組むのだから、今回削減義務のないペットボトルなどにも注目し、ぜひ排出抑制にも意識を向けてみてほしい。

 

グリーンウォッシュに要注意

グリーンウォッシュとは、英語で『環境にやさしい」という意味のGreenと、『うわべを取り繕うこと」を意味するWhitewashingを組み合わせて作られた造語で、1980年代にアメリカの環境活動家によって唱えられた。一見、環境に配慮しているように見せかけて、実態はそうではなく、環境意識の高い消費者に誤解を与えるようなことを指す。今回の法改正においても、うわべだけの対応では『グリーンウォッシュ」と批判される可能性も。

「先述のペットボトルもそうですが、近年は、コロナ感染予防策として朝食などのバイキングで手袋を使ったり、小分けのラップを多用しているホテルも目に付きます。致し方ない部分もありますが、矛盾を指摘される恐れもあるので注意が必要です」と、堀口氏も警鐘を鳴らす。

 

コストや効率性を重視しながらスマートな対応を

「近年、欧米豪を中心にSDGsの意識が高いホテルが選ばれる風潮が強くなってきています。インバウンド回復期に環境問題への意識など感度の高い海外のお客様を誘致したいと考えているのであれば、これを機に本格的に環境問題に取り組むことで、ブランドイメージのアップも図れるはずです。同時に、低コストかつ低労力でこの法案に取り組める方法はいくらでもあるので、コスト削減のチャンスとも捉えて、ぜひ前向きに取り組んでいただきたいですね」と堀口氏は強調する。

プラスチック新法は、将来的な環境問題の解決という目標の達成に向けた動きであり、今回は緩やかな運用からスタートしているが、今後厳しくなっていく可能性は大いにある。今のうちに取り組む姿勢や対応方法を明らかにしておくことは、今後のためにもなるだろう。事業規模や宿のコンセプトなどを考慮しながら、それぞれの事業者に最適な対応を見つけてほしい。

(取材/執筆:土屋朋代)

 

株式会社 亜欧堂 代表取締役 堀口洋明

レストラン、宴会、宿泊などホテルのあらゆるオペレーションをマネージャーレベルで経験後、電鉄系ホテルチェーンのシステム導入プロジェクト責任者、外資系ファンドホテルチェーンでのレベニュー・マネジメント部門責任者を歴任し、2007年5月に亜欧堂を設立、09年6月より同職。宿泊施設のレベニュー・マネジメントやWEB増収、システム導入サポート、社内教育などのプロジェクトの支援を精力的に行っている。

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